ウマ娘小噺まとめ   作:ポンタ4

15 / 40
ヴィルシーナはトレーナーと夏を楽しみたい

「花火大会?」

「はい、家族皆で…と言いましても私とヴィブロス、シュヴァルの三人になりますが考えていまして。トレーナーさんもいかがでしょうか?」

 

 夏に差し掛かる暑さと雨の湿気により、体に纏わりつく嫌な空気。トレーナー室ではエアコンを付けては部屋の温度を下げていき、纏わりついてくる空気を少しでも無くそうとしていた。

 設定温度、26度。学園内で決められた温度であり本音を言えばもう少し下げたい所だった。

 

 そんな中、夏合宿に向けた申請を進めている所に青毛の彼女、ヴィルシーナからの花火大会をする提案。既に契約をして4年目を迎えており、エリザベス女王杯に向けたトレーニングを考えている最中であった。

 

「いいのか?俺も参加して」

「いつもは両親と一緒だったのですが、今回はお仕事が忙しく…。それでトレーナーさんにお世話になっている面と保護者という面で参加いただければと思いまして…」

 

 彼女のウマ耳が少し垂れさがっており、此方の様子を伺うように見つめてくる。夏合宿に入る前の最後の息抜き、ということだろうか。幸いトレーニングも合宿中に本腰を入れるために今は軽いものを中心にしている。

 それに三姉妹だけで花火大会をするというのは指導者としては心配な面も備えている。ただ、その家族の中に参加してもよいのだろうか。

 

「俺は構わないけど…君の2人の妹は良いのか?」

「問題ありませんよ。2人に聞いて確認済みです」

 

 とのこと。それならば心置きなく参加することはできるだろう。彼女の言う事であれば特に大きな心配はすることはない。

 次なる心配に関して俺は尋ねていく。

 

「場所とかどうするんだ?」

「その、お手数なのですが…トレーナーさんの車で公園まで連れて行って頂けたらと考えていまして。大丈夫でしょうか…?」

 

 そういえばトレセン学園から少々離れているが確か手持ち花火が出来る公園が合った記憶だ。打ち上げ花火は禁止だったが手で持てる程度であれば迷惑をかけることは無いだろう。

 それに打ち上げ花火となると荷物も意外と多くなってしまう。それを手で持って電車に乗ったりすれば迷惑をかけることにもなる。彼女達のために車を出すことには抵抗感はないため、俺は頷いて承諾をした。

 

 その承諾を見るや否やヴィルシーナは瞳を輝かせては「ありがとうございます!」と頭を下げてお礼をしてくる。

 自分の担当の為に出来ることは何でもするつもりで、彼女からの頼みであれば断るつもりも毛頭なかった。

 

 目的地も決まり、そして行く人数も決まったのだ。残りの決めることは日程とその手持ち花火の用意をどうするのかの2つ。

 

「手持ち花火は俺が用意すればいいか?」

「そ、そこまでさせるわけにはいきません…!私達3人で準備をしますのでトレーナーさんは気にしないで下さい」

「そ、そうか…?なんだか悪いな…」

 

 ヴィルシーナからの気遣い。

 流石に誘われた身とはいえ何も準備をしないのはバツが悪い。3人の為に飲み物ぐらいは用意をしようと考えては次の疑問を解消するために彼女に尋ねていった。

 

「日程はどうしようか、夏合宿も始まるから今週の土日が良いと思うんだけど」

「それでお願いいたします。また日程について詳しく決まりましたらLANEでご連絡しますね」

「了解。楽しみにしているよ」

 

 今週の土日は元より暇な日程。やる事と言えば自宅で惰眠を貪るか、レースに付いての資料を読むか程度なのだ。彼女達との誘いで息抜きになれば俺にとってもありがたい事だった。

 

「それとトレーナーさん、もう一つお願いがあります」

「ん?どうした?」

 

 話も終わり、パソコンに視線を向けて資料の続きを作成しようと思えばヴィルシーナから更なるお願い。俺はまた彼女の方に視線を戻しては首を傾げていく。

 

