それでもよければ見て行ってください
「着きました、呉です。…ここでよろしいのですか?」
「お迎えありがとうございます。ええ、少し港内を歩きたい気分でして。元帥殿によろしく頼みます。」
「…わかりました。橋本さんの活躍をお祈りしております。」
運転手に礼をし車が去っていくのを見送ると俺は歩き出した。
俺の名は橋本稔、日本海軍の中尉だ。
深海棲艦の侵攻から十二年、世界は未だ戦争が続いていた。深海棲艦は人類の既存の兵器では歯が立たず、人類の制海権はほぼ全て奪われてしまった。しかし、深海棲艦の出現から五年後、『艦娘』『妖精』という存在が現れたのをきっかけに人類は徐々に勢力を取り戻しつつあった。
艦娘はその名の通り「娘の姿をした軍艦」である、その姿は少女から大人の女性まで様々だが海上では深海棲艦と渡り合える能力を持っている。
妖精は彼女達をサポートする存在だが一部の人間にしか見えず、あまり詳しいことはわかっていない。
そして艦娘と妖精の指揮をする者は『提督』と言われ訓練の後、鎮守府や泊地へ配属となる。
そして我が国の海軍の中枢である呉の鎮守府に俺は『提督』として着任した。
「中尉の俺が呉の提督とはな。荷が重すぎやしないか?元帥殿の考えは昔から分からんな。」
俺は鎮守府に向かいながら海軍本部での会話を思い出す。
一ヶ月前、海軍本部にて
「君には、呉の鎮守府の提督を任せたいのだよ、橋本くん。」
目の前にいる立派な白い髭と髪を生やした老人……海軍元帥の山田一平は笑いながらそんなことを言ってきた。
「…正気ですか?元帥殿。私は中尉ですよ?」
「?君には提督の素質があるのだろう。」
「いやまあ、そうですけど…私の上にも素質のある人はいるでしょう?」
「だが君は妖精と“話せる”のだろう?」
提督の素質、それは妖精を視認し指示ができること。中でも私のように妖精と話せるのはごく一部に限られる。
話すと言っても言語で会話するのではなく妖精達の伝えたいことがなんとなく分かる程度だ。所謂、テレパシーというものに似ている。
「そうだとしても…」
「まぁまぁ細かいことは気にするな!それに、君を選んだのはもう一つ理由がある。」
「なんでしょう?」
「『艦娘兵器派』の連中だ。」
「…なるほど。」
『艦娘兵器派』それは「艦娘は兵器である」と主張し艦娘を兵器のように利用することで効率よく作戦を進めようとする派閥だが、実態は過酷な環境に置き補給もなしに特攻させ艦娘達を沈ませていくという効率もクソもない作戦ばかり実行している。中には艦娘に対し性的暴行を加え私欲の為に艦娘を利用している輩もいると聞く。
現在は元帥の影響もあり厳しい取り締まりを行っているがまだまだその影響は残っている。
「実は呉鎮守府の前提督が兵器派でな、艦娘たちはかなり厳しい環境にいたそうだ。上層部の連中にはまだ兵器派が多く潜んでいる、そこで信頼できる君を選んだ。『あの部隊』にいた君なら彼女達を正しく導けると思ってね。この仕事受けてくれるかい?」
元帥の言葉を聞いた俺の答えは1つだった。
「……勿論です。私にお任せください。」
っと、考えてる間に鎮守府についたな…さすがにでかいな地方の泊地とは比べ物にならない……ん?
誰かいるな…女性?もしかして艦娘か?
俺は鎮守府の門の前に立つその子に声をかけた。
「やあ、俺はこの呉鎮守府の新たな提督に任命された橋本稔だ。君はここの艦娘かな?」
「お待ちしておりました橋本提督。私はこの呉鎮守府第一艦隊の旗艦、空母瑞鶴です。」
「瑞鶴かよろしく。別に敬語じゃなくてもいいぞ、楽にしてくれ。」
「…いえ、そういう訳にはいきません。どうぞ、こちらへ。」
なるべくフレンドリーに接したつもりだが反応は冷たかった。
瑞鶴は俺を警戒するように目を細めているがあまり気にしないことにしよう。まぁ無理もないか、今まで提督に酷い目に遭わされたんだ俺を警戒するのも当たり前か。
俺はその後、瑞鶴に鎮守府の案内を頼んだ。なんとか打ち解けようと必死に話題を考えたが何も浮かばなかった。そう言えば俺女性と話すの十年ぶりだった。悲しいね。
「ここが執務室です。あちらの扉は提督の私室になっています。案内は以上です。」
「ああ、ありがとう。」
瑞鶴の案内を一通り受け終わったのだが、そこで俺はあることに気付いた。
「なあ、瑞鶴。他の艦娘はどうした?全然姿が見えないんだが…」
「…今は艦娘の寮にいますが。」
「なら、呼んできてくれないか?全員に挨拶したいんだ。」
「……わかりました。すぐに呼んできます。」
「あ、嫌と言う子がいたら無理に来させなくていいよ。後で俺から挨拶しにいくから。」
俺がそう言うと瑞鶴は一瞬驚いたような顔をして俺を見る、がすぐに警戒モードに入って、
「わかりました。」
と言って部屋を出ていった。
さて、この鎮守府を一通り回った感想は一つだ……
思ったよりも酷い。
ここ呉だよ?日本防衛の要だよ?なのにドックや工廠はあちこち錆びてるし、この執務室だって所々血の跡のシミがあるし。掃除できてないのか臭いし…研修で行った地方の泊地より酷いわ!
