ウマ娘小噺まとめ   作:ポンタ4

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ヴィルシーナがトレーナーと鍋をつつく話

 寒冬、という言葉が今年は良く似合うだろう。トレーナー室の外に視線を向ければ、灰色の空からは雪が降っていた。それらは既に地面を白く染め上げており、いつもは青々としていた芝も全て真っ白になっている。

 トレーナー室で暖房を利かせているが、それでも中々寒さというのは消えないものだ。思わず両手を擦り合わせてしまった。

 

「……今日はとてもじゃないけどトレーニングは出来ないね」

 

 ぽつり、と呟いていく。それに反応するようにソファーに座っている一人のウマ娘が声を挙げた。

 

「そうですわね…これでは流石に…」

 

 そう言いながらヴィルシーナは苦笑いを浮かべていた。彼女も俺と同じように両手を擦り合わせている。

 椅子から立ち上がり、エアコンに近づいていく。壁に備え付けられたパネルを見れば設定温度は二十度。パネルの上矢印が付いた場所、そこに指を押し付けて温度を上げようとしても数字は変わらなかった。

 少しだけ、恨めしい。

 

「今日はお開きにしようか。明日からのトレーニングも考えたいけど…場所が取れるかな…」

「この時期だと室内は既に予約が埋まっていますからね…」

 

 二人で腕を組んでは首を傾げてしまう。雪が降っている状況でトレーニングをすることも可能だ。

しかし、脚が雪に絡めとられ、まともに動かすことも出来ないだろう。

 それでは本来のトレーニングの効果を発揮することは不可能だ。むしろ怪我の原因ともなりかねない。

 

 パソコンの前へ再び座り、明日以降の天気予報を見ていく。

 明日、雪。

 明後日、雪。

 明々後日、雪時々曇り。

 

 運が悪い。天気予報を眺めながら、手だけではなく今度は腕全体を摩るように動かしていた。ヴィルシーナの視界にそれが入ったのか「体調は大丈夫ですか?」と尋ねてくる。

 

「問題ないよ。ただ…こんな日は暖かいものが食べたいね」

「良いですわね。体も暖まりますし」

「…なんだか今日は鍋が食べたくなってきたな……」

 

 そんなことを呟くとヴィルシーナの耳がぴんっ、と少しだけ跳ねた。彼女は身体を此方に向けていき、お互いに視線が合っていく。

 

「もし迷惑でなければ…ご一緒しても?」

「……ヴィルシーナが?」

「私以外居ませんよ?」

 

 ヴィルシーナから思わぬ言葉を聞いてしまえば腕を組み、視線を上へと向けていく。食事管理も普段しっかり守ってくれる彼女。そんな子が自ら一緒に食事をしたい、というのは些か珍しい事。

 しかし、そんな彼女のお願いを断るのもそれは無粋だった。数秒の無言を迎えた後に「帰るの少し遅くなるけどそれでも大丈夫かい?」と一つ確認をしていく。

 

「構いません。それなら先に私の方で食材を買いに行って待っていますよ」

「それは嬉しいけども…」

 

 今日の業務量を見る限りでは残業が必要となる。ヴィルシーナが食材を買ってくれるのは嬉しいことではあるも、帰宅が遅くなれば彼女を寒空の下で待たせることになる。

 それにまるで彼女を利用しているようで気分の良い物ではなかった。少しだけ唸りながら声を漏らしていく。

 

「遠慮なさらないでください。いつもお世話になっているお礼だと思って頂ければ、私としても嬉しいですから」

「……そう言われてしまうと参るね」

 

 ここまで気を遣ってくれるヴィルシーナ。それに俺はふぅ、と観念したように息を吐けば「分かった。なら…お願いしようかな」そう告げると彼女の瞳は少しだけ見開き、直ぐに細められては「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。

 

「それと…一応帰る時は連絡するけど、これ」

 

 座っている机の引き出しを開けていき、そこから銀色の鍵を取り出していく。キーホルダーも何も付いていない無骨なもの。椅子から立ち上がり、彼女に近づいては「手を出して」と告げる。

 ヴィルシーナはその言葉のまま両手を皿のように出しては、中心に鍵を添えた。

 

「これは…?」

「合鍵。流石に寒い中待たせるのは申し訳ないから」

「…なる、ほど。ありがとう……ございます…」

 

 合鍵を渡した後に俺はいつもの席へと戻っていく。肘掛けに手を置いて、ゆっくりと腰を下ろせばまだヴィルシーナは鍵を眺めていた。その様子に少しだけ笑みを零してしまう。

 

