黒蝕竜現る   作:ヒゲホモ男爵

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投稿ゲロ遅くなりました。
誤字報告、感想全て目を通しております、ありがとうございます。
少しのモンハン要素を含みます。





【2-5】絶望キックバックにハイタッチ

 

 

 

妖雲(よううん) 穿()()き 繁吹(しぶ)き雨

 

颶風峻烈(ぐふうしゅんれつ) 天路(あまじ)を結ぶ

 

現ずるは ■の化身

 

覆滅の龍神なり

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ガチャリ──

 ガチャリ──

 

 澄み渡る空の下。

 獣皮と鎧を着込んだ男女が歩くたび、獣を散らす音が鳴る。鬱蒼とした原生林を抜けて、眼前に現れた光景に2人の男女は足を止めた。

 

「なんだこりゃあ……」

「…ひどいわね」

 

 そこにあったのは、まさしく災害の痕。

 人の膝ほどはある草花も、その2~30倍はある木々も、みな等しく円を描くように倒れ伏している。

 男女が通ってきた原生林はおおよそ原生林と呼べる程度にはその形を保っていた、それは眼前の光景を作り出した()の威力範囲から運良く外れていたからだろう。

 

 男女が降り立ったのは、とある島だった。

 モガの村*1から船に揺られて14日の距離。

 名もないどころか海路図にさえ載っていない。特徴があるとすれば、周囲を強く引き寄せる潮の流れと原生林のはずれにある切り立った断崖。

 島の大きさもそれほど大きくはない。モガの森(孤島)の半分もないし、大半が高低差のある原生林に覆われていて平地も少ない。

 

 なにより周囲を水平線に囲まれているがゆえに陸生生物が少なく、()()()()()()()の影はひとつもない。

 精々が海生生物達の休憩所といったところだろう。男女が降り立った砂浜にもそれらしい痕がかすかに残っていた。だが今はこの島に生物の活動は一切見られない。

 全て嵐に消し飛ばされた後だ。

 

 そんな終わった島に男女が訪れた目的は、調査。

 

 

 船旅の14日から更に7日前。

 タンジアの港*2にモガの村からとある報せが入った。

 

 

"地平線の先に意思ある超大な嵐を観測、応援を願う"

 

 

 タンジアの港のハンターズギルドは即座にこれを緊急事態だと認識し、同時に無い腹を捻じる事になった。

 

 なにせ数日前に()()()を打ち倒したばかりだった、だからこそ古龍級モンスターの伝承を調べていた研究者達が『意思ある嵐』と聞いて、同じ伝承であるところの『覆滅の龍神』を想起し、モガの村からの報せが緊急事態であると認識する事ができたのだが。

 しかしタンジアの港には禁忌級/古龍級案件に回せるほどの人材の余力は既に無く、多大な犠牲と損害を被り、今もなお半壊した港を復旧している最中。

 戦艦でもG級ハンターでも山のように出す筈が、中堅ハンター2名を調査名目で送るのが限界だった。

 

 そうしてタンジアの港から出立した2人のハンターはまずモガの村を経由し、事情を聞き、モガの村目掛けてゆっくりと近付いてくる嵐に、決死の覚悟で船を出したのが14日前。

 

 

 そしてあろう事か、嵐が突如()()したのが7日前。

 

 

 霧散の瞬間は2人のハンターを含めた船員の全員が目撃した、そしてこの世の物とは思えない恐ろしい咆哮もはっきり聞いた。

 間違いなく、あれはモンスターだったと確信できる。

 

 しかし今にあるのは、ただの小さな島。

 古龍の圧にあてられて逃げ去ったのだろう、生物の気配だって欠片もしない、静かな島。

 2人のハンターはここから、古龍が消えた理由を見つけなければならなくなった。

 

 

「なんっっっにも無いわね!?」

「無いなぁ……」

 

 

 これがまぁ見つからない。

 2人のハンターが島に降り立ってから半刻は過ぎた。

「古龍が消えた理由」とかいう形があるのかさえ分からないものを探しているのだから、それは見つかりづらいだろうと理解はしていたが。

 古龍ほどの存在が忽然と姿を消す理由なのだから、他の古龍モンスターか、せめて大型モンスターの痕跡くらいはあるものと思っていた。

 しかし嵐の後で痕跡が探しづらい事この上無い。

 