「その…外泊届も出したいのですが良いでしょうか?」

「外泊届?構わないけど…」

 

 彼女からの珍しいお願い。外泊届を出して欲しい、というのはヴィルシーナの口から聞いたことは殆どなかった。もしかして花火大会の後で家に帰った両親に会いにいくのだろうか。

 

「もしかして親御さんに会いに?」

「ええっと…そ、そうですね!夏合宿に行くのでその…準備とか連絡も含めてです」

 

 ヴィルシーナの視線が一瞬だけ俺ではない何かに向けられていた。歯切れの悪い彼女の答え。まるでそれは知られたくないように見えてしまった。

 彼女の答え方が気になってしまうが無理に聞き出すのも忍びない。彼女は優等生であり、悪い事をするために外泊をするわけではないだろう。

 

「分かった。また外泊届を出したら教えて」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げて会釈をしていくヴィルシーナ。

 彼女の背後にある青毛の尻尾が少しだけいつもよりも大きく左右に揺れていた。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 数日後の土曜日。

 

 梅雨前線は残っているものの今日は天気も良く晴れており、湿気による空気の気持ち悪さも無い程カラっとした天気。まさに花火大会をするには丁度良いと言っても過言ではないほどの晴れ模様だった。

 

 車で3人を公園まで連れていき、時刻は午後7時30分。腹ごしらえも各自済ませており、門限まで花火大会を楽しもうというのが今日の予定であった。

 公園の開けた場所。周囲には人っ子一人もおらず、誰かに迷惑をかけることもないだろう。花火大会にしては少々早いかもしれないがむしろ他の人に気を遣う必要がないのは気が楽だった。

 

 ヴィブロスとシュヴァルは購入した手持ち花火でどれから楽しむかを吟味し、ヴィルシーナは俺と一緒に花火に付いた火を消すためにバケツを持って水場へ向かう。

 2つ分のバケツに水を溜めていき、俺と彼女でそれぞれ1つずつ持っては2人の元へ戻っていく。俺の肩には保冷バッグをかけており、手持ち花火を楽しみながら夏の風物詩とも言えるラムネを4本入っている。

 

「ヴィブロス、シュヴァル。準備はどうかしら?」

「うんっ、準備できたよー。トレっちも選んで選んで♡」

 

 手持ち花火の近くにバケツを置いていき、その開けられた手持ち花火に視線を向けていく。

 スパーク上に飛び散るものや線香花火といったごく一般的なもの。打ち上げ花火は禁止されているが、十分楽しめる量が入っており、どうやら色鮮やかに楽しめるようだ。

 

 手持ち花火をするなんていつぶりだろうか。過去を遡っても既にこの年になってからした記憶はなく、どこか遠くのようにも思えてしまう。

 懐かしさに耽るように一本の花火を手に取っていく。

 持ち手は白色、噴出口は赤色となっており、火を付ける紙部分は黄色。どんな色が飛び出るのか、童心に帰った気持ちで楽しもうと考えていた。

 

 折角誘ってくれたのだ、楽しまなければ損である。

 

 そんな中で3人も同じように花火を選んでは手に取り、赤色のチャッカマンを俺が持って、4人で半円形になるように並んでいく。

 かちっ、かちっ、とチャッカマンを何度も付けては先端から橙色の炎が灯された。その炎にまずはヴィブロスの持っている花火へと近づけていき、少しすると炎が燃え移っては少し離れていく。

 次の順番はシュヴァル。彼女にも同じように花火に火を付けていけば、ヴィブロスの横並びになるように立ち、そして2人の持っている花火は勢いよく眩い光とパチパチ、と火薬の弾ける音が響くのが聞こえた。

 

「あははっ!シュヴァち見て見て!」

「見てるよ、綺麗だね…」

 

 2人の話し声が火薬の匂いと手持ち花火の光と共に聞こえてきた。その話し声だけでも2人が楽しめていることが分かる。

 もう一人の人物、ヴィルシーナの手持ち花火に向けてはチャッカマンで火を付けていき、数秒後には火が燃え移っていく。

 

