ヤンデレのエルフに死ぬほど愛されて夜も眠れない   作:森川林

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第7話

大陸魔法協会の宮殿深くにある会議室には、重苦しい空気が漂っていた。壁面を覆う古代の魔法書や錬金術の器具が、その場の緊張を静かに見守っている。

円卓を囲むのは、ゼーリエと彼女の弟子たち—ゲナウ、レルネン、ファルシュ、そして何日か前に南方から戻ったばかりのゼンゼだった。通常の会議は魔法協会の運営や魔法研究の進捗に関するものだが、今日はその後にも特別な議題が上がった。

 

レルネンが静かに口を開いた。その細い指で、テーブルの上の羊皮紙を整えながら。

「師匠、今日はある提案をさせていただきたく」彼の声は慎重だった。「マティアス殿のことについてです」レルネンは幼いころの彼を思い出していた。若いころからゼーリエに従事するレルネンにとって、家族を亡くしゼーリエの元で育てられた彼は年の離れた兄弟のように大切な存在であった。魔法使いの才がなく、研究者として歩むことを選んだ今の彼に対してもその気持ちは変わっていない。

しかしレルネンにとっても今のゼーリエの執着は常軌を逸している。故にこれは兄としてのマティアスに向けたわずかばかりの労りであった。

ゼーリエの瞳に一瞬、鋭い光が宿ったが、彼女は表情を変えずに頷いた。「何だ?」

「マティアス殿は近頃、研究の進捗が滞っているように見受けられます」レルネンは言葉を選びながら続けた。「彼の才能を最大限に発揮させるためには、もう少し...自由な環境が必要なのではないかと」

ゼーリエは微動だにしなかった。しかし、部屋の温度が微かに下がったように感じられた。

 

ゲナウが続けた。「研究者には孤独の時間も必要です。ゼーリエ様がいつも側にいらっしゃることは、彼にとって...」

「彼にとって何だというのだ?」ゼーリエの声は静かだったが、氷のような冷たさを含んでいた。

「重圧になっているかもしれません」ゲナウは勇気を出して言った。「彼は吟遊詩人でもあり、外の世界に触れることも大切では—」

「たわけ」ゼーリエが一言呟いた。それだけで部屋の灯りが揺らぎ、壁に並ぶ魔法の装飾が微かに震えた。

 

ゼンゼが長い髪を後ろに流し、静かだが毅然とした声で言った。「マティアスは幼い頃から知っています。彼は...息苦しそうです」

「息苦しい?」ゼーリエの声が一音上がった。「彼は魔法協会の全施設を自由に使える。最高の書物、最良の器具、最上の環境を与えている。それが息苦しいというのか?」

「問題は物理的な環境ではなく...」ファルシュが言いかけたが、ゼーリエが立ち上がり、言葉は途切れた。

 

彼女は円卓に両手をつき、弟子たちを見回した。「お前たちは何も分かっていない」

その瞬間、沈黙が彼らの周りを満たし、部屋全体に緊張感が漂い始めた。

「彼は守られるべき存在だ」ゼーリエの声は低く、しかし部屋中に響き渡った。「外の世界は危険に満ちている。彼には理解できない脅威が潜んでいる」

「師匠、私たちは単に—」レルネンが言いかけたが、ゼーリエは彼を黙らせるように手を上げた。

 

「彼が自由に街を歩けば、どうなると思う?」彼女の瞳が危険な光を帯びていた。「彼の才能を欲する者、彼を利用しようとする者、彼を傷つけようとする者、そのすべてから、私は彼を守っているのだ」

ゼンゼが勇気を振り絞って言った。「でも、そこまでの危険が本当にあるのでしょうか?彼はもう子供ではありません。自分の身は自分で—」

「黙れ!」

ゼーリエの怒声と共に、テーブルの上のインク壺が倒れた。黒いインクが飛び散り、レルネンの顔に数滴が掛かった。彼は驚いて後ずさった。幼いマティアスに向けていたあの頃の庇護欲ではない、何かを彼女が抱いていることは理解していた。しかしここまで激しいものだとは彼も見抜いていなかった。

「お前たちには分からないのだ」ゼーリエの声は今や震えていた。怒りか、あるいは別の感情か、それは判然としなかった。「彼は特別な存在だ。彼の才能、彼の可能性、彼の...すべてが」

 

彼女は一歩前に出て、特にゼンゼを鋭く見つめた。「お前はいつも彼の側にいようとする。彼と幼馴染だからといって、お前に彼を理解する権利はない」

ゼンゼは言い返そうとしたが、ゼーリエの激情があまりにも強く、言葉を発することができなかった。

「ゼ、ゼーリエ様...」ゲナウが静かに言った。「私たちはマティアス殿のことを心配しているだけです。彼が最高の研究成果を出せるように...」

「心配?」ゼーリエは冷笑した。「私ほど彼を心配している者がいるか?私ほど彼のことを考えている者がいるか?」

 

彼女は円卓を回り、弟子たちの前を一人ずつ通り過ぎた。そのたびに、弟子たちは息を呑むように体を硬くした。

「彼が最初に魔法を学んだとき、それを見たのは誰だ?彼が悪夢に怯えたとき、傍にいたのは誰だ?彼が孤独だったとき、共にいたのは誰だ?」彼女の声は次第に熱を帯びていった。「お前たちか?違う。私だ」

部屋の灯りが不気味に明滅し始め、弟子たちの影が壁に大きく揺らめいた。

「彼は私のものだ」ゼーリエはほとんど囁くように言った。しかし、その言葉は雷鳴のように部屋中に響き渡った。「私が彼を守る。私が彼を導く。私が彼の全てとなる」

 

弟子たちは沈黙していた。彼らの表情には恐れと、同時に何か深い憐れみのようなものが浮かんでいた。エルフである師匠の孤独と執着が、この瞬間ほど明らかになったことはなかった。

ゼーリエはようやく落ち着きを取り戻したように深く息を吐き、窓際に向かった。外は夕暮れで、空が赤く染まり始めていた。

「会議は終わりだ」彼女は背を向けたまま言った。「お前たちには意見する資格などない。二度とこの話題を持ち出すな」

 

弟子たちは黙って立ち上がり、互いに視線を交わした。彼らの表情には、師匠に対する恐れだけでなく、深い懸念が映っていた。

ゼンゼは最後に振り返り、静かに言った。「ゼーリエ様、失うことを恐れるあまり、彼を窒息させてはいないでしょうか」

ゼーリエはゆっくりと振り返った。その瞳には、怒りだけでなく、何か悲しみに似た感情が宿っていた。

「出て行け」彼女はただそれだけを言った。

 

弟子たちが部屋を出ていくと、ゼーリエは窓辺に残され、夕暮れの空を見つめた。彼女の拳が窓枠を強く握りしめ、白い指が震えていた。

「お前たちには分からない」彼女は誰もいない部屋で呟いた。「失うことがどれほど恐ろしいか...」




誤字報告ありがとうございます。読者皆様のおかげでこの作品は成り立っています。
追記 日刊総合ランキング49位に載りました。読者の皆様ありがとうございます。
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