ウマ娘小噺まとめ   作:ポンタ4

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ヴィルシーナと紅茶を楽しむ話

 春の陽気、というのは心を穏やかにさせる。太陽の光は暖かく、この光に当たりながらの書類仕事は欠伸を促されてしまう。

 そして、この暖かな世界で二人で紅茶を嗜む、というのは実に洒落ていると言えるのかもしれない。

 

「…うん、相変わらずヴィルシーナの淹れてくれる紅茶は美味しいね」

 

 真っ白なティーカップにトレーナーは口を付けた。こくり、喉を鳴らしながら紅茶を飲んでいけば、口内に広がる暖かな風味と香り。ティーカップから口を離して一つ息を吐いた。

 

「ふふっ、良かったです」

 

 ヴィルシーナはトレーナーに続くようにティーカップに口を付けていく。同じように飲んでいけば、自分でも良い出来なのか何度か頷きを見せた。

 

 トレーナー室で二人はソファーに座っていた。お互いに対面になるように位置し、紅茶を楽しんでいく。トレーナー室でミーティングをする前の二人のルーティンにもなっていた。

 どちらがそうしよう、と言ったわけでは無い。自然といつの間にかこうなっていた。

 

 トレーナーは一人で紅茶を飲むことがよくあった。嗜む、というよりは眠気覚ましと息抜きのために近い。昼食を食べた後の満腹感における眠気。そこに書類仕事が挟まれば、より体の怠さは増してしまう。

 だから、紅茶を飲むことにした。当初はその予定だった。

 

 ヴィルシーナから紅茶の茶葉を貰うまでは。

 

 とある日のことだった。彼女の両親がヴィルシーナに紅茶缶を複数贈ったのだ。彼女一人では使い切るのは中々大変な量だった。使い切るとしても、相当な時間がかかってしまう。それをトレーナーは譲り受けたのだ。

 普段飲む紅茶とは違い、煙に乗って伝わる匂い。舌に伝わる豊かな風味。安物とは違う、本物の高級なものだった。それを飲んでからはトレーナーの舌はどうにも肥えてしまったようで。

 

 このままご馳走になるわけにはいかない、とトレーナーは断っていた。しかし、ヴィルシーナはその断り自体に首を横に振った。

 『私がしたくてしているのですから』と。そう言われてしまえばトレーナーは断れなかった。

 

 事実、彼女の淹れる紅茶は中々の美味しさだった。茶葉自体が良い物を使用している、それも一つだろう。だが彼女自身が丁寧に淹れてくれる、それが主だった。

 

「…ヴィルシーナ、ちょっといいかな」

「はい…?」

 

 トレーナーがティーカップをソーサーの上に置いていく。ヴィルシーナも続くようにして置いた。かちゃり、と音がトレーナー室に響いた。

 

「いつも君に淹れて貰っているよね」

「そうですね…?」

「だから、何かお礼をしたいなと思って」

「そう言われても…ですね」

 

 ヴィルシーナは困ったように眉を下げた。お礼を貰いたくて彼女はしていたわけではない。勿論トレーナー自身は分かっているが、それでも何も返さない、というのはやはり心地よくなかった。

 

「良ければ君に紅茶をご馳走したいな」

「お返し、ということですか?」

「そう。ただ…そうだね…トレーナー寮に来て貰わないと厳しいかも」

「…?」

 

 トレーナーの言っていることが理解できないのか、ヴィルシーナは首を傾げた。仮に紅茶をご馳走したいのであれば、トレーナー室に備え付けてある電気ポットですることは可能だ。わざわざプライベートな空間であるトレーナー寮。そこに招待されることはヴィルシーナにとって嬉しい事ではある。だが、ヴィルシーナにはその何故、が解消されなかった。

 普段立ち寄る事のないプライベートな空間。トレーナー室で二人きりになるが、あくまで学園内としてだ。

 

「ヴィルシーナが嫌でなければ…」

「そんなことないですっ」

 

 ヴィルシーナは思わずソファーから立ち上がり、前のめりに答えていく。それにトレーナーは身を引いて驚いたが、直ぐにくすり、と笑みを浮かべた。

 直ぐに彼女は自分の状況を確認し、ぺたん、とソファーに座り込んだ。こほん、と一つ咳払い。

 

「じゃあ、今度の休日でいいかな?」

「…はい、楽しみにしていますね」

 

 会話に一区切りが付けば、お互いにティーカップを手に持っては口を付けた。まだ紅茶は暖かな風味を保っていた。

 

 

**

 

 

 約束をしてから数日が過ぎた日の事。春の陽気は相も変わらず人の眠気を誘う。

 壁時計に視線を向ければ、時刻は午後一時五十分。ヴィルシーナとの約束の時間は午後二時に決めていた。まだ彼女が来る時間ではない。

 ベランダに繋がる大きな窓から差し込む暖かな光。トレーナーはソファーに座りながらそれを眺めていると大きな欠伸をした。くぁ、と喉を鳴らしながら片手で口を覆っていく。

 

