ウマ娘小噺まとめ   作:ポンタ4

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ヴィルシーナがトレーナーに耳かきをする話

 サーッ、と外から雨が降りしきる音が聞こえてくる。今日のトレーニングはコースで行う予定だったが予定外の大雨であり、中止となってしまった。

 青毛の彼女、ヴィルシーナも暇を持て余してしまったのか、トレーナー室でソファーに座り本を読んでいる。本当であればトレーニングルームの申請を行ったり、プールの申請を行うべきだったのだが、今日に限ってそれらは全て埋まってしまった。

 今週は暫く雨模様とのことでパソコンに視線を向けながらキーボードを叩いては申請書を作成していく。

 

「………ふむ…」

 

 ヴィルシーナの何か感づいているような声。不思議と其方にトレーナーは視線を向けていった。

 

「どうしたんだ?」

「いえ…その…痒いのですか?」

 

 彼女の視線、それは俺の瞳ではなく彼女達に付いていない、ヒトミミへと向けられているように見えた。

 痒い、確かになんだか両耳から妙なむず痒さを感じるがそんなに触っているわけでも無い。

 

「…まぁ、確かに痒いけどどうして分かったんだ?」

「先ほどから手で耳を触っていましたので。今も触ろうとしていましたよ」

 

 彼女の言葉に右手の動きを止めていく。確かにこの右手は既に自分の右耳に向かっており、丁度触ろうとしていた所だ。どうやら無意識的にその痒みを誤魔化そうと触っていたのだろう。

 ゆっくりとその手を下げては彼女から視線を逸らしていく。なんだか気恥ずかしさの方が勝ってしまった。

 

「その…だらしない所を見せちゃったね、すまない」

「大丈夫ですよ。珍しいですね?」

 

 ヴィルシーナは既に手に持っていた本から視線を外しており、此方に少しだけ体を向けて会話を続けてくる。普段は彼女に相応しいトレーナーとして、そしてしっかりとした大人として振る舞っていたつもりだったのだが、どうやら気が抜けていたようだ。

 

 そうしてまた無意識に今度は左手が耳に近づいていくのに気が付いてしまう。ぴたり、と手を止めては何事も無さそうに振る舞うも彼女は口元に手を当てて微笑んでいた。

 二度目の気恥ずかしさであった。

 

「そんなに気になるのでしたら……その、耳かきいたしましょうか?」

「……さ、流石にそれは悪いって。家に帰ったら自分でするからさ」

 

 ヴィルシーナからの耳かきのお誘い。彼女なりの好意なのは分かるが、流石においそれと飛びつくのは何だか良くない気がしてしまう。それに年下の子にそうやってお世話されるのはやはり恥ずかしさもあるのだ。

 これくらいの痒みであれば今日一日我慢をし、仕事を終えてからゆっくりとしよう、そう考えてはいるも彼女は更に言葉を紡いできた。

 

「我慢は体に毒、ですよ」

「そうはいってもだな…」

「ではこうしませんか?普段の私のトレーニングを見て下さっているお礼、ということで」

 

 お礼、といわれてもトレーナーという職業で担当の子をちゃんと指導して目にかけるのは当然のことだと思ってしまう。そんなお礼をされるような事はしていないため、首を左右に振ってやんわりと拒否をしようとするも

 

「で、では!その…私を普段から支えて下さり…G1を勝たせてくれたお礼…ならどうでしょうか」

 

 ヴィルシーナは少しだけ前のめりになって、声を張り上げて対抗をしてくる。どのみちそれもトレーナーとしては当たり前の事であり、お礼をされるような事ではない。

 

「本当に大丈夫だよ」

「……嫌、なのでしょうか?」

 

 眉を下げ、困ったような表情を浮かべる彼女。嫌というわけではないが、その表情をされてしまうと何だか断っていること自体が悪い事のように思えてしまう。罪悪感に似たものが自分の中で湧き上がってしまった。

 

 そしてその湧いてしまった罪悪感に負けてしまう自分がなんだか情けないと思ってしまった。

 

「嫌、じゃないから。…その…なら、お願いしようかな」

「本当ですか!?早速準備致しますね」

 

 お願いをすると妙に目をキラキラさせながら、乗り気になる彼女。彼女の右手に力強い握り拳が作られ、それをぐっ、と引き寄せたのは見なかったことにした。

 

 

 

**

 

 

 

「では…トレーナーさん。此方へ」

「─────あー…なるほどね……」

 

