ウマ娘小噺まとめ   作:ポンタ4

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好き好き因子を継承したヴィルシーナは止まれない

 いつからだろう。

 彼が向ける視線のありかを気にするようになってしまったのは。

 

 いつからだろう。

 彼が話す相手やその内容を気にするようになってしまったのは。

 

 いつからだろう。

 彼が私を見てくれることが嬉しく、そして見てくれない事に嫉妬を覚えるようになったのは。

 

 誰かを好きになるきっかけは、突然の事だと何かで聞いたことがあります。そしてそのきっかけは人によって様々だと。何処かに一緒に出掛けた時、その人の事を考えた時、夢に出た時。私はどれかは分かりませんでした。

 気づけば、彼の動作1つ1つが気になってしまっていた。

 

 トレーナー室。その日の授業を終えては私はトレーニングをするために彼に会いに来ました。毎日の様にトレーナーさんと会話をし、そしてその内容は多岐に渡るものでした。

 トレーニング指導、何処かお出かけの予定、なんてことない世間話。挙げることは容易でした。今日もきっと彼はお仕事中でしょう。キリのいい所で仕事を切り上げてもらい、そしてトレーニングに向かう。勿論、トレーニングに向かう前は雑談もします。

 

 今日もそんななんてことの無い日常を迎えるはず。そう思っていました。

 

「…………」

 

 トレーナー室を開けようと手を伸ばした瞬間、手が止まった。私の髪型は変では無いでしょうか。

 前髪はしっかりと整っている?跳ねている所はない?片手で自分の青毛を整え、そうして今度は頭頂部から後頭部へ手を滑らせては確認していく。

 大丈夫、今日もしっかり整っている。

 

 そうしてまた扉を開けようと手を伸ばす。指が引き手当たった瞬間、その手はまた止まった。

 服装に皺がないでしょうか?何処か汚れていたり、それこそ糸のほつれはないでしょうか?自分の体を捻るようにしては動かしていき、そして制服を確認していく。

 みっともなくない、ちゃんと綺麗です。

 

 トレーナーさんに見せても恥ずかしくない、綺麗な私。それが確認できれば、私は今度こそ扉を開けていきました。扉が開いていく音。その音に続くようにいつもであれば彼の声が聞こえてくるはずでした。ですが、今日は違いました。

 

「……珍しい、ですね」

 

 ソファーの上に寝転がっていました。その姿を確認したのちに私は音を立てないように扉を閉めた。

 彼が寝ている対面のソファー、其方に荷物を置いていく。トレーナーさんの方に視線を向けると片腕は額の上に置かれ、もう片腕は胸の上にありました。

 

 寝ているトレーナーさんの姿は珍しかった。いつもであればパソコンの前で何か資料を作成したり、ソファーで資料を広げては何かを考えていることが多かった。だけど今日の彼は違いました。

 小さく寝息を立て、表情は安らかと言っても良いほど。いつもは見せない彼の無防備な姿。

 

 心臓の鼓動が早まるのを感じる。その表情をもっと見たい、独り占めしたいと思ってはトレーナーさんへ近づいていく。ソファーと机の間。そこに私は腰を下ろしていき、そうして見つめていく。

 彼の胸は呼吸で上下し、そして少しだけ唇は開かれていた。

 

「…こう見ていると…小さな子供のようですわね」

 

 独り言を呟いていく。トレーニング指導やレースを考えている時の彼は真剣そのものであり、見惚れてしまっていた。何処かに出かけるときは一緒に楽しんでくれ、その表情は無邪気かつ大人びていた。だけど、今の彼は無防備で小さな子供のよう。

 

 胸の上に乗っている彼の手を少しだけつついてみる。

 反応することは無く、ただ呼吸音が聞こえてくるのみ。そして自分の心臓がより早く、血液を送っている。

 

「…す……」

 

 小さな声を漏らした。その後の声は発しようとも出なかった。

 寝ているトレーナーさんの耳に入るわけではない、ましてや返事を貰えるわけでもないのに、それ以上出なかった。

 

 好き。

 

 いつの間にか感情が溢れ出してしまっている。頭の中では繰り返し、彼に好意を伝える言葉は出せるのに。音として発することはできなかった。

 そうして、その臆病な私はいけない事を思ってしまった。普段の私ではしない事なのに、もう既に頭の中は彼への好意で埋まってしまっている。理性のたがは外れてしまっており、自分の行動は全て本能に従ってしまった。

