そんなお話です。
この子には嫉妬が良く似合うと思うのは私だけでしょうか。
5/23追記 タイトル変えました…すみません…
4年目の秋。ヴィクトリアマイルを2連覇をし、宝塚記念では3着と悔しい結果になってしまった。
次走はエリザベス女王杯を見据えており、その連覇。そして有馬記念の出走を私は考えていました。
エリザベス女王杯の連覇を目指し、そして有馬記念。そう、ジェンティルさんが出走すると聞き、私は奮闘をしておりました。
トレーナーさんも「ジェンティルが出てくるなら負けられないな、今よりもっと君を支えないと」と言ってはトレーナー室に籠ってジェンティルさんの対策を練っていました。
日に日に彼の机の上に増えていくエナジードリンクの数。夏合宿を終えて、エリザベス女王杯まで残り1か月。彼は毎日のようにトレーナー室に残っては、私のトレーニングの指導もしてくれています。
そして会うごとに彼の眼の隈はより濃くなっていく。私の為に頑張ってくれることは嬉しいのですが、トレーナーさんが無理をしてしまうことは嬉しくなかった。
そうです、トレーナーさんが頑張っているのであればちょっとしたご褒美でもあげましょう。寮の調理室を借りてバレンタインではありませんが、彼にチョコを使ったお菓子でも渡しましょう。そうと決まれば善は急げ、早速寮で彼に手作りのものを作っていく。
鼻歌を交えながら、彼の事を考えながら私はお菓子を作っていきます。
誰かの─────いえ、トレーナーさんの事を想ってするのはとても心を暖めてくれるものですね。
**
そんな次の日。私はブラウニーを透明な袋に入れて、更にはピンクのリボンでラッピングまでしてしまっている。
舞い上がりすぎました。そんな特別な日でもないのにここまで力を入れてしまっている自分に少しだけ自嘲気味に笑ってしまいます。でも、それだけ私の心を躍らせてしまってるのです。
これはトレーナーさんのせい、だなんて勝手に彼の仕業にしてはトレーナー室をノックしていく。
こんこんっ
トレーナー室に響くノック音、そこから彼の声は聞こえませんでした。もしかして聞こえなかったのかしら、そんなことを思い今度は強めにノックをする。
こんっ、こんっ
やはり彼の声は返ってきませんでした。今日は元々トレーニングがお休みであるため、もしかしたら来ていないのかもしれません。ですが、普段はこのトレーナー室にいるはず。私は扉の引き戸に指を引っかけて力を入れていくと抵抗なく扉が開いていきました。
「あら…?開いてる?」
鍵がかかっていないとなるときっとトレーナーさんは中にいるでしょう。私はその扉の隙間から中を覗いていきます。その隙間からはソファーが見え、トレーナーさんがその上で横になっているのが見えました。
ゆっくりと音を立てないように扉を開けていき、トレーナー室へ足を踏み入れていく。扉を閉めては忍び足で彼の元へ。
やっぱりそうでした。彼は寝ています。気持ちよさそうに寝息を立てては、横になっていました。
「もう、本当に仕方のない人ですね」
きっと昨日も遅くまで書類仕事にトレーニング理論、そしてレースについて調べていたのでしょう。ソファーの正面にある机の上には資料が散らばっていました。
トレーナーさんが寝ていない方のソファーにバッグを置いていき、その資料に視線を移していく。そこには私の写真や走り、トレーニング内容が書かれたもの。少しだけ頬が緩んでしまいます。
そしてその横には私と同じようにジェンティルさんの資料がまとめられていました。
しかも事細かに。
「…トレーナーさーん?これじゃ担当が誰か分かりませんよー?」
彼に聞こえないように小さな声で独り言。もやもや、とした感情が私の中で湧き上がってしまう。
そう、ここ最近彼は私だけではなく、ジェンティルさんの走りについて調べていることも多かった。
そして走りだけではなく、そのトレーニング内容ですら彼は調べていました。正直ジェンティルさんのトレーニングは常軌を逸しており、真似することは難しいでしょう。
とはいえ、その中でも色々と理論を再構築して、私でも可能なトレーニングにしてくれている。彼の行動は全て私に繋がっています。ですが、それでもジェンティルさんばかり見ている彼に嫉妬してしまいます。
「本当に…でも、感謝してますからね。トレーナーさん」
私はその資料をまとめては一つに束ねていく。トントンっ、と机でしっかりと丁寧にまとめた後、今度は散らばってしまわないようにクリップで挟んでいきました。そしてその資料の横には包装されたブラウニーも添えていきます。
さて、ご褒美をあげようかと思いましたが、これでは味気がありませんね。彼に味の感想と他愛ないお話でもしようかと思いましたが、寝てしまっているのであればそれは不可能です。
しかし、それをしたいがためにトレーナーさんを起こすのも忍びありません。
そして脳裏に過ぎる一つの新たな
「し…失礼しますね…?」
私はトレーナーさんの頭をゆっくりと持ち上げては、彼の頭があった所に座り、私の太腿に彼の頭を乗せていく。
「…私…凄く大胆なことしてるかも…」
彼に聞こえないように小さく呟いていく。視線を下に向けるといつもより近い彼の顔。安らかに眠っており、少しだけ口元が開いてはそこから息を吐く音が聞こえてしまう。
とくんっ、とくんっ
心臓の鼓動が強くなっていく。彼にご褒美をあげたい一心で行動してしまいましたが、これは心臓にとても悪いです。
ですが、視線はトレーナーさんの表情から離すことができませんでした。少し乾いてしまっている唇。閉じている瞼からは少し長めのまつ毛。細く、すらりとしている鼻。近いからこそ余計に彼の顔のパーツ一つ一つがより見えてしまう。
そして少しだけ顔を離せば、全体はよく整った顔立ちであり、その眠っている表情はまるで小さな子供のようにも思えてしまいました。
普段は見せない彼の表情。レースに勝った時の笑顔、資料を眺めているときの真剣な表情、私を慰めてくれた憂いを帯びた表情、遊びに出かけた時に見せてくれる柔らかな表情。この子供のような寝ている彼の表情は珍しく、そしてもっと見たいと思ってしまいました。
彼の表情を眺めていると不思議と心臓の鼓動が落ち着いてきました。いつもの規則正しい鼓動音、それだけトレーナーさんの事を私は意識してしまっている。
「ふふっ…本当に…貴方のせいなんですよ…こんな風にしたのは」
瞳を細め、私はまるで妹達を撫でるようにして彼の頭を撫でていく。妹とは違う少しパサパサとした髪質。でも、それが不思議と撫でていて気持ちよかった。
もう少しこのまま彼に膝枕をしたい、そんな事すらも思えてしまう。
ですが、それとは反対に私はトレーナーさんが起きたらどのような反応をするのでしょうか、なんて考えてしまいました。
驚く?
