「レクリエーション?」
「そう、夏合宿中にトレーナーとその担当が親睦を深めるために…って。それで…これなんだけど」
俺は1つのA4用紙の紙を彼女に見せていく。そこには大きな文字で目を引くように書かれていた。
【ホラー大会をして親睦を深めようの会】
その文字を見た瞬間にヴィルシーナは目線を細め、そして口元を少しだけ歪めていた。
「な、なんですか、これ」
「チームとか専属担当とか…まぁ、要はトレーナーとウマ娘の仲を深めるためにっていう催しらしいよ」
「へ、へぇ…」
なんだか他人事のように一言呟く彼女。
夏合宿場のトレーナーと担当ウマ娘様に割り当てられた一室。既に折り返し地点まで日付は進んでいる中の催しである。A4用紙に書かれた中を見ながら、俺は指をさしては一つ一つ読み上げていった。
「お化け屋敷、映画鑑賞、それに怪談話。なんでもいいからそういう怖いもので親睦を深めなさい、だってさ。吊り橋効果でも狙っているのかな」
「…そ、そんなので仲良くなれるのでしょうか…?」
うーん、と唸りながら腕を組んでいく。確かに安直かもしれないが、こういったきっかけから仲良くなることはあり得るのだ。人と人の縁は案外ちょっとしたきっかけで繋がったり、太くなるもの。レクリエーションを企画した人たちもそう考えて立案したのだろう。
1つだけ、思ったことがある。そう、これは仲良くなるためのレクリエーションだ。チームに入ったばかりのウマ娘や契約を結んだばかりのトレーナーとウマ娘が仲良くなるためのもの。
では、既に仲良しの場合は?
「……これ、俺とヴィルシーナってする意味があるのか?それを言ったら元も子もないか」
「…そ、そうですよ。私とトレーナーさんはまさに一蓮托生、人バ一体なのですからっ!必要はありません!」
両手を腰に当てて胸を張るようにして、強がっているヴィルシーナ。視線を此方に向けず、どこかを彷徨うように落ち着きが無かった。
もしかしてだけど…
「…怖い?」
「…い、いえ?怖くありませんよ?」
「……じゃあ、怖い話をしてもいい?」
「ど、どうしてですか…!」
強がる彼女が可愛らしく、思わず笑みを零してしまった。その笑みを見たヴィルシーナは一言、息を吐いては不満そうな表情。
怖い話、といっても実際の所はあまり思いついていないのが現実だ。こういう時、定番と言えば身近な怪談話がある。
学校の七不思議。
「怖い話といえば、定番なのは七不思議だよね」
「…話すんですね。まぁ、定番ですわね」
トイレの花子さん。歩く二宮金次郎像。1段増えている階段などなど、七不思議と言っておきながら実際の所は多数あり、そしてそれらは地方によって違いがある。
勿論、共通しているものもあるが、地方では独自の文化として根付いているものもあるのだ。それらがどのように伝搬し、そして広がったのかは謎を感じる。今であればSNSやネットがあるため、広がるのは簡単だろう。
だが、当時はそういったものは無い。だけど、根本の話は同じであり、細かい部分の話は違っている。話として広まったこと自体もある意味1つの七不思議なのかもしれない。探ったら意外と答えは出そうだが。
「やっぱりトレセン学園にもあるのか?」
「噂程度には…。むしろトレーナーさんの昔には?」
「あったよ。トイレの花子さん、13段の階段。夜中に鳴り響くピアノ…」
指を折りながら数えていく。そうして、1つ1つ読み上げていく中で、ふと思い出した話。
「…あぁ、そういえば。大鏡は……」
ぽつり、呟いていく。
大鏡の話。4時44分に階段の踊り場に飾られている大鏡の前に立つとあの世に連れていかれるという話。大概七不思議というのは、一口話なのだ。物語として語られるのではなく、事象のみが語られる。
その中で俺が小学校の頃聞いた話を思い出す。それは一口話ではなく、1つの物語。短編として語り継がれていたのだ。
「お、大鏡がどうされたというの?」
「あれは子供ながらに怖かったなって」
「七不思議で?」
「七不思議で。ヴィルシーナはあんまり?」
「そうですわね…」と口元に手を当てて考え込む彼女。七不思議というのはむしろホラーというより都市伝説に近いものだろう。少し考えた後の彼女は、直ぐに顔を上げては「怖い、というよりは…不思議?に近いですわね」と答えた。
