「なぁ、トレーナー。愛してるゲームをやらないか?」
「愛してるゲーム? あの言い合うやつか?」
トレーナー室でいつもの業務をこなしている中、担当ウマ娘であるルーラーシップから持ち掛けられた。午後の授業も終え、暇そうにソファーに座っていた彼女。今日はトレーニングもなく、いつものボードゲームが置かれた一室に籠ってもいなかった。珍しいことだ。
丁度、仕事にも一区切りがついた所で俺が両腕を天井高く伸ばしていた矢先のことだった。
「あぁ、ルールは知ってるか?」
「確か……」
ルーラーはソファーから立ち上がり、パソコンの置かれた机を挟んで立っていた。
ルールは片方が『愛してる』と言った後、もう片方が『本当に?』などを返して、再度『愛してる』と伝える言葉遊びのようなものだ。
交互に行い、勝敗は確か──
「照れたり目を逸らしたら駄目なんだっけ」
「そうだ。流石、我が右腕だな」
ふふん、と鼻を鳴らしては何処か誇らし気な彼女だ。ルーラーは右手の親指と中指をくっつけては、軽快な音を鳴らしながら俺に指をさした。
「これには……必勝法がある」
「必勝法……?」
ただの言葉遊びに必勝法と言われても、どうにも理解が追いつかない。確かバレンタインの時にもカードに書かれた単語を使ってプロポーズの言葉を相手に言う、というゲームをしたばかりだが。
そういえばその時には必勝法、という単語は出ていなかった。
「それで、どっちから始めればいいんだ?」
「まずはトレーナーから始めてくれ」
「分かった」
やけに自信満々なルーラーだ。彼女は古今東西のボドゲに通じており、他にも人狼ゲームなどもしていたはずだ。
つまり、対人同士の言葉のやりとりにも優れている。となるとその必勝法というのもさぞや凄いものだろう。
なにせあの『domi』さんなのだから。
「よし、じゃあ始めるか」
椅子から立ち上がり、机を避けてはルーラーの真正面に立っていく。
彼女は俺よりも身長が低い。視線を下げては、彼女の瞳を真っすぐに見据えた。大きく深呼吸をし、ゆっくりと口を開いていく。喉も少しだけ絞ってはいつもよりも低い声色になるように意識をして──
「愛してる」
「ぁぅ」
「ルーラーさん?」
彼女の口元には両手が添えられており、目を逸らされてしまった。
「えぇっと、ルーラーの負けだね?」
「……あっ、ち、ちが! 負けてない! ノーカウントだ!」
「でも、思いっきり照れてたし……」
「照れてないっ! ほら、それで終わりか、トレーナーっ」
半ばやけくそに言葉を紡ぐルーラー。彼女の視線は此方を真っすぐ見据えており、俺も合わせていく。
変に彼女に突き詰めようとすればきっといじけるだろう。だから、このまま同じように「愛してる」と伝えた。
「……セーフ」
「セーフか?」
「うるさいっ、俺が勝てば引き分けになるだろっ!」
「まぁ、そうなのか……?」
そんな互いに攻撃しあうゲームではないはずなのだが、彼女は納得いかないらしい。両腕を組んで、此方を若干ながら睨む様に見ている。
とはいえ、このまま終わるのも物足りなさはある。
「分かった、次はルーラーな」
「よし、よく聞いておけよ」
ルーラーが胸を膨らませる程に大きく深呼吸をしていき、そして息を吐いた。
顔を上げて、俺に視線を向ければ目元を細め、勝利を確信している表情を浮かべて──
「ぁぃ……してる」
「声小さくない?」
上目遣いで彼女は見つめているも、俺が逸らす前に彼女が逸らしてしまった。
「逸らした」
「ぅ」
「俺の勝ちだな」
俺は胸を張りながら、誇らしげに鼻を鳴らした。勝ったぞ、あの『domi』さんに。普段のボドゲでは勝つことはできないけど、これなら勝てるのはちょっとした発見だ。
さて、ルーラーに勝ったのは良いが目を一向に合わせてくれない。それどころか彼女の頬は真っ赤に染まっており、何かを呟いている。
若干ながら彼女との距離も離れている気がするが気のせいだろうか。
「あ、そうだ、必勝法は?」
あれだけ自信満々に言っていたのだ。もしかしたら俺が無意識にその必勝法を使っていたのかもしれない。
「……みつ」
「え?」
「秘密だ! 教えてやらないもん!」
そう言ってルーラーはソファーに置いてあった学生鞄を持ってトレーナー室の扉へ。勢いよく扉を開けた後にはちゃんと閉めていき、そのまま走り去っていく足音だけが遠く聞こえた。
嵐のように来て、嵐のように去るとはまさにこのこと。
「うーん……」
彼女の機嫌を損ねてしまったかもしれない。メンタルが急に不安定になるのは相変わらずだが、あとで何か差し入れでも持って行ってボドゲを遊んであげよう。きっとそうすればいつものように立ち直るはずだ。
そうと決まれば、俺は椅子に座っていきパソコンへ向き合っていく。そして仕事の続きを始めた。
◇◆
トレーナー室から飛び出して、すぐに向かったのはボドゲが集まった部室。誰も使ってないのを良い事に根城へ変えた俺だけの憩いの場所。
学生鞄から鍵を取り出して、部屋の中へと足を運んでいく。電気もつけないで向かったのはいつも座っているグレー色のゲーミングチェア。荷物を机の上に置いた後、ゲーミングチェアに腰を下ろして、そして背もたれを倒していく。
ぎぎっ、と軋む音が部室の中に響き渡っていく。視界は天井へと向けられ、無機質な色だけが広がっていた。
「……必勝法なんて、ないよ」
バレンタインの時に感じた想いを確かめたくて、このゲームを持ち出した。我ながらに卑怯だ。
ゲームを通せば分かるかも、なんて思ってしまったのが運の尽き。あれだけカッコつけたのに、現実は照れて、それどころか目を合わせられなかった。
「あぁぁぁ、ダサいよなぁ……。幻滅してるよなぁ……」
両手で自分の顔を被っては視界を真っ暗にした。両足を宙に上げてはばたばた、と跳ねさせていく。
「……けど」
悪い気はしない。『愛してる』という言葉を聞いた時に心臓の鼓動が煩くなった。それどころかトレーナーは真剣に応えてくれた。
足の動きを止めては、全身をゲーミングチェアに預けていく。きっと、今日の夜もボドゲを一緒にするんだろう。何事もない、いつもの日常へ。
ヘッドホン越しに聞く彼の声は一体、どんな風に聞こえるのだろうか。
「また、して貰おう……かな」
尻尾が揺れ動いた。夜まであと数時間、こんなにも待ち遠しいと思ったのは初めてかもしれない。