ウマ娘小噺まとめ   作:ポンタ4

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永遠は君たらしめるのか

 休日の昼下がり。真上に浮かんでいた太陽は徐々に西へと傾き始めていた。

 暑い日々は段々と秋風を感じさせる日々になり始め、湿気とは無縁の季節。窓から差し込む太陽の明かりが部屋の中を照らしており、その明かり自体も部屋を暖かくしてくれる。

 昼食も食べ終えて、お腹も膨らんだ。空腹による食欲を満たせば、今度は満腹による睡眠欲に襲われ、一つ大きな欠伸をした。

 携帯を手にして、時間を確かめればもうそろそろ彼女の来る時間帯だ。そんなことを考えていれば、見計らったようにぴんぽーん、と甲高い電子音が響いた。

 ソファーから立ち上がり、インターホンへ。インターホンの画面には赤色のハーフリムメガネをかけており、白いブラウスと濃い緑色のスカートを履いているアストンマーチャンが映されていた。

 インターホンのボタンを押して「こんにちは、マーチャン。ちょっと待っててね」と告げると彼女は頷きを見せた。インターホンの画面を消し、向かう先は玄関へ。

 扉をあけると彼女の背中にはリュックを背負っている。

 

「こんにちはです、少しだけおっきい荷物になってしまいました」

「あはは……重くなかった?」

「大丈夫なのです」

 

 彼女を部屋の中へと案内していく。リビングへ辿り着くと、彼女は脚を止めて周囲を見渡していた。

 

「そんな見回されると少し恥ずかしいな……」

「ふふっ、トレーナーさんのお部屋はあまり来られませんから」

 

 そう言って彼女はリュックをソファー近くの地面に置いた。

 リュックを開くと、中から小型のDVDプレイヤーとDVDケースを二つ取り出して机の上に置いた。

 どちらともスパイ映画。片方はカラー表紙だが色がくすみはじめており、古いことが伺える。もう一つは同じくカラーだが、此方はまだ色鮮やかなものだ。

 

「さてさて、トレーナーさん。どちらから見ますか?」

「うーん、マーチャンのおすすめは?」

「ふむ、そうですね……」

 

 マーチャンはスパイ映画を二つとも見比べながら、片手を顎の輪郭に沿うように重ねていく。

 二つの映画を見比べながら、彼女はくすんだ方の表紙に指をさした。

 

「こっちですね。マーちゃんも初めて見る映画なので」

 

 俺はもう片方のDVDケースに指を伸ばした。

 

「こっちのカラーは?」

「そっちはマーちゃんのお気に入りです。映画を見て、感想を話し合った後に時間が余っていたら……ですね」

 

「なるほど」と俺は言葉にしながら、DVDプレイヤーと淡い表紙のDVDケースを手にして、テレビへと向かっていく。

 テレビの裏側に回り、そこにDVDプレイヤーの付属ケーブルを差し込んだ。ケースからディスクを取り出し、それをDVDプレイヤーに挿入していく。

「なにか飲み物でも用意しようか」マーちゃんに告げながら、俺はキッチンへと向かった。

 彼女は少しでも雰囲気を出したいのか、窓の方へ歩いていき、カーテンを閉めていく。リモコンも操作し、ソファーに座っていつでも見られる準備を進めていた。

 

 俺は冷蔵庫から2Lペットボトルのお茶を取り出した。食器棚からは透明なグラスを二つ。それらを手に持ちながら、彼女の元へと向かった。

 マーチャンは俺が来るのに気づけば、机に残っていたDVDケースをリュックにしまう。

 がら空きとなった机にペットボトルとグラスを置いていき、それぞれに注いでいく。注ぎ終え、ペットボトルに蓋をしてはグラスに口を付けて喉を潤した。冷たい液体が喉を通り、口を離せば、ふぅ、と吐息を漏らしてしまう。

 彼女も同じようにグラスに口を付け、こくこく、と飲んでいた。飲み終えれば同じように、ふぅ、と息を漏らした。

 

 ソファーの背もたれに体を預けていき、視線はテレビへ。

 テレビには『本編スタート』、『チャプター・メニュー』、『特典メニュー』、『音声・字幕メニュー』と書かれており、背景では映画のワンシーンと思われるものが流されていた。

 なんというか、妙にこの時代のDVDはメニュー画面が凝っている。

 マーチャンがリモコンを操作し、『音声・字幕メニュー』を選べば、扉が開くアニメーションと共に『音声』、『字幕』と出てきた。

 

「トレーナーさんは何かこだわりがありますか?」

「無いよ。マーチャンの好きなようで」

「分かりました」

 

 彼女は音声を英語、字幕を日本語に設定した。

 なるほど、これが彼女の拘りなのだろう。

 彼女は『戻る』を選択し『本編スタート』を選べば、銃声音と共に厳かで静かな声色をした男性の声が一緒に聞こえてきた。

『ショータイム』って言わなかったか。スパイ映画なのに?

