「ヴィルシーナに似合うドレスか…」
とある撮影スタジオ、そこに多く飾られている様々なウェディングドレスを1つ1つ吟味していく。中々このウェディングドレスを決めるというのは難しいものだ。
様々な装いであり、更には色自体も白だけではなく、青色に赤色といった基本的な色に紫やピンクといったものまで。なるほど、この中から選ぶというのは難しい。どれが似合うのか俺は1つ1つ眺めていくもあまりピンとくるものは無かった。
「お姉ちゃん、これなんてどうかな?♡」
「姉さんにはこっちが似合うよ…」
「ふ、2人とも待って…?」
背後から聞こえてくる三姉妹の声。ヴィルシーナは少し困ったように眉を下げているが、そんなことを余所にしながら、シュヴァルとヴィブロスはウェディングドレスを進めていく。
ヴィブロスはピンク色のカラードレス。対するシュヴァルは緑色のカラードレスだ。2人して見合いながらどちらがより大好きな姉をコーディネートできるかで言い合っている。
さて、なぜウェディングドレスを選ぶことになったのか。
それは3日前の話になる────
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「ティアラを目指したもの達の撮影…ですか?」
「そう、過去にはメジロラモーヌとかダイワスカーレット…まぁティアラ路線を走ったウマ娘達を集めて撮影をしたいんだと」
トレーナー室。
既に梅雨を迎えており、外は大雨によって窓に雫が叩きつけられる音が響いている中、机を挟んでトレーナーとヴィルシーナは見合っていた。
その机の上に出すのは一枚のポスター。ウェディングドレスを着たウマ娘が並ぶようにして撮影されている。題名は『ティアラを目指した可憐な少女たち』というもの。
トリプルティアラを目指したウマ娘達、特に良い成績を残したものやその成績に近づくような実力を見せたもの達がそのポスターを飾る事になっている。
これの意図は次世代のティアラ路線を目指す子達に夢を見させたい、という意図であり、撮影をしては学園内に張られたり、とある雑誌に乗ったりなどもしたことがあるほどだ。
そして今回お誘いされたのはヴィルシーナ、ライバルのジェンティルドンナである。ティアラ路線にて全て1着がジェンティル、2着がヴィルシーナという珍しいもの。
それでどうやら今回はこの2人に注目するという事で白羽の矢が立ったというところだ。特にヴィルシーナはティアラ路線を勝てなかったもののシニア級におけるエリザベス女王杯、ヴィクトリアマイルに関しては1着である。
クラシックにおけるティアラ路線が勝てなくとも、その後どうなるか分からない、という今回のポスターの意図も感じたのだ。
事実、ヴィルシーナはヴィクトリアマイルに関しては2連覇をしている。丁度目指していたレースも一旦は一区切りとなったため、俺もこの話を受けたのだが…
「それで…ヴィルシーナとしてはどうなんだ?」
「私…ですか?」
「そう、一応レースとしては次のエリザベス女王杯まで時間はあるし、次世代の事も考えるのは確かに良い事かなって。それだけ君の実力が認められているってことになるだろうし」
「そうですね…」
ヴィルシーナは考え込む様に腕を組んで少し唸っていく。彼女がライバル視しているジェンティルドンナ。彼女と並んで写真を撮るという事はヴィルシーナにとってはどのような影響をもたらすかは分からない。
とはいえ、この話を無下にしてしまうのも惜しいのだ。ヴィルシーナの実力が認められているのは俺としても嬉しく、そして次世代、それは他のウマ娘だけではなく彼女の妹2人における1つの目標となれると思ったからだ
強くてかっこいいお姉ちゃん、彼女が目指している1つの目標であり、それは既に達成されているものの更に目指したといえ罰が当たるわけでもない。
「分かりました、受けます」
「ありがとう、承諾してくれて。先方には連絡しておくよ」
ヴィルシーナは此方に視線を向けて何処か決意したような瞳。ジェンティルと並ぶのは彼女の負担にならないか心配だったが要らぬ杞憂だったようだ。
そうして俺はいつも使っているパソコンで依頼された先に返信を送った。
**
というのが三日前の出来事だ。
その後はあれよあれよと日付も決まっては撮影自体も来週となり、今日はドレスを選んで試着という事になっている。
だが、男の俺が彼女に似合うドレスなぞ分かるわけもなく、助言が欲しいため彼女の妹2人に頼んで一緒に来てもらったわけだ。
連れてきた結果、その数々のドレスに俺は圧倒されてしまい、シュヴァルとヴィブロスは意気揚々と選び、ヴィルシーナは妹2人に囲まれて着せ替え人形状態になっている。
クリスマスの日に来ていた彼女のドレス姿を思い出す。あの日の彼女は真っ白なドレスを着ており、まさに見るものを魅了していた。ドレスを着ている彼女は輝いており、その輝きに見惚れてしまっていたのもまた事実である。
