外は雨が降っていた。しとしと、と降りしきる雨。本日は一日中晴れ模様だったはず。またしても予定からズレてしまった、とエイシンフラッシュはトレーナー室で一人で考え事をした。
「傘は…無いですね」
学生鞄の中身を覗くもそこには折り畳み傘は無かった。予報外の雨、という事であればこれは通り雨なのだろう。ずぶ濡れになり、風邪を引くよりはこのままトレーナー室で時間を過ごそうとエイシンフラッシュは考えた。
本日のトレーニングを終えて、コース場から戻ってきたエイシンフラッシュ。本日は休日であるも迫るG1のレースに向けて彼女はトレーニングに励んでいた。
いつもの予定であれば想いを寄せているトレーナーと一緒にカフェを巡り、そこでケーキを食べては舌鼓を打つだろう。秋の季節には栗やカボチャを使ったスイーツが目白押しである。
もしくは紅葉を見に行くこともあったかもしれない。鮮やかな赤橙色に世界を変えた木々の中を二人で歩き、他愛ない談笑に励んだ事だろう。
しかし、今日は違った。来週の日曜日にはレースが迫っているのだ。毎週の様に何処かへのお出かけはトレーニングへと変わり、今日はその総仕上げをするつもりだった。
そうできればよかった、とエイシンフラッシュはソファーに腰を下ろし、自分の手帳を取り出した。黒く縁が捲れては少しだけ変色している。そんな古びた手帳。ページを捲る音と外から降る雨の音だけがトレーナー室を支配していた。
最初のページ、四月。春の季節だ。
エイシンフラッシュとトレーナーは既に契約を結んで四年目を迎えていた。本当は最初の三年目でレースの世界から身を引くつもりであったが、それは予定外の人物によって拒まれた。
トレーナーだった。その男はエイシンフラッシュというウマ娘に一目惚れをし、そしてスカウトをした。見事にウマ娘の大事な三年間を走り抜け、四年目も共に走り抜けたい、ということになり今もこの関係が続いている。
既にこの時からエイシンフラッシュの予定は崩れ始めていた。トレーナーという存在が彼女の人生を変え始めていたのだ。
数ページ捲れば今度は八月を迎える。夏の季節だ。
夏合宿に参加をし、来たる秋のG1連覇を目指すためにトレーニングに励んだ。夏合宿に向かう前はトレーニング内容を二人で話し合い、予定を立てた。勿論、予定外の事も起きたがそれはトレーナーによって修正され、何事も無く終えることが出来たのだ。
エイシンフラッシュの実力は更に伸びることとなった。府中にて自らの輝きをまた放つために。
ページを捲る。秋の季節。そう、今である。
今日の予定は午前からトレーニングに励み、午後は休養のつもりだった。エイシンフラッシュはトレーナーにいつものお出かけではなく総仕上げを見て欲しいと頼んだ。そのことにトレーナーは二つ返事で了承をした。
だがいざ当日になってみればどうだろうか。
朝は目覚まし時計のけたたましいアラームが鳴る前よりも起きるはず。しかし、運が悪い事に目覚まし時計の設定を切ったまま床に就いており、目を覚ました時には既に集合時間が迫っていた。
更にそこで不運が重なった。エイシンフラッシュはよく寝癖が付くことがある。それをスマートファルコンに手入れをして貰ったり、自分で手入れすることもあるのだが、そんな時間は既に無かった。
最低限として櫛で数回髪を梳かしたものの、それで直れば苦労はしなかった。走ってトレセン学園に向かう最中に手で整えようとしたが、やはり辿り着いた時には跳ねていた。
エイシンフラッシュはその姿をトレーナーに見せることになってしまった。彼女は内心、不潔なウマ娘だ、と罵られるものかと思っていたが現実は違った。
彼はくすり、と笑みを浮かべては「なんだか新鮮な姿だね」優しい表情で言葉を紡いだ。
エイシンフラッシュは少しだけ心がざわついてしまった。まさかこのような言葉をかけられるとは思っていなかったからである。むしろ罵られた方が楽だったのかもしれない、そう彼女は考えてしまった。