 半刻の間ずっと、倒木を乗り越えては進み乗り越えては進みを100も超えて繰り返せば、不満も焦りも現れて当然だった。

 

「あと探してないのってどこよ……」

「東の山と、西の断崖」

「どっちも厄介じゃない…!」

 

 南から島に入った2人は揃って北に進んできた。

 残るは東と西の2方、だが2人は正直東にも西にも行きたくはなかった。

 プレッシャーとでも言うのだろうか、圧の残穢とでも言うのだろうか、とっくに古龍もモンスターもいない静まり返ったこの島でいて、その2方に近付くことをハンターとしての勘が嫌っているのだ。

 しかし、仕事として調べ無いことには終わらない。

 強いて言うなら西の方がマシな気がするので、出来ることなら西に行きたい気持ちだけが一致している2人。

 

 ──と、なれば。

 

 

「「じゃんけん、ぽん!!」」

 

「よしっ!」

「あぁっ!?」

 

 

 公平なる勝負の結果、男が西を勝ち取った。

 

「近接職の俺に反射神経で勝てると思うなよ」

「もうっ、そう言えばそうだった……!」

 

 多分公平、だった。

 

 

 

 そして女は見た。

 東の山の頂きで、首筋を噛みちぎられ、辺り一面を血の海にするほどの出血をして死んでいた、純白の衣のような鱗と長いヒゲを持つ古龍の死骸を。

 

 そして男は見た。

 西の断崖の影、小さな洞窟の奥に寄り添うようにして横たわる2つ。ジンオウガ装備を身につけた(ハンター)と、編纂者らしき妹の遺体を。

 

 

 そして男女は見た。

 ハンターとモンスターが、共生(共闘)していた痕跡を。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「う"う"〜痒いぃ〜〜」

 

 

 ゴア・マガラ。

 つい最近修繕の終わったドレスが返却されて機嫌が良かったはずの少女は、仮住まい(ブラックボックス)の中で背中を床へしきりに擦りつけていた。

 翼の付け根と尻尾の付け根、これが痒くて痒くてたまったものじゃぁない。

 

「う"う"う"う"う"」

 

 竜だった頃の名残りから、仰向けで手足を畳んで、泥んこ遊びをする犬みたいに体をねじるねじる。もみじおろしの如く床が削れていっても気にしたものではない。

 だって痒いんだもの。

 

「お"お"ぉ"ぉ"お"」

 

 今昼過ぎの時間だけれど、仕事は無い。

 だって柳に"しばらく表に出ないよう"に言われちゃったし、雅は修行のし過ぎで何を言っても反復するだけのbot状態になっちゃったし、悠真には"羨ましいけどお願いだから休んでて"とか言われちゃったし、蒼角にはお菓子もらったし。

 やる事ないなー暇だなーって時にこの痒み、虫が皮の下でとぐろをまいているようなゾワゾワーっとしたこの痒み、いっそ地獄である。

 ガララアジャラの鱗が刺さった時だってここまでじゃなかった、あー言ってるそばから痒い痒い。

 

「う"ぉ"ん"う"ぉ"ん"」

 

 そんなゴア・マガラを見かねてH.A.N.D.の職員が1人部屋に入ってきた。おぉ〜近うよれ何とかしてと言わんばかりに背中を指してみせるゴア・マガラ。

 とっくの昔に人慣れしてるから野生の威厳とか欠片もない、特に最近は月城柳(厳しいママ)の目を逃れて餌付けしてくるH.A.N.D.職員達の存在もあって、既に自分へ差し出された物は大体お菓子だと疑いもなく受け取れてしまう駄竜である。

 

 そんな駄竜のもとへ軟膏を持ち、装備を付けてやってきた女性の職員は促されるままに、ぺたんこ座りで背中を指すゴア・マガラの後ろについた。

 ゴア・マガラの服は自室というのもあってオフショルダーで膝丈くらいの白いワンピース、背中側はバッテンの紐だけなので軟膏も塗りやすいというもの。

 

「さぁて、お姉さんに見せてごらん……うわっ」

 