それが普通だろう。小学生の頃の俺も怖いとは正直思わなかったのだ。勿論中には見てしまえば、出会ってしまえば害を及ぼすものもいるだろう。そうだとしても、やはり怖い、というよりは不思議な存在と考えていた。
「…大鏡、気になる?」
ちらり、と視線を彼女へ移せば、少しだけ震えるようにしては瞳だけ此方に動かしていた。
「…多少は……」
「じゃあ、折角の機会だし。俺も忘れてる所あるから…そこはご愛敬で」
「えぇ、わかりました」
2人で古びた木製の椅子に座り、雰囲気を出す為に明かりも最小限に留める。お互いに向き合うようにしては、ゆっくりと俺は口を開き始めた。
**
とある小学生の少年が真夜中の学校に訪れた。訪れた理由としては至極単純、夏休みの宿題を忘れたかららしい。夏休みになれば学校も閉まって中に入れなくなってしまう。そうすると宿題も進めれずに先生に怒られてしまう。その中で1人、両親にもバレないようにこっそり家を抜け出して学校に来たのが始まりだ。
時刻は真夜中、午前2時くらいかな。真夜中とはいえ、夏の暑さが真っ只中で歩いているだけで汗をかいてしまう程、じっとりとした気温だった。
校門は閉まっていて、その時に乗り越えて向かったのは靴箱が並んでいる昇降口。そこも扉で閉まっていて、少年は困った、と。
【これじゃあ、中に入れないじゃないか】
そう思っては1つ1つ扉に力を入れて開けようとした。
その中で1つだけ、きぃ、と音を立てながら開く扉があったんだ。少年は幸運だと思った。これで取りに行ける、先生にも怒られないぞって。
そして昇降口できちんと靴を履き替えたんだ。真っ暗な校舎の中、光は空に光っている月明かりと火災報知器の赤い光のみ。白と赤で淡く染められた廊下は気味が悪く、別世界に来てしまったようにも思えた。
だけど、少年は怖い、というよりは面白そうが勝ったんだろうね。心臓の鼓動は早まってはいるけど、その中で楽しそう、冒険だ、と非日常感による高揚の方が強かったんだろう。
そうして向かったのは3階の自分の教室。歩く足音も自分の足音だけが響くほど周りは静かだった。
【僕だけの世界みたいだ…っ!】
少しだけ楽しくなって小走りをしてみたり、飛んだりしてみた。先生に怒られるようなことをむしろしてみるという背徳感。子供ながらの悪戯心は小さいけど、開放的だったんだね。
そうしていると気づけば扉の前に立っていた。自分の教室。もしかして、と思って扉のノブに指を引っかけては開けていくと鍵はかかってなかった。
【今日の僕は大幸運だ】
そんな事を思いながら鼻歌を歌ったりもした。向かう先は自分の机。中を覗けば、そこにはプリントやノート、夏休みの宿題が入っており手に抱えていく。しまった、鞄か何かを持ってくるべきだった、なんて思いながら教室をあとにした。
落とさないように両手でしっかりと押さえ、少年の胸元に抱えるようにして持って帰ろうとした。これで明日から夏休みの宿題を進められる。忘れて両親から怒られることも、先生からも怒られることも無い。
また鼻歌なんか歌いながら教室を出て、歩き始めた。
その時、何か聞こえたんだ。鼻歌の中に混じる女性の声。最初はぴたり、と脚を止めては鼻歌も止めて聞こうとした。だけど、聞こえなくてまた歩き出したんだ。
【気のせいかな…?】
ただの風か、それとも興奮したが故の幻聴か。そんなことを考えながら、あまり気にしないようにしていた。気にしていると余計に怖くなってしまうから。
さっきまで冒険と考えていたのに、脚は妙に震え、体も寒く感じてきた。本能的に怖くなって、足取りを速めたんだ。
そしたら今度ははっきりと聞こえたんだ。
こっちを見て
って。女性で、でも何処か低くて生気が無い、気味の悪い声。
少年は驚いた。それはもう心臓が口から出るなんて生易しいものじゃなかった。胸に抱えた宿題を強く握りしめては無我夢中になって走ったんだ。
これは駄目、振り向いたら死ぬやつだって。
走って走って、気づいたら2階と1階の踊り場で息を切らしては辿り着いた。そこには大鏡があったんだ。そこでやっぱり人間は気になっちゃうんだよ。大鏡に自分の背後には何か居ないを確認したんだ。
大鏡には誰も映っていなかったんだ。