「トレーナーさん、此方へ」

「ヴィルシーナ?」

 

 自分の手持ち花火にチャッカマンを近づけていると彼女が服の裾を引っ張ってくる。どうしたのだろうか、と思い彼女に視線を向けると俺の横に立っていた。

 そして、彼女の手持ち花火と自分の手持ち花火が横並びになれば、自然と自分のモノにも炎が燃え移っていく。

 

 燃え移ったのと同時にヴィルシーナの花火からは黄色の閃光が勢いよく放たれていった。

 その彼女の花火に続くように自分の花火もパチパチ、と音を立てながら緑色の閃光が放たれていく。放たれたそれらは滝の如く落ちていき、そうして地面に辿り着いていけば光る力を無くしていった。

 

「綺麗、ですね。トレーナーさん」

「そうだね…なんだか懐かしいよ」

「昔もされていたのですか?」

 

 彼女と横並びになりながら手持ち花火を眺めていく。自分の花火は緑色から赤色の閃光へ、彼女の花火は橙色へ変色していた。

 ヴィルシーナの方に視線を向けると既に此方を見ており、視線が合ってしまう。隣同士であるためいつもよりも近い距離。自分の肩に彼女の体温が伝わってくるのを感じる。

 

「小さい頃…あれは小学生の頃だったかな?両親と一緒にこうやって公園に来て…確かその時に両手に持ってぐるぐる回りながら、なんてしていたよ」

「ふふっ、昔はやんちゃだったんですね」

「案の定怒られたけどね」

 

 2人で頬を緩ませては俺の昔話をヴィルシーナに伝えていく。

 昔話、自分の過去を伝えるのは恥ずかしさもあったが、今日は何だかそれを感じることは無かった。

 

「シュヴァち!次はこれしよっ♡」

「ススキ花火、だね」

 

 自分たちとは離れていた2人が黒色に焦げている手持ち花火を持ち帰ってきてはバケツの中に入れていく。そうして次なる手に取ったのはススキ花火。先ほどの手持ち花火よりも勢いよく火薬が飛び散るものだ。

 

「気を付けてね、2人とも」

「勿論だよ、姉さん」

 

 シュヴァルがそう答えては2人でチャッカマンを手に持って、また先ほどの場所で火を付けてる様子が見えていた。

 その2人が火を使う様子を見ていると視界に入る青色の閃光。自分の花火と彼女の花火は偶然にも同色、青色を放っていた。

 

「偶然にしては悪戯がすぎるね。君を象徴する色が重なるなんて」

「あら、嫌でした?」

「嫌なわけないよ」

 

 彼女は前のめりになっては上目遣いで此方に視線を合わせてくる。彼女の表情は花火の閃光によって良く見えており、その色合いも相まって少しだけ小悪魔なようにも見えてしまう。

 

 ヴィルシーナと同色の青色。

 勝負服、髪の色、尻尾、それらの色と比べると花火の方が明るい青であり、彼女の青はもっと色濃く深い紺碧という名の青だった。

 

 俺はその紺碧の青色が好きだった。彼女の全てを包み込むような深い青色。妹2人を大事に想い、そして頂点を目指す彼女の闘志。

 俺はヴィルシーナという色に惹かれていたのだろう。

 

 気づけば持っていた手持ち花火の閃光は弱まっていき、最後に残ったのは先端が黒焦げになった残骸のみ。それをバケツに入れると焼けるような音が聞こえてくる。

 

「次はどれにいたしますか?」

 

 彼女が尋ねてくる。手に取ったのは先ほどシュヴァルとヴィブロスが選んだのと同じススキ花火。

 

「俺はこれ。ヴィルシーナは?」

「では…私も同じので」

 

 彼女も手に取ったのはススキ花火。

 その花火を楽しむために俺はチャッカマンを手に取り、そして彼女の花火に近づけていく。炎が燃え移り、先程の手持ち花火よりも勢いが強く、バチバチッ、と弾けていく音。

 

