ヤンデレのヒーローになるって感じのデク、   作:んをわるりら

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遅れてすんません(大遅刻)
明日、もう1話投稿しまする……


ゴーホーム レディ・ナガン

日もすっかり地平線の下へと帰っていき、代わりに爛々と光る満月とも半月とも言えない中途半端な月が夜の地上を照らしていた。

 

いつの間にか、空を覆う雲も、勢いのあった雨も、全て晴れてしまったらしい。

 

降りやんで間もないのか、空気の湿度は高く。湿気によって肌にぴたりと吸い付く衣服の不快感は拭えない。

でも、雨によって空気の澄んだ夜は、月明かりを最大限に輝かせており、そんな湿気も気にならなかった。

 

そんな夜の、ただでさえ少ない人気が、もはや皆無に等しくなった歩道を僕は歩く。

 

僕と同じスピードで隣に並んで歩くのは、疲れ切った様子のレディ・ナガン。

目元は赤く腫れており、流した涙の量の多さが窺えた。

 

かく言う僕も、目元は赤く腫れている。

 

初めて人の命を奪った。

初めて人を刺すという感覚を味わった。

 

強がって、安心させたくて、レディ・ナガンの前では流れそうな涙を我慢したが、その努力も虚しく、彼女が優しく包んでくれた瞬間、涙が止まらなくなった。

 

人に頼まれるでもなく、自分から人を殺めたのに。

罪悪感、恐怖、良心の呵責。

それら全てが胸の奥で渦巻き、涙腺をこれでもかと刺激する。

でも、その涙腺を刺激する感情の中に『後悔』は無かった。

 

涙に堪えて震えている僕を、レディ・ナガンは少し強めに抱き締めてくれた。

胸が締まって苦しかった。

 

でも、それ以外に温かかった。

レディ・ナガンから感じた優しさや温もりが。

 

そっとレディ・ナガンを見る。

体は返り血によって、元のヒーローコスチュームの色がわからないほどに血まみれ。

せっかくの美顔も、髪の毛も、血で濡れて、ギトギトになってしまっている。

それらの血の中に、彼女自身の血が一滴たりとも無いことが、僕にとっての唯一の救いと言うべきか。

 

彼女ほどではないが、僕の体も誰のとも知らない血で濡れていた。

 

目が腫れていたり、血に濡れていたり。

良くも悪くも、今の僕とレディ・ナガンは、格好がお揃いだ。

 

「……こんな姿、見られたら通報されますね」

 

少し苦笑しながら、僕が言う。

 

「警察に通報されるヒーローとか、なんだそれ」

 

レディ・ナガンも同じように苦笑しながら返事してくれた。

 

その後は話すことも無く無言になるが、気まずいといった感じはない。

むしろ、心地よい。

 

夜の月明かりの下、ゆったりと歩く。

ここには、血まみれの僕たちを通報する人も、駆けつける警察もいない。

何人たりとも邪魔できないのだ。

 

月光に照らされた遊歩道。

なんてロマンチックなんだろう。

 

こんな夜道を、仕事終わりのレディ・ナガンが歩いていたと思うと、少し、見てみたいな、と思ってしまう。

無理をして命を奪ってまで平和を守る彼女にこんなことを言うのは失礼だと分かってる。

 

それでも、美しい髪を持つ彼女なら、月明かり

に晒されたその姿はさぞ映えたことだろう。

 

血まみれになって帰宅するのは、あまりよろしくないが。

 

「あれ……?」

 

ふと、僕の想像に矛盾があることに気づく。

 

レディ・ナガンも急に声をあげる僕を不思議に思ったのか、その足を止めて、僕のほうを見た。

 

「レディ・ナガン……」

 

「どうした?」

 

「返り血って、どこで洗って帰ってきたんですか?……」

 

僕が見た、家に帰ってくるときの彼女は、血どころか、塵一つ付いていない、本当にヒーローとして活動しているのか、という状態だった。

 

でも、今の状況から、彼女が今日初めて人の命を奪うでもない限り、血に塗れて帰ってくるはずだ。

 

