ヤンデレのヒーローになるって感じのデク、   作:んをわるりら

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気づいたらお気に入りが200近くになってたことに驚きを隠せない、今日この頃です。


ビリーヴ レディ・ナガン

曇天の日だった。

 

僕とレディ・ナガンが出会った日のような。

白いキャンバスに黒い絵の具をぶちまけたような、そんな雲が天井となって空の全てを覆っていた。

 

雨は降っていないが、それも時間の問題。

いつでもその雲から雨の雫を垂らせられるような状態だ。

 

そんな天気のせいだろうか。

 

朝、起きてからというもの、妙な胸騒ぎが胸の奥で渦巻き、湿気にも似た気持ち悪さを僕に感じさせる。

 

レディ・ナガンは相も変わらず、世界の平和のためヒーローを勤め、やることのない僕は家で洗濯やら掃除やらに勤しんでいる。

 

至って普通の日常。

それだというのに、この胸騒ぎは僕の心の内を乱し続けている。

 

落ち着かない。

 

部屋に散らかった洋服(レディ・ナガンの脱ぎ捨て)を洗濯して干しても、部屋の掃除をしても、なかなかその胸騒ぎは消えない。

 

胸の内側が霧で隠れてモヤモヤとしている感覚。

それの原因が分からないのもあって、気持ち悪さは増すばかり。

 

とうとうやることもなくなって、それでも消えない胸騒ぎに、堪らず外に出ようと靴を履く。

 

今の落ち着かない状態では、室内にいるのも気持ち悪く感じてしまう。

外の空気を吸えば、この胸騒ぎも多少なりともマシにはなるだろう。

そういう心積もりだった。

 

愛用している赤い靴の紐を少しキツく締める。

 

念の為、傘も持って行く。

棚から手に取ったのは、石突が細い鉄心でできた新品の傘。

レディ・ナガンの私物だと思うが、全く使っていないせいで持ち手の部分が未だビニールで覆われていた。

 

扉を開けて、外に足を踏み出す。

 

改めて見た空模様は今すぐにでも雨が降り始めそうで、辛うじて曇りといった感じだった。

 

「……いってきます」

 

僕が出たことで、誰もいなくなった無人の家にそう呟く。

 

玄関の扉を閉めたときに聞こえた、鉄製の蝶番の擦れる音が『いってらっしゃい』と言っているようだった。

 

 

いつもよりも少し早い足取りで歩く。

 

一歩、また一歩と歩くたびに、空気中の湿気が蜘蛛の巣のように体に纏わりついてくる。

そして纏わりついた湿気を衣服が吸い込み、僕の肌にピタリと引っ付く。

 

発汗にも似た気持ち悪さ。

 

まるで、レディ・ナガンと出会った日の空気で感じた不快感のようだった。

 

しかも、心中をさっきから掻き乱す胸騒ぎ。

 

体の外も内も気持ち悪さを感じる、まさに挟み撃ちのような感覚に、僕は顔を顰めることしかできない。

 

「はぁ……」

 

服の胸の部分をギュッと握りしめて、ため息をつく。

 

握りしめる胸の内のコレが、嫌なことが起こる前触れや災いの予兆を、本能的に感じ取ったものではないことを願う。

 

なんせ、心が乱れるときに良いことが起こる、もしくは何も起こらないことなんて考えられないのだ。

 

これから一体、何が起きるというのか。

 

交通事故に遭う?

 

空からの落雷に直撃する?

 

突然降り出す雨に晒される?

 

全部最悪だ。

今の状態なら全部有り得そうだ。

やはり、雨の日というのはネガティブな気持ちを招きやすい。

 

「はぁぁぁ……」

 

再度吐いたため息によって逃げて行く幸せに別れを告げつつ、それでも後ろ向きなことを考え続けてしまう。

 

前を向いて歩こうと、下にしていた目線を上げるが、僕の歩く歩道の周りには誰もない。

 

車も時たま数台が横の車道を通り過ぎて行くだけなため、車が行き交っているとは言い難い状況。

事実、車もほとんど通らないため、赤信号でも平気で直進する車がちらほら見受けられた。

 

灰色と白の入り混じる曇り空の下、僕だけが外を歩いていた。

 

「あ……あそこは……」

 

上げた視線の先に幾つかの遊具が目に入る。

 

広い土地面積の割に、置いてある遊具はブランコとジャングルジムぐらいしかない。

あとは、申し訳程度のベンチが1つ。

 

追い出された初日、僕が一夜を共にした公園がそこにあった。

 

ゆっくりとした足取りで公園に入る。

湿気を吸った地面の土が『ジャリッ』と音をたてる。

 

視界に入ったベンチに近寄り、傘を背もたれの部分に立てかけて、そっと腰を下ろす。

 

最初は1人で。

 

そして、レディ・ナガンに無理やり連れられて2人で。

 

でも、今はまた1人で。

ただ、ベンチに座っているだけだというのに、何故か寂しく感じてしまう。

 