 その燃え盛る閃光に俺が手にしたススキ花火を自然と近づけては炎のお裾分けをしてもらっていた。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「ありがとうね~トレっち!今日は楽しかった!」

「トレーナーさん、ありがとうございます。僕も…とても楽しめました」

「楽しめたなら良かったよ。連れて行った甲斐があったもんだ」

「2人とも、また明日ね」

 

 花火大会を終えては車で寮まで送り、そして2人の見送り。2人の手にはまだ冷たさを持っているラムネを握っていた。

 俺は車の窓から2人に手を振っては見送り、彼女達の姿が見え無くなれば窓を閉めていく。夜だというのに既に夏の暑さが肌から感じてしまう。

 

 助手席に座っているヴィルシーナに視線を移していくと彼女はラムネに口を付けて飲んでいた。ごくっ、と飲み干す音が聞こえてくる。彼女が口からそれを離していくと、中に入っているビー玉がからんっ、と涼し気な音を鳴らしていた。

 

「さて…次は君の見送りだね」

「……」

「ヴィルシーナ?」

 

 彼女に声をかけても此方に反応せず、ただ手に持った空のラムネを眺めていた。時刻は21時30分。花火大会から2時間経過しており、寮の門限までは30分程。しかし、彼女は外泊届を出しているため特に時間の心配は無かった。

 あとは彼女を両親の家まで送り届ければ今日の日程としては全て終了。

 なのだが、彼女は助手席でウマ耳を垂らしてはただラムネを眺めていた。

 

「…トレーナーさん」

 

 彼女から呼ばれる声。顔を上げては此方に視線を向けると、眉を下げては何かを心配するような表情。どこか物悲しげにも見えてしまう。

 

 寮から車内に差し込まれる僅かな光。だけどその光でも彼女の表情は良く見えていた。

 

「どうした?」

 

 俺は首を傾げてヴィルシーナに尋ねていく。

 彼女はラムネを手に持ったまま前のめりになっては凭れ掛かるようにして眺めてくる。

 

「私…少しだけ…いえ、かなり悪い子になりたいって思ってしまいまして」

「いきなり、だね」

 

 優等生である彼女からの悪い子宣言。その言葉を聞いたのは初めてであり、彼女にしてはかなり珍しい事だった。普段は授業やトレーニングを真面目にこなし、優等生というレッテルを張られていてもおかしくないほどの真面目さ。

 

 そんなヴィルシーナの悪い子宣言をしてしまう彼女がなんだか可愛らしく頬を緩ませてしまうと気づかれてしまった。

 

「もう、そんなにおかしな事ですか?」

「ううん、やっぱり君だなって。本当に悪い子は宣言なんてしないのに君はするからさ」

 

 あっ、と彼女は声を漏らしていく。その気づいた様子が今度は面白く控えめに笑ってしまう。彼女は一瞬口をすぼめるも直ぐに釣られるようにして笑っていた。

 

「それで悪い子になったヴィルシーナは…どうしたいんだ?」

「行きたい場所があるんです。連れて行ってくださいませんか?」

 

 彼女からのお願い。俺は頷いてナビを操作していく。

 

 彼女の行きたい場所、彼女の家とは反対側だった。

 

 

 

 

**

 

 

 

 車を走らせること20分以上。彼女が行きたいと言っていた場所は都心から離れた場所。公園ではあるも丘になっており、その高台へ行けば街を一望できるほどだった。

 普段ではもっと時間がかかるのだが既に夜も更けており、道路も車は少なく思っていたよりも早く辿り着くことが出来た。

 

 車を駐車場に止めては彼女は外に出るなり小走りでその高台へと向かってしまう。俺は彼女に追いつこうと後ろから走っていくが中々追いつけなかった。

 そうして高台に辿り着けば彼女は街の光を背景に此方を見つめていた。

 

「トレーナーさん、上を見てください」

「…えっ……上?」

 

 高台まで行く階段を勢いよく上っていたため、肩を上下させては息を切らしていた。ぱたぱた、襟を掴んでは風を送り、汗によって濡れた皮膚を冷やしていこうとする。

 

