眼帯。治療だけではなく、中二病の象徴としてもよく用いられているこの物体。自分の右目にも白い布を当てては頭を一周させるようにして紐を巻いていき、その象徴を付けていく。
大人になってからこれを付けることになってしまうのは些か気恥ずかしさがある。なにせ歩いている時にも視線を浴びせられ、まるで珍しい物を見ているかのようだった。
ものもらい、という病気である。最初の内は腫れており、担当の子にも心配をされていたのだがいずれ治る、という高を括っては放置をしていた。しかし、それが後になって切開をして膿を出す必要があり、見た目的にもかなりひどい物になってしまった。
そのため眼帯を付けることになったのだ。
「……というわけで右目がこうなってしまったんだ」
トレーナー室のソファー、青毛の長髪に前髪には白い菱形状の流星を携えた彼女、ヴィルシーナに報告をしていた。
「だからあれほど病院に行ってくださいと……」
「本当…面目ない…」
彼女は大きく溜め息を吐いてはやれやれ、と首を横に振って困ったように反応を返してきた。毎日のように心配をしてくれていたのだが、俺はその忠告に対して「大丈夫」と返答をしていた。実際の所は逆の結果になってしまったわけだが。
自分の右目はまだずくりっ、という鈍い痛みを感じるときがある。その痛みを誤魔化すために痛み止めを飲んではいるが、時折疼くときがあるのが悩みの種。更には自分の視界の右側は暗く、仮に手を振られてもその動きに気づくことは無いだろう。
「とにかく…まずは安静にしてくださいね?」
「それは勿論だよ。でも君のトレーニングも見ないといけないしさ」
「そうかもしれません…ですが無理をする必要は…」
「大丈夫、もう薬を飲んでとにかく傷を広めない様にってことだし。ヴィルシーナのトレーニングを見るぐらいなら何ともないよ」
彼女は口をすぼめては納得のいかない様子。とはいえ彼女のトレーニング指導することは特に目とは関係のない事象である。それに俺の不注意でなってしまったのだ。彼女を心配させてしまった罪滅ぼしとして償いたい気持ちもあった。
ヴィルシーナが更に口を開いては何かを言おうとするのが見えると、俺はそそくさとタブレットを取り出していく。
これ以上話し合っても堂々巡りになってしまうのは火を見るより明らかであったからだ。
「というわけで…今日のトレーニングなんだけど坂路でパワーを鍛えようと思うんだ」
「分かりました。なんにせよトレーナーさん、無茶をしないで下さいね」
こくり、と彼女に頷いては了承をしていく。
既に彼女は体操服に着替えているため、いつでもトレーニングに向かうことが出来ている。俺とヴィルシーナは互いの荷物を持ち、そしてトレーナー室から出ていく。
既に廊下ではトレーニングに向かおうとする他のウマ娘やトレーナー達がまばらながら歩いていた。その波に逆らわないように俺とヴィルシーナも横並びに歩いていく。
俺の左側には彼女、右側には壁があり、すれ違う人物が出来る限り来ないようにしていく。右側の視界が見えないため、誰かとすれ違ってしまえば距離感が掴めずにきっとぶつかってしまうからと考えた。
「トレーナーさん、歩くときは大丈夫ですか?」
左側から聞こえてくるヴィルシーナの声。
「まぁ…今のところは、かな。遠近感とか…バランスとか変な感じがするけどなんとかなってるよ」
一日目の眼帯、午前中はその視界の狭さと立体的な空間の歪み。それらに惑わされていたが、時間が経てば経つほど慣れてしまっていた。
人間の慣れというのは案外早いものだ、と考えては自分を鼻で笑ってしまう。
「足元、気を付けてくださいね」
「大丈夫だよ、心配しすぎだって」
階段、既にこの眼帯姿で何度か上っては下りてを繰り返ししている。ヴィルシーナが心配してくれるのは嬉しい事なのだが、ここまで過保護だと少し気恥ずかしさもある。
きっと彼女の姉性分が働いてしまっているのだろう。
そのまま階段を下っていく。左手にはタブレット、右手には壁に備え付けられた手すりを持って降りていく。彼女も俺の隣でペースを合わせてくれているのだが、大の大人がここまで見守られているのは情けなさも感じてしまった。