血で濡れるはずなのに、綺麗なまま家に帰ってくると言う矛盾。

 

その矛盾がさっきの質問のような疑問を生んだ。

 

「あぁ、そのことか。公安御用達の銭湯があんだよ。仕事の日はそこで済ましてた」

 

なるほど。

 

だから、家でも風呂に入らなかったのか。

 

彼女はヒーロー活動から帰ってきたら、決まって風呂には入らなかった。

 

それを彼女のズボラな性格故だと今まで思っていたが、実際には『返り血を洗い流すため、銭湯に行ってた』という、どろどろしい理由があったとは。

 

「でも、家で風呂に入ってもよかったんじゃ……」

 

「血だらけの同居人が帰ってくるなんて、嫌だろ……」

 

確かにそうだ。

いつもは僕の純情を揶揄ってくる陽気なプロヒーローが、ある日突然血まみれで帰ってきたら、絶対に失神して倒れる自信がある。

 

たかが僕という同居人が増えたとしても、それに気を聞かせてくれていたことに嬉しく感じる。

 

「今から行くか?銭湯」

 

レディ・ナガンが提案してくる。

 

僕とレディ・ナガン2人とも心も体も削られ疲労困憊。

挙げ句の果てに、体中には鉄の匂いのする返り血の数々。

 

正直、今すぐにでも汚れを落としたいし、今すぐにでも休みたい。

体に蓄積する疲労が、精神的ダメージも相まっていつもより大きいのだ。

 

「行きましょうか」

 

僕は残り少ないエネルギーで、ニコッと笑って見せて、銭湯へ行くことにする。

 

レディ・ナガンも僕の笑顔に、朗らかな笑顔で笑い返して、銭湯のほうへと足を進めだす。

 

僕は、ウキウキしているのか、足取りは軽くなっていた。

 

 

レディ・ナガンの言っていた銭湯に到着して。

 

さすがは公安委員会御用達の銭湯。

周りのスーツ姿の人の割合が圧倒的に多い。

 

「じゃあ、また後で」

 

一刻も早く湯船に浸かりたかった僕は、それだけ伝えて、男湯のほうへと足を進めようとする。

 

銭湯なんて久しぶりだった。

最後に行った記憶がなく、行ったということだけを覚えているくらいに久しぶりだ。

 

だから、胸を躍らせた僕は、男湯のほう目掛けて飛ぶように走った。

 

空腹は最高の調味料に。

 

疲労は最高の入浴剤になるのだ。

 

きっと今、湯船に浸かれば最高の極楽を得られるのだろう。

 

「おい待て」

 

しかし、レディ・ナガンに腕を掴まれて、止められた。

 

代金は、あらかじめレディ・ナガン本人から『私が奢ってやる』というありがたいお言葉をもらった。

 

何も問題はないはず。

 

いや、ここはあの公安委員会御用達の銭湯。

何か入浴前にやらなければならないことがあるのか。

 

いろんなことが考えられて、ますます理由が分からなくなる。一体何故、彼女は僕を呼び止めたのか。

 

「な、なんですか…?」

 

恐る恐る聞いてみる。

 

僕の質問に対して、レディ・ナガンは何も言わなかった。

 

でも、口を開きはせずに、この前スポーツブラと丈の短い短パンで僕を揶揄ったときのように、ゆっくりと口角を上げていった。

それこそ、弓のような湾曲状に。

 

そして、親指で、自分自身の後ろにある場所を指す。

 

その指先を追って、彼女の後ろを見れば、そこにあったのは二つの文字。

声に出して読んでみる。

 

「家族用……混………浴……?」

 

文字を読むにつれて、声に出すのが恐ろしくなっていった。

 

『浴」の字を読み終わる頃には顔面蒼白。サーッと顔から血が引いてゆくのを嫌というほど感じる。

 

まさか。

 

ギギギギッと錆びついた機械のように、首を動かして、レディ・ナガンのほうへと顔を向ける。

 

彼女は笑っていた。

僕とは対照的に頬を赤く染め、心なしか息も荒い。

目が、こちらを見る目が、恐ろしい。

かつてない恐怖を感じる。

 

