あとはエイシンフラッシュにこういうお手入れとかされたいと思う日々なのでした。
ネイルを覚えたエイシンフラッシュがトレーナーの爪をお手入れする話
「トレーナーさん…爪を切ってないのですか?」
黒鹿毛の彼女、エイシンフラッシュから言葉をかけられた。今日はトレーニングがお休みであり、彼女も図書館で借りた本を読みたいとのことでトレーナー室に来ている。
対する俺はトレーナー室で一人でパソコンで資料をまとめたり、次のレースに向けた研究をしている。そんな時に彼女が覗き込んできたのだが…
「あ…あぁ、そういえば切ってなかったな。ごめん、不潔だったね」
「いえ…最近忙しいのですか?」
「そこそこ、かな。でも楽しい忙しさだから苦痛ではないよ」
そうここ最近は忙しくまともな休日が取れていないのは事実である。実際に夜遅くまでトレーナー室に残ることもあり、そして帰ってきてはシャワーを浴びてはそのまま眠りこけてしまう毎日。たまに取れる休日は1日惰眠を貪って体の回復に努めている。
しかし、この忙しさは全てフラッシュが活躍するための忙しさであり、そして彼女自身も応えてくれるためそれが嬉しく張り切っていた。
とはいえ、身嗜みがしっかりしていないとなるとその忙しい毎日もあまり良くないであろう。彼女から指摘されているのであれば、少しは気にする必要がある。
と、そこでフラッシュからとある提案をされた。
「その爪、お手入れいたしましょうか?」
「…お手入れ?」
「はい、ジョーダンさんからこの間ギャルデビューをしませんか?と言われて…」
「…ぎゃ、ギャルデビュー…」
フラッシュがメイクをしたりネイルをするということなのだろうか。ちょっと想像が付かなかった。ギャルというと思いつくのは制服を着崩したり、それこそ派手なアイラインに口紅、それに明るい色のネイルだろうか。後はアクセサリーも携えているだろう。
更にはギャル語を使うフラッシュ。うん、似合うというか違和感が凄い気がする。もしかしたら何かの化学反応で似合うかもしれないし、可愛いかもしれないが今の彼女には想像できなかった。
「ええっと…それで…ギャルデビュー…するのか?」
「さすがに致しませんよ。ですが、ネイルだけは教えて頂きまして」
「ほう、ネイル?」
彼女がギャルデビューしないことを聞けば少しだけ胸をほっと撫でおろしていく。少しだけ見てみたいと思う心情もあったがこれは内緒だ。
「クリアネイル、というのをご存じでしょうか?爪本来の形や色を際立たせるものでして。派手な色のものは流石に…と思いましたが、これは色も無く本来の自爪を活かすので良いと思いまして」
「それを俺にしてくれるのか?似合うかなぁ…」
「クリアネイルは男性もしている方はいらっしゃいますよ。それに清潔感もより出ますので、人前に出るときには困らないかと」
「なるほど…」
フラッシュはこういう事には疎いと思っていたが、意外と知っていた。そこはやはり女の子なのだろう。彼女の友達にはトーセンジョーダンやスマートファルコンといった人物がいる。そこからの知識なのかもしれない。
しかし、ネイル。俺自身はそういうメンズケアというものは縁遠く、あまり考えたことがなかった。少しだけ抵抗感がある。
だけど自分の両手の爪を見れば確かに白い部分は伸びており、引っかいてしまえばケガを負わせてしまう事も可能なほど。それにトレーナーという職業柄、人前に出てインタビューに答えたりすることもある。
その時にだらしないトレーナーであればフラッシュにも迷惑をかけてしまうだろう。俺の不甲斐なさで彼女に迷惑を掛けたくはなかった。
「じゃあ…申し訳ないけどお願いしようかな。お試しで片手だけでいいかな?」
「分かりました。では、あちらに座って頂けますか?」
「あぁ、了解」
フラッシュにトレーナー室に備え付けられた椅子に座る様に促される。俺が椅子に座ると机を挟んで彼女が対面に座っていき、バッグの中を漁り始めていた。そうしてバッグから取り出されるはタオルとネイル用の道具。