 

 スカートのポケットから携帯を取り出していく。カメラを起動しては、トレーナーさんの顔が真ん中に来るように調整をする。

 

 パシャッ

 

 フラッシュを焚かずに寝顔を取ってしまう。その後、取れた写真を眺めては満足そうに笑みを浮かべてしまった。私だけが知っている、私だけの彼の無防備な姿。

 

 大好き。

 

 また溢れ出している。

 きっと私の表情は恍惚に染まり、他の誰にも見せたことのないものとなってることでしょう。

 

「──────ヴィルシーナ…?」

 

 携帯を眺めていると彼の声が聞こえた。

 

「えっ…!は、はい…!?」

 

 焦って変な声で返してしまう。視線を私の方に向けては少し眠たげな彼の表情。

 トレーナーさんの声で先程まで脳内を支配していたそれらは何処かへ消え去っており、私の本能も鳴りを潜めてしまった。携帯をすぐさま私の背中に回しては、隠すようにして笑顔を繕っていく。

 

「お、起きたんですね…?」

「まぁ…何か聞こえたから。起こそうとするところだった?」

「え、えぇ…そうなんです。トレーニングの時間も迫っているので」

 

「そうか、ありがとう」と彼はお礼をして、ゆっくりと立ち上がった。

 勿論、嘘です。彼が言葉にしてくれた内容を都合よく使っているだけ。先程までの行動を悟られてしまわないように。

 トレーナーさんは大きな欠伸をしながらパソコンの置いてある机に向かっていく。私は彼が座っていたソファーに座り、そして先程撮った写真を眺めていく。

 

 理性でその写真は直ぐに良くない事だと考えてしまう。いくら何でも隠し撮りは彼への信頼を失ってしまう行為。この写真がもし誰かに見つかったり、それこそトレーナーさんに見られてしまうのは避けたかった。

 少しだけ名残惜しさもある。だけどこの欲求より喪失の方が怖く、私はごみ箱のマークを指で押し、写真を消した。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 トレーニングを終え、寮に帰ってきた。食事や入浴も全て済ませては寮のカーテンを閉め切っている。閉め切ったカーテンからは月明かりだけが差し込まれており、私は布団を体の上に被せて目を瞑っていた。

 

 目を瞑ったまま、呼吸を続ける。眠れない。体を左右に動かしても自分の意識は夢の世界に行くことはなかった。目を開けては視線をタルマエさんに向けていく。耳を澄ましていると彼女の寝息。私とは違って夢の世界に行ってしまった彼女を起こすのは忍びなかった。

 とはいえ、このまま眠れなければ明日にも響いてしまう。

 

 携帯に手を伸ばしては時間を確認する。

 23時。まだ眠れなくても問題ない時間でした。とはいえ、眠れることについて悪い事はありません。

 携帯から視線を離そうとした矢先、とある1つのLANE通知が来ていた。

 

【ここ、君が好きそうだから今度行ってみないか?】

 

 そのメッセージの送り主はトレーナーさんでした。そうして続いて送られてくるリンク。LANEを開いていき、そうしてそのリンクを見てしまう。

 リンク先はウミホタルを見に行ける場所でした。幻想的な青色の光を放つ生き物。海の青さとは違い、より神秘的にも感じました。水族館であるため、他にも生き物がいます。ですがここはどうやらウミホタルを中心としたものでした。

 そのサイトを眺めながら私は1つメッセージを返していく。

 

【行ってみたいです】

【じゃあ今度の日曜日に行こうか】

【分かりました。楽しみにしていますね】

 

 彼との簡単なやりとり。それだけで頬が緩んでしまう。既読、という二文字が付くだけでトレーナーさんが見てくれているという証明が、嬉しかった。

 

【そういえば、まだ起きてるけど大丈夫?】

 

 文字を返そうとする指の動きが止まってしまった。確かにこの時間は普段は寝ている。その中でこうやって即座に私が返しているのですから、心配するのも当然でしょう。

 

【少し眠れなかっただけです。もう寝る所ですよ】

【そっか。夜遅くごめんね。おやすみなさい】

 

 切り上げられてしまう会話。私の事を気遣ってくれている。その会話が終わってしまうのが名残惜しくも思えてしまう。でも、これ以上迷惑もかけたくない。

 

【おやすみなさい】

 

