黒蝕竜現る   作:ヒゲホモ男爵

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めちゃ遅くなりました。
みんなも体調には気をつけよう。
アンケートのご協力ありがとうございます。次の話くらいで集計切りといたしますじゃ。



第3章「パーティ準備編」
【3-1】人外仲間


 

 

 少し時は遡って、明朝。

 治安局特務捜査班のオフィスに入るよりも前、反省文を両手両爪で数え切れない程に書いたあと。

 月が頂上に昇る頃、柳の隣に1人残され失意の底にあったゴアの前に、機械仕掛けの来客が着陸する。

 

 

『シード、ただいま到着〜』

 

 

 鋼鉄の巨体から聞こえてくる少女の声。

 現れたのは防衛軍オボルス小隊所属、『シード』であった。『ビッグ・シード』の大きな腕で、その半身程もある長方形の黒い箱を2つも抱えて現れたシードは、ゴアを見て文字通りに目を光らせる。

 2人ぼっちのH.A.N.D.のなかで、柳がこれに対応した。無論拒絶の意味で。

 

「防衛軍オボルス小隊のシードさんとお見受けします、申し訳ありませんがH.A.N.D.は見ての通りの有り様でして、用向きであれば後日にお願い致します」

 

 柳は眼前にそびえ立つ巨躯を見上げ、毅然とした態度で言い放った。相手をしている余裕はないと。

 喧騒の後、未だ手付かずのH.A.N.D.前広場には依然として大穴が空いているままである。その被害の様は、少ない街灯に照らされている限りを見渡すだけでも、ホロウのそれと大差がないのだ。

 客人をもてなす余裕など欠片もない。

 しかも、こと柳の知る限り防衛軍の訪問は予定になかったはず。つまりアポなしである。

 更にいえばド深夜にやってきてどういうつもりなのか、むしろ問い返したい気持ちを抑えて柳は通告したのだ。

 

 対してシードの返答はシンプルだった。

 

『僕はただ、物を届けに来ただけだよ〜』

「もの?」

『用が終わったらすぐ帰るからさぁ〜』

 

 ビッグ・シードが両腕を開き、抱えていた黒い箱を慎重に置いてみせる。誰の目にもそれがシードの言う届け物である事は明らかだった。

 ビッグ・シードの半身程はあるそれはゴアの背丈よりも少し大きく、暗い夜にあって黒一色の外装はゴアの翼や尻尾同様、お世辞にも視認性が良いとは言えない代物だった。

 それが「ガチャンッ!」という音を立てて外装を四方に開き、十字形の溝が生まれて、眼球のような機械が顔を出し、ぼうっと怪しげな紫色に光るものだから、柳は半歩後ずさりした。

 

 シードはそんな事お構いなしにビッグ・シードの両腕を広げ、『じゃじゃーん!』と声高に口を鳴らす。

 

『防衛軍とH.A.N.D.の共同開発、テストにはHIAのシュミレーターを使ったから学会も1枚噛んでるって感じの新ガジェット! 【鱗粉隔絶翼膜可変装備,律式型-壱式:双観測コア】君でーす!』

 

 

 ……柳は閉口した。

 絶句したとも言う。

 柳の健康そのものな聴力は、確かに一言一句逃すことなくスピーカー越しの言葉を聞きとった。しかし理解できたのはこの一対の機械が三者共同で開発されたという話だけ。

 肝心な名前は…その……

 鱗粉隔絶…可変……りつ?なんて??