 ゴア・マガラの背中、背骨と肩甲骨の間。

 人らしい柔肌と、竜らしい鱗の境界面。

 初めはまるで切り貼りしたように整っていた2つの境界線が、()()()()()

 翼の付け根周囲1cmほどの皮膚は本人が擦ったのもあって殆どが剥がれていて、その下から生え変わりつつある小さな鱗が見えている。

 それを目にした職員は──

 

「もう掻いたらダメよ、もっと痒くなっちゃうわ」

 

 とても普通の反応だった。

 職員の目には特異な事とは映らなかったのだ。

 

 とはいうのも、ゴア・マガラという少女は、黒蝕竜という特別色の濃い眼鏡を外して見れば他弁にして「竜っぽいシリオン」の一言に尽きるのだ。

 シリオンとは雑に言って、原生人種以外の動物の特徴を有した二足歩行生物の総称である。そのシリオン度……ケモ具合ともいう『人:人以外』の割合には個人差が大きく、同じ犬のシリオンでも耳だけの個人と全身毛に覆われる個人とがある。

 これくらいの事は新エリー都では一般常識で、ゴア・マガラにおいても翼と尻尾といった部位だけのシリオンなどは特段珍しくもないのだ。

 

 そして、シリオン部位と人部位の境目が痒くなるというのは、部位シリオンにとっての成長痛のようなものである。というのもまた常識であった。

 だから鱗の部分がじんわり広がっている様を見ても驚く事がない。部位だけのシリオンだった人が成長して全身モフモフになった事例だってあるのだから。

 

 

「はーい、お薬塗るわよ〜」

「あ"ぁ"〜^」

 

 

 だからこの時、この瞬間。

 見逃してはいけない兆候を、見逃してしまったのだ。

 

「そういえばゴアちゃん、今度パーティー行くんでしょう? お色直しとか大丈夫?」

「んぅ?」

 

 そんな事は露知らずの職員から、身に覚えのない話が飛び出てくる。パーティー? なんのこっちゃ? 

 

「あら、知らないの? (地上)だともうもっぱら噂よ?」

 

 ゴア・マガラは変わらず首をかしげる。

 ゴア・マガラの情報収集源は基本的に、H.A.N.D.の地下で自分と共にある限られた職員達である。

 スマホなんかは初めから持っていないし、当然違法サイトであるところのインターノットにアクセス出来る訳もなく、噂話にも疎い。

 その体質(鱗粉)から外に出られる時間は任務の限られたもののみとなっており、場所は必ずホロウ。普通の人が暮らす街に入った事が、そもそも過去に2回しかないのだ。

 

 文字通りの(ブラックボックス)入りお嬢様。

 存在そのものを社会に対して秘匿されてきたゴア・マガラが、社会にフルオープンな社交の場など知る訳もない。

 最近ようやく一般常識を学び始めたばかりなので、お色直しの意味だって分かっていない。テーブルマナー? 口でかぶりつく方が早いだろ、というレベル。

 

「その様子だとホントに知らないのね……、じゃあその噂話が元を辿れば嘘八百で、何でか今や真実になってるって話は知っている?」

「……? 、????」

「貴女がパーティー…公の場に出されるって話がH.A.N.D.に飛び込んできたのが昨日、H.A.N.D.や治安局がそんな話聞いてないぞって調べてみたら、インターノットの記事が発端だったの。違法サイトのくせにどうやって知ったのか貴女の容姿まで事細かに書かれていて、詳細を調べようとした矢先、H.A.N.D.(ここ)に記者が山のように押し寄せて、地上はてんやわんやって状態なの。貴女が今日暇になったのも、その一時的な対応のためよ」

「……??????」

「ふふ、難しかったわね。とにかく上は今大変らしいわ、出処不明の情報にNOを突き出そうにも、記者(大衆)がもう貴女の事を知ってしまっている。ホロウ災害を根治できる希望の光を、大衆の前に隠し通すことはできない。誰かさんの思う壷だったとしても、今は嘘を真にすることで場を収めようとしてるらしいわ、そうせざるを得なくなったとも言うけれど」

 

 出てくる出てくる、知らない話。

 そんなにいっぱい話されても困るよ……

 なにより、ゴアには彼女がそんな話をする意図が分からなかった。何が言いたいの? 