それとも嬉しそうにする?
もしかしたら何事も無さそうに振る舞うかもしれません。
トレーナーさんがどんな反応をするのか余計に気になってしまいました。その反応が見たいがために私はちょっとだけ彼に囁くようにしてトレーナーさんに声をかけます。
「トレーナーさん、おはようございます」
ぴくっ、と彼のまつ毛が動いていく。少しだけ頭を動かしてもぞもぞ、と彼が動くと髪が擦れてくすぐったく感じてしまいました。
そうして彼の瞼が開かれると彼は寝ぼけた声で
「あれ………ヴィルシーナ……?」
「えぇ、ヴィルシーナですよ」
私は彼の問いに答えていきます。トレーナーさんはゆっくりと何度か目をぱちぱち、と開閉を繰り返しては困ったように眉を下げていきました。
「もしかして…これは…膝枕かな?」
「はい、ご褒美にいかがかと思いまして」
「ご褒美にしては大胆だね…」
彼は頭を動かしては机の方に視線を動かしていく。また彼は眉を下げては、申し訳なさそうにして
「ごめん、心配かけたね…」
「本当ですよ、最近ジェンティルさんばかり気にしてるのですから…」
「そう、そうなんだよ!ジェンティルって凄くてさ…いや、ヴィルシーナも凄いのは勿論なんだ。でも、彼女の走りやトレーニング方法は…ってこの状態で話すことじゃないね…」
トレーナーさんがジェンティルさんの事になると少しだけ瞳を輝かせて話始めようとする。そして体を起こそうとすれば、私は彼の胸とお腹に手を置いて、立てないように無理矢理制止。
「ヴィ、ヴィルシーナ…?」
トレーナーさんは目を見開いては私を見つめながら困惑の表情で固まってしまう。対する私は彼の体を抑えたまま、ただただ、視線を下に向けて彼と合わせないようにしてしまう。
悔しい。
あの方はここにいないのに、それでもあの方は私のトレーナーさんを夢中にさせてしまう。
ずるい。
彼は私のトレーナーさんであり、私は彼の担当ウマ娘。私は彼にもっと見て欲しいのに。
羨ましい。
私がもっと強ければ、トレーナーさんを夢中にさせることが出来たのに。
私は前屈みになっては、彼の周囲を自分の長く、さらさらとした青毛を垂らしては外界から絶ってしまう。
今、この世界には私と貴方だけ。もし、トレーナーさんが他所を向いても、そこには私の髪があり、彼の視線を遮ってしまうほどに全てを覆ってしまいます。
私は2番、というこの文字が好きではなかった。頂点を目指し、そして常に1番であり続けたかった。だから、トレーナーさんもジェンティルさんではなく、私の事だけを考えて欲しい。
それがたとえ実物ではなくても、写真や映像だとしてもトレーナーさんにはあの方ではなく私を見て欲しかった。
レースで2着になる。それはとても悔しいこと。
だけど一瞬でもトレーナーさんの心が、私が1番ではなく、誰かが1番になることが最も許せない。
だからこそ、私という存在を1番にしたかった。この膝枕という状況は私にとってとても好都合です。
「ヴィルシーナ…その…これは……さすがに…」
トレーナーさんと近くなる顔の距離。彼は視線を逸らして、そして口元に右手を持ってきては隠すようにしている。彼の頬は赤く、それはまさに照れているという言葉があっている。
トレーナーさんが照れている。今まで見たことのない彼の表情。彼にアピールしようと近づいてもまるで妹のように扱われ、異性として見てくれなかった彼が──────
照れている
少しだけ、少しだけ私の口角が上がってしまう。
トレーナーさんは何を考えているのでしょう。彼の心の内は分かりません。ですが、私は彼のこの見たことのない表情を沢山見たいと思ってしまいます。
「トレーナーさん」
「な、なんだい…?」
彼は視線をちらり、と此方に向けては直ぐにまた逸らしてしまう。
あぁ、可愛らしいですね。普段大人びて、時には無邪気な表情を見せるトレーナーさんが頬を赤くして、そして私を意識してしまっている。
今この瞬間は、あの方ではなく彼は私を一番に思ってくださっているでしょうか。いえ、思ってくださらないと私は納得がいきません。
だから、もっと私を一番に考えてもらうために私
トレーナーさんの瞳を見つめながら、私は瞳を細めて微笑んでいく。きっとこの微笑みはヴィブロスやシュヴァルにも、両親にも見せたことがないものでしょう。
そうして、ゆっくりと口を開いては、
「トレーナーさん、私だけを見ててください───────
ずっと」