 

 混乱の末、脳内時計が停止した柳に、ビッグ・シードは腕をおろし、身振り手振り共感するようにして続ける。

 

『分かるよーワケわかんないよねー、さっきテスト終わったばっかりで略称とかまだなんだって〜。まぁそこら辺はテキトーに決めちゃってよ〜、僕に任されたのは配達と説明だけだからさー』

 

 しかしその声色はどこまでも淡白で、次にはガサゴソと漁る音をマイクに拾わせて、平然と説明を始めてしまう。

 始めに「用が終わったらすぐ帰る」と発言した事に偽りなく、手早く済ませたいらしかった。

 

 混乱した柳の脳は口を動かせなかった。

 それも必然。今日の脱走騒ぎに続いて突然の来客、蓄積した疲労のうえに機械の意味不明な名前を理解しようとして、ショートしてしまったのだ。

 場はすっかりシードの独壇場になり、1人と1匹は清聴を余儀なくされた。

 

 

『えー、こほんっ!』

 

 

 

──このガジェットはまず、過去の技術体系に一切属さない、まったく新しい技術ツリーに属するものであり、それに完成品として名を残す第一号です。

 

防衛軍・H.A.N.D.・学会…我々技術者は、ゴア・マガラさんに対して手詰まりを起こしていました。

類似性の高い性質を持つ黒蝕竜に対しては、鱗粉を防ぐという事で従来の耐侵蝕装備の性能を底上げし解決しました。しかしゴア・マガラさんに対しては、鱗粉を完璧には封じこまず、それでいて被爆者の健康を害さないようにすることが求められたからです。

 

黒蝕竜、そしてゴア・マガラさん。両者の持つ鱗粉は強弱こそあれど害性があることで共通しており、対外的に無害化する事は黒蝕竜からのノウハウによって、可能でした。物理的に密閉、エーテルを用いた空間滞留がその例です。

 

しかし、鱗粉がゴア・マガラさんの視覚を補っているという事で、実際に鱗粉がどのようにしてゴア・マガラさんに外界の情報を伝えているのかを知る必要が生まれました。

 

覚えておいででしょうか、郊外のホロウを試験的に消した時のことを。

 

観測の結果、鱗粉の拡散とほぼ同時に触角が活性化している事を確認しました。鱗粉に含まれる微生物が発する固有の振動を、触角のごくごく小さな細毛が電気信号的に受信しているものと推測されます。

この通信は鱗粉の性質により、高濃度エーテル環境下においても阻害されません。

 

 

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

これまで述べた情報条件をもとに開発したガジェットの解説となります。

詳細は省き、基本理論のみ簡単に。

詳細は後日必要に応じて()()にお尋ねください。

 

 

このガジェットが全く新しい技術ツリーを開拓するに至った最大の特徴は、()()()()()()()()()を実現した点です。

 

ガジェットの動力は、エーテルとゴア・マガラさんの鱗粉が揃って初めて稼働します。

ゴア・マガラさんが保護当時に所持していた音動機、中身を拝見したところ"『月相』-望"*1というそれを勝手ながら活用させていただきまして、周囲1cmという省エネを兼ねた超限定範囲にて、常時周囲に刺激を発させています。

 

そしてコア(球体)の周囲厚さ1cmの空間には一定間隔で輝磁製のフィルムを設け、1つ飛ばしで液状のエーテル剤を満たしており、無数に開けられた外気に直接通じるμmm(マイクロミリ)サイズの穴から、性質により鱗粉はこれに引き寄せられ、エーテル剤と隣合う形で吸引されます。

この際、輝磁製のフィルムがエーテルとの直接接触を防ぎ、対消滅反応は起こりません。

鱗粉とエーテルが交互に並び、またフィルム越しに互いを観測させる形にすることで、両者は互いを消すため動こうとします。

 

その後、鱗粉とエーテルの割合が釣り合った瞬間、コアはμmmの穴を閉じ、空間内を真空にします。

 

その後コアにした音動機から指向性の電場を発生させ(スターターをかけ)、鱗粉とエーテルを加速させます。

1度スターターをかければ元より互いに追いかけあう性質の2つが、フィルムによって決して接触しない追いかけっこを続けます。

 

これによりコアは粒子加速器と同等の回転力を獲得し、その回転を電力に変換することで、ガジェットは稼働します。

鱗粉が古くなって死滅する3時間に1度、日に8回の供給を行うことで半永久的な稼働が可能です。

 

 

今回肝心の、ゴア・マガラさんの視覚を補う方法については、鱗粉中の微生物が発する固有振動の再現に成功しましたので、『エーテルサイト』と同原理のソナーにて周囲をガジェットが把握→それを固有振動に変換して触角へ伝達。という手法をとりました。