 そんな事を思いながら、テレビに映った映像は進み始めた。

 

 ◇◇

 

 二時間ほど経ち、映画はクレジットを流し始めた。

 マーチャンは控えめながらもぱちぱち、と手を叩いており、俺も同じように叩いていく。

 映画の映像自体もやはり古く、最近の物に見慣れているとどうにも違和感を感じてしまう所はあった。しかし、アクション自体は今の映画と比べても遜色がない。それどころか、明らかに役者が無理をしている場面もあったので、見ている此方も手に汗を握ってしまうほどあった。

 

「凄いね、昔の映画だと思ってちょっと侮っていたけど、ここまで面白いだなんて」

「良い発見をしました。ふむふむ、アクションも良いですが、お話も良かったですね」

「だね、永遠の命か……」

 

 体に機械を施しては、不老不死のように生きている悪役を倒すという物語だ。実際の所、その悪役は不老不死ではなく、細胞の劣化を機械で無理矢理止めているだけであった。

 最後は機械の電源を壊すことで、その悪役は老化が始まり、最後には見る影もないほどに老いたというものだ。

 

「あの悪役が永遠の命にこだわっていたのも、結局は死を克服したっていう気持ちよさなだけだしね」

「その死も、結局は機械で無理矢理していただけなのは、皮肉なお話なのです」

「まぁ、それはそうだ」

 

 少しずつ老いていき、最後には手を伸ばしながら『死にたくない』と懇願する演技はまさに鬼気迫るものだった。

 何度も立ち上がろうと脚を立て、地面を爪で引っかきながらも苦しむ姿は悪役ながら、同情さえも覚えてしまう。

 

 その映画を見終わって、妙な喉の渇きを感じた。そういえば映画を見ている最中は夢中になっており、グラスを手にする事も忘れていた。

 グラスに手を伸ばせば既にぬるくなっている。そのまま持ち上げ、口に付けては飲んだ。

 ぬるい液体が喉を通り、胃へと通っていく。グラスの中身を全部飲み干して、机の上に置いた。

 マーチャンも同じように両手でグラスを持って飲んでいる。彼女の中身が空になれば、俺はペットボトルを持って注いだ。

 

「ありがとうです、トレーナーさん」

「いいよ。次はどうしようか」

「そうですね……ちょっと休憩をしてからもう一本見ましょうか」

 

 携帯を取り出せば、夕食にはまだ時間はある。もう一本の映画を見れば、丁度良い時間になるだろう。

 

「分かった。じゃあ、十分で良いかな?」

「分かりました」

 

 両腕を彼女は天高く上げていき、背伸びをしている。俺も床と水平になるように手を伸ばして、体を解し始めた。

 永遠の命、きっと誰もが考えることだろう。老いることもなく、死ぬこともない。自分だけが生き続け、他の人は死んでいく。

 常に楽しみたいものを楽しめ、この世界に存在し続けることができる唯一の存在者。

「マーチャンはさ」と思わず言葉が、出てしまった。

 彼女は俺の言葉に反応するように視線を向け、そして首を傾げている。

 

「どうしました?」

「あ、いや……なんとなくだけど」

「はい?」

「例えば永遠の命を得られるってなったら、マーチャンは選ぶ?」

 

 マーチャンがその言葉に体を少しだけ跳ねさせた。瞼を緩め、ゆっくりと首を左右に振りながら「選びません」とだけ彼女は答えた。

 彼女の言葉は俺にとって予想外だった。

 

「それは、どうして?」

 

 永遠の命を得ることで、アストンマーチャンという存在はこの世界に存在し続けることができる。死んでしまえば、時間が経つほど忘れられてしまう。

 それは生きていても同じだ。だが、生きている限りいくらでも会う方法は存在する。

 忘れてしまいそうな人がいれば、そこへ足を運び、長く生きることでレースの世界にも影響を残す。

 グッズ製作をし、常に新しいものも提供する。そうすれば誰にも忘れられないウマ娘になることは間違いないだろう。

 

「……マーちゃんは、マスコットになりたいのです」

「そうだね」

「もし、永遠を得てしまえばそれは……神様や怪物になってしまいます」

「ウマ娘ではない、別のものってこと……?」

「はい」

 

 マーチャンは力強く頷いた。視線も俺の方に向けており、逸らすことは無い。彼女の若葉色の瞳は揺れることなく、俺の瞳を貫くほど一点を見つめていた。

 

「マーちゃんは、皆に愛されるマスコットになりたいのです。神様や怪物は愛されているのもありますが……恐れも一緒です」

「恐れ、か」

「純粋に愛されてるのも中にはあるかもしれません。ただ、それは今この世に存在していないから、なのですよ」

 