 

「何でこんな話を、って思ってる?」

 

 うん。

 

「そうね、私なんかがこんなに上の状況を理解してるなんて、変な話だものね……」

 

 彼女はうつむき、話さなくなってしまった。

 

 

 ……これは私が彼女を傷つけてしまったのかもしれない、と思ったゴア・マガラは、彼女のためにもう一度理解を試みたが、やはりゴア・マガラには難しい話で、よく分からなかった。

 顔も見えないその声を、こんなに沢山聞いたのも初めてだった。名前だって知らないけれど、言っている話の意味だって分からないけれど、言葉に載せられた感情ばかりは分かるのがこの駄竜の対人コミュニケーションにおける唯一と言っていい長所であったが、鱗粉から伝え聞く彼女の"悲しみ"が、いちばん分からなかった。

 

「……ごめんなさい、ごめんっ、なさい」

 

 突然、彼女は泣き出してしまった。

 ゴア・マガラはそれに驚き、慌て、分からないなりにも手を伸ばし、不意に彼女の涙が手に触れた。

 

 その感触に、ぴたりとゴアの動きは止まる。

 

 その涙と同じものをゴア・マガラは知っている。あの日、忌まわしい嵐の日、兄を失った妹が流していたものと同じ、失い奪われた者の涙だった。

 

「弟を、人質にとられてっ、貴女の情報を流さないと命はないって、それでっ……!」

 

 それは罪の告白だった。

 自由意志を奪われた者の、助けを乞う声だった。

 ゴア・マガラよりも大人である彼女が、子供のように泣きじゃくってゴア・マガラに縋る。

 嗚咽混じりに訴えるその姿が、ゴア・マガラの中で少女の記憶を想起させた。

 

 

 

『なんで、貴方じゃなくてお兄ちゃんだったの……?』

 

 

 忘れる事など許されない、自分の過ちの記憶を。

 

 おそらく彼女が冷静であったのなら、冷徹であったのなら、ただ特別なだけのシリオンに助けなど求めず、情報漏洩なども犯さず、治安局に通報していただろう。

 だが彼女は、平静を失ってなおも見ず知らずのシリオンに薬を塗ってあげられる温かさを持った人間だった。

 

 その温かさを利用されたがために、事は起こった。

 

 結果、H.A.N.D.を裏切ったがためにH.A.N.D.に助けを求められず、己一人では満足に弟も救えず、いいように利用された挙句に、自責の念に押し潰されて、年端もいかないシリオンに全てを吐き出した。

 それで何が解決するでもないと、分かっていても。

 

 

「お願い、弟を、助けて……っ!」

 

 

 助けを乞わずにいるには、限界だった。

 

 

 

 

 ただし彼女は幸運だった。

 なぜなら彼女の前には、竜がある。

 

 人知を超越し、自然を凌駕し、人とあった竜がある。

 人を理解し、人を願い、人となった竜がある。

 失う痛みと、奪われる怒りを知る竜がある。

 人の温かさを尊ぶ竜がある。

 

 人の願いに応える、竜が()る。

 

 

「弟の、においはあるか」

「ぇ……?」

「なんでもいいから、よこせ」

 

 竜の言葉に、彼女は戸惑いながらも一つのハンカチを差し出した。

 幼い弟がお気に入りと言って、肌身離さず持ち歩いていたはずの物を。

 

 竜はそれをひと嗅ぎすると、翼を大きく広げ、天を仰ぎ、幾重もの装甲板に向かって口を大きく開いた。

 

「なにを……」

 

 彼女の問いに答えを示すように、竜の開けた口の先でエネルギーが凝縮され、形をなしていく。

 初めは球状の、それでいて不定形な。

 黒紫色のそれを。

 

 それは、H.A.N.D.の中でもある程度実務に携わるものであれば最早誰もが知っているもの。

 対ホロウ六課が黒蝕竜討伐に手を焼いたもうひとつの理由。周囲の狂竜ウイルス濃度を急激に上昇させる性質を持つために、一度放たれれば人間側の活動限界時間を極端に短くされてしまう最悪の光弾。

 