 上辺だけのメッセージ。本音を言えばもう少しだけお話をしたかった。こんな夜に話せることが嬉しかった。夜という暗く、そして1人だけの時間。だからこそ、その不思議な魔力を持っているこの状況で彼と繋がっていたかった。

 既読が付き、2分待った。返事は返ってこない。

 そこから1分経った。もしかしたら電波が悪いのかもと思い、一度アプリを落としてはもう一度開く。返事は返ってきていない。

 更に2分待った。返事は来なかった。

 

「…はぁ」

 

 小さく溜め息を吐いていく。もしかしたら何か返ってくるかもしれない。そう思っていましたが現実は違いました。トレーナーさんも既に寝始めているかもしれない。そんな状況でまだお話をしたいと付き合わせるわけにもいきませんでした。

 

 LANEを落としていき、携帯の画面を眺めている。先程のメッセージのやりとりだけで既に私の脳内は彼の事ばかりを考えてしまっていた。

 良くない。トレーナーさんの事を考えてしまうだけで私の感情が溢れてしまう。

 

 好き。大好き、と。

 

 先程まで理性を保っていたのに、今目の前に彼はいないのに理性が溶かされていく。

 写真アプリを開いてはゴミ箱を覗いていく。そこには私が消した寝顔の写真。その写真を押してはごみ箱から取り出し、フォルダに入れ直していく。

 

 彼との秘密の時間。頭まで毛布を被り、外から誰にも見られない様に自分だけの世界を作っていく。その寝顔を見ては、少しだけズームをする。

 

「まつ毛、長いんですね…」

 

 普段見ることが無い1つ1つのパーツ。目、鼻、頬、額、細かく見ていけば意外と発見があるもの。そうして最後に見たのは唇だった。

 じっとそこを眺めてしまう。唇。彼が発する言葉、声色、それらが出てくるのはここからでした。私の名前を呼ぶのもこの場所。

 

 そして、恋人同士が行う素敵なとあること。

 

 心臓の鼓動が早まってしまう。この鼓動が早く、そして血液が送られる。自分の脳内に溢れた好き、という二文字の感情が体全体に行き渡り、私の心を暖めてくれる。

 熱くなく、でも心地よい暖かさ。自然と口元は緩んでしまい、だらしない表情を浮かべている。そうして自分の全身が彼への好意で包まれてしまえば、理性のたがが外れてしまうのは明白な事だった。

 

「好き、です」

 

 写真の向こうで寝ている彼に告げていく。小さな言葉。その言葉は彼には伝わるわけがない。所詮は液晶で表示された偽りの彼。それでも伝えたかった。

 数時間以上前に本物のトレーナーさんに伝えたかった言葉。その伝えた言葉はどこにも届かず、ただ欠片となって消えていくのみ。

 誰の記憶にも残らず、そして私の奥底にある感情にしまわれていく。今はそれでも良かった。

 

 好き、大好き。溢れた想いが止まることが出来なかった。

 唇をそっと、見つめる。小さな秘め事。誰も見ていない状況を良い事に私は─────

 

 

 

 口づけをした。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 その日の夜はよく眠れました。夢の世界でトレーナーさんと出会う事は叶わなかったのは残念でしたが。夜中に行った秘め事。それをしてしまったが故に朝起きてからはずっと彼の事ばかりを考えていました。授業にも身が入らず、時折呆けてしまうこともあった。

 これではいけない。気を強く持たせなければ。そう考えても直ぐに彼の声と表情が脳内で再生されてしまう。

 

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。それと同時に私は早足で教室から出ていく。そうして向かう先は勿論トレーナー室だった。

 今日はトレーニングも無く、休養日。何かの理由を付けては彼に会いたくて、向かっている。

 はしたない、なんて言葉で片付けられるのであればこれほど楽なものは無かった。それほどまでに私は彼に夢中になっている。

 

 トレーナー室の廊下。私が早く来たせいか周囲にはまだ他のウマ娘はいませんでした。また昨日のように自分の髪と服装を確認していく。

 前髪、良し。

 制服、皺無し。

 

 しっかりと自分の体を見まわした後に一度深呼吸をしていく。そうして扉をノックしました。

 こんこんっ、と小気味の良い音が響いていく。中からは返事はなかった。

 不思議に思い、扉の引き手に手を添えてはゆっくりと開けていく。自分の右目だけで覗けるほどの小さな隙間。そこから中の様子を覗いた。

 