「前任の野郎はどんだけクソだったんだ?」
なんて愚痴をこぼしているとガチャと扉の開く音がした
「失礼します。」
瑞鶴を先頭にその他七名の艦娘達が入ってきた。まぁ初日はこんなもんか。逆に八人も来てくれたんだ、ありがたく思おう。
俺は姿勢を正して艦娘達の前に立つと
「まずは来てくれてありがとう。聞いているとは思うが俺は橋本稔中尉、この鎮守府の新たな提督だ。前任のことは聞いている、すぐに信用しろとは言わないし、信じられなければ憲兵に突き出してもらって構わない。だが、俺は皆と仲良くできたらと思っている。あと、敬語は使わなくてもいいぞ。これからよろしく頼む。」
彼女達の表情からは動揺が感じとれた。だが恐怖や嫌悪を示されなかっただけいい…はず。
「じゃあ一応自己紹介を頼めるかな。」
俺がそう言うと少し戸惑った風に彼女たちが目を合わせていると、瑞鶴が前に出た。
「私は翔鶴型航空母艦二番艦の瑞鶴。ここの第一艦隊旗艦よ。」
「ああ、よろしくな瑞鶴。」
さっきまでの恭しい敬語はなくなってようやく素が見えたな。
瑞鶴のおかげで他の子の緊張も少しは解けただろう。
「えと…私は白露型駆逐艦一番艦の白露…です…よろしく。」
「同じく白露型の二番艦時雨だよ。」
「三番艦の夕立…っぽい!」
高性能な白露型が三人もか流石は呉、一応の戦力は整ってるな。
それに瑞鶴のおかげもあってか少し表情は明るい……
白露を除いて。他二人に比べ警戒心が強い、長女だし思うところがあるのだろうか。
まあそこは後で話を聞いてみるか。
「夕張型軽巡洋艦、夕張です。」
「川内型軽巡洋艦一番艦の川内よ!夜戦は任せてね!」
軽巡洋艦も十分な戦力が揃っている、駆逐艦達と組ませて水雷戦隊を編成するのもいいな。
「金剛型戦艦の三番艦…榛名……です。」
「……軽空母鳳翔です。」
…この二人からは特に深い闇を感じる。精神が不安定な状態でいきなり最前線に立たせるのは危ないか。主力艦なのでできれば早めに復帰させたいが……
まあ艦娘達とのコミュニケーションは後々考えるとして、問題はここにいない艦娘達だな。日を改めて挨拶に行くか…それとも…
「なあ瑞鶴、ここに来てない艦娘ってどれくらいだ?」
「…0です。」
「……は?」
0?つまりこの八人が今の呉の戦力って事?
「うっそだろおい。」
つい口から本音が漏れてしまう。それを聞いて明らかに皆の表情が曇る。
「え?どうしてこんなことに?俺が聞いていた呉の戦力は最低でも60人と聞いていたが?」
「そうですね、三ヶ月ほど前まではそのくらいだったと思います。」
俺の疑問に鳳翔が淡々と答える。
「提督は三ヶ月前に行われた『大規模作戦』は知っていますか?」
「勿論だ。横須賀、佐世保、呉、舞鶴の鎮守府を中心とした作戦だろ?多方面に一気に進行し敵戦力の撃滅と制海権奪取が目的の作戦だ、それがどうした…ってまさか。」
「ええ、お察しの通りです。前提督は補給もなしに私達を出撃させ、被弾しても入渠させてもらえず、動けなくなった子は盾にされ……そんな無茶な作戦で多くの子が沈みました。その後なんとか生き残った子も精神を病み自ら命を断つように沈んでいきました。」
「……」
なるほど、道理で極端に戦力が少ないわけだ。
「…わかった、君達は俺が想像しきれないほど辛い経験をしていたんだな。ま、ひとまず今日はこれで終わりだと言いたいが。もう少し付き合ってもらいたい子がいる。今から呼ぶ子以外は部屋に戻っていいぞ。」
言い表せぬ緊張感が部屋に溢れ、皆息を呑む。
「瑞鶴、白露、榛名、鳳翔は残ってくれ…後の子は帰っていいぞ。とその前に瑞鶴…」
「どうしたの。」
「俺の手を縛ってくれ。」
「……え?提督って変態なの?」
艦娘達の基準は俺の癖と好み