主人公のマティアスは戦災孤児で、魔族に村を襲われたところ、たまたま通りがかったゼーリエに助けられ、その後成人するまで魔法研究家の才を見出されてともに過ごしていました。一級魔法使いゼンゼとは顔なじみ
本業は魔法研究 趣味は吟遊詩人として叙事詩の編纂
第1話
夕暮れの落ちる通りで、マティアスは宿の前で小さな手帳に何かを書き留めていた。オイサーストの街はすでに靄がかかり始め、魔法の灯りが一つ二つと灯り始めていた。取材のため滞在する宿は質素ながらも清潔で、彼の目的には十分だった。
「久しぶりだな」
突然聞こえた声に振り返ると、そこには風を纏うように立つゼーリエの姿があった。夕暮れの光が彼女の金色の髪を橙色に染め、その瞳は深い森のようにマティアスを見つめていた。
「ゼーリエ!こんなところで会うとは思わなかった」彼は驚きを隠さず言った。「ちょうど作品の取材でオイサーストに来たところなんだ」
ゼーリエは一瞬だけ微笑み、それからすぐに真剣な表情に戻った。「知っている。お前がここに来ることは、すでに報告を受けていた」
「報告?」マティアスは首を傾げた。
「大陸魔法協会には多くの目と耳がある」ゼーリエは淡々と言った。風が彼女の長い衣を揺らす。「そして私はお前にここに来てほしい理由がある」
彼女は一歩前に出て、肩に手を置いた。その指先から微かな魔力が伝わってくる。
「大陸魔法協会内に部屋を用意した。お前はそこに滞在することになる」
それは質問ではなく、宣言だった。マティアスは少し躊躇した。
「いや、でも…もう宿は予約してあるし、荷物も運び入れたばかりなんだ。せっかくの申し出だけど—」
ゼーリエの瞳が僅かに細められ、空気が重くなった。影が濃くなったように感じる。
「マティアス」彼女の声は静かだが、その中に潜む力に彼は息を呑んだ。「魔法協会の部屋は、お前の研究にも詩の執筆にも適している。より多くの資料があり、静寂も保たれている」
彼女の指が彼の肩に少し食い込んだ。「それに…」彼女の声は低く変わった。「私の許可なく街に滞在する魔法使いは、何か…不測の事態に遭うかもしれないぞ」
マティアスは固唾を飲み込んだ。彼女の言葉の裏に潜む意味を読み取ることができた。穏やかな表情の下に隠された炎のような情熱と、絶対に拒否を許さない意志を感じた。
しかし考えてみれば、彼にとってこれは機会でもあった。
「そうか…確かに魔法協会に滞在できれば、ゼンゼとも会えるし、資料も豊富だろう。それに…」彼は思い切って微笑みを浮かべた。「君とも研究の話ができる」
ゼーリエの表情が僅かに和らいだ。彼女は手を離し、一歩下がった。
「正しい判断だ」彼女は言った。「すぐに荷物をまとめろ。部下を寄越す」
マティアスがうなずくと、ゼーリエは満足したように頷いた。表情は相変わらず冷静だったが、彼女の瞳の奥で小さな炎が踊っているようだった。
やっと私の元に来る。毎朝顔を見ることができる。彼が私から離れるのを恐れる必要はない。時々見る彼の姿ではなく、毎日、確実に。協会の中なら誰も彼を私から引き離すことはできない。彼は私のものだ。私のそばで研究を続け、私と共に…。これはただの研究上の便宜だと思わせておけばいい。彼が知る必要はない、私の本当の気持ちを…まだは。