「ふふっ、うん…うん…大丈夫だよ、お母さん」
携帯でお母さんと電話。
久しぶりの家族の声が聞ければいつもよりその会話に花が咲いてしまいます。
ドイツから日本へ留学をしてきて、1年と半年が経とうとしていました。
何度も頷きながら、お母さんと会話を続けていき、気が付けば既に時刻は22時。
いつもは話す時間は10分程度でしたが、今日は20分も話してしまいました。
「そろそろ切らないと……うん、おやすみなさい、お母さん」
ぷつっ、と音を立てて切れる電話。
薄ピンク色のパジャマを着たファルコンさんが此方を見ながら足をぱたぱた、と揺らしていました。
「お電話、おしまい?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
「ううん、フラッシュさんが楽しそうに話してるの見てるの、ファル子好きだから大丈夫☆」
彼女には日本に来てからお世話になりっぱなしです。
そうです、明日はトレーナーさんとお出かけの日でした。
帰りにお土産としてお菓子でも買って帰りましょう。
私は自分の手帳を取り出して、明日のスケジュールを確認していきます。
明日はトレーナーさんとケーキ屋巡りに秋服を買いに行く約束です。
ファルコンさんにはそのケーキ屋で持ち帰りのものでも買ってお渡ししましょう。
「あっ!そうだ、フラッシュさん!」
「はい?どうされました?」
「あのね、今度ライブをね―――――」
****
「ふわぁ…少しお話しすぎちゃったね…」
「そうですね、そろそろ寝ましょうか」
「うん…おやすみなさい…フラッシュさん」
「おやすみなさい、ファルコンさん」
カチッ、とスイッチの音が鳴ると部屋の明かりはゆっくりと暗くなっていきました。
ファルコンさんとの話に夢中になってしまい、彼女のライブを見に行く予定のお話。
私とトレーナーさんの明日の予定を聞いてはファルコンさんは羨ましそうにしていました。
暗くなる部屋の中、少し離れたベッドからは直ぐに寝息を立てる声が聞こえてきます。
私も目を瞑り、明日のトレーナーさんとのお出かけを楽しみにして、夢の中へと微睡んでいきます。
―――――――寝れません
何度も目を瞑っては、ぱちり、と目が覚めてしまう。
久しぶりに家族の声を聴いたからでしょうか、もっとお母さんと話したかった。
お父さんはまだお仕事で、お母さんは休憩の時間の合間に電話をしてくれました。
お父さんの声も聴きたかったですが、私の我儘に付き合わせるわけにはいきません。
そう思いながら何度も目を瞑るも、やはり眠ることはできませんでした。
もぞり、と体を動かし、私の体の上にかかっている掛け布団を無意識に掴んでしまう。
参りました、もう最近は無いと思いましたが、家族と話してふと”寂しい”という感情が湧いてしまいました。
日本に留学したばかりの時にホームシックになってしまい、自分のその感情を誤魔化すようにトレーニングに打ち込んでいましたが、こうなると暫く私は落ち着きがなくなってしまいます。
明日はトレーナーさんとお出かけなので早く眠りにつきたいのですが、目が冴えてしまっている。
一度、大きく息を吐いて深呼吸を繰り返す。
大丈夫、昔とは違います。
ゆっくりと息を吐いて、息を大きく吸って、また吐いていく。
肺の中の酸素を全て入れ替えるように何度も何度も繰り返して心を落ち着けましょう。
そうすればいずれは……寝れるはずです。
****
「お待たせ、フラッシュ」
「こんにちは、トレーナーさん」
学園から少し離れた駅前にて集合をする私とトレーナーさん。
彼は黒いズボンに白いシャツ、そして薄い上着を羽織ったモノクロ調なファッションでした。
結局、昨日からほとんど睡眠できずに彼と会っています。
思わず出てしまいそうな欠伸を噛み殺し、トレーナーさんに情けない所を見せないように気丈に振る舞う私。
今日の予定はまずは秋服を買いにいくこと、その後にケーキ屋で食事をとることになっています。
トレーナーさんの横に並んでショッピングモールへ向かっていきます。
「フラッシュ、大丈夫か?」
「えっ…急にどうされたのですか?」
「いや…なんだか眠たそうで…夜更かし?」
「気にしなくて大丈夫ですよ、少し眠れなかっただけなので」
私は笑顔を取り繕い、何事も無さそうに振る舞っていきます。