 存在していないからこそ、崇拝をし、中には愛でるものもいる。

 だが、それが現実に存在しているのであれば、果たしてマスコットとして愛する人はいるのだろうか。

 姿形は年をとっても変わらず、常に同じ。それは不気味という言葉以外に表す方法はない。

 マーチャンの表情は和らいでいき、両手の人差し指を頬に近づけた。

 

「マーチャンは可愛くて愛くるしいマーチャンとして。皆に怖がられるカイブツマーチャンや崇拝されるようなカミサママーチャンは望んでないのですから」

「はは。あぁ、そうだね」

 

 今の姿が充分可愛らしい。その愛くるしさも、レースでは別人のように必死になって走る。

 だからこそ、彼女に惹かれており、色々としてあげたくなる。彼女をもっと色々な人に知ってもらうために。

 彼女にこの事を聞くのは愚問だったかもしれない。

 ソファーから立ち上がり、次の映画の準備をしようとするとマーチャンは口を開いた。

 

「ではでは、逆に聞きますです」

「逆に? 俺が永遠の命を得られたら?」

「はいです」

 

 腕を組んで考え始めていく。もし、俺自身が長生きできたとして、一体何をするのだろうか。

 彼女のようにこの世界に自分と言う存在を残したい欲がある訳でもない。とはいえ、全く誰にも覚えられないのもそれとして悲しさはある。

 

「マーチャンが先に旅立つんだよね」

「そうです。トレーナーさんはマーちゃんの語り部の存在になるかもしれませんね」

「語り部か……」

 

 アストンマーチャンという存在を口で伝えていく。勿論、口だけではなく他の方法で伝え続けることは可能だろう。

 彼女が亡くなった後に多くの人に覚えて貰えているのか、という証明を確かめることもできる。

 グラスにペットボトルのお茶を注いでいき、八割ほど入れた後にそれを掴んで飲み始めた。全部飲み干すように喉を動かしていけば、すぐに中は空になる。

 一息を吐いて、グラスを机の上に置いた。

 

「トレーナーさんが永遠ならば、マーチャンはずっと存在できますから」

 

 彼女に視線を向ければ嬉しそうに頬を緩めている。

 俺は小さく口を開けていき「それは……」と言葉にし始めた。

 

「君と一緒に流れることはできないね」

 

 彼女の瞳は大きく見開いた後、ゆっくりと細められていく。最後には小さな絞り出すような「……そうですね」が聞こえた。

 

「海に流れ着くのは命あるものだけ。もし、永遠になればきっと多くの命が海に還るのを俺は見届けることになるんだろうね」

「……とても悲しいことですね」

「それ以上に寂しいことだと思う。怪物って言われたり、神様のように扱われる以上に寂しいって俺は……思うんだ」

 

 マーチャンという存在を語り続ける。だが、それは果たして彼女を後世へ伝え続けるためにするのだろうか。

 いや、そうは思わない。彼女を何かの形で想い続け、そして忘れてしまわないようにする。

 その行為をすることで、少しでもマーチャンが隣に居るようにと、錯覚をし続ける。

 彼女は俺から視線を逸らし、床に向けた。彼女の両手は握り合っており、指同士を絡めては離し、また繋ぎ合っている。

 

「俺はマーチャンと一緒に生きて、一緒に色々なことをしたいって思う。だから、今日もこうやって君の好きなものを一緒に見ているわけだしね」

 

 彼女がソファーの上に足を置いて膝を立てていく。膝を抱き抱え、頬を付けては俺に再び視線を向けた。

 

「なら、沢山一緒にしないと、ですね」

「だね。だから……」

 

 壁時計に視線を向けた。既に映画を見てから時間が経っている。

 次の映画を見るには良い時間だろう。俺は立ち上がり、DVDケースを手にしてテレビへ近づいた。

 

「次はマーチャンのお気に入りを見ないとね」

「ふふっ、マーちゃんが沢山教えてあげますです」

「はは、それは楽しみだ」

 

 DVDプレイヤーからディスクを取り出し、マーチャンお気に入りのディスクを入れていく。

 DVDプレイヤーが唸りを上げる音を出しており、一分もしない内に読み込みが終わった。

 俺がソファーへ戻っていくと彼女が腰を動かして隣へ寄り添ってくる。

「マーチャン?」と首を傾げながら彼女に尋ねると彼女は小声で囁いた。

 

「今日はマーチャンの好きなものを沢山知って欲しいですから」

 

 マーチャンの手にはリモコンが握られている。彼女は活き活きとした様子でリモコンを操作し、そのまま映画が始まった。

 あぁ、なるほど。今日の夕食はいつもより遅い時間帯になりそうだ。

 デリバリーでも頼んで、彼女と一緒に楽しみながら、今日一日を過ごすのも良いかもしれない。

 

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