誇り高い姿をいつも見せている中で、凛々しい一人のウマ娘として彼に振る舞っている中で、だらしない姿を見せてしまった。
だが、心の何処かでは安心していた。幻滅されることが無く、受け入れてくれたことを。トレーナーが普段は見せていない自分の姿を見てくれ、そして嫌わないことに。
そうして到着と同時に始めるはずだったトレーニングは身嗜みを整えることから始まった。エイシンフラッシュはソファーに座り、手鏡を携えながらもう片手には愛用の櫛を持っていた。彼女と同じ黒鹿毛の櫛。しかし、手鏡では後頭部まで確認はできなかった。
その中でトレーナーは彼女へ近づいていき「手伝おうか、フラッシュ?」と声をかけられる。最初は首を横に振っては拒否をしていたものの、やはり上手く出来ない。
「お願いします…」小さな声で情けなくも感じてしまうそれを発しながら、エイシンフラッシュは櫛を手渡した。
櫛から伸びた歯の一つ一つに黒鹿毛の艶やかな髪を通していく。左手で髪を持ち上げながら、ゆっくりと丁寧に櫛を滑らせる。毛先まで通せば、また同じことを繰り返す。
数度、この行為を行えば先程まで跳ねていた髪は整い始めていた。
「髪、綺麗だね。フラッシュのはいつ見ても思うよ」
「トリートメントをしていますから。自信はあります」
「それでも跳ねてしまうのは何だか可愛らしいね」
「そ、れは…そうですね…」
彼に髪を整えられ、挙句には可愛いという言葉。その言葉に頬を赤らめてしまった。
視線が落ち着かない。スマートファルコンにされている事と同じことをされているだけなのに、人が違うだけでここまで思考が纏まらなくなるのだろうか。
触れられている。トレーナーに髪を触られ、優しく梳かれ、それだけで胸が暖かくなってしまった。普段の彼は触ってくれることは無い。一線を引いているのだろう。
ならば口実の一つとして考えても良いのではないか、エイシンフラッシュはそう考えた。直ぐにその考えはだらしない自分を常に見せる、という羞恥により消えてしまったが。
髪が整えられ、制服を着替えては向かうは芝のコース場。休日であるため、コース場は人がおらず、風の音が聞こえるほどに静かだった。
天気は清々しいほどの晴れ具合。まさに青天という言葉が良く似合っている。
コース場に脚を踏み入れる前にエイシンフラッシュはストレッチを始めた。トレーナーは彼女の隣でタブレットを操作しながら、今日のトレーニング内容を確認している。
「まずはストレッチ。スタミナを確かめたかったけど時間が押してるから、スピードと一緒に確認をしようか」
「分かりました」
「その後に芝2000m。天皇賞秋に向けた総仕上げをしようか」
次に向けたレース、というのは天皇賞秋である。去年は栄光を家族の前で見せ、そして今年も来るのだという。だからこそ負けたくなかった。エイシンフラッシュが内に秘めた想いは他のウマ娘の比にならないほど、闘志を燃やしていた。
また両親の前で誇り高い自分の姿を見せるのだ、だからこそ恥ずかしくない自分を見せるために総仕上げをする。
そのはずだった。
ストレッチを終えた後に芝のコースへ足を踏み入れたエイシンフラッシュ。トレーナーは走りの邪魔になってしまわないようにコースの外れへ。ストップウォッチを片手に、もう片手にはタブレット。見据える視線は彼女へと向けられていた。
ゲートの無いコース。けれども走りは手を抜かず、本番を想定して。
トレーナーの合図と共に走り出した。いつものように脚を動かし、黒鹿毛の尻尾と髪を靡かせ、出走する他のウマ娘を想像しながら。差しの走りとして、最期の直線で力を溜めては一気にその輝きを放つのが彼女の最も得意とした戦い方だった。
だが、今日は違った。脚が思うように動かず、最期の直線では伸びることも無かった。ゴール板を通り過ぎたときの手応えの無さ。それはエイシンフラッシュ自身も感じていた。