その勝手に感じてしまっている情けなさを自分で取り払うように降りる速さを上げては階段の踊り場。
その後曲がってはまた階段を下りていき、先ほどと同じように脚を下ろしていくと──────
そこには何も無かった。
手すりを持った右手に力を込めても既に宙に浮きかけているこの体を、たった一本の腕で止められるほど強靭ではなかったのだ。
まずいっ
思わず自分の瞼をぎゅっと、本能的に強く瞑ってしまう。あぁ、バカな事をしたものだ、と後悔をしてももう遅かった。このまま倒れては更に怪我をしてしまうのだろう。
なんとかなるだろう、という浅はかな考えをしてしまった自分を心の中で責めていく。
しかし、いつまで経っても自分の体は地面に付かず、あるのは左腕から伝わってくる体温だった。
「はぁ…っ…ほ、本当に何をされているのですか…っ!」
耳に聞こえてくる彼女の怒号。自分の身体は地面に辿り着くことはなく、一気に左腕を引っ張られては何とか態勢を立て直すことが出来た。
その声の主へ振り返ると、彼女は俺の左腕を両手で掴んでおり、強く握られている。その潤み始めている淡い青紫の瞳は此方を見据えており、口元は小さく震えていた。
「心配したんですよ…!ずっと…っ!これ以上大きな怪我をされたら…私は……っ!」
「……ごめん」
ヴィルシーナはただその腕を握りしめたまま離そうとはしなかった。彼女がもし俺の左腕を掴めることが出来なければ、もし彼女がウマ娘という種族でなければ、もし彼女が居なければ俺はきっとこのまま階段から落ちて更なる大怪我を負っていたのかもしれない。
そして何より彼女を悲しませてしまった事が許せなかった。
ヴィルシーナの瞳を見ることが出来ずに視線を逸らしてしまう。心配してくれている彼女の好意を無下にしてしまっている自分。
握られている俺の左腕。強く握られ、少々の痛みを感じてはいるも彼女の心の痛みと比べれば大したことはないだろう。
「……トレーナーさんの右目に私がなります」
「…えっ?」
彼女は視線を下に向けたまま何かを呟いていく。それが耳に入れば俺は自然と聞き返してしまった。右目になります、とヴィルシーナはそう言ったのだろうか。
俺は聞こえた言葉が幻聴ではないのか、そう思って
「…いま、なんて…?」
と尋ねていく。
「右目になる、と言ったんです」
ヴィルシーナは顔を上げて何かを決意するように此方を見つめながら答えを返していく。その潤みを取り払うように彼女は腕で目元を拭い始めた。
「いや…でも…」
「でも、ではありません。もうこんな事が起きるのは私は耐えられませんので」
彼女は首を横に振って俺の言葉を遮っていく。まるでトレーナー室で彼女の言葉を遮った己の姿の様であった。
いや、俺と同じにするのは彼女に失礼だろう。ヴィルシーナは俺の事を心から心配してくれていたのだから。
彼女が俺の右側に立ってはそのまま右手に彼女の手が重ねられ、ぎゅっ、と握られるのを感じた。
「…もしかして…」
「もしかして、です。私がトレーナーさんの手をこうすれば…変なこともできないでしょうし」
離すことを許さないと言わんばかりに、彼女の手に力が込められていく。周囲には少ないながらもウマ娘やトレーナー達が通っており、彼女の行いに珍しい物を見るかのような視線を送っている。
「…皆見てるんだけど…」
「関係ありませんよ。もし嫌というのであれば…おぶっていきますが?」
「……このままでお願いします」
年下の、しかも女の子におんぶをされるのは流石にもっとまずい事になるだろう。この手を振り払ってしまえばそれこそヴィルシーナの好意を無下にする所か嫌っていると思われてもおかしくない。
俺は彼女の行いを受け入れていき、そして一緒に階段を下りていく。
俺が一段降りるのと同時に、彼女もそれに合わせてゆっくりと降りてくる。もし変に無理をすれば今度は彼女と一緒に落ちていってしまう。この階段を降りるという行為の1つ1つがまるで大事な所作のようにも思えてしまった。
そうして階段を降り切れば彼女はまだ手を離すことは無かった。俺の掌には彼女の体温が伝わっており、離そうと手の力を緩めると彼女はまた力を込めてきた。