 彼女の言葉に不思議に思ってしまうも上を見上げると視界一杯に広がる満点の星空。そしてその星空には光輝く一等星や散りばめられた輝きの集まりがあった。

 

「天の川、そして織姫と彦星ですよ」

「へぇ…6月でも見れるんだね」

「6月も見ごろシーズンなんですよ、トレーナーさん」

 

 俺は空を見上げながらヴィルシーナへと近づいていき、そして高台に備えられている柵に背中を預けていく。

 その星空の綺麗さに見とれてしまっていたのか、それともやけに涼しく感じる夜風のせいなのか、汗の気持ち悪さはもう無くなっていた。

 

 ヴィルシーナも同様に空を見上げており、そしてそっと近づいてくる。

 2人の肩が当たるまで、残り半歩。肩は当たっていないのに触れ合っている、そんな気がしてしまった。

 

「意外だったよ。ヴィルシーナが星を見るなんて」

「ふふっ、1人の女の子ですもの。思いを馳せることくらいありますよ」

「もしかして外泊届を出して欲しかったのもこれのせい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「正解、といえば正解になりますし、不正解と言えば不正解です」

 

 彼女の答えが分からなかった。

 彼女の方に視線を向けていくと彼女はまだ空を見上げたままだった。

 

「星が綺麗ですね、トレーナーさん」

 

 そうして彼女は此方に視線を向けていく。大人びている彼女がいつもよりもそう見えてしまった。彼女の表情が月明かりによって照らされている。高台の下に広がっている街の光よりも、この高台によって近づいている空に浮かんでいる光がより彼女の表情を薄明りで、そして神秘的にもさせていた。

 

「綺麗だね。星だけじゃなく月も、だけどね」

 

 それを聞くと彼女の頬は少しだけ紅潮していく。淡い光であるも不思議と彼女の表情は良く見えていた。

 半歩、ヴィルシーナが近づいてくる。花火をしていた時と同じようにお互いの肩が触れ合っていく。夏がもう始まるというのに、彼女の体温はやけに暖かく感じていた。

 

「さっきの…外泊届のはどういうこと?」

 

 先ほど気になっていた質問の正否。彼女に尋ねていくと一瞬口が開いては直ぐに閉じてしまう。まるで答えを言いたいのに言えないような、そんなもどかしさを備えていた。

 

「私は…悪い子なので言いませんよ?」

 

 ふふっ、と彼女は微笑んでいく。先ほど見えていた大人びている彼女の表情は年相応の悪戯心を湧かせた子供のような表情へ変化していた。

 ころころと変わっていく彼女の一つ一つの変化。それだけ彼女という気高くも美しい彼女が見せる幼気なものに心を擽られてしまう。

 

「じゃあ、今だけは悪い子じゃ無くなって欲しいかな」

「そうですね…では、1つ問題を出します。それに答えられたら…教えてあげますよ」

 

 ヴィルシーナは前へ数歩歩いていくと俺の方に振り返り、そして見つめてくる。

 

「月が綺麗ですね、の意味はご存じでしょうか」

 

 彼女の問題。あまりにも有名な言葉の意味である。恋愛に疎くても何かしらで聞いたことはあっても不思議ではない。

 

「貴方を愛している…だっけ?」

「はい、正解です」

 

 ヴィルシーナの声色は上擦んでおり、どこか楽しげにも感じてしまった。事実、彼女の背後にある尻尾は揺れており、それが嘘ではないことを告げている。

 もし違っていたらどうしようかと思ったが、合っていたことにどこかホッと胸を撫で下ろしていた。俺は腰に両手を当てながら少しだけ誇らしげにするように

 

「さすがに分かるよ。問題は…それだけ?」

「それだけです。では…外泊届の真意をお伝えしますね」

 

 彼女が一歩だけ近づいてくる。

 ふぅ、と1つ息を吐いては彼女は両手の指を正面で絡ませながら、そして決意したように口を開いては言葉を告げてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさんと2人きりになりたかったからです」