「2分2秒…」と小さく呟くトレーナーの声。その声は彼女にも届いていた。
間違いではないだろうか。エイシンフラッシュは彼に聞き返すも同じ答えが返ってくるだけだった。2分2秒。天皇賞秋の平均タイムよりも3秒も遅いタイムであった。
「も、もう一度お願いします。次こそは必ず…っ!」
「分かった。軽くストレッチをしてからもう一回しようか」
こんなはずではない、そう何度もエイシンフラッシュは胸の内で呟いた。予定通りにいかないのは朝一番だけでいい。走りだけは違う、ここまで準備をしてきたのだから。
何度も念入りに脚を伸ばしては、足首も動かして筋肉を解し始める。先程のタイムは準備が足らなかったのだと言い訳をして。
また、走った。先程よりも力を溜めては走り、最後の直線で脚を伸ばした。今度は手応えを感じることが出来たのだ。そう思うも「2分2秒」とトレーナーは答えを返した。
間違いだと、もう一度エイシンフラッシュは懇願をし、走った。
「2分3秒」これは間違い。
「2分3秒2」これも違う、修正。
「2分4秒」──────何故。
何度も何度も彼女は己に問いかけた。何が違うのか、何が良くないのか。しかし、返ってきたのは無言の答えだけだった。
脚に疲労が溜まっている。総仕上げだというのにタイムとしても不甲斐ないものになっている。焦りがあった。予定では今日のタイム2分以内を切るつもりだった。仮に切れなくとも2分1秒までは許容するつもりだった。
だが、最初の結果が2分2秒。1秒も違えばそれは大差へと変わってしまう。
だからこそ焦りがあった。こんな走りでは両親の前で誇り高い姿を見せられない、と。勝利の姿を再び見せたいからこその焦慮に駆られていた。
「もう…一度!」
「今日はもう止めよう。早いけど、これ以上しても怪我をしてしまうかもしれないから」
「…っ」
トレーナーは首を横に振りながら答えた。その答えにエイシンフラッシュは反論することができなかった。怪我をしてしまえば出走自体も出来なくなる。自己管理の甘さ。また予定通りに進められないのは避けたかった。
唇を強く噛み、両手を握りしめた。爪が皮膚に食い込み、その痛みは自分への罰として。
「俺は上がっちゃうけど…フラッシュは?」
「私は……クールダウンをしてから帰ります。本日はありがとうございました」
「気にしないで。そういう日もあるからさ」
そういう日も、それだけは聞きたくなかった。予定を立てるからこそ遂行されなくては意味がない。その言葉は予定を否定してしまう。彼女は少しだけウマ耳を倒し、その言葉を流そうとした。
ぱたん、と音を立てて手帳を閉じていく。これが今日のエイシンフラッシュという一人のウマ娘による、予定を遂行できない一日だった。
一日、といえどまだ午前を終えただけ。午後からは他の予定を考えてはいたが食指が動かなかった。
起床から始まり、そして身嗜み。トレセン学園へ着いたら予定外のトレーナーからの整髪をされ、挙句には走りも納得のいかないもの。
「全て…今日は予定外…」
一人で呟いた言葉は窓を叩きつける雨音によってかき消された。ふと視線を窓へ向けると雨模様はより酷いものへと変わっている。しとしと、と静かな波紋を広げるような雨は叩きつけるような豪雨へと変貌していた。
「…まるで私の心みたい、ですね」
自嘲気味に呟く。通り雨にしても酷い雨模様。果たして帰れるのはいつになるのだろうか。視線は自然と窓から壁時計へと移されていた。
時刻十一時。本来トレーニングを終える時間を迎えた。
この三十分前にはトレーニングを終え、クールダウンを始めている。今日のトレーニング内容を振り返っても本番を想定した走りだけをしていた。スタミナ、そしてスピードの細かな確認。それらは全て起床の時間から全てズレてしまっている。