 机の上に並べられる何かの容器とティッシュにガーゼハンカチ。そしてそこにふわふわとした梵天が付属した木製の耳かき棒。

 ヴィルシーナはしたり顔で自分の太腿をぽんぽんっ、と叩いては寝転がるように指示をしてきた。

 

 さて、これはまずい事になった。耳かきの定番といえば膝枕、である。彼女は今制服姿であり、その太腿部分はスカートの布が唯一の隔てられた壁となっている。

 これがまだジャージであれば何とか心の迷いを抑えて、無理矢理見ないようにして寝転がる事もできただろう。しかし、スカートの上に頭を乗せて寝転がっていくのは後ろ髪を引かれる思いとなってしまう。

 

 トレーナーが踏み切れずにいると彼女は不思議そうにしながら見つめては

 

「どうされました?」

 

 と尋ねてきた。その表情はまるで自分が恥ずかしい事をしていない、というように堂々としており、どこか誇らしげにも見えてしまう。

 数秒後、彼女は頬を緩ませて何かを理解したかのような表情。

 

「もしかして…心配されていますか?ヴィブロスやシュヴァルにもしていますし、初めてではありませんよ」

 

 違う心配をしているのだと勘違いさせていることに頭を悩ませてしまう。そうではないのだ。ヴィルシーナの耳かきの練度を心配しているのではなく、耳かきをして貰うために膝枕をしてもらうことが心配事なのだ。

 中々踏み切れずにいれば、彼女は先ほど見せた困ったような表情。

 

「…やっぱり…嫌なんですね…?」

「ち、違うから!その…」

 

 歯切れの悪い答え方をしてしまう。とはいえ、彼女はこのことを気にしておらず、俺だけが意識をしているのも中々に気味が悪い。

 それにまたあの表情をされてしまうのであれば、申し訳なさも再び出てしまう。

 

 1度だけ大きな深呼吸をしていくトレーナー。

 その後、覚悟を決めたように「失礼します」と敬語でソファーに座っていき、仰向けになるよう寝転がっては頭を彼女の太腿に乗せていった。

 

 普段見ない彼女を見上げるこの状況。いつもは彼女を見下ろしていたのだが、膝枕によってそれは逆転してしまっている。

 ヴィルシーナは視線を下げては此方を見つめており、その瞳と目が合ってしまう。彼女の青毛と同色の瞳、それに吸い込まれるように見つめてしまっている。

 彼女の目元はきりっ、としており、そこには凛としたものを普段は感じている。しかし、今はまるでお世話をするお姉さんという、なんだか慈愛の籠った優しいものに見えてしまった。

 

 いつもは大人びており、子供らしさを感じることは少ないが今この状況においては余計にそう思えないほどの雰囲気を彼女から感じていた。

 もしかしたら彼女の妹2人のように扱われているのかもしれない、なんて心の中で思ってしまう。

 

「トレーナーさん?横を向いて下さりますか?」

「あ、そ、そうだよな…」

 

 普段見ない彼女の表情を見つめていると、眉を下げてはいるも口角を緩ませたヴィルシーナ。耳かきをして貰うのであれば横を向く必要がある。それを指摘されると、トレーナーは体を動かして、彼女のお腹とは反対側に顔を向け、左耳を上にしていく。

 

 側頭部に伝わる太腿の柔らかさと筋肉のハリ。スカートで自分の頭と彼女のそれを隔てただけであり、やけに伝わってくる。

 このトレーナー室の中を見渡しては意識をその太腿から避けようとしても視覚から入る情報はなく、雨の音を聞こうにも耳鳴りのようになっては聴覚は閉ざされ、ソファーの柔らかさよりも太腿の柔らかさに触覚が負けてしまう。

 

 そんな事を考えていると、耳を触られる感触。びくっ、と体を跳ねさせてしまうと彼女は「だ、大丈夫ですか?」と心配そうな声が聞こえてくる。

 

「だ、大丈夫。少しびっくりしただけだから」

 

 と気丈に振る舞おうとしてもこの状況では何かしらの彼女の行動1つ1つにどぎまぎしてしまう。心を落ち着けようと、ふぅ、と1つ息を吐いく。

 ヴィルシーナは耳を片手でマッサージをするようにして揉んでいた。ぐにぐにっ、くにっ、と自分の耳が彼女の手の中で形を変化させ、その揉まれている部分が暖かくなってくるのを感じる。

 

「トレーナーさん、かなり放置していましたね…」

「…なんかこう…良くないものを見られている気分になるよ」

「ふふっ、これは耳かきのしがいがありますわね」

 

 彼女は前のめりになり、机の上に置いてあるハンカチと何かの容器を手に取っていく。その容器の蓋をカラカラ、と乾いた音を立てながら開ける。そうして容器を傾け、液体をハンカチに垂らしていくのが見えた。