「そんなに見てもそれ以上は何も無いよ?」

「……え、えぇ!そうですね…!」

 

 ヴィルシーナはその鍵を鞄の中にしまっていき、肩に鞄を提げていく。そそくさと立ち上がっては、背中を向けて扉へと歩いていき「しょ、食材を買って待っていますから…!」と告げていく。

 いつもよりも大きな音を立てて開かれる扉。それが閉じるのを見送れば思わず吹き出して笑ってしまった。

 

 

**

 

 

 午後七時。想定よりも仕事が早く終わり、トレーナー室の片付けを進めていた。パソコンの電源を落とし、次いではエアコンのパネルを操作して同じようにしていく。

 ふと、机に置いていた携帯が震える音が聞こえた。携帯に近づいては画面を見ていくとヴィルシーナからのLANEだった。

 

『既にお部屋にお邪魔しています』

 

 そして続くように『鍋の方も準備中です』と付け加えられた。携帯の画面を指でなぞるように操作しては文字を入力していく。

 

『俺もキリがついたから帰るよ』

 

 直ぐに既読、という二文字が付けられては『お待ちしております』その返答を見れば、携帯をポケットへしまった。

 鞄を手に持ち、コートハンガーに掛けられている紺色のコートを手に持っていく。両腕を通しては前のボタンを全て閉じてしっかりと防寒。トレーナー室の電気も消していき、扉へと近づいてはしっかりと戸締りをした。

 何度か扉の引き手に指を引っ掛けては力を込めていく。その扉が開かない事を確認すれば、今度こそ歩き出した。

 

 廊下に視線を向ければちらほらと他のトレーナー室から光が漏れている。まだ他のトレーナーは残っているようだ。その光を横切るように廊下を歩き続けた。

 そうして大きな開けているホールに出ていく。最低限の光が空間を照らしており、何処か儚げにも感じてしまう。階段を下りていき、向かう先はガラスの扉。金属の持ち手に手を添えると氷の様に冷たかった。親指と人差し指だけで掴んではゆっくりと開けた。

 

 ひゅう、と風の音が聞こえた。その音と同時に体を凍てつかせようとする風。両手で両腕を擦っては摩擦で暖めようとした。既にヴィルシーナが寮で待っているはずだ。小走りで戻る事にした。

 

 トレセン学園からトレーナー寮まで道のりはそう遠くはない。徒歩で五分、いや十分ほどだろうか。小走りで向かえば恐らくそれ以上に早く辿り着くことだろう。

 灰色の空から白い結晶は未だ降り続けており、自分の肩や頭頂部に付いては消えていく。吐く息は白い結晶と同じように真っ白であり、そして空気中で同じように消えていった。

 

 トレーナー寮が見えてくると自然と脚の動きが早まっていく。エントランスへ足を踏み入れては、手で頭頂部や肩の上を払うように動かした。自分の体には幸い積もっていない。

 階段を上がり、向かう先は自分の部屋番号。脚を進めていき、辿り着くと俺は鍵を取り出した。鍵穴へ押し込んでいき、かちゃり、と何かが外れる音。

 

 ドアノブを掴んで開けるとまず感じたのは鼻腔を擽る良い匂いだった。何処か嗅いだことあるような、日本人ならば馴染み深いものだ。脚を一歩入れると外とは違い暖気に満ちていた。冷たくなった手に温度が伝わり、その寒暖差に身震いをしてしまった。

 

 そして三つ目、ぱたぱたと落ち着かない足音に聞きなれた彼女の声だった。

 

「おかえりなさい、トレーナーさん」

「ただいま、ヴィルシーナ。待たせてごめん」

「気にしないで下さい。もう準備は出来ていますよ」

 

 制服姿のヴィルシーナだった。柔らかな笑みを見せる彼女、それに釣られるように頬が緩んでしまった。靴を脱いで上がっていくと彼女は「コート、預かりますね」と告げた。流石にそこまでして貰うわけにはいかず、首を横に振って断ると眉を下げるヴィルシーナの表情。

 

「そう…ですよね。行き過ぎた気遣いでしたね」

 

 その言葉と表情、悪いことしてしまったかもしれない。自分の頭を数度掻いては、コートを脱いでいく。それを彼女に手渡すように腕を伸ばしては「…お願いしてもいいかな?」と。彼女は受け取り、表情を少し赤らめながらも「承りました」と告げては背を向けて歩き出した。背を向けた彼女から見えた尻尾。いつもより揺れている気がする。