「……ダメです」
「そ、そうか」
彼女に視線を向けても此方に合わせてくれず、そのままトレーニング場へと一緒に向かっていった。
**
数日後。
「…ヴィルシーナ…これは一体?」
お昼時、コンビニで買ったパンを取り出してはそれの袋を開ける直前で聞こえるノック音。そのノック音に対して返事をしていくと現れたのはヴィルシーナだった。
彼女が入ると同時に手渡される青色と白色の模様の布で包まれた四角い物体。それを受け取っては俺は眺めていく。持った重さとしては軽くはないが重くもない。
「…お弁当です」
「………ちょ、ちょっと待って?」
ヴィルシーナの言葉に俺は眉間に指を当てて考え込んでしまう。確かにここ最近は彼女と手を繋いでは転ばないように一緒に歩いたりをして、お世話をされていたのだが食事までとなると話は別になってしまう。
彼女の言葉を脳内で理解しようとする前に、彼女は言葉を紡いできた。
「いつも食べているものでは、治るものも治りませんので」
「うっ……」
ごみ箱の方に視線を向けていく。そこにはコンビニのレジ袋が捨ててあり、中には総菜やサンドイッチといったものであった。
「み、見たのか?」
「トレーナーさんは怪我をされているんですよ?そんなに自分の事を大事にできないのであれば…私が面倒を見ます」
じっ、と見つめてくる彼女の瞳。その視線に目を合わせることが出来ずに俺は視線を逸らしてしまった。まるで彼女に俺の私生活を見られているようで恥ずかしさが勝ってしまいそうになる。とはいえ、ヴィルシーナの言っていることは事実なのだ。
頼ってばかりなのは申し訳なさを覚えてしまうが、折角作ってくれたのだ。彼女の好意に甘えるとしよう。
「分かったよ。君が折角作ってくれたんだ。ありがたく頂くよ」
彼女の表情はぱぁ、と太陽のように明るくなっていく。その表情の明るさに気づいた彼女は直ぐに何事も無かったようにわざとらしく咳ばらいをしては
「味のご感想、お待ちしていますね。今後の参考にもしたいので」
と柔らかく弟を見るような慈愛のある表情だった。
少しだけむず痒さを感じてしまう。
ヴィルシーナはそのお弁当を渡した後に自分の食事を取るために食堂へ。そしてトレーナー室で1人残されては、早速と言わんばかりに布の結び目を解いていった。
中からは二段の黒のお弁当。上には保冷剤が乗っており、まだ冷たさが残っていた。
ぱかっ、と蓋を開けては並べて置いていく。
1つは白いご飯が詰まっていた。そして真ん中には赤い梅干しが乗っている。
もう1つは鮮やかな黄色の卵焼きに、プチトマト。それにアスパラの肉巻きが入っていた。隅には可愛らしいたこさんウインナーも添えられている。
「…凄いな、これ」
一目で見ても食欲をそそられるものだった。口の中には無意識に唾液が生産され、そしてぐぅぅ、と自分のお腹が目の前のものを欲しがるように鳴っている。
この素晴らしいという言葉以外何でもないお弁当をもっと見ていたいと思ってしまうが、食べなければ本来の用途から外れてしまう。
そのお弁当に両手を合わせては
「頂きます。ありがとう、ヴィルシーナ」
としっかりと感謝を込めていく。ここまでされてしまえばヴィルシーナに今度お礼を考えなければ、と思いながら箸を手に取っていく。
その中で最初に目掛けたのはアスパラ巻き。タレによって照りついており、それを箸で掴んでは口に運んでいく。ゆっくりと運んだものを咀嚼していく。
これは醤油風味だろうか、噛めば噛むほど味がしっかりと染み込んでおり、しかしくどいものではなくむしろもっと食べたいと思ってしまう。
梅干しを箸で切り分けては、隅の白米へ乗せていき、また口の中へと運んでいく。酸味のある梅干しと口の中に僅かに残った醤油風味。
「美味しい…」
思わず口元が綻んでしまう。
彼女のお弁当は俺の胸の中に残るほどとても暖かなものだった。
***
彼女にお弁当の感想を伝えていくと嬉しそうに尻尾を揺らしており、「次も期待して下さいね」と言われたあくる日。
「本日はぶりの照り焼きに挑戦しました。お魚は目に良いと言われるので」
「作るの大変だっただろうに…ありがとうね、ヴィルシーナ」
また次の日。