はぁ、と溜め息が漏れてしまった。
午後から考えていた予定をどうするか。休養と称して本を読んだり、お菓子作りに励むつもりだったが、それも上手くいかないような気がしてしまう。
今読んでいる本がもし、突然つまらなくなったら。もし、お菓子作りが上手くいかなかったら。
まだ訪れてもいない可能性をエイシンフラッシュは考えてしまった。
二度目の溜め息が漏れた。
いっその事雨に濡れて帰った方が今の私にお似合いだろう。雨の中で一人、傷心に浸りながら濡れた道に歩を進める。まるで物語のヒロインのように。
鞄を持ち、中身を確認していく。濡れるとしても大切なものは濡らしてしまいたくはなかった。
手帳。これは駄目。手鏡。これは大丈夫。ジャージ。これも大丈夫。念には念を入れて手帳をそれで包み込んだ。
「…うん、これでよし」
風邪を引いてしまうかもしれない、という可能性はエイシンフラッシュの脳内から消え去っていた。それだけ彼女の心は惑わされ、平静を装うことが出来なくなっていたのだ。
鞄を肩にかけた彼女はトレーナー室の扉へと向かっていく。引き手に手を伸ばし、開けようとした瞬間、それは彼女の手元から離れていった。
「…やっぱり、まだ帰ってなかったんだ」
エイシンフラッシュの目の前にはトレーナーが立っていた。困ったように眉を下げ、怒ろうにも怒れない、そんな表情だった。
「トレーナーさん…?どうして…?」
エイシンフラッシュは理解が出来なかった。既にトレーナーが帰り、そして戻ってくるとは思えなかったからだ。彼との予定は午前だけであり、トレーニングを終えた後には会う予定はなかった。
「もしかして、と思って。今日は結構思い詰めてたから…それに雨も降って来たし」
「まさか…それで来たのですか?」
「そのまさか、だよ」トレーナーは一つ頷きながら答えた。
「…ですが、それだけで理由には……」
「予定外の結果は時に最善も、最悪も生む。そうだろう?」
一瞬だけ目を見開いては、直ぐに口を噤んでしまった。予定外。エイシンフラッシュにとって最も避けたい事象。仮に予定外が生まれたとしても、それを避けるための時間を設ける。しかし、その時間を設けても避けられないほどの予定外が生まれてしまった。
エイシンフラッシュはそれ以上の言葉を発することが出来なかった。普段であればこの予定外、を楽しむことは出来ただろう。トレーナーのおかげで彼女にもその余裕が出来たのだ。
だが、今回ばかりは違った。お出かけであればいくらでもよい。レースとなれば話は別なのだ。
誇り高い姿を家族に見せるために、予定通りの自分を見せる必要がある。
「そういう日もある…とトレーナーさんは言いましたよね」
「言ったね」
エイシンフラッシュは尋ねたいことがあった。そういう日もある、という言葉の意味を。トレーナーが普段言葉にしなかったそれが一体何を指していたのかを。
「そういう日、というのはつまり、
「まぁ、そうなるかな」
「それでは…予定を立てるのはまるで─────」
意味を為さない。この後の言葉が喉に引っかかり、そして発することが出来なかった。
これは私を否定する言葉になってしまうから。
「運に身を任せると言ったけれど、ちょっと違うよ」
「え?」
「そうだね…例えば─────」トレーナー室に脚を踏み入れ、彼は数歩歩きながら言葉を紡ぎ始めた。
「今日は全て予定が上手くいかなかった。きっとそれはとてもとても…最悪な日、なんだろうね。むしろ逆に考えるならこれ以上落ちることもない、と考えられない?」
「…まぁ…そうかもしれませんが」
今度は反対側を向いて、歩を進めていく。まるで語り部のように、人差し指を立てながらトレーナーは言葉を発し続けた。
「人には調子、というものがある。これは運否天賦ではなく、その人が今日どれだけ頑張れるのか?だと俺は思うんだ」
「それならば私は今日…最低な日だった、と?」