「……また…寝てる」

 

 二日連続のお昼寝です。ここまで来ると流石に珍しく、少しだけ心配の方が勝ってしまった。トレーナーさんを起こさないように、小さな音を立てながら扉を開けては、閉めていく。

 そうして昨日と同じように対面のソファーに荷物を置いていった。

 

 今日の彼は仰向けではなく、横になって眠っていました。背中をソファーの背もたれに預け、左腕は枕にしており、右腕は無造作に伸ばして置かれている。

 彼の目の下には薄黒く出来たくま。そういえば忙しくなってきた、と言っていましたが、ここまでとは思いませんでした。

 

 ですが、この状況でさえ私は絶好の機会とも思えてしまったのです。

 既に理性のたがが外れ始めている私からすれば、もう止まる事は出来なかった。寝ている彼に近づいていき、そうして膝立ちをしていく。彼の寝顔を見つめながら、ふふっ、と小さく笑ってしまった。

 ふと、視線を下に向けるとソファーは半分程空いていました。昨日は仰向けで寝ていたそこは、もう1人寝ることの出来るスペース。ここで横になれば寄り添って寝ることは可能でしょう。

 

 とくんっ、と心臓が跳ねた。口の中が渇いていくのを感じる。喉の渇きではなかった。

 もっと、彼に近づきたい、触れ合いたいという渇き。自分の息が荒くなるのを感じる。

 

「んんっ……」

「っ…!?」

 

 一瞬、彼の口が動いた。その様子に私は声にならない声を挙げてしまった。起きてしまったのかもしれない。そう考えるだけで心臓の鼓動は更に早まった。

 

 だけど彼は起きることは無かった。一度身動ぎをした後に直ぐに寝息を立てている。ほっ、と胸を撫で下ろしていく。先程まで脳を支配していた私のそれは消え去っており、理性が戻ってきていた。

 こんな事で揺れ動くほど私は彼に夢中になっている。

 

 はぁ、と1つ大きなため息を吐いた。トレーナーさんに迷惑をかける前に今日は立ち去りましょう。そうして立ち上がろうとした矢先、

 

「ヴィル、シーナ…」

 

 彼が名前を呼んだ。

 

「えっ?」

 

 小さく聞き返すように反応するも、それ以上は返ってこなかった。

 私の名前を…呼んだ?

 

 聞き間違いではなかった。6文字を呼んだのだ。私という存在を定義する名前を。無意識なのかもしれない。偶然かもしれない。だけど関係なかった。

 

 私の理性を崩してしまうには十分だった。

 

「トレーナーさんが…悪いんですからね…?」

 

 自分が悪いのに、彼が悪いと決めつけてしまう。私が今からする行動は彼が無防備であることが良くないと決めつけている。

 最悪で最低な行為。だけど、そんな理性はとうに消え去ってしまっていた。

 

 彼の右腕を持ち上げては、私は隣に寝そべっていく。2人分は流石に狭く、私は彼に体を押し付けてソファーと挟んでいった。そうして彼の腕を自分の体の上に乗せていく。

 

 暖かい。彼の胸元に頭を押し付けていき、包まれるように寄り添っていく。彼と一緒に歩んできた中で最も近い距離。お互いの空白が無い程、私は密着をしている。

 

「……す、き…」

 

 溢れ出した。また、あの感情が。器から溢れるほどにこの感情は流れている。器にはヒビが入り、彼への際限のない好意が漏れている。出てしまった言葉、一度口にしてしまえば止まらなかった。

 

「す、き…だい、すき。すき…」

 

 小さく唱えるような言葉。ぎゅぅ、と甘えるようにトレーナーさんに抱き着いていく。あぁ、駄目だ。止まらない。彼が起きてしまっても構わない。むしろ起きて私の事を見て欲しい。夢だけではなく、現実の私も見て欲しい。

 

 溢れたそれは彼を包み込んでしまう程に広がっていく。既に私という器に収まりきらず、もう戻れなかった。自分でも考えられないほどの感情の高ぶり。

 

 とても──────心地よかった。

 

 トレーナーさん。起きてください。夢の中でも、現実でも私を見てください。私の名前を沢山呼んでください。私と一緒に沢山の場所に行ってください。

 

 ずっと、ずっと…私だけを───────

 

 

 

 

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