 冠された名は「黒蝕弾」。

 狂竜ウイルスの凝縮された、黒蝕竜のみが使える(ブレス)

 

 心のどこかで、ゴア・マガラと黒蝕竜の同一性に疑惑に持っていた者達は多くいた。

 特にH.A.N.D.では蒼角と戯れるような無邪気で純真無垢な姿から、こんな子があの黒蝕竜と本当の意味で同じな訳が無いと、そういう者達は増えつつさえあった。

 しかしそれらを嘲るように放たれた黒蝕弾は天井に触れ、しばし煙のように停滞し、そして──

 

 

 H.A.N.D.地上部。

 今日ばかりはマスメディアが常の倍以上集まっている門衛、その目前。その盤上に爆音と突風を轟かせ、地下と空とを剥き出しにする大穴を開けた。

 

 中に入れろ取材させろとH.A.N.D.の門衛に今の今まで押し寄せていたマスメディア達は、突如背後に突き抜けた光柱に当然ながら蹴散らされた。

 直撃はしていない、ただ余波だけで人の体が浮き、枯葉のように押しのけられる様はまさに災害。

 朝から晩まで門衛の前で続くと思われていたマスメディア達の生み出す喧騒が、瞬く間もなく静まり返る。ある者は腰が抜け、ある者は気を失い、ある者は逃げ尻を引きずって、首が追いかけ切れぬほどに高く、下から空へと飛び上がるそれを見た。

 

 

 肌が透けるほど白いワンピースよりも雪のように白く、それでいて健康的に膨らみのある肢体。()に近い空の()を包んだ黒紫色の髪。

 身の丈の倍はある暗幕のような翼に、太く長く肉付きの良い鱗に覆われた尻尾、噂通りの竜人のカタチ。

 

 それが空高く舞い上がって、弾丸のように速く、スターループタワーの方へと飛んでいく姿を、人間達は見ている事しかできなかった。

 

 

 

 ▽

 

 

 企業集合体「TOPS」がスポンサーを務める帝高エンターテインメントグループ、その財力の象徴たるスターループタワー。

 平日であれば芸術品から嗜好品たるまでが競売にかけられる場となり、最近では塔の上に大規模なステージを増築された、まさに金成る木。

 

 そのお膝元。

 隣接する建造物との隙間に生まれた、いわゆる路地裏。陽の光が当たらない道の奥に、5人の男と1人の子供があった。

 

 

 5人の男達は1人を除いて中肉中背で、1人はその他4人分の筋肉と体躯を持つ大柄な男。略奪と犯罪の果てに身につけた筋肉と耐侵食装備が、彼らがホロウレイダーであることを示していた。

 治安局の発行している識別認証に沿って言えば、ホロウ荒らしの『密猟者』1人と『放火魔』1人、『略奪者』2人に、リーダー格の『札付き殴り屋』1人。

 ホロウの外にいる男達は、今はその特徴とも言える頭部の丸い装備を外し、素顔であった。

 

 ふとある時に、5人の中でも一番に背の低い男、仲間の中でも特に臆病で火炎瓶を片時も手放さない男が口を開いた。

 

「……兄貴、俺たちこんなんで良いんですかね」

 

 男達は路地裏の行き止まりで、両手足と口を封じられ、泣き腫らした後に気を失った子供を中心にあった。

 空を見上げれば気の遠くなるほどに青い空が見えるというのに、男達の表情は揃って暗い。

 臆病な男の問いかけに、リーダーたる大柄な男は答えた。その顔には明らかな疲労と苛立ちが、眼下に黒い痕を残している。

 

「オメェの言いたい事は分かってる……何で俺達ホロウレイダーが手っ取り早く稼げるホロウに潜らねぇで、こんな人攫いを顔も知らねぇ奴の言いなりになってまでやってるのか。ってんだろ?」

 

 男達は犯罪者である。

 ホロウレイダーという犯罪に身を置き始めたのはもう随分前の事だ。ホロウレイダーに出来ることはそこらのチンピラよりもよっぽど金の入りが良い。

 ホロウの中を歩けるという素質があるだけで、裏の顔がある企業からは非合法で高報酬な仕事が舞い込んできた。危険区域からのエーテル採集、不都合な証拠の隠滅、企業にとって不利益な人間の始末。