トレーナーさんにこの眠気を、そして寂しいという感情がバレてしまわないように平常心を振る舞う。
しかし、悲しきウマ娘の宿命。
尻尾は何度もトレーナーさんの方にぱさり、ぱさり、と当たっており、まるで構ってほしそうにしてしまいます。
トレーナーさんは気にしてはいませんが、私が気になってしまう為、少しだけ彼との間の距離を空けて歩いていきます。
ショッピングモールに入れば既に多くの人でごった返し。
今日は休日ですからこうなることは想定していましたが、ここまでの人の数は予定外でした。
「これは…今日は凄い人だな」
「そうですね…」
「フラッシュ、はい」
トレーナーさんが手を差し出してくれました。
「えっ…ええっと…」
「ほら、はぐれたら大変だからさ……って嫌だよな…?」
「い、いえっ!そういうわけでは…」
トレーナーさんに差し出された手に自分の手を重ねていく。
彼の温もりが私の掌に伝わり、その暖かさは私の心にぽっかりと空いてしまった穴を埋める様でした。
彼の横に立ち、一緒にショッピングモール内を歩き回っていきます。
今日だけは平常心を保たなければ……もし、この寂しさに身を任せてしまえば彼を幻滅させてしまいます。
私は完璧で誇り高いウマ娘、弱気な所は見せません。
2人で手を繋ぎながらアパレルショップへ足を運んでいきます。
その店の中は木製の壁で暖かな雰囲気でした。
まずは私のレディースものを一緒に見てくださります。
「この服、どうでしょうか?似合いますか?」
私は飾られていたおすすめとして白いブラウスを手に取り、彼の前でそれを首元で合わせていきます。
「うん…良いんじゃないかな?フラッシュは何着ても可愛いから羨ましいよ」
「…っ…そ、そうですか…」
トレーナーさんにそう言われてしまうと頬が赤くなってしまう。
この人はそうやって本当に人を喜ばせるのがお上手ですね。
他にもこのブラウスに合いそうなタイトスカートや普段のお出かけでも使えそうなデニム、愛用しているクリーム色のジャケットの色違いなどを手に持ち、他に無いか探しています。
その間、トレーナーさんは私の横で一緒に考えてくださります。
「フラッシュはモノクロ系の色が似合うよなぁ…」
「ふふっ、上品さも兼ね備えて、ですから。他の色も気になりますか?」
「えっ?まぁ…気になると言えば気になるかな」
「では…たまには冒険してみましょうか」
そんな雑談を交え、私の服装は少しずつ彼の好みに染められていく。
トレーナーさんとお出かけをするたびに彼を喜ばせたくて色々な予定を立ててしまう私がいます。
そして、そんなお出かけで彼の好みに染められて嬉しくなる私も居ます。
少しだけ胸の中でその楽しいという感情を何度も噛みしめ、ショッピングを楽しんでいく。
「…フラッシュ…」
「どうされました?」
横にいるトレーナーさんが少し、少しだけ深刻そうな表情。
その表情を見てしまうと私は心配になり、彼の顔を覗き込んでいきます。
「その…尻尾…」
「…えっ?――――――――っ!」
私の尻尾は彼の脚に巻き付いていました。
まるで離れたくなさそうに、彼の脚へと巻き付いていました。
私はすぐに尻尾を意識的に動かして、彼の脚から解いていきます。
「し…失礼しました…」
「いや…その大丈夫だよ。珍しいね?」
トレーナーさんは笑みを浮かべて笑ってくださります。
彼のその優しさと自分の行動の恥ずかしさが募って頬を赤く染めてしまいました。
****
「ここではフルーツタルトが売りだそうです。私はそれに致しますが、トレーナーさんはどうされますか?」
「そうだな…」
秋服を買い終えて彼と今度は目的のケーキ屋で食事。
私の実家はケーキ屋であるため、こうやってケーキ屋、それこそカフェなども巡っていました。
その理由は…いえ、職業病なのでしょう。
実家がケーキ屋であるが故に私はその店を訪れ、ケーキの味や店内の雰囲気、メニューの種類を点数として付けています。
勝手に点数を付けるのは烏滸がましい行為かもしれませんが、それだけ私は両親の仕事に誇りを持っており、その両親と同じ仕事をしている人たちがどう過ごしているのか気になってしまいます。
トレーナーさんと私は店内で奥の方の席に座り、お互いに対面になっています。
彼は少し考えた後に、メニューを置いて
「じゃあ、俺はこのザッハトルテにしようかな」
「良いのですか?其方は…」