 

「それは?」

「イヤークリーナー液といいます。耳の中の垢を柔らかくして取りやすくしたりするものですね」

「本格的だね…」

「今から触りますので。少しひんやり致しますよ」

 

 ヴィルシーナは容器に蓋を被せる程度で置いていく。数秒後に伝わるハンカチの柔らかな布の感触と共に冷感が来る。耳の凹みの部分や少しだけ中の方を彼女が指を使って、そのハンカチで耳を濡らされていくのが分かった。

 その冷たさや誰かに何かをされているという感触が心地よく、自然とトレーナーの瞼は下がり、視界が狭くなっていく。

 

「気持ち良いですか?」

「あぁ…これは…思っていたより良いね…」

 

 がさがさ、と左耳から伝わるハンカチで拭かれていく音。少しだけ指で耳のでこぼこ部分をなぞるようにして拭かれていくだけで口元から息が漏れてしまった。

 

「うん、いい感じね。次は耳かき棒で綺麗にしますよ」

「ん……お願い…」

 

 この心地よさ。先ほどまで恥ずかしがっていたこの心は全て何処かへと飛んで行ってしまった。今、自分の顔を鏡で見たらどんな表情をしているのだろうか。1つ分かることは確実に蕩けそうになっているのは確定だろう。

 

「いれていきますね…」

 

 彼女の声が小さくなり、ゆっくりと耳かき棒が中へと入ってきた。がさがさ、と音を立てており、耳の内側に棒の引っかき部分が当たれば、掻き出すようにして動くのを感じる。

 ざりざり、かりっ、と小気味よい音を立てており、耳の中を掃除されることがここまで気持ちいいものだとは思わなかった。

 

「痛くはありませんか、トレーナーさん?」

「大、丈夫……」

「ふふっ、気持ちいいんですね」

 

 微睡み始めてしまっている。ヴィルシーナが耳かきをしてくれ、そして彼女の声がより眠りへ誘うような子守歌に聞こえてしまった。

 

「今度からは適度に掃除してくださいね。そ、その…どうしてもと言うのであれば…考えますが…」

「ははっ…ヴィルシーナに毎度やらせるのは……申し訳ないよ」

 

 そうですか、と声色を落としては期待外れに聞こえた彼女の声。

 

 一度、耳かき棒が中から引き抜かれていき、ティッシュの上にとんとん、と音を立てながら落としていくのが見えた。

 

「あー…凄いね…」

「えぇ、まだ残っていますからじっとしていてくださいね」

「うん……」

 

 また耳の中に耳かき棒が入ってきては、かりかりっ、ざりっ、と音を立てて擦られていく。トレーナーの受け答えは少しずつ小さな子供のような短い物へと変わり始めていた。

 これではどちらが年上なのか分からないな、なんて思うも、確かに2人のお姉さんとしての矜持を見てしまった気がする。

 

「かりかりっ…かりかりっ…」

 

 突如右耳から入ってくる彼女の擬音語。それに合わせて動かされる耳かき棒に少しだけ頬が緩んでしまう。

 

「…ヴィルシーナ…なんか…擬音語?呟いてる?」

「…あ、ごめんなさい。普段2人にするときに声を出していたのでつい…」

「ううん…大丈夫…むしろして欲しいかも…」

 

 オノマトペ、と言っただろうか。擬音語に合わせ耳かき棒も動いていき、そうして中から垢を掻き出されていく。

 気持ちがいい、という言葉で片付けてしまうのが勿体ないほど。これを普段からして貰っている妹2人が羨ましい、だなんて考えてしまうほど絆されていた。

 

「ざりざりっ…あ、これは…中々ですね…」

 

 彼女の囁き声。これが余計に眠気を誘ってきてしまう。外から聞こえてくる雨がガラスに当たる音、そして彼女の囁き声。それ以外の音は全て消えており、とても静かだった。

 このまま眠ってしまってもいいのではないか、そう錯覚を覚えてしまうほどに。

 

 その眠気を邪魔するかのように耳かき棒が何かしらの硬い物に当たっているのを感じる。どうやらそれが大物に当たったようだった。。

 

「トレーナーさん、我慢してくださいね」

 

 ヴィルシーナは片手で耳を摘まんでは広げるようにして引っ張っていく。耳の中が天井からの光で良く見えるようになれば、彼女は耳かき棒を動かし、その大物に対して耳壁から引き剥がすようにして中で動いていた。

 

 ぐりっ、ぐぐっ、ぱりぱりっ

 