前までは————1人で家にいたときは、寂しさなんて微塵も感じなかったのに、今は何かが物足りないような、そんな気持ちになってしまう。

 

この1ヶ月、レディ・ナガンという、ズボラで人を揶揄う癖のある同居人と共にした。

他の人たちと違って、『無個性』という汚名ともいえるレッテルを受け入れてくれた。

 

そんな彼女に、僕もどこかで支えられていたらしい。

 

だから、きっと寂しく感じてしまうのだ。

 

「……帰ろうかな」

 

胸の奥で、胸騒ぎにプラスして寂しさも感じるようになってしまった。

 

涙腺がチクリと痛む。

 

原因は、もしかしなくても、感じる寂しさと心を掻き乱す胸騒ぎだろう。

 

ここにいては、きっとその内、空の雲よりも先に、自分の目から大粒の雫を垂らしてしまうかもしれない。

 

目が腫れた状態で、家に帰ってきたレディ・ナガンに会うなんて恥ずかしい。

 

ならば、目の涙腺が陥落してしまう前に。

 

背もたれにかけていたかさを手に取り、ベンチから立ち上がる。

 

あの日、レディ・ナガンに『緑谷出久……お前、私の家に来い』と言われて腕を引っ張られた方へと足を進める。

 

と、そのとき————

 

 

 

————ポツ、ポツポツ

 

顔に、冷たい、雫のようなものが当たる。

 

上を見れば、その顔に落ちてきた雫が、ポツリポツリと顔に当たっていき、その当たる量も時間を追うごとに増えてゆく。

 

あぁ、本当に、本当に、

 

「最悪だ…………」

 

嫌な予感が、幸か不幸か的中した。

 

顔に当たる雫の正体は、曇天からの最悪なプレゼント、そう、雨であった。

 

「やばいやばいやばいっ!」

 

バサリと手に持っていた傘を広げて、雨水に体が晒されるのを防ぐ。

 

しかし、そんな努力も虚しく、天から降る雨の勢いは一瞬にして、バケツどころか海をもひっくり返したような状態となった。

 

空に掲げていた八角形の傘が無意味と化す。

 

ポツポツと演奏のようだった雨の音は、ザーザーとテレビの砂嵐にも似た雑音を響かせるようになる。

 

こうなったら、雨から凌げる場所を探すしかない。

 

レディ・ナガンから逃げようとしたときもそうだったが、僕は逃げ足の速さだけは誰にも譲れないほどの自信がある。

 

大して筋肉もついていない足を必死に動かして、雨宿りできる場所を探す。

 

さっきまで何もなかった地面のアスファルトは、雨粒によって水玉模様を通り越して、ずぶ濡れになっていた。

 

「っ!あそこだッ!」

 

視界の端に映った一つの横道。

建物の違法建築によって敷地から飛び出したベランダが屋根のようになっている路地裏を見つける。

 

奇しくもそこは、僕があの日、レディ・ナガンから逃げるために飛び込んだ路地裏だった。

 

でも、今なら好都合。

違法建築は良くないが、そのおかげで雨宿りできるなら結果オーライだ。

 

幸い、雨にはレディ・ナガンのような地の果てまで追い詰めるであろう追尾機能はない。

 

速力をそのままに急旋回して一直線にその路地裏へ飛び込んだ。

 

 

路地裏は光一つなく、曇天ということも相まって、まるで夜のように暗かった。

 

「ハァッハァッ………キツ……」

 

息が荒い。

 

当然だ。

大して運動もしてないのに急に走り出せば、たとえ僕のようなひ弱な体でなくとも息は上がる。

 

肺を落ち着かせようと、息をゆっくりと吐こうとするが、それでも荒い息は治らずにより多くの酸素を求めている。

 

頭の中で血液が蠢いているのか、ガンガンと頭痛が走る。

 

やっぱり、体力作りを始めようか。

 

荒い息の中で、この前、レディ・ナガンから逃げようとしたときと同じことを思う。

 

いうは易し行うは難しで、結局、体力作りなんてできてなかったが、今回のを通して、意外と真面目に体力作りを始めようか迷う。

 

やり方はレディ・ナガンにでも聞けばいい。

だって彼女はプロヒーローなのだから。

 

「ハァッ……とりあえず…ハァッハァッ…疲れた……ッ」

 

立っているのも辛くなり、そっと腰を下ろす。

 

地べたに座るのは行儀良くないが、誰も見てないからいいだろう。

もう、疲れて、立っているのもきついのだ。

 

「ひゃあッ?!」

 

尻に感じるひんやりと濡れた感覚。

路地裏は雨に濡れていないはずなのに、座った場所が濡れていたのか、履いていたズボンが濡れた。

 

思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

誰にも聞かれていないのが不幸中の幸いだろう。

 

しかし、なぜ濡れているのだろう。

路地裏の上は、違法建築のベランダで完全に空が見えないようになっている。

したがって、今降っている雨は、この路地裏の地べたを濡らさないはずである。

 

いったい何故?