 

 リビングに脚を踏み入れると、より先ほどの匂いを感じた。ヴィルシーナはそのまま寝室へ入っていき、俺は荷物をソファーの横に置いていく。荷物を置いた後に向かうは台所。そこで見つけたのは既に鍋の中で煮込まれた白菜と豚肉、椎茸に豆腐といった鍋の定番達だった。

 色合いからして淡い茶色をしている。似合いを再び嗅げばやはり同じような何処かで嗅いだことのある匂い。

 

「…味噌鍋か」

 

 それを呟けばヴィルシーナも寝室から出てきた。

 

「もう出来ていますから、食べましょうか」

「そうだね。鍋敷きは…確かここかな?」

 

 食器棚の引き出しを開けると木製かつ円状の鍋敷き。それを手に取って、彼女と並んで机へと向かっていく。ことり、と軽い音を鳴らして木製の鍋敷きを置けば、続くようにヴィルシーナも鍋を置いた。

 

 既に机の上には二人分の深皿の食器が並べられていた。その食器の奥に鍋を置いていつでも食べられる状況である。

 本来であればお互いに対面で食事を取るべきなのだろうが、この部屋で食事を取るとなればこのソファーで食べるしかない。他に椅子が無いためだ。地べたに座って食事をするのも行儀が悪いだろう。

 ヴィルシーナがソファーに座れば隣へと俺も座っていく。お互いの距離は一人分を空けて。

 

「中身、よそいますね」

「え、そこまでしなくても…」

「疲れているのですから。気になさらないで下さい」

「…じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 彼女はお玉を手に取り、鍋の中身を掬い始めた。ゆっくりと傾けて深皿に入れていく。そうして深皿の半分程まで入れらていけば、此方に「どうぞ」の言葉と共に手渡された。

 深皿から冷えていた指先に暖かな温度がじんわりと伝わってくる。心地良かった。

 

「ありがとう、頂くね」

 

 箸を手に、まずは白菜を挟んでいく。既にとろとろになっており、口の中へと運んだ。歯で噛みしめていけば柔らかく、直ぐに千切れていく。味も染み込んでおり、噛めば噛むほど味噌と具材たちの旨味を感じる。

 次に豚肉。煮込まれて赤色から淡い白と味噌が染み込んだ茶色の混色になっていた。また口へ運び、噛んでいく。先程の白菜とは違い弾力がある。此方はより、肉自体の味が感じられた。ただ噛んで味わっているだけなのに唾液が出てしまう。

 

 今、食事をしているのに不思議と腹の虫が鳴る音がした。

 

「ふふっ、余程だったんですね」

「恥ずかしいな。でも、それくらいとても美味しいよ」

「お口に合ったようで何よりです」

 

 彼女は嬉しそうに口元を緩めながら、鍋の中身を食べ始めていく。二人で食べ進めていく中でなんとなくだが賑やかしとしてテレビを付けた。

 

『明日も大雪となる予報です。この寒波は暫く─────』

 

 テレビに映っている女性がモニターに指をさしながら天気予報を話していた。

 

「やっぱり明日もか。天気予報は見ていたけど…こうも言われるとね」

「そうですね…今週の週末にはシュヴァルとヴィブロスの三人で出かける予定でしたけど…どうしようかしら」

「雪だと電車が止まるかもしれないしね…」

 

 テレビを見ながら他愛ない話を続けていく。具材を食べ終えれば、深皿を口に付けて汁を飲んでいく。口内に広がる味噌の味。こくり、と半分程飲んでいき、口を離すと息が漏れた。

 体の中心に暖かな液体が落ちていけば、ゆっくりと、しかし着実に全身に熱が伝わっていく。今日は鍋にして正解だった。

 

 お玉を手に取り、中身をよそおうとすればヴィルシーナが手を出して止めようとしてきた。

 

「私がよそいますから…!」

「本当に大丈夫だよ。ほら、ヴィルシーナの中も空になったし…貸して?」

「…わ、分かりました」

 

 彼女から深皿を受け取り、中身をよそっていく。それを彼女に差し出すと、ゆっくりと深皿を掴んでいき「頂きます」とだけ告げて食べ始めた。

 俺も自分の深皿の中に鍋をよそっていく。半分程注ぎ入れると、また箸を手に取っては食べ始めた。誰かとこうやって、それに自分の家で並んで食べるのは久しいか。

 