ウェディングドレスも同様にお試しでまずは白色のものを着てもらい、確かに似合ってはいたのだがなんというかしっくり来なかったのだ。
ヴィルシーナのウェディングドレスはよく似合っており、白色も悪くはない。だが、悪くはないだけで良くもないのだ。これではジェンティルに見劣りしてしまうと俺は思った。
背後から試着室のカーテンが開く音が聞こえる。彼女は緑色のカラードレスを着ており、どうやらシュヴァルが選んだもののようだ。
シュヴァルはその姿を見ては少しだけ胸を張って、ヴィブロスに自慢するような感じだ。
「ほ、ほら…!姉さんには緑が良く似合うよ…!」
「む~、お姉ちゃん!次はこっち!」
「はいはい、分かったわ。ちょっと待ってて」
ヴィルシーナは笑顔を浮かべながらまた試着室へ戻っていく。彼女もこうやって着せ替え人形にされているのだが、なんやかんやで妹2人が自分のことを考えてくれているのが嬉しいのだろう。
時折困ったような表情を浮かべるも、それは本心ではなく、むしろ必死になっている2人を慈しむようなものにも見えてしまった。
先ほどから妹2人は様々なドレスを選んでおり、俺自身は1着も選べていない。色々なドレスを眺めてはいるがやはりしっくりこないのだ。
こつっ、こつっ、と部屋の中を歩く自分の足音だけが響いている。変な知識を入れるより直感で選ぼうと思い、ウェディングドレスについての知識は一切入れていなかったのだが、それが悪い方向で出てしまっている。
これではヴィルシーナに合わせる顔が無い、なんて思いながら、ドレスを眺めていると1つのドレスが視界に留まった。
そのウェディングドレスは深い海を再現したかのような濃い青。そして、胸元には青色のバラによる装飾がされており、腰より下には小さなキラキラ輝く星が散りばめられていた。
ヴィルシーナの勝負服と同じ青色を基調としたドレス。だけどこのドレスはより紺碧であり、過去に彼女が見せた闘志にも近いものだった。
「…これだ」
思わず独り言として言葉を漏らしてしまう。俺はそのウェディングドレスを手に取り、試着室の方へ向かっていく。
彼女がこのドレスを着た姿が早く見たい、と少しだけ足早になって進んでいく。
試着室に辿り着くと既にヴィルシーナは薄いピンク色のドレスに着替え終えており、妹2人ははどちらが良く似合っているのかで勝負をしているような雰囲気だ。
「トレーナーさん…其方を選んだのですか?」
「あぁ、君に似合うと思って。着て欲しいんだ」
俺はその2人の間を割って入るかのようにヴィルシーナにドレスを差し出していく。彼女はその紺碧のドレスを受け取っては頬を緩ませながら「待っててくださいね」とだけ残して、試着室の中へ戻っていった。
残される3人。ヴィブロスは此方の顔を覗き込むようにして笑顔を浮かべていた。
「青いのをトレっちは選んだんだね。ちょ~似合いそう♡」
「う、うん。あれなら…姉さんに一番かも」
2人が同意してくれている。俺に気を遣ってくれているのか、はたまた本心なのかは分からなかったが少しだけ嬉しかった。
さてそんな中でヴィブロスは笑顔を浮かべているが、その笑顔はやけに小悪魔に感じる笑顔なのだ。しかもどこか浮足立つようなものであり、おねだりをしてくる彼女とは何か雰囲気が違う。
「ヴィブロス、なんかやけにテンションが高いな?」
「だって、青色だよ?青色のウェディングドレスを着て欲しいだなんてトレっち大胆♡」
「……なんか意味あるのか?」
「…えっ、知らないの!?」
驚くヴィブロス。残念ながらその意味を調べていないので俺は全く知らないのだ。精々一般知識として白色は『貴方の色に染まる』というぐらいであり、それ以外については全くの無知。
もしかして青色のドレスを着させるのはなにか良くないことをさせているのではないか、そんなことを考えてしまった。
「その…シュヴァルは知ってる…?」
「…知ってます」
そう言うとシュヴァルは帽子を少しだけ深く被っては目元を見えないようにしてしまう。これってもしかして何かの一般知識なのだろうか。それとも女の子の間では有名な何かなのだろうか。
色々考えてみるが青色に関して特に思いつかなかった。そうして目の前のカーテンが開かれるとドレスを着たヴィルシーナの姿だった。
彼女の青毛と同じようなドレス、そのウェディングドレスは良く似合っているという言葉では片付けられないほどにしっくりしていた。ジェンティルドンナが全てを燃やすような深紅であれば、彼女は全てを包み込む深い紺碧。これならばあの子にも見劣りはしないだろう。
「どうですか、トレーナーさん?似合いますか?」
「あぁ、良く似合ってる…いや、似合いすぎているかな」
こんな月並みの言葉でしか彼女を褒めることが出来ないのが少し歯がゆかった。だけどこの言葉以上に俺は彼女が美しく、そして見惚れてしまっていたのだ。
彼女のドレス姿を足元から、そして顔まで見ていると彼女は少しだけ頬を赤らめては
「その…見すぎです」
「ご、ごめん…」
と俺は顔を逸らしていく。その様子にヴィブロスは笑顔を浮かべ、シュヴァルもどこか微笑ましそうにしていた。