「ネイルは…買ったのか?」
「いえ、ジョーダンさんから頂きました。曰く、クリアネイルが合わなかったのであげる、とのことです」
「あぁ…なんか分かるかも」
まさにギャルという存在を体現している彼女からすれば自爪を活かすのは、地味だと思ってしまうかもしれない。とはいえそれをあげるのはかなり気前がいいだろう。
フラッシュはタオルを巻いて手の置き場を作っていく。そしてその置き場の下にはティッシュを引いては、爪の破片を捨てられるようにする場所。その横にはネイル用品だろうか、何かのボトルや爪切り、やすりが傍に置かれていく。
「では、このタオルの上に片手を置いてください」
「じゃあ、こっちで…」
俺はそのタオルの上に右手を置いていく。タオルはふかふかと気持ちよく、手触りがよい。彼女は左手で俺の右手を支えるように持ち上げていき、そして右手には白い爪切り。
彼女の爪を見るといつもより光沢のある爪。なるほど、これがクリアネイルをした爪なのか。確かに清潔感を感じるし、何よりよく似合っている。こうやってフラッシュの爪や指を見ると細く長い、それに綺麗だと感じた。
ぱちんっ、ぱちっ
爪切りで爪を切られていく。人に爪を切られるなんていつぶりの事だろうか。小さい頃には母親に切られた以来かもしれない。少しだけくすぐったさを感じてしまうが、どこか心地よさも感じている。人に自分の手入れをされるのは何故だか不思議な気持ちよさがあった。
ぱちんっ、ぱちんっ、ぱちっ
親指から続き、人差し指、中指の爪が切られていく。白い所は少し残されており、深爪にならないように丁寧にしてくれていた。フラッシュの方に視線を向けると俺の手を眺めながら穏やかな表情。意外と緊張しているのかと思ったが、まるで手馴れているようにも感じた。
「フラッシュのネイル、綺麗だね。よく似合ってるよ」
「ふふっ、ありがとうございます。トレーナーさんもきっとお似合いですよ」
ぱちっ、ぱちんっ、ぱちっ
指に伝わる爪切りで切られていく感触。薬指と小指の爪が切られると彼女は一枚ティッシュを取り出して、そこにとんとん、と切った爪を置いていく。
そうしてくるくる、とティッシュを包んでいき、そのままゴミ箱へと捨てていく。次に彼女が手にしたのはやすりであった。黒い持ち手に全体像は長方形の形をしていた。その持ち手以外は銀色をしており、でこぼことした形。そのでこぼこの所で爪を綺麗に整えるだろうと分かった。
「次はやすりで形を整えていきます」
フラッシュは左手を添えて、右手で親指からやすりで爪の先端を削り始めていく。
しゅっ、しゃりしゃり、ざりざり
うん、これもなんというかくすぐったさはあるが、やはり心地よい。彼女は何度か先端を擦りながら削った後に、やすりの削った面を反対にして削り始める。
しゃりしゃり、しゅりしゅり
音が先ほどとは近い軽い物に感じる。やすりに視線を動かすと目が細かく感じる。荒い面でまずは削っていき、そこから細かい面で整えていくという感じか。爪の先端だけでなく、爪の表面自体も削られては少し光沢が出ていく。
「表面を削るのはなんでだ?」
「これをする事でネイルのジェルをしっかり固定する役割があるそうです。それ以外にも綺麗にする意味もありますが」
「へぇ、物知りだな」
「全部ジョーダンさんからお聞きしたことを真似ているだけです」
フラッシュは少し眉を下げて苦笑いをしながらまたやすりで擦り始める。
しゅっしゅっ、ざりざりざり、しゅりしゅり
世の中にはこれをASMRとして聞いている人も居るそうだが、これは確かに心地よい。静かなトレーナー室に響いているこの音が眠気を誘ってくる。
ふわぁ、と左手で開く口を押さえているとフラッシュはやすりを動かす手を止めて、此方に視線を移しては
「ちゃんと寝られていますか?」
「…ちょっと少ないかも」