 横目でヴィルシーナへ視線を向けると彼女との距離が近い気がした。視線をソファーに落とせば、一人分の空いていた距離はいつの間にか半分程になっていた。

 距離を空けようと思い、一瞬だけ腰を浮かしたがヴィルシーナから視線を感じる。彼女に瞳を向ければ視線が絡み合った。首を傾げる彼女。でもその視線は時折、自分では無くその距離を測るようにも見えてしまった。

 

「なんでもないよ」

 

 そう告げれば、箸で肉を摘まんでは食べていく。これ以上気にしてしまう方が変だと感じ、そこからは気にしないようにした。

 

 

**

 

 

 二人で食事を食べ終え、鍋の中身はすっかり無くなってしまった。最後の〆でもある雑炊も終え、今はソファーに体を預けている。ヴィルシーナも俺と同じように体をソファーに沈ませながら、ゆったりとしていた。

 壁時計に視線を向ければ時刻は八時三十分。まだ寮の門限では無いが、遅くまで居させるわけにもいかない。重くなった体を動かしてはソファーから立ち上がった。

 

「今日はありがとう、ヴィルシーナ」

「いえ、此方こそトレーナーさんと一緒に食べれて良かったですから」

「そう言ってくれると有難いね。そろそろ良い時間だし…送っていくよ」

 

 食器を重ね、鍋の中へと入れていく。箸も同じように入れては、鍋を持ち上げて台所へと歩いていった。鍋を置いては水を張り、布巾を濡らして机を拭こうと戻ると彼女が此方に近づいてきた。

 

「ヴィルシーナ?」

「机、拭きますわ」

「…助かるよ、本当に」

 

 ヴィルシーナに濡れた布巾を手渡せば、彼女は机を拭きに行った。

 さて、既に夜も更けている。送っていくのであればしっかりと防寒をしなければ。そう思い、寝室へと歩いていく。中へと入り、電気を付ければコートハンガーに丁寧に掛けられている紺色のコート。それを手に取って、寝室から出ていけばヴィルシーナが荷物を持って準備が出来ていた。

 

「行こうか」

「……本当に送ってくださるのですね?」

「今日はお世話になったからね。これくらいしないと」

 

 玄関へ歩いていこうとすれば彼女は首を横に振りながら制止をした。

 

「大丈夫です。疲れているトレーナーさんにそんなことさせられませんから」

「そうは言っても…」

「本当に良いですから」

「じゃあ…玄関まで送らせて。それくらいは良いだろう?」

 

 二人で前後に並んで部屋の中を歩いていく。リビングを出れば、すぐ目の前には玄関だった。鍵を外し、ヴィルシーナが扉を開けていく。

 がちゃり、と重い金属音が響けば冷気が部屋の中へと流れ込んできた。鍋で体が暖まっているのか、そこまで寒さは感じない。

 

 ヴィルシーナが部屋の外へと一歩足を踏み出せば此方へと振り向いた。

 

「今日はありがとうございました」

「それはこっちの台詞だよ。色々とありがとう。本当に送らなくて大丈夫か?」

 

 そう告げると彼女の顔は下へと向いていく。無言の拒否である。ここまでされると少しだけ悲しさもあるが、きっと彼女なりの気遣いなのだろう。

 何度か頷いた後に言葉を紡ごうとした瞬間、小さな声が聞こえた。

 

「…その……」

「……?」

「これ以上一緒だと……もっといたくなりますから」

 

 顔を上げたヴィルシーナの瞳は細められ、少しだけ潤んでいた。困ったように眉を下げ、最後には逃げるように「おやすみなさい、お邪魔しました」と一方的に告げられて去ってしまった。

 ばたん、と閉じられた扉。既に彼女は居ないのに小さく「気を付けて」なんて呟いてしまう。

 

 部屋の中へと戻れば、先程の言葉が脳内で何度も繰り返されていた。

 

『もっといたい』

 

 まさか、なんて思うもその思考をかき消すように自分の頭を片手で掻き乱していく。

 ソファーへと近づいていき、右端に座っては肘掛けに腕を置いた。手を杖代わりにしてそこに頬を乗せ、部屋の中を見渡していく。

 

「………こんなにも広かったか?」

 

 ヴィルシーナと一緒にいた時間は数時間ほど。それも大した長い時間ではない。

 なのにどうして、この部屋は静かで冷たく感じるのだろうか。それが分からなかった。

 

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