 監視カメラのないホロウの中はまさに犯罪者天国、シャバで人攫

 いするよりもずっとやり易いし稼ぎも良い。

 

 なのに何故、自分達は今ホロウの外にいるのか。

 自分達が今やっている人攫いの仕事の報酬が低いとは言わない、むしろ意味不明なくらいに報酬は高い、その上前払いだった。

 それでもリーダーに代わって答えて貰えなければ、電話口で自分達を顎で使う"サラ"という女が気に食わず、納得できなかったのだ。

 そしてその理由が、ついに語られる──

 

 

「怖いんだよ! あの化け物女が!!」

 

 

 男達は崩れ落ちた。

 

「そうだ、そうだ…! 大勢いた仲間達はあのガキのせいでいなくなっちまったッ!!」

「女子供10人ぽっちトバしただけで、ちくしょう! 血も涙もねぇ!」

「救いは…ホロウレイダーに救いはねぇのか!」

「俺達このまま、あの女に怯えて……!」

 

 男達が揃って思い出すのは、大体1週間と少し前の事。

 男達には今の5人の他にも大勢仲間がいた。不定期に増減こそすれど、多い時で40人以上まとまって行動することもあった。

 最近邪兎屋とかいう凶悪なホロウレイダーに壊滅させられた『赤牙組』とまではいかないものの、それなりに規模のある徒党を組んでいた。

 中でも『札付き殴り屋』はその時から頭領の役割にあった。それが今ではたった5人ぽっち。

 

 思い出したくもないが、思い出さずにはいられない。あの悪夢の日を。

 

 

 

 その日は珍しく、ホロウの中も外も雲ひとつない快晴だった。ちょうど今日と同じような。

 

 40人近い大所帯でひと仕事終えた男達は、団欒しながら、ホロウの中のある根城に帰るところだった。

 いつも通りに犯罪をして、目立った事といえば()()()()()()()を1人、何人かで玩具にしたあと捨てたくらいだろう。それだってさして珍しくもない事だ。

 

 そんな男達があと少し歩けば根城に到着するといったところで、眼前に見覚えのない裂け目が突然に現れた。

 リーダーの『札付き殴り屋』はエーテリアスの出現を警戒して、後に続く行軍を一応止めて、様子を伺った。

 しかし現れたのは小娘だった。

 

 少し前に玩具にしたガキと同じくらいの。

 真っ黒な翼と尻尾の生えたシリオンの、色白で、けれど情欲を強くそそる程に出るところの出ている小娘が、全裸で、裂け目から男達の前に現れた。

 

 男達の中で1人が興奮気味に口笛を吹くと同時に、下卑た笑い声が広がっていった。

 誰もが思った、今日はなんてツイてる日だろうと。

 仕事も上手くいった後で、ご褒美が2つも手に入るなんて、きっとこれから先もっと上手くいく前兆に違いないのだと。

 

 セーフハウスはもうすぐそこ、外よりもエーテル侵食の恐れがずっと少ない根城に目の前の女を連れ込んで、楽しむことしか男達は考えていなかった。

 

 男達の中でも一番にお調子者の1人が前に出て、おもむろに小娘の隣まで行って肩を組み、その隠されていない胸部を鷲掴みにした。

 

「へいへいお嬢ちゃァん、随分ステキな格好してんじゃぁん。服も着ないと俺達みたいなワルぅい男に遊ばれちゃうよぉ? ギャハハハ!」

 

 お調子者の男につられて、全員が笑い出す。

 唯一笑っていないのは、瞼を閉じきった小娘だけ。

 

「怖いのかなァ? 大丈夫リードは任せてよ、すぐ天国に連れて行ってあげるからさ……」

 

 男達は薄ら笑いを浮かべながらにじり寄り始め、お調子者の男はいの一番と小娘の体をまさぐり始める。

 下卑た笑いが一層増え始めたところに、それまで黙りこくっていた小娘が口を開いた。

 

 

「すこしさむいんだ、おまえ、ふくよこせ」

 

 

 鈴のように通る声で、けれど拙い口の動きで。

 自分の体を触られている事を全く気にも留めていないように、小娘は隣のお調子者に向けて言った。

 