「期間限定、だろ?それに2人で分け合えば良い事づくめで、そのために俺がいるんだから」
トレーナーさんがそう言ってしまうとまた頬を赤く染めてしまう私。
あぁ、いつもであれば軽く笑って流したり、それこそ少し反撃をすることがあるのですが、今日は彼のこの”なんてことない”一言一言が嬉しく、そして心の隙間に全て入ってきます。
「では…注文しましょうか…」
そう告げては店員さんを呼ぶためのベルを鳴らし、注文をしていく。
数分後に運ばれてきた、淡い黄緑色のマスカットがふんだんに乗っているタルトと、チョコと赤色のラズベリーソースが入ったザッハトルテ。
トレーナーさんが半分に分けて下さり、そしてそれをお互いに食事をしていく。
彼から頂いたそのザッハトルテを一口食べていく。
口の中に広がる…広がる…酸味……
参りました。
彼に乱され、そして胸の中にまだぽっかりと空いている空洞。
このせいでケーキの味が分かりませんでした。
****
「フラッシュ、今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがとうな」
「いえ…私も…楽しめました」
トレセン学園前。
既に日が傾き始めており、あとはこのまま寮へ帰るのみとなりました。
今日はトレセン学園は閉まっているため、周りには誰もおらず、私とトレーナーさんだけでした。
あの後、ケーキ屋でそのまま2人で談笑をしていたのですが、ひたすらに何事も無さそうに取り繕い続け、今日はなんだか疲れてしまいました。
普段は楽しいトレーナーさんとのお出かけが我慢大会のように、自分の寂しさを悟られないように、ひたすら耐え続ける。
早くこのホームシックを直さなければ、そう思うも自分の胸の中に広がる喪失感はより大きくなってしまいます。
「じゃあ、またな」
「――――あっ」
トレーナーさんが帰ろうと背後を向けてしまうと、私は彼の腕に手を伸ばして、服の袖を掴んでしまいました。
「ち、違いますっ!そ、その…本当に今日は私は変ですね…」
私はまるで自虐するように下手な笑みを浮かべて彼に告げていく。
「…何か辛い事でもあったのか?」
トレーナーさんの心配した表情。
彼にそんな表情をさせてしまった自分に少しだけ嫌悪感を覚えてしまいます。
ホームシックで寂しく、誰かに甘えてしまいたい気分だなんて口が裂けても言えません。
ですが…私はそれ以上にトレーナーさんの心配されている表情の方が見たくありませんでした。
「…笑いませんか?」
「笑わないよ、大事な担当なんだ。笑うわけない」
「その………少し寂しくなって……Heimweh…ホームシックです…」
「…ははっ、ホームシックか」
「わ、笑いましたね?」
「ごめんごめん、でもよかった。辛くて抱え込んでいるわけじゃなくて…あ、いや抱え込んでるのか…」
トレーナーさんが真剣な表情で腕を組んだ後に、口元に指を添えて考え始めます。
私はより恥ずかしく、頬が赤く染まってしまいます。
まさかこんなことで彼が真剣になって下さるとは。
私は恥ずかしさで顔を伏せてしまいました。
真剣に考えてくださるのは嬉しいのですが、ホームシックでここまで考えられるのは嬉しいのやら恥ずかしいのやら、複雑な気分です。
これ以上トレーナーさんに迷惑をかけるまでに寮へ帰りましょう。
明日には少しは収まっているはず。
私は彼にお別れを言おうと、顔を上げると
突然、抱きしめられました
「えっ…、トレーナーさんっ!?」
「悪い、あまり思いつかなくて…そのほら、ハグは癒す効果があるって効いたから…嫌だったか?」
その聞き方はずるいです。
嫌なわけありません。
トレーナーさんに抱き寄せられ、そして胸元に顔を近づけ、全身を包まれる。
私はそのまま、少しだけ…彼の甘さにすり寄ってしまいます。
「ええっと…フラッシュ?」
「何も言わなくてよいので…そのままもう少し強くしてください」
その言葉がトレーナーさんに届いたのか、更に強くなる彼の抱きしめる力。
私の心にぽっかりと空いた空洞は、彼の体温によって、匂いによって少しずつ埋まっていきました。
「トレーナーさん」
「どうした?」
「……また今度甘えていいですか…?」
「フラッシュならいくらでも」
トレーナーさんに抱き寄せられた体温、夕日が照らす熱よりも暖かく、私の寂しいという感情は溶かされていきました。