「そう。恐らくね」
最悪な日であれば、それを予期して予定を立てることが普通なのでは、彼女はそう考えた。最悪な調子だとしても、その日の予定を遂行出来るように立てる。最低限の予定も考えて。
それすらも出来ないなら、余程の最悪の中の最悪だろう。
「では…そんな最悪を迎えた私はどうすれば良いのですか?」
ぴたり、とトレーナーの脚が止まった。エイシンフラッシュに視線を向け、正面へ立ってくる。彼女を見下ろすように視線を合わせ、そうして笑顔を浮かべては「だから、トレーナーがいるんだよ」と告げた。
「フラッシュが最高の日を迎えるなら、俺は少しでも続くように橋を架けよう。最悪な日が来たならば、それが少しでも良い日になるよう傘をさそう。今日みたいにね」
「…っ」
頬が熱くなった。胸が暖かくなった。
耳障りの良い言葉のように聞こえるだろう。しかし、例えそうだとしても今の彼女にとっては欲しい言葉だった。
エイシンフラッシュという一人のウマ娘が歩く人生を支える。それがトレーナーだった。
上を向くのならば、一緒に上を向いて歩く。下を向くのであれば、少しでも前を向けるように彼女を支える。それがトレーナーという一人の男が考えたことである。
一瞬だけエイシンフラッシュは瞳を閉じ、その言葉をゆっくりと咀嚼した。耳を通り、喉元を過ぎ、そしてその言葉を噛んでは胃へ流し込む。刹那の時間ではあったが、彼女にとってはとても長い時間に感じた。
視線を上げ、はにかみながら「トレーナーさんには敵いませんね」そう告げれば「トレーナー、だからね」と返した。
「帰ろう。傘、持ってないだろう?送っていくよ」
「では…お言葉に甘えますね」
トレーナー室を二人であとにしていき、扉の鍵を閉めていく。廊下を歩いていきながら、向かうは昇降口。昇降口に辿り着けば日が差し込んでおり、先程までの雨は嘘のように消え去っていた。
靴を履き替え、扉へ向かえばエイシンフラッシュは手を伸ばした。
「どうやら通り雨のようでしたね」
「みたいだ。もう小雨になってるから…傘は要らないかな」
トレーナーが紺色の傘を畳もうとすれば、それを止めるようにエイシンフラッシュは手を伸ばし、袖を引っ張った。
「まだ、降っていますよ」
「小雨だよ?」
「小雨、だからです」
最初はトレーナーは首を傾げていたが、直ぐに理解したように頬を緩めた。傘のはじきを指で押していき、ばさっと音を立てて左手で彼は持ち始めた。エイシンフラッシュが入れるように傘を左へ寄せれば、彼女はそこへと並び立つ。
二人並んで歩きはじめれば、傘に小さな雨粒の当たる音が鳴っていた。
「午後からはお菓子作りをしようと思っていたんです」
「へぇ、どんな?」
「かぼちゃを使おうかと。ハロウィンも近いですから」
「ご馳走になっても?」
「出来るのに時間がかかりますよ?」
「構わないよ。フラッシュの出来たてが食べられるなら幾らでも待つよ」
予定外。本当は午後は彼と会う予定は無かった。作ったお菓子を後日トレーナーに渡す予定だった。しかし、雨という予定外で午後も彼と過ごすことになる。
いや、朝からの予定外全てだ。最悪な日だからこそ、この小さな幸せがより輝くのだろう。思わずエイシンフラッシュの口から言葉が漏れた。
「雨、止みませんね」
「止んでくれるといいね」
「ふふっ、今日はきっと一日雨模様ですよ」
二人歩くアスファルトの道。水たまりを踏みながら、自然と言葉を交わす。気が付けばお互いが濡れてしまわない様に肩を寄り添わせ、彼女の右手は傘の柄へ沿わせていた。
まだ雨は降っている。小さな雨粒は二人を濡らすことなく、傘を伝い外へ垂れていく。二人を離さないように。
気が付けばその雨音は談笑によってかき消されていた。きっと雨が止んでしまえば、この世界が終わってしまうのだから。
終わってしまわぬように、彼女は一人願いを込めた。
雨よ、止むことなかれ。