 男達は小娘の言葉に一瞬戸惑ったものの、すぐに小娘の言葉は笑い飛ばされた。

 小娘が続けて「おまえのでもいいぞ」と、集団の先頭にいた『札付き殴り屋』を指して言うものだから、男達は傑作だと笑い転げた。

 

「いいぜいいぜ、()()()()()()()()()()()()()。なんなら今ここでおっぱじめても良いんだぜ」

 

 気分の良くなった『札付き殴り屋』が返す言葉でそんな事を口走れば、またより一層に仲間達は笑った。

 仲間達は口笛を吹き、囃し立て、さっさと抱かせろと野次を飛ばして盛り上がる。それから足早に小娘の方へ詰め寄って、あとは小娘を持ち帰ることしか考えていなかった。

 

 しかし小娘の方は、何故かにっこりと笑った。

 

 

 それを見て足を止めたのは『札付き殴り屋』ただ1人だけだった。彼だけが、背筋を駆け走る悪寒に気付くことが出来た。

 

「ボス〜どうしたんですかぁ?」

「お先いただきま〜っすw」

「よく見りゃ顔もいいじゃねぇか〜w」

 

 そんな事を言いながら、仲間達が自分を抜かして小娘の方へ、我先にと向かっていく。

『札付き殴り屋』は、それを止めなければと思った。さっきまで興奮気味に早打っていた自分の心臓が、今は言い知れぬ恐怖に握られている。

 それを仲間に伝えなければ……そう思えた時には、もう仲間達の先頭が小娘に触れていた。

 

 ケラケラと笑いながら、

 小娘の頬から腰を無遠慮に撫で触り、

 

「待っ──!」

 

『札付き殴り屋』が静止の声を出し切るよりも早く、始まってしまった。

 

 

「おごるな、にんげん」

 

 

 最初の被害者は、お調子者の男と先頭の男。

 瞬きの内に、2人の首から上が無くなった。

 

 残ったのは真っ赤な噴水を吹き上げる棒立ちの仲間だったもの2つと、真っ赤に染まった小娘の両腕。そして後から聞こえてくる破裂音と飛び散る脳漿。

 何が起こったのか、すぐに理解出来たものはいなかった。ただ腰を抜かして尻もちをついた音が1つ2つと続いて、頭の無くなった肉塊がどしゃりと倒れると同時に、誰かが悲鳴をあげた。

 

 そこから先は文字通りの阿鼻叫喚だった。

 気絶して倒れる者、発狂する者、腰を抜かして動けなくなる者。何重にも重なった仲間達の悲鳴は、誰が誰のものか聞き分けられない程だった。

 

 ただ小娘の声だけが、『札付き殴り屋』には聞き分けられた。耳の奥にこびりつく、声が。

 

 

「きらいなにおいだ、ごうまんのにおい、くさいやつは血もまずいんだな」

 

 

 ソレは人ではなかった。

 血飛沫をシャワーのように浴びておいて、腕についた血をピンク色の舌で舐めとっては不満げに吐き出し、不意にソレが自分の方を向いた。

 

 

 そこから先は言葉にもしたくない。

 

 後に残ったのは、死体の山と血の海だけ。

 仲間達の多くが、あの後殺された仲間の仇をとろうとしたのかもしれない、もしくは発狂しただけなのかもしれないが、アレに立ち向かった。

 理由は分からない。

 ただ黒い粉みたいなものがあたりに充満し始めてから、全員おかしくなった。

 

 アレが撒き散らした黒い粉に、逃げるという選択肢を思考ごと奪われたような感覚だった。

 生き残ったのは、そも腰を抜かしたりで動く事が出来なかった5人だけ。『札付き殴り屋』もその1人だった。

 

 周りを見れば、死体、死体、死体死体……

 アレに直接殺されたのは最初の2人に続いて少しだけで、あとは同士討ちをして死んでいった。

 地獄としか言いようがなかった。

 

 あとに残った血の海に『札付き殴り屋』は服を全て奪われて転がっていたのだ。

 

 

 

 もうあんな化け物がいる所に近付きたくない。

 死にたくない。

 