「しっかり寝ないと不健康になりますよ。トレーナーさんが私のために色々してくださるのは嬉しいですが…それ以上にご自身の体を大事にしてください」
「はい…善処します」
彼女に怒られてしまった。でもこれは彼女が心配し、そして信頼してくれているが故のものである。所謂愛の鞭というやつだろう。
中指、薬指、小指もやすりでしっかりと整えられていく。
しゅっしゅっ、ざりざり、しゃり、しゅっしゅっ
「これでやすりはおしまいです。どうですか?これだけでもかなり綺麗になったと思いますよ」
「……」
「トレーナーさん?」
「あ…いや、まさかこんな綺麗になるなんてと思って。少し驚いてた」
自分の右手を目の前に持ってこれば、既にそれだけでも先ほどまで乱雑に伸びていた爪は均一な長さに揃えられている。表面はやすりで削られたことにより少しだけトレーナー室の光を反射するように光沢を持っており、これだけでも見違えたと言えるだろう。ネイルケア、恐るべし。
「本当はそこから爪の甘皮を取り除いたりもするそうですよ」
「…なにそれ…?」
「爪の生えている部分に薄い皮がありますよね?それのことです。ただこれは処理が大変で初心者にはおすすめではないとお聞きしましたので、今回は省きますね」
「わ…分かった」
さっきからフラッシュの言いなり状態。とはいえ知らない事ばかりであるため、彼女から教えられるのは少し嬉しさもある。というよりジョーダンやシチーといったギャルウマ娘は毎度これをしているのか、中々大変なことをしているのだなぁと思ってしまう。本人たちは好きでしているため、苦ではないのだろうが…。
俺はタオルの上に右手を置いていくと、彼女は白くて丸いブラシの様なもので俺の爪の表面を撫でるようにして擦っていく。毛先は柔らかく、ふわふわとしていた。
「これは?」
「先ほどやすりで削った爪の破片を取り除くものです。気持ちいいですか?」
「あぁ、とても気持ちいいよ。フラッシュにして貰ってるのもあるかもだけど」
「…んんっ…そうですか…それならばよかったです」
頬を赤らめる彼女。暫くブラシで撫でられていけばそれを横に置いていく。そしてそそくさと取り出す1つの黒い蓋に透明な瓶。まるでその行動は彼女自身が恥ずかしがっているのを隠しているようにも見えた。
「本当はこれにベースコートというのも塗るんですよ。ですが今回はお試しなので省きますね」
「詳しくない?詳しすぎない?ギャルにならないよね?」
「なりませんよ。ジョーダンさんが丁寧に教えてくださったのでそのおかげですね」
やけに詳しいフラッシュのネイル知識。真面目な彼女のことだからきっとジョーダンの話をメモしながら聞いていたのだろう。
取り出された瓶の中身を見るとそれは白い液体のようなものが入っていた。瓶の大きさとしては掌で包むと少し出るほどだろうか。その瓶の蓋をからから、と回して開けていくと中から既に液体、マニキュアで浸されている黒い毛先。
またフラッシュは俺の右手に左手を添えては、その毛先で親指、そして人差し指と塗り始めていく。爪の真ん中にそのマニキュアを塗っては今度は左右に広げていく。その液体は少しだけひんやりとしており、彼女の手の暖かさとは真反対だった。
塗られていく爪に透明のジェルの様な液体。しかし、自分の爪に塗られていくとより先ほどよりもきらきらと光沢を得ており、少し宝石のようにも見えてしまう。確かにこれはいつも自分が見ている爪よりも綺麗に見える。これがネイルの凄さなのか、と感嘆してしまった。
「このマニキュアを塗った後は更にトップコート、というものがあります。ベースコートはマニキュアを塗る前の下地、トップコートはマニキュアを塗った後の保護の様なものだと思ってください」
「………なんかそういうネイルの店に来たみたいだ。上手だね?」
「そんなことありませんよ、ジョーダンさんやヘリオスさんと比べたらまだまだ未熟者です」