「レ、レディ・ナガン……まさか……」

 

さっきから何一つ話さなかったレディ・ナガンがようやく口を開ける。

 

でも、その口から紡がれた言葉は————

 

「あぁ、入るぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前と私、一緒にな」

 

 

 

 

 

 

 

————僕の予想通り、というべきか。

 

とにかく、ある意味で最高。また、ある意味で最悪なものだった。

 

顔から血が引いて、残り少なくなった顔に残る血も、全て、引いていくような気がした。

 

今の僕の顔は、真っ青を超えて真っ白なのではないだろうか。

 

とりあえず、男湯に駆け込まなければ。

 

男湯に駆け込みさえすれば、女性であるレディ・ナガンは入ってこれない。

いわば、セーブ地点などの安全地帯。

今の僕にとってのそれ———レディ・ナガンという怪物に襲われない安全地帯が、男湯なのだ。

 

僕の腕を掴んでいるレディ・ナガンの手。

がっしりと掴んでいるそれを引っぺがそうと、思いっきり力を込めて、レディ・ナガンの腕を引っ張る。

 

「は、離してくださいッッ」

 

びくともしない。

 

それはそうだ。

なんせ、彼女はプロヒーロー。

 

僕なんかのひ弱な力で押し負けては、やっていけない。

 

つまり、僕では彼女の腕を動かすことなんてできないのだ。

 

結論、僕は家族用混浴の風呂場へ行く以外に選択肢が無くなる。

 

もともと、レディ・ナガンの企みに気づかず銭湯に来た時点で、僕の運命は決まっていたのだ。

なんだか、レディ・ナガンの家に来たときを思い出す。

 

「ほら、行くぞ」

 

顔を真っ赤に染め、先ほどよりも息の荒いレディ・ナガンに引っ張られてズルズルと家族用混浴の風呂場へと引き込まれてゆくのだった

 

なす術なく、どうすることもできずに。

 

でも、僕とレディ・ナガンでは親と子供といった関係には見えない。

家族用混浴へ入るには、いささか危険なように見える。

 

どうやって、銭湯職員の人を説得したのだろう。

 

そのことをレディ・ナガンに聞けば、『姉弟で通した』とのこと。

 

なるほど。頭が回る。

こういうときだけ。

 

 

湯気の立ち上る、家族用混浴の風呂場は思いの外広かった。

 

二人で入っても、まだまだ余裕のある広さ。

 

二人で入っても、まだまだ余裕のある石造りの浴槽。

 

きっと、1人で入浴すれば、さぞ充実し、疲れの取れる入浴時間を過ごせただろう。

風呂の湯船に足先からゆっくりと浸かっていき、肩が水面の下になるまで浸かったら『あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッッ』と感嘆の声を上げる。

できることなら、このようにして、1人で心を落ち着かせたかった。

 

でも、今は絶対に心なんて落ち着かない。落ち着けない。

 

心臓は、最初からフルスロットルでドクンドクンと拍動を高鳴らせている。

頭の中には、払えど払えど思春期男児特有の煩悩しか出てこない。

体は強張り、潤滑油のさされていないロボットのような固い動きをしてしまう。

 

それも全て、レディ・ナガンが悪い。

 

あの人、顔を赤らめながら、僕のいる狭い脱衣所で、躊躇なく自分の下着やらブラジャーやらを外していった。

 

驚いた。

 

あまりに突然のことに、僕は時間が止まったような感覚を味わった。

 

ボーっとレディ・ナガンを見て、そして、我に帰った僕は何を見ているんだっ!と自分を恥じて。

 

僕も、なるべくレディ・ナガンを視界に入れないようにしながら、服を脱————ぎはせず、この脱衣所から逃げようとした。

 

しかし、それを取り逃すプロヒーローレディ・ナガンではなかった。

彼女の反射神経によって、結局、腕を掴まれて、やむを得ず風呂場へ逃げる他、なんとか生きて帰る方法がなかった。

 