 

 2人きり。

 

 シュヴァルとヴィブロスを置いて2人きり、ということだろうか。しかし、普段のトレーニングやトレーナー室で彼女と話すときや指導するときは基本は俺と彼女だけであり、その場に誰かが相席することは殆どない。

 

 むしろあるとすればそれこそ彼女の妹2人であり、それ以外では誰かが来ることはないのだ。

 

「えぇっと…ごめん…トレーナー室とかでなってるけど……」

 

 彼女はゆっくりと首を左右に振っては俺の答えを否定していく。それのせいで俺は余計に分からなくなってしまった。

 

「…本当に分からないんですね」

「…その、ごめん」

 

 唇を噛み閉め、そして彼女の瞳は潤んでいた。ヴィルシーナの真意が分からない鈍い自分に対して彼女が落胆しているようにも見えてしまった。

 彼女に謝罪をする自分、それがこの星空の下でより小さな存在に見えてしまう。彼女と契約をして4年が経つというのに未だ彼女を理解しきれていない自分が嫌になりそうだった。

 

「私はトレーナーさんと…2人きりで…この特別な時を過ごしたくて外泊届を出したんですよ」

 

 くしゃり、と草を踏み分ける音が聞こえてきた。彼女が一歩だけ近づいてきては徐々に近づいていく距離。

 彼女の言った特別な時、確かにこの満点の星空と天の川を2人きりで見るというのは特別な時なのかもしれない。それでも夏合宿中に見れてしまうのではないか?と考える自分も同時にいた。

 

「…それで外泊届を?嘘を吐いて…確かに悪いヴィルシーナだね」

 

 自分の心の中に何かが湧いているのを見ないフリをしていく。その心に気づいてしまうことに怖さを感じてしまった。

 

「私でも噓を吐くときはありますよ。でも…誤魔化したり嘘を吐くのも今日でお終いです」

 

 彼女がまた一歩近づいてくる。彼女の顔が既に視界一杯に広がっておりこれ以上近づくことはもう不可能な程だった。俺は少しだけ体を仰け反らせては彼女に当たらないようにしていく。

 それに気づいたヴィルシーナは手を伸ばして袖を掴んできた。

 

「ヴィルシーナ…?」

 

 彼女は此方を見つめ、頬を緩ませていた。頬も赤くさせているがそれは照れや羞恥によるものではなく、彼女自身の決意の表れのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん。月が綺麗ですね」

 

 彼女の言葉が耳に入ると同時に脳が理解をし始めていく。その言葉はあまりにも有名であり、そして何かしらで聞いたことはあっても不思議ではない。

 

 自分が先ほど質問に答えた内容を思い出していく。そしてその内容を理解してしまう前に彼女は袖から手を離しては、数歩下がっていった。

 

「星では分からないようでしたので…それにこれは私の決意表明です」

 

 彼女が尻尾を靡かせては背中を向けては歩き出していく。

 自分の心臓の音が早く高鳴っており、言葉に出そうとしても上手く出なかった。夜風が吹くと自分の身体が冷えていくのを感じる。汗をかいていたがこれは夏の暑さが原因ではなかった。

 

「その……俺は…」

「頬が赤いですよ、トレーナーさん」

 

 そう言われてしまうと自分の右手を口元に当てて、少しでも隠そうと本能的に動いてしまった。その様子に彼女は楽し気にしており、ぱたぱた、と尻尾が揺れている。

 

「本当は色々言いたいこともありますが…今日はここまでにします。残り半年…よろしくお願いいたしますね、トレーナーさん」

 

 月明かりと星の淡い光で照らされる彼女。その彼女の悪戯っ子の様な笑顔は俺と同じように紅潮しており、そして見惚れてしまっている俺がいた。

 気づかないようにしていた心が少しずつ彼女の熱によって溶かされ、そしてこっちを見ろというように主張を繰り返してくる。

 

 夏、きっといつもとは違う熱い夏になりそうだと

 

 

 

 そう思った

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。