「本日は生姜焼きにピーマンのナムルですよ。今回のは自信作ですね」
「はは…ありがとう、ヴィルシーナ」
そして次の日。
「鶏肉とネギを炒めたものにつくね団子になります。本日は鶏肉尽くしですね」
「えぇっと…その、ありがとうね?」
「ふふっ、気にしないでください。また味の感想を待っていますね」
次の日。
「きんぴらごぼうにピーマンの肉詰めとなります。ここ最近の味付けはどうでしょうか?」
「うん…その、好きな味だから毎日が楽しみだよ」
「よかったです。明日も楽しみにしてて下さいね」
あくる日。
「本日は朝のトレーニングもお休みで時間があったため、唐揚げにも挑戦致しました。油ではなくオーブンで作るものもあるんですね。勉強になります」
「………」
「トレーナーさん?」
「えっ!?ど、どうしたんだ?」
「その…お嫌いでした?」
そのお弁当を眺めていると彼女に声をかけられ、そして慌てて返事をしていく。ヴィルシーナは首を傾げては不思議そうに此方を見つめているも、俺は平静を装っていった。
「嫌いじゃないよ。ありがとうね、ヴィルシーナ」
俺がそう彼女に告げるといつもの様に頬を緩ませていく。
「ではまた…味の感想を教えてくださいね。失礼いたします」
そう告げて彼女はトレーナー室を後にしていく。
さて、残された自分とこの持っている弁当箱。一週間近く彼女は毎日のようにお弁当を作ってくれている。そしてそれを一つの楽しみにしてしまっている自分もいた。
彼女の食事のおかげか不思議と目の治りは早いようで、相当自分の食生活が悪かったんだな、と考えてしまった。とはいえ、このままお弁当を作らせてしまうのも些か問題である。
ヴィルシーナが作ってくる度に何かしらの形でお礼をしようと思っても彼女は断ってしまう。かといって無理に受け取るのを拒否してしまうのは彼女の好意を否定しており、それはそれで忍びない。
ぱかり、と蓋を開けてはお弁当の中を見ていく。唐揚げが数個入っており、赤色の人参しりしりとブロッコリーも添えられていた。
色鮮やかなお弁当。それを見てしまうとごくり、と生唾を飲み込んでしまった。
「うーむ…胃袋を掴まれてるってこういうことを言うのかな…」
誰に聞かせることも無く、ぽつり、と呟いていく。
そうして箸を手に取っては、今回のメインディッシュである唐揚げに伸ばして、口の中へ。さくっ、と小気味よい音が鳴り、時間が経ってもその美味しさは衰えていなかった。
何度か咀嚼を繰り返しては飲み込んでいき、人参しりしりも同様に食していく。
「…美味いなぁ」
またぽつり、と感慨深そうに呟いてしまった。自然と出てしまった心の声。
少しだけこの病気が治ってしまうのが嫌だ、なんて不謹慎な事を考えてしまった。
**
そこから数日後
「というわけで無事に治ったよ、ヴィルシーナ!」
今日はトレセン学園は休日である。しかし、今日はトレーニング日であり、午前だけで終える予定であった。
そんな中でヴィルシーナがトレーナー室を訪れては早速報告をしていく。
「おめでとうございます、ついにですね」
「やっとだよ…長かった…」
解放される右目。最初に光を見た時はあまりにも眩しく、その光を拒絶してしまうように閉じることも多かったが徐々に慣れ始めている。
既に腫れも完全に引いており、誰が見ても一目で完治したという事が分かるほどだった。
「色々と助けて貰ったよ。何かお礼をしないと」
「気にしないでください。私がしたいだけでしたので」
「そうか…?」
ヴィルシーナは首を横に振って応えていく。ふーむ、と腕を組んでは思案する。彼女はそう言っているも、このまま何かお返しをしない事は自分にとって妙な罪悪感が残ってしまう。
そのまま悩んでいると「トレーナーさん」と彼女から呼ばれては意識を其方に向けて
「本日は鶏むね肉の照り焼きがメインとなっていますよ」
といつもの様に手渡してくるお弁当箱。
「照り焼きか。今日はこってりしたいものを食べたい気分だったからありがたいよ」
「ふふっ、また味の感想を教えてくださいね。次回の参考にしますので」
それを受け取っては自分の机の上に置いていく。
────────────ん?