少し傷と汚れが付いた鏡が踊り場を移していて、少年は安堵したんだ。
【なぁんだ……僕の早とちりか…】
体を仰け反らせるほど、目も閉じて大きく深呼吸を繰り返しては冷静を取り戻そうとした。あの声はただの風だったんだ。幻聴だったんだって、自分に言い聞かせるようにね。
そして瞳を開いてはもう一度、大鏡を見た。
【……ひっ!?】
違和感を感じたんだ。大鏡を見た時に。さっきまで感じていなかった大鏡。だけど、一度気づけば、そこは違和感しかなかった。さっきまで見ていたその大鏡は非現実を映していた。
そう、大鏡はなにも映していなかったんだ。
映っていないとおかしいんだ。少年が。
その少年すら鏡には映ってなくて、それに気づいたせいか呼吸も浅くなっていった。自分の喉を絞められているように。心臓の鼓動も早鐘を打っていて、逃げろ、と本能が叫んでいるのに脚は動かなかった。
その鏡から視線が離せなかった。魔力に取りつかれたように、ただ見つめていた。
ひやり、とした冷たい感触が両肩に当たったんだ。
そして、あの時錯覚だと思った声色。それがはっきりと、耳元で聞こえた。
こっちを見て
**
「そしたら少年は─────」
「も、もうお終いにしましょう!!えぇ!とても面白かったです!」
ヴィルシーナは大声を出しながら、両手を前へ出してぶんぶん、と強く振っていく。これ以上話さないで欲しい、という拒否反応だった。それが何だか面白く、もう少しだけ揶揄ってしまいたい、なんて思ってしまう。
とはいえ、これ以上怖がらせるのもなんだか可哀想な気がしてしまった。彼女は椅子にしがみつく様にしては息を乱している。
「まぁ、というわけで話はお終い。これは子供ながらに怖かったよ…うん」
「た、確かに…七不思議にしてはやけにお話が凝ってますね。というより…」
ごくり、とヴィルシーナの生唾を飲む音が聞こえてきた。視線を此方に向けたまま、続きの言葉を発しようとするも一瞬で閉口する。その様子が不思議に思い、俺は「どうかした?」なんて尋ねた。
「ええっと…その…なんと言えばよいかしら…」
視線は泳いでおり、言葉を選んでいるようだった。
「…ちょ、直接的にはなりますが……まるで…体験されたかのようにお話しますね?」
「だって、これ実際に体験した話だし」
「…えっ?」
「あれは怖かったよー。あの後、死に物狂いで逃げて───────」
「ちょ、ちょっと!?ま、待ってください!そんな事一言も…」
「あれ、言ってないか」
「うぅぅ…」と少し涙目になりながら、此方を見つめている。
勿論、嘘である。
こんな事を体験した日にはそれこそ誰にも喋りたくない話として、墓まで持っていくつもりだ。やけに詳しいのはこれが小学校の時に聞いて、かなり印象に残っているせいだろう。また、この話は学生時代に修学旅行で怖い話をするときのネタとしても使っていたため、余計に記憶に残っている。
所謂持ちネタ、というやつだ。
「で、ではその…トレーナーさんは…本当に幽霊に会っていた…と?」
「どうだろうね。でもあの大鏡は本物かも。もしかしたら…今いる俺は既に幽霊かもしれないね?」
じとっ、と瞳を細めては少し此方を睨むような彼女。これ以上は怒られそうであるため、流石に控えなければ。
「ま、まぁ…良い感じに涼めたんじゃないか…?」
「えぇ…そうですねっ。涼めたというよりは肝が冷えた、ですが!」
彼女は大きな声を出しながら、椅子を動かしては隣に移動してくる。そうして、ぎゅっ、と俺の腕に抱き着くようにしてはそのまま動かなくなってしまった。
「…ええっと…怖い?」
「いーえ、怖くありません。トレーナーさんが幽霊に連れていかれないようにしているだけですから…!」
そうは言っても彼女の震えは自分の腕を通して伝わってくる。精一杯の強がり。弱い所を見せないように必死になっているその様子が何処か愛らしく思えてしまう。
しかし、本当に連れていかれないようにするためか、かなり力を込められている。少しだけ痛い。
「ちょっと…痛いかも…」
「……トレーナーさんのせいです…」
ヴィルシーナに視線を向けても此方に合わせてくれなかった。ぎゅう、とまた強く握られる腕。
これはこれである意味、より仲良くなったと…言えるだろうか…?