親指を塗っては爪の先端までしっかりと塗られて、俺の爪はネイルによってコーディネートされていった。それを人差し指、中指、と続いていく。新しい指に塗る前に瓶の中に毛先を浸しては、余分な量をとんとん、と縁に当てては取り除いていく。
ぬりぬり、ぬりぬり
今回は透明なものであるため、自爪の白とピンクが良く映えるようになっているが、これが他の色になればまるで絵を描くようになるのだろう。男の自分であれば今回のものが丁度塩梅してもよい。フラッシュに今塗られているクリアネイル以外の色が付いたものも少し見てみたい気がした。
ぬりぬり、ぬりぬり
フラッシュの所作を眺めていれば、既に小指。その小指も毛先でしっかりと塗られていくと彼女は瓶にその毛先を納めていき、からから、と音を立てながらしっかりと蓋を閉じていった。
「これにて完了です。今回はお試しなのですが、どうでしょうか?」
「……おー…なんというか全然違うな」
「ふふっ、手を上に挙げないでくださいね。まだ乾いていないので落ちてしまいます」
「そ、そうなのか」
手を挙げて俺は光に照らしながら見ようとすると、フラッシュからの注意。折角彼女がしてくれたのにこれを台無しにするのはもったいない。またタオルの上に置いて俺はそれを眺めていく。
トレーナー室の光がその爪を照らし、そしてきらきらと光沢を放っている。自分の左手を出すと、その違いにやはり驚きを隠せない。
左手は爪が伸び、誰かに見られてしまえばあまり良い印象を与えないかもしれない。だが右手は左手と比べては爪も短く、なにより綺麗さがより目立っている。宝石のようだ、と言ってしまえば過言かもしれない。だけどフラッシュにして貰ったのも相まってそれくらい綺麗に見えてしまった。
さすがにここまで時間をかけて毎日することは不可能だが、人前に出るときなどはしても良いかもしれない。
「フラッシュ、このマニキュアはどう取ったらいいんだ?お湯とかに付けるのか?」
「簡単ですよ。コットンに除光液、というのを浸してそれを爪に付けるんです。1分したら拭きとれますよ」
「なるほど、簡単に取れるんだな」
お手入れも簡単となるとありがたい。今日一日これでも良いのだが、もし取るのに時間がかかるとなると少しだけ仕事の進みを気になってしまう所だった。
「どうされます?取りますか?」
「いや、すぐ取れるなら今日一日はこれで過ごすよ。明日取って欲しいな」
「分かりました。今回は下地も何もしていないのでもしかしたらボロボロと取れてしまうかもしれませんが…」
「大丈夫、気にしないよ」
フラッシュの気遣いが嬉しく、少し緩めてしまう。そういった小さな気遣いや心配が俺にとっては嬉しいのだ。だからこそ、彼女の為にも頑張りたくなってしまう。
10分後、そろそろ乾いた頃合いだろうか。俺は椅子から立ち上がって、離れようとするとフラッシュから「あの…」と声を掛けられる。
俺は振り向いてフラッシュの方を見ていくと、彼女は少し眉を下げて此方を見つめていた。
「その…良ければもう片方の手もマニキュアは無しにして…爪切りだけでも致しましょうか?」
「いいのか?なんかそこまでされるのはなんか申し訳ない気が…」
「私は構いませんよ」
「そ、そう?なら…」
俺はまた椅子に座りなおしていく。そうして先ほどとは反対側の左手を出して、タオルの上に置いていくと彼女は爪切りを取り出して、右手と同じように整え始める。
左手の爪を切っている彼女はどこか楽しそうであり、少しだけ鼻歌を歌っている。
「上機嫌だね」
「えぇ…だってトレーナーさんの手をこうやってお手入れすることが楽しいのですから」
「楽しいもんかな…?」
俺自身としては誰かにこうやってして貰うのは気恥ずかしさもあるが心地よさもある。だけど、誰かのお手入れをするというのがあまりしたことが無いため、彼女のその楽しいのはよく分からなかった。
フラッシュはぱちんっ、と人差し指の爪を切り終えた後に顔を上げて、此方を見つめては
「こうすることで触れ合え──────マニキュアを塗れば今だけでもお揃いになれるのですから」