 少しずつ剥がされていく感触。ぶるる、と体が震えてしまう。瞼は開いているも殆ど閉じかけの状態だった。その剥がされていく音に眠気が覚めそうになるも、剥がされていく耳垢が気持ちよく目は細めたまま。

 

「動かないでください……もう少しで…」

 

 ヴィルシーナはその大物を剥がそうと顔を近づけては耳の中を凝視していた。彼女の顔が近づくことで呼吸音が良く聞こえてしまう。だが、そんな近づいていることに気づかないほど、トレーナーは彼女の耳かきに酔いしれてしまっており、口も半開きになってしまっていた。

 情けない表情ではあるも、それだけ心地よく、全身の力が完全に抜けきっている。

 

「…ふぅ…取れましたよ、トレーナーさん」

「────────」

「……トレーナーさん?」

 

 その取れた大きな耳垢は耳かき棒のヘラ部分に引っかかるようにして付いており、彼女は人差し指で棒部分を、とんとんっ、と叩いてはティッシュの上に落としていった。

 反応がないトレーナーにヴィルシーナは首を傾げてしまう。耳かき棒を持っていない手で彼の肩を揺さぶりながら名前を再び呼ぶと

 

「あれ……終わった…?」

 

 と妙にぼんやりとした声色で反応してくる。

 

「ごめんなさい、もしかして寝ていました?」

「ううん…気持ちよくて…」

「ふふっ、リラックス出来ているのであれば本望ですよ。最後に梵天で細かいのを掻き出しますね」

 

 顔を動かさずに「んっ」と短い単語で彼女の行動に承諾をしていく。体を動かす気力も、口を動かして言葉で返す気力も全て彼女の手によって溶かされてしまっている。

 極上の享楽、これ以上のものは無いだろうと錯覚してしまうほどだった。

 

 頬に当たる彼女の太腿の柔らかさ、これが先ほどまでは何か触れてはいけないもののように思えていたが、今ではこの柔らかさに溺れてしまいたいと思ってしまう。普段ではそんな思考を過ぎらせることはないのに、それだけ俺自身が彼女に負けてしまっているのだろう。

 

「入れますよー…」

 

 その言葉と同時にふわふわとした柔らかな感触が耳の中に入ってくるのを感じる。その感触にぶるっ、と体を震わせてしまい、その様子にヴィルシーナは頬を緩ませていた。

 

「本当…ヴィブロスやシュヴァルよりも気持ちよさそうにして下さるので耳かきのしがいがありますわね」

「面目ない…」

「そんな事を言わないでください。私としては嬉しいので」

 

 彼女の声は弾んでおり、そうして「かさかさ、ふわふわ…」と言葉にしながら耳の中を梵天で耳垢を掻き出されていく。

 掻き出されると彼女はソファーの横にあるバッグに手を伸ばしていき、中を片手で漁っていくと取り出すのはウェットティッシュ。

 一枚取り出してはそれで掻き出された細かい耳垢を拭いてとっていく。

 

「ごしごしっ…と。ふぅ…最後に…」

 

 耳から冷たい感触離れていき、左耳から梵天も取り出されてはすっきりとした感覚。今まで我慢していたものを全て取り除かれ、解放感に満ちた感触に近かった。

 脚をぴんっ、と真っすぐに伸ばしては体を伸ばしていく。肩にも力が入り、脚の力を緩めては全身を弛緩させるも─────

 

「ふぅぅぅ…」

 

 彼女の吐く息が耳にかかってきた。

 

「───っ、ヴィ、ヴィルシーナ…っ!?」

 

 

「────あっ!そ、その!いつも妹2人にしていたのでつい…っ!し、失礼いたしました…」

 

 自分の頬がかぁっ、と赤くなるのを感じてしまう。顔を動かし、視線を彼女の方に向けていくと同様に赤くなってしまっている。

 お互いに見つめたまま不自然な空気。何かを言葉に出そうと思うも喉に引っかかりがあり、言葉を出すことが出来なかった。口を開いて絞り出そうとしても、「あっ」や「えっ」という感嘆詞しか出てこない。

 

 それはヴィルシーナも同様であり、彼女の口元が動いてはいるが、やはり言葉を発することができなかった。

 雨の音がこのトレーナー室を支配しており、まるでこの部屋だけが時間が止まったかのように2人の動きは制止していた。

 

 その時間を動かしたきっかけは些細なものだった。窓ががたがた、と風によって音を立てると2人して其方へ視線を向けていく。

 

「…風、だね」

「ですね…」

 