「お姉ちゃん、すっごく似合ってるよ!シュヴァちもそう思わない?」
「うん、僕もそう思う」
どうやら妹2人の争いは俺が選んだドレスによって終了を迎えたらしい。ドレスを着た当の本人も自分の姿を見まわしながら満足そうに頷いている。
「気に入った?ヴィルシーナ」
「えぇ、とても」
「それは良かった」
此方を振り向いては頬を緩ませる彼女の姿。ウェディングドレスのせいだろうか、いつもよりも綺麗に見えてしまう。
「あ!そうだ!折角だし、トレっちとお姉ちゃんでツーショット撮ってあげる♡」
とヴィブロスからの提案。俺ではなく、ここは3姉妹で撮るべきではないのだろうか、そんなことを思うもヴィブロスに急かされてしまう。
そのまま気づけばヴィルシーナと横に並んで立っていく。ちらり、と視線を彼女の方に向けると頬を少し赤く染めており、乙女という言葉が良く似合っていた。
ヴィブロスとシュヴァルは2人で携帯の画面を眺めながら、どういう構図で撮るかを決めている。そんな結婚式をするわけでも無いのにやけに必死な2人に俺は苦笑してしまった。
そうしてどうやら構図が決まったらしく、シンプルに正面から撮ることに。ヴィブロスが片手を上げては合図をしていく。
「撮るよー?はい、チーズ!」
ぱしゃり
ヴィブロスが構えている携帯からシャッター音が何度か鳴っては撮られていく。少しすると撮影が終了したようで2人は写真を眺めてはどれが良いのかを話し合っている。
俺はヴィルシーナの方に視線を向けては
「良かったよ、君に似合うドレスが見つかって」
「ふふっ、トレーナーさんが選んでくれたんですもの。気に入りますよ」
口元を隠しながら楽しそうに笑っている。どうやら本心の様で俺はそれが嬉しかった。
そういえばさっきまで妹2人が青色のウェディングドレスについて何か知っていたようだった。もしかしたらヴィルシーナが何か知っているかもしれない。
「そういえばさっきヴィブロスから言われたよ。青色のウェディングドレスを選ぶなんて大胆って。何か知ってるか?」
「……もしかして…ご存じなく?」
「…お恥ずかしながら」
ウェディングドレスを着た彼女は少し驚いた表情。はぁ、とどこか物悲し気に溜め息を吐いた後にゆっくりと口を開いていく。
「サムシングブルー、というのがあるんです。その、結婚式にはサムシングフォーという花嫁が結婚式で幸せになる四つの要素があり、その中の1つに───」
「青色、か」
なるほど、合点がいった。つまり俺は彼女に花嫁として幸せな結婚式をして欲しいという想いで選んだと考えられてもおかしくはないのだろう。
確かにそれであればヴィブロスの発言やシュヴァルの行動にも納得だ。そんな意味があったとは露知らずではあったが、とはいえ似合っているこのウェディングドレスを今更変えるのも変に意識しているみたいでなんだか気恥ずかしい。
しかし、見れば見るほど本当に魅力的である。彼女の青毛にその紺碧のドレス、深く全てを包み込む海のような色合いは彼女という存在をより際立てているようにも思えてしまう。
これならばとあるもう一つの一般知識についても不安はないだろう。
「きっとこれだけ綺麗なら引く手あまただろうな、君なら」
「─────えっ?」
驚く彼女の表情。少しだけ目をぱちぱち、と何度か瞬かせては
「その…どういう意味ですか?」
と声色が少し低くなる。
「ほら、結婚前にウェディングドレスを着た子は結婚できないっていうジンクスがあるって聞いたからさ。でも、これだけ綺麗なら結婚できないなんて思えなくて」
と告げる。
その言葉を聞いた彼女は視線を下に向けては、わなわな、と力が入っていく。両手は握り拳を作っており、まるで何か地雷を踏んだかのようだった。
そうして次の瞬間には俺はヴィルシーナに腕を掴まれ、無理矢理その腕を絡まされて抱きしめられるような形になってしまう。
彼女は此方を見上げるような形で視線を向けており、その表情は何処か怒っているかのようにも見えた。
「ヴィブロス…今すぐ撮って頂戴…!」
「…わぁ、お姉ちゃん大胆…」
彼女から腕を離そうとしてもその力はとても強く、じぃ、と此方の視線を逃さないかのように見つめている。俺はその視線から逸らせず、ただ見つめ返していく。
「え…えぇっと…ヴィルシーナ…?」
「トレーナーさん、私が結婚できなかったら困りますか?」
「困るというか…教え子には幸せになって欲しいから…まぁ、困る…のかな?」
それを聞いた彼女、その瞳は少しずつ細められていく。横からはシャッター音が響いているも彼女の視線から離すことが出来ず、そして腕を絡められているせいで止めることもできない。
少しだけ、ヴィルシーナが脚を前に出しては距離を縮めてくる。2人の間はもう半歩。
顔だけ此方に近寄らせては2人の妹に聞こえないように、小さな声で囁いた。
「では困るというのなら…トレーナーさん───────────
貴方の手で責任、取ってくださいね」