 大きく開いた口を閉じた瞬間にピンポーン、と機械音が鳴り響いた。自然と壁時計にを見れば先ほどから一分経っていた。

 恐らく、ヴィルシーナだろう。ソファーから立ち上がり玄関へ足を運んでいく。金属製の扉を開ければ、そこには予想通り彼女が立っていた。

 

「いらっしゃい。予定通りだね、ヴィルシーナ」

「えぇ、楽しみにしていましたから」

 

 ヴィルシーナは笑顔で告げていく。それに釣られるようにトレーナーも頬を緩ませた。

 今日の彼女はいつもの紫を基調としたトレセン学園の制服では無く、私服だった。薄手のベージュ色のトレンチコートに白色のブラウス、ネイビーの膝丈まで伸ばしたスカート。ヴィルシーナという女性の魅力をより引き立てるような、落ち着いた色ながらも上品さを感じる。

 

 彼女の右手には一つの白い紙袋が握られていた。それを見ては「それは…もしかして紅茶菓子?」とトレーナーが尋ねた。

 

「はい、こういったのには紅茶菓子が必要かと思いまして」

「…ありがとうね、ヴィルシーナ。もしかして…相当期待してる?」

「勿論です。トレーナーさんが淹れて下さるものなんですから」

 

 トレーナーはヴィルシーナを部屋の中へと招き入れて、向かう先はリビングへ。普段から掃除をしているため、来客が来ても恥じるようなそれは無い。彼女をソファーに座らせて、早速と言わんばかりにトレーナーは台所へと向かった。

 

「期待してくれてるから…頑張らないとね。といっても大したことはしないけれど…」

 

 食器棚の中から取り出したのはガラス製で細長い筒状の容器だった。蓋や持ち手、底は銀色の装飾が施されている物だ。中には細かい穴が空いたフィルターが付いており、それは細長い棒で蓋と繋がっていた。

 ヴィルシーナの視界にその容器が映れば、ソファーから立ち上がっては小走りで近づいてきた。トレーナーの横に立ち、容器を見ながら「これは…?」と尋ねた。

 

「ティープレスって言うんだ。聞いたことはあるかな?」

「……確か、珈琲とか紅茶に使われている…ものですよね?」

 

 ヴィルシーナは口元に手を添えながら、思考を巡らせて思い出していく。彼女の言葉にトレーナーは頷いて、説明を始めた。

 

「正解。珈琲だとフレンチプレスって言うんだけど、これは紅茶用に作られたティープレスだね。まぁ、あまり変わらないかな」

 

 トレーナーがヴィルシーナから貰った紅茶缶を食器棚から取り出した。蓋を開ければ、ふわり、とした茶葉の匂いが台所を包み込んだ。

 

「相変わらず良い匂いだ。ちょっと楽しみかも」

「家では初めてで…?」

「初めてだね。ほら、ヴィルシーナから譲ってくれた物でも俺一人で独占するのは何だか変な話だし…。元々君が貰ったものだからね」

 

 いつもよりもトレーナーの声色を弾んでいた。手際よくティープレスの蓋を取って、電気ポッドを近寄らせていく。既に電気ポッドでお湯を沸かしていた。余程楽しみにしていたのか、準備も整っていたようで。

 ティープレスの中にお湯を注いでいき、三十秒程待った。その後、ティープレスに注いだお湯を全て捨てていく。続いてティースプーンを手に持ち、紅茶缶から一杯、二杯と茶葉をティープレスに落とした。

 

「これ、ちょっとした技…という訳では無いんだけど…」

 

 電気ポッドを少し高めの位置からティープレスの中へお湯を注ぎ始めた。どぼどぼ、と勢いよくお湯は落ちていき、中に入っている茶葉たちはお湯の中を舞うように動いている。お湯をティープレスの八割満たせば、蓋をしていく。

 中ではまだ茶葉が湯の中で円を描くように舞い続けていた。

 

「こうすると茶葉の風味がよく出るんだ」

「なるほど…普通のポッドでは出来ないですね…」

 

 ヴィルシーナがティープレスの中身を見ている間、彼女が持ってきた紅茶菓子の用意を進める。ヴィルシーナが持ってきた袋の中には白いラッピングをした真四角な箱が入っていた。

 取り出すとそこには『マドレーヌ』と書かれている。

 

「マドレーヌか…いいな!」

 

 紅茶にはぴったりのお菓子だ。卵の優しい甘さ、そしてバターの風味。王道な紅茶菓子の一つと言っても良いだろう。 

 ラッピングを丁寧に剥がしていき、箱の蓋を開けていく。一つずつ個包装されているものであり、八個入っていた。八個全てのマドレーヌが貝殻型で、そして綺麗なきつね色をしている。

 マドレーヌを二つ取り出しては、食器棚から小皿も二つ取り出した。そのお皿に置いていけば、ヴィルシーナが「持っていきますわ」と告げて、リビングのテーブルまで運んでくれる。

 