 俺は彼女の太腿から頭を離しており、ふぅ、と息を吐いていくと背後からぽんぽんっ、と何かが叩かれる音がした。その音の正体を確かめるように背後を振り向くと、ヴィルシーナは先ほどまで頭を乗せていた太腿叩いており、此方に視線を向けている。

 

「右耳、向けて下さりますか?左耳だけでは違和感を感じると思います」

「…そうだね…」

 

 確かに片耳だけされているのは違和感を感じてしまう。今でさえ感じており、すっきりとした左耳に対して右耳からはごわごわとした感触。

 その感触を取り除いてもらうために再び頭を彼女の太腿に乗せ、そして右耳を上に向けていく。

 

 そして気づいたこと。俺の視線は彼女の腹部が映っている。制服だからとはいえ、先程までの風景とは違い、このまま顔を近づけてしまえば彼女の腹部に顔を埋めてしまう。

 

「や…やっぱり、だいじょ────」

「動くと、危ないですわよ」

「は、はい…」

 

 彼女の太腿から頭を離そうとすると左手で側頭部を押さえつけられてしまい逃れることが出来なかった。

 

 背後から聞こえる液体の音、そして耳にまた触れてくる柔らかなハンカチの感触。指を使って耳の凹みや中を拭かれていき、この気持ちよさに直ぐに溺れてしまう自分がいた。

 一度この享楽を受け入れた身では逆らうことが出来ず、次いで入ってくる耳かき棒。彼女のオノマトペと共にまた中を掻き出される感触。

 

「かりかりっ…此方も多いですね…」

 

 ヘラで耳垢を掻き出されては、また入ってくるのを感じ、そして耳の中の違和感は無くなっていく。掻き出されるだけのこの行為と彼女の声。

 

 ゆっくりと落ちてくる瞼に身を任せ、そして意識を手放してしまった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「仕上げも完了ですね。トレーナーさん、終わりましたよ」

 

 梵天で最後の仕上げを終えてはウェットティッシュで掻き出した耳垢を掃除していく。それらを終えて声をかけていくも反応の無い彼。

 耳かきの際に擬音語を呟き、そして集中しながら耳の中を掃除していましたが、やけに静かだった彼。もしかして、と思い彼の顔を覗き込むように背中を仰け反らせていくと、その表情は穏やかでした。

 

 小さく寝息を立てており、その表情は赤子のようでした。

 

「余程お疲れだったのでしょうね…」

 

 夜遅くまで私の為にトレーニングメニューを組んで下さり、レースプランを考えてくれている。彼に言った()()()()()()というのは本心であり、耳かきをするのはそのお礼をするための(てい)の良い理由。

 彼が最初は拒否反応を示したことに少しだけ悲しくなりましたが、今ではこうやって私の膝の上で穏やかに寝ている。

 

 普段は大人な表情で、そして私に柔らかな笑顔を見せてくれる彼。そんな彼が無防備にも寝顔を見せてくれたことが嬉しかった。

 耳かき棒のヘラをウェットティッシュで拭いていき、そして彼を起こさないようにゆっくりと動いて机の上に乗っている容器やハンカチを手に取り、鞄にしまっていく。

 

「…お礼は…本当なんですよ。私は貴方に沢山助けられています。だから…こんな形でもお礼をしたかったのです」

 

 きっとこの言葉は寝ているトレーナーさんには届くことはないでしょう。

 だけど誓いの言葉のように私は1人、静かなトレーナー室で彼に呟いていきます。

 

 空いてしまった両手。耳かき棒もしまい、何も今は持っていないこの手を彼の頭に近づけてはゆっくりと撫でていく。

 少しだけごわごわとした髪質。私のさらさらとしたものとは違う硬い感触。掌に伝わるこの感触が気持ちよく、何度も何度も撫でてしまう。

 

「ヴィル……シー…ナ」

 

 撫でている最中に彼の言葉が聞こえてくる。起こしてしまったのかと顔を覗き込んでも瞳は閉じたままであり、寝言のようでした。

 

「私はここにいますよ、トレーナーさん」

 

 私の尻尾で彼の身体を包む様に乗せていき、そして頭を優しく、髪を梳かすようにして撫でていく。

 きっとこれは今日だけの出来事になるでしょう。彼が起きてしまえばきっと恥ずかしがって次はさせてくれないはず。

 

 だから、私は彼をあえて起こしません。

 もし起こしてしまえばこの時間は二度と訪れないかもしれない。

 

 夢の中にいる私と現実の私。

 どちらとも受け入れてくる日を夢見て私は────────

 

 

 

 

 彼の耳元で囁いた。

 

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