そして現在。

未だうるさい心臓の鼓動を抑えるため、肩どころか、口まで水面下に沈めて、ひたすら湯船に浸かっている。

唇を振動させてブクブクと水面を揺らし、少しでも気を散らす。

 

レディ・ナガンはというと

 

「もうちょっと、こっちに来たっていいだろ」

 

同じ湯船に浸かっている。

 

拗ねながらも、顔を赤く染めているであろうレディ・ナガン。

もちろん僕も彼女も一糸纏わぬありのままの姿。

 

レディ・ナガンに至っては、服越しでも分かるその抜群のスタイルが、さらにすごいことになっているため、クソナードな僕では視界にいれることすら敵わない。

 

2人入っても余裕のある浴槽の中で、できるだけ距離をとってレディ・ナガンと離れる。

ただでさえ、この距離でも胸が高鳴るのに、もっと近くになったらどうなるか。

 

確実に、僕の心臓はキャパオーバーを迎え、風船のように破裂する。

 

だからこそ、僕の心臓のためにも、レディ・ナガンという危険物に対して、目に入れず近づかずといった体制をとっていた。

 

「……ったく、しゃーねぇな」

 

レディ・ナガンが気怠げに言う。

 

何をする気かと彼女の方を見れば。

離れるのなら近づけばいいと思ったのか、湯船から立ち上がり、胸を腕で隠しながらこちらへ近づいてくる。

 

戦慄した。

 

ザバンッザバンッと水が飛び散る音がするたびに、脳内で鳴り響く警報が大きくなっていく。

 

逃げるために風呂の中で距離を取ろうとする。

 

でも、それよりも早くにレディ・ナガンは僕の横に近づき、そして、そこに腰を下ろした。

 

僕が逃げないようにがっしりと肩を組んで。

 

「?!?!ッ」

 

布面積0肌面積100のレディ・ナガンと、まさに肌と肌をくっつけ合うようなゼロ距離にある。

 

この状況だけですでに心臓が破裂しそうだというのに、彼女の猛攻はこれだけに終わらない。

 

レディ・ナガンはクルッとその抜群スタイルの体をこちらへ向けた。

 

当然、彼女の胸部が(あらわ)になるわけで、僕はソレから視線を逸らすので精一杯だった。

 

急にこっちを向いて何をする気だ……。

 

レディ・ナガンの次の行動を予想する。

これ以上は流石にやばい。

 

しかし————

 

「ぴゃッ?!?!」

 

————その予想も虚しく、レディ・ナガンは僕へと手を伸ばし、正面からぎゅっと僕を抱き寄せたのだった。

 

彼女より一回り小さい僕の体にレディ・ナガンの豊満な胸部が当たる。

 

頭の中には心臓の音しか響かない。

 

もう、僕の顔は真っ赤で、体温も、湯船の温度と同じくらいに上昇していた。

 

こんなの、オーバーキルだ。

ただでさえクソナードだというのに、そのうえ全裸の女性に近づかれでもしたら————

 

「あ……あ…」

 

————急展開すぎて頭が混乱し、空気を吸おうとする金魚のように口をパクパクさせるしかできない。

 

「………ありがとう」

 

そんな状況の中、不意にレディ・ナガンが言葉を発する。

 

彼女の口から放たれたのは感謝。

 

困惑の最中、「何に対して」と言う前にレディ・ナガンが話し始めた。

 

「正直、嬉しかったんだ。私と同じ立場に立って、私と同じ思いをしてくれて……」

 

レディ・ナガンの顔を見る。

依然、顔も火照ったまま。息もいつもの彼女に比べたら荒い。

でも、その中に、哀愁漂う雰囲気を感じた。

 

「本当に、ありがとう……」

 

抱きしめる力が少し強くなる。

 

僕も、それに応えるようにして、彼女の体に手を回し、抱きしめる。

 

「だから————

 

レディ・ナガンがさらに言葉を紡ぐ。

 

落ち着きを取り戻した僕は、じっと次に彼女が口にする言葉を待つ。

 

————私から離れないでくれよ?」

 

放たれた言葉は、捉え方によっては束縛・独占に近しく感じるものだった。

 




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