 ティープレスの蓋を閉じて、数分が経っている。そろそろ全体的に紅茶の風味などが馴染んできた頃合いだろう。ティープレスの中身も透明な色から鮮やかな茶色を帯びている。

 トレーナー室にはヴィルシーナが用意してくれたお洒落なティーカップがある。しかし、トレーナー寮、つまり自室にはそういったものは用意していない。食器棚を開けて用意したのは、二つの白いマグカップ。何処にでも売っているものだった。

 そのマグカップに電気ポッドに残ったお湯を注いで暖めていく。冷たいままでは風味が抜けてしまう。それを防ぐためだ。

 

 数十秒待った後に、マグカップの中身をシンクへ流していく。次にティープレス、蓋から飛び出ている棒を手で握りしめた。ヴィルシーナもリビングにマドレーヌを置いた後、トレーナーの横へ足を運び、その様子を眺めていた。

 

「ここから…押すのかしら…?」

「そう、見てて」

 

 棒を下へ押していくとティープレスのフィルターが徐々に下がっていく。お湯の中で浮いていた茶葉の塊はフィルターに押され始めた。棒に力を込め続け、そして一番下までフィルターが届く瞬間に止めた。

 ティープレスの持ち手を掴み、暖かくなった二つのマグカップへ注いでいく。こぽこぽ、と注がれていく音が心地よかった。

 片方のマグカップをヴィルシーナへ手渡し、トレーナーも一緒に手に持ってソファーへ向かった。二人で並び合うようにソファーに座り、その間は拳二つ分の空白。トレーナーがヴィルシーナに視線を向ければ「どうぞ」と一言だけ告げた。

 

「では、頂きますわね」

 

 ヴィルシーナの唇がマグカップに触れていき、そして傾けられていく。こくこく、と音を立てて飲んでいき、唇を離せば暖かな吐息が彼女から漏れた。

 

「どう…?」

 

 トレーナーがヴィルシーナの表情を覗きこんでいく。彼女は瞼を瞑り、何度か頷いた後に視線をトレーナーと合わせた。

 

「……悔しいですが、美味しいですわね。こんなにも変わるなんて…」

「そう言って貰えて良かったよ」

 

 トレーナー自身もマグカップを傾けていき、紅茶を飲み始めた。マグカップからは爽やかな匂いが漂ってくる。口内へ液体が入っていけば、舌から伝わってくるじんわりとした甘み。こくん、と喉へ通っていけば尚残る香りの濃さ。

 ヴィルシーナにも紅茶を淹れて貰った時よりも確かに美味しい。紅茶が伝えてくる感覚の一つ一つ、それらがより澄んでいる。

 

「……ごめん、自分で淹れておいてなんだけど、こんなにも変わるんだ…」

「普段はあまり飲まれないのですか?」

「飲むけど…安物だからね。高級な茶葉はやっぱり違うね…」

 

 普段トレーナーが飲んでいるのはネット通販で購入している。紅茶缶ではなく、小袋に詰められたものだった。勿論、その小袋の茶葉も美味しいのだ。だが、ヴィルシーナから貰ったものはそれらの比ではないほどの濃厚さを持っている。

 舌が肥えてしまうな、とトレーナーは一人で鼻で笑ってしまった。

 

 マグカップを机の上に置き、次いでトレーナーが手に取ったのはマドレーヌ。袋を開けると甘いバターの匂いが広がっていく。一口で三分の一をかじって食べていく。しっとりとした歯触りに噛む度に濃厚に広がる甘み。

 もう一度マグカップを手に取れば、紅茶を飲んでいく。口の中に広がった甘みは紅茶によって流され、残ったのは爽やかな香りだけ。また、マドレーヌを口に運んでいく。

 

 ヴィルシーナもトレーナーと同じようにマドレーヌを食べていた。マドレーヌを食べている時は、口元に手を添えてもぐり、と。こくん、と飲み込んでマグカップへ手を伸ばしていく。

 あっという間に二人ともマグカップの中を空にし、マドレーヌも食べ終えてしまった。二人で顔を見合わせれば「美味しかったね」とトレーナーが先に告げていく。

 

「えぇ、とても。ご馳走になりました」

「良いお返しになって良かったよ。やっぱり誰かと飲むのは楽しいね」

「ふふっ、そうですわね」

 

 拳二つ分の距離、それは一つ分へと変わっていた。

 

「また…来ても宜しいでしょうか?」

「いいよ。君になら幾らでも振る舞ってあげる」

「楽しみにしていますわね。…あ、それでしたら、今度教えて頂けませんか?」

「淹れ方を?良いけど…それだとあまりお返しにならない気が…」

 

 トレーナーを見つめるヴィルシーナの瞳が少しだけ見開かれた。直ぐに細めていき、口元は小さく弧を描いた。

 

「だって、負けられませんもの。トレーナーさんをより驚かせるような紅茶を淹れてみせますから」

「…勝負になってない?」

「あら、駄目でしたか?」

「……うーん、これは精進しないとな」

 

 腕を組みながら唸るトレーナーと微笑ましそうに笑みを浮かべるヴィルシーナ。 直ぐにその笑みに釣られてトレーナーは頬を緩ませてしまった。

 拳一つ分の距離が更に近づいたことに、二人はまだ気づいていなかった。

 

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