妙な違和感を感じてしまったが、気のせいだろう。
タブレットを手にしてはその違和感を気にしないように今日のトレーニング内容を彼女に伝えていく。コース場が使えるため、実践を想定したトレーニング。脚の使いどころや他のウマ娘達との走る際にどのようにコース取りをするのかを試すことになっていた。
それをヴィルシーナに伝えては一緒にトレーナー室を出ていく。扉を閉めようとすると、ふと、自分の机の上に乗っていたお弁当に視線が映ってしまう。
はて、この違和感は何だろうか。
一瞬扉を閉める手が止まってしまうが、そのまま視界から消し去るように扉を閉めては鍵をかけた。
「トレーナーさん、お手を」
「ん…?あぁ…そうだね」
彼女が左手を差し出してくると、俺はそれに右手を重ねては握りしめていく。彼女の手の体温が伝わってくる。その手の体温はいつもよりも暖かなものに感じてしまった。
2人で廊下を並んで歩いていく。今日は休日であるため普段よりトレセン学園に人が少なかった。
彼女は俺の右隣を歩き、そうして辿り着く階段。2人で階段を歩調を合わせながら降りていく。
違和感。
先ほどのお弁当と同じ違和感を感じてしまう。
なんだろうか、と考え込んでいると気づけば階段に降りてはそのまま一緒に外へと出ていく。
「─────────あっ!」
「ど、どうしたんですか、急に…」
俺が大声を出すとヴィルシーナは驚いて少し身を引くような形になる。
そうだ、この違和感。これは怪我をする前にしていなかったことだ!今までは怪我をしており、それを補うためにしていたのだ。だけど、今は治っており彼女と手を繋ぐ必要も、そしてお弁当を作ってもらうことが変なのだ。
気づいてしまえばヴィルシーナと手を現在握っているという事実。それがなんだか恥ずかしく感じては手を離そうとすると、それを察したのか力を強められ、離れることが出来なかった。
「えぇっと…もう治ったし…大丈夫だよ…?」
彼女を諭すように言葉を聞かせていく。しかし、彼女は離そうとしなかった。
「その、癖になってしまったので…」
と彼女は視線を下に向けながら呟いていく。その姿はいつもの凛々しい彼女ではなく、なんだか悪い事をして反省しているようにも見えてしまう。
癖、確かにそうだ。今もやっと気づいたわけで、そして癖になってしまっている自分もいる。
何気ない手繋ぎ、毎日のお弁当。
今まで日常に無かったものが怪我を通して一つの俺の日常に加わってしまっている。そしてそれは彼女も同様なのだろう。
とはいえ、流石に怪我が治ったため、このまま続けていくのはおかしな話である。
「だけど、このままじゃ──────」
「トレーナーさんは嫌、でしょうか…?」
「うっ……」
正直な所嫌ではなかった。彼女に手を繋がれ、歩いてくれているのは妙な安心感を感じていた。
彼女にお弁当を作られ、そしてそれが毎日の楽しみになっていた。嫌、という嘘を吐くのは自分の心に嘘を吐いているのと同意義になってしまう。
ヴィルシーナの言葉に反論できずにいると、彼女は手の力を少し緩めては包み込むような柔らかな力へ。そうして俺の方に体を向けて向き合っていくと、
「私は…構いませんよ、トレーナーさん」
その瞳に見つめられ、吸い込まれそうになってしまう。彼女の言葉、俺はその言葉を良い事に甘えてしまった。
「頻度は…減らそうね?」
唯一の抵抗。これを続けてしまえばきっと噂になってしまう。
「…ふふっ、出来たら…そうしましょうか」
彼女の手の力が強く握られる。まるで俺のこの抵抗を虚しく壊すように。
彼女の尻尾はぱたぱた、と揺れている。風ではなく、彼女の意志で。
そうして、気づけば俺の日常にヴィルシーナという癖が2つ入ってしまった。