 そういう理由があって、元ホロウレイダーとなった5人は今に至り、良いように利用されているだけと知りながら、"サラ"の言う通りに人を攫った。

 ホロウで死ぬよりはずっとマシだと。

 

「しかしボス、サラって女は何がしたいんすかね……人攫ってやらせる事が情報漏洩なんて…しかもその情報が、ホロウを消せるなんていう個人のッスよ? 信じられます?」

 

『略奪者』の1人がそんな事を言った。

 男達に人攫いを命令した"サラ"という女が望んだ事は、H.A.N.D.の地下に存在するという個人の情報、その個人に関する見た目などを吐かせることだけ。

 ホロウを消せるなどという眉唾話の確固たる証拠を吐かせろ。でもなく、その個人を連れてこさせろ。でもなく、そんな個人がいるという情報をマスメディアに流させろ。という依頼。

 

 男達には"サラ"の考えている事がさっぱりだった。

 

「知るか、俺達には関係ねェ事だ」

 

 そんな仲間の疑問を切り捨てる『札付き殴り屋』。

 依頼主の考えだとか理由だとかは考えても仕方がない。日陰者の男達には今日を生き、二度とホロウに立ち入る必要のない稼ぎだけが重要なのだ。

 

 依頼主の考えが分からなかろうが関係ない。

 意味不明な程に報酬が高額で、意味不明に前払い制で、意味不明に人質の隠し場所を帝高のお膝元に指定されようが関係ない。

 

 

 ただ、あの化け物に二度と会わずに済むのなら……

 

 

「おい、人質の体調は確認しとけ。殺したら意味がねぇんだ、気道は必ず──」

 

「みぃつけた」

 

 

 今日の天気は快晴。

 ホロウの外は当然、きっと中も晴れているだろう。

 あの日と同じように。

 

 雲一つないはずの空から、男達のもとに影がおちる。

『札付き殴り屋』には、自分の声を遮ってなお透き通る鈴のような声に、聞き覚えがあった。

 あの日よりもずっと、流暢に喋っている。

 それでも聞き間違いを、できるはずがない。

 

「ん? お前、あの時の人間か」

「ぁ、ぁ……」

 

 化け物は静かに、男達の前に降り立った。

 裸足でも、肌の透けるような薄いワンピースだけでも、今度は服を着て現れたソレは、まるで敵意など無いような顔を男達に向けた。

 

 あの時と同じ顔を、向けられた。

 あの惨劇が起こる直前と同じ、顔を。

 

「私の嫌いな臭いの人間だが、そこの子供を置いて消えるなら──」

「うあぁぁあああああ!!!」

 

 その顔が、男から平静を奪った。

 その顔から想起される最悪な記憶が、男から思考を奪い、両腕に装備した電撃グローブを振り上げさせた。

 打撃面に突出した円錐状の電極に火花が走り、振り抜かれた拳は確かに化け物の顔面に命中した。

 常人ならば気絶し、心臓に電流が走れば即死もありうる強烈な一打が、確かに顔面を打ち抜いた。

 

 

 しかし、現実は非常である。

 ゴア・マガラという竜に、電撃は相性が悪い。

 ましてハンターでもない常人の打撃など、

 

「なんだ、顔にパンチするのが挨拶なのか?」

「ぁ、あぁ……っ」

 

 打撃とさえ、扱われない。

 

 

「聞いた事があるぞ、"はいたっち"というやつか。私もやってみたかったんだ、それ、返すぞ」

「待っ──」

 

 

 

「はいたーっち♪」

 

 

 

 後に轟音を聞いて様子を見に来た帝高の職員が、上半身が壁に突き刺さった男達を発見し、救急に通報した。

 救助された男達は口を揃え、何故か「ハイタッチは嫌だ」と虚ろに繰り返していたという。

 

*1
MH3からの拠点、海に囲まれた孤島。海にはヤベー奴しかいない

*2
MH3Gからの拠点。モガの村とは連絡船で繋がっている。





ゴア・マガラ→男達の認識。

最初こそ不愉快な連中だったから少しヤっちゃったけど、野生じゃそんなの日常茶飯事。むしろ服もくれたし、ハイタッチもしたからもう友達。
ハイタッチは友達同士でするものなんでしょ?
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