 

不思議に思い、座ってしまった場所を見る。

 

が、そこにあったのは————

 

「赤い……水?」

 

赤く、それでいて黒い、鉄の匂いがする液体。

 

自分のズボンを触ってみる。

濡れた部分を触って、そして指先を見てみる。

 

付着していたのは、目の前の液体と同じように赤黒い水。

 

手が震える。

 

体はこの液体の正体を理解したのだろう。

 

でも、脳が理解するのを拒み、必死に別のものである可能性を詮索する。

 

赤い絵の具だろうか。

いや、こんなところで絵の具を使う人がいるとは考えにくい。

 

ケチャップはどうだろう。

いや、こんなに盛大にぶちまける不器用な人、いるだろうか。

 

選択肢が徐々に絞られてゆく。

 

トマトジュース?アルカリ性が溶けたフェノールフタレイン溶液?温度計の液溜め?

 

違う、全部違う。

 

次々と選択肢が潰されていき、最後に残った選択肢。

 

「血……?」

 

脳が全力で否定する。

脳が理解するのを拒む。

 

でも、それ以外考えられないのだ。

 

鉄の匂い。赤黒い色。その全てが人から出る血液としての条件と合致している。

 

「…………」

 

さっきまで煩わしかった、雨粒が地面を叩く雑音も、体力切れでうるさかった心臓の音も、何も耳に入ってこない。

 

感じていた胸騒ぎがより大きくなる。

 

頭が、目の前のものを理解しようとするだけでいっぱいいっぱいになっているのだ。

 

額から、水滴が垂れる。

 

それが、体にかかった雨粒でないことは、想像に難くなかった。

 

 

地面を赤く染める血液は、路地裏の奥まで、まるで人を引きずったような血痕を残して続いていた。

 

護身用になるかも分からない、念のためと持ってきて結局役に立たなかった、細い鉄製の石突きを持つ傘を握りしめる。

 

普通なら警察に通報するなりヒーローを呼ぶなりして、助けを求めるだろう。

 

でも、このときばかりは、何故か自分が行かなきゃ、流れる血液の原因を調べなきゃ、そう思った。

 

そうでないと、今もなお胸の中で暴れ続けるこの胸のモヤモヤを解消できないような、そんな気がした。

 

血痕に沿って、一歩、また一歩と足を進める。

 

灯ひとつない、雨雲の下の暗い路地裏に、雨の降る音と僕の足音のみが響き渡った。

 

無言で歩き続ける。

 

しばらく歩くと、路地裏の真ん中に一つ、転がっている人型のモノを見つけた。

地面を染める、血痕のレッドカーペットもその転がっているものへ続いている。

 

ゴキュリ。

 

喉で、口の中を潤していた唾液を飲み込む音が、いつもより大きく鳴る。

 

転がる人型のモノとそれへ続く血痕。

 

たとえ僕が馬鹿だったとしても、その人型のモノの正体は確認しなくても分かるだろう。

 

実際に見るのは初めてだ。

 

人、いや人だったモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

死体だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一応、生きているかどうか、亡き骸の首の辺りを触って脈を確認してみる。

案の定、脈はなく、死後間もないのかほんのりと温かみを持っている。

 

首の辺りに持っていった手で、顔にかかっていた髪の毛をはらう。

 

顔を見れば絶望に打ちひしがれたような表情をしており、死ぬ直前の恐怖が伺える。

 

そして特質すべきはその額。

誰かに撃たれたような銃弾の痕が、その死体の額に風穴を開けているのだ。

 

撃ち抜かれて絶命した死体。

 

不意に、頭の中で、レディ・ナガンの顔が浮かぶ。

 

公園のベンチで僕の過去を語ったとき、彼女も自分の個性について語ってくれた。

 

個性『ライフル』

自分の髪を練り込み弾とすることで、弾道・弾速の制限なく、自由自在の弾を撃てる。

 

まさに強個性。

 

だから公安という組織に所属できたのだろうが、その公安自体、何かと胡散臭い。

彼女が目の前の人を殺ったということも否定できないが。

 

「………できれば、人殺しはしてほしくないな………」

 

この1ヶ月、彼女と同居して確信した。

 

絶対、人を殺して、澄ました顔をしていられる人種ではないと。

 

だって、『無個性』を受け入れてくれたのだから。

 

彼女はきっと人殺しなんて耐えられないだろう。

 

信じたい。

レディ・ナガンを。

 

両手で、死体に向かって弔いの合掌をするとともに、そう願う。

 

でも、そう願えばそう願うほど、胸のざわめきは大きくなる。

 

まだ、路地裏は奥へ続いている。

 

死体への弔いとレディ・ナガンへの願いもほどほどに立ち上がり、先ほどよりも、より強い力で傘の持ち手を握りしめ、足を進めた。




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