これにより、鱗粉を拡散することなく、ゴア・マガラさんは外界を視る事ができます。

 

緊急時にはエーテルと鱗粉を強制排出する機構も搭載しております。

 

 

また、開発にあたりアドバイザーになって頂いた盲目の狙撃手の提案より、稼働の制御のみならず私生活の補助を目的とした論理コアを搭載いたしました。

文字の読み上げから果ては横断歩道の案内まで、生活をサポートします。

 

また、これまで月城柳様筆頭にH.A.N.D.にて対応頂いていたゴア・マガラさんのバイタルや行動など、あらゆる報告は論理コアが代わって担います。

 

以上となります。

ご清聴頂きありがとうございました。これにて一旦、ゴア・マガラさんの性質にまつわる諸問題を解決とさせて頂きます。

 

 

PS:カッコよかったので初代と同様に翼鎧への可変機構もつけました。

 

 

 

 

 〜

 

 

 

 歓楽と発展の地、ルミナスクエア。

 その一角。地下鉄の降り口から地上に出て、眼前に飛び出してくる巨大なショーモニター、ルミナモールに奪われた貴方の瞳を少しばかり左に向ければ、真白い猫のマスコットが見えるだろう。

 その名もにゃんきち長官の隣を抜けて、駐禁を切られて押収された車の前を通り過ぎて、最後に自動ドアをくぐれば、そこは治安局『ルミナ分署』。

 

 もしも貴方が善良な新エリー都市民なら、正面に見える受付に声をかけると良いだろう。

 免許の更新から迷子の飼い猫探しまで、ちょっと時間のかかる手続きを踏みさえすれば、治安官はどんな相談にも応えてくれる。

 もしも貴方が善良な市民でないなら、既に取調室の中にいるか、もうすぐ入る運命だろう。

 

 もし、貴方がそのどちらでもないなら、志を共にする治安局職員だろう。

 地下鉄で定期をそうしたように、認証カードをタッチして職務に勤めよう。

 

 そうしてセキュリティを通過し、同僚と挨拶を交わしながらオフィスのある階へ上がれば、今日は特別和やかな会話が聞こえてくるだろう。

 

 

「ははぁ、なるほど。かような経緯(いきさつ)ゆえ、お主の翼は重荷から解放されたと」

「うん、よぉやく肩こりがなおる」

「む?肩こりなどと何処で知り得たのだ?そういう年にも見えぬが」

「柳が頻繁に肩を揉んでいたから、その時聞いた。たまに揉んであげたけど、すごくこーひょーだった」

「ほほう…!我は今、自身が疲れ知らずの玉偶であることを残念に思ってしまった、お主の指圧はさぞ極楽だったのじゃろうて」

「しあつ?」

「ほれ、こう……指でな?」

「指?爪だけど」

「…それは、人の身が耐えられる代物か……?」

「むり、柳がおかしい」

「柳殿の疲労は、我を上回る硬度であったか……」

 

 それでは挨拶をしよう。

 ツインテールで玉偶の同僚と、ロングヘアーでシリオンの客人に。

 

「お二人とも、おはようございます」

「ん。おはよう…あってる?」

「今は昼じゃからな…しかしこういう場合で"おはよう"を用いてもさしたる問題はない、その日最初の挨拶程度の意味であるゆえな。して今日も息災であるな、朱鳶殿」

 

 新エリー都、昼。

 治安官朱鳶、所用にて前半休である。

 

「青衣先輩、セスくんの姿が見えないようですが……外出ですか?」

「うむ、近くの薬局にちと買い出しでな」

 

 支給の制服にぴっちりと身を包んだ朱鳶にして、見渡す限り特務捜査班のオフィスには青衣とゴア・マガラが居るのみであった。

 それも2人の距離は近く、規律を重んじる組織においてはかなりだらけた様子で。

 ゴア・マガラは靴どころか靴下さえも脱ぎ捨て、素の足を抱き寄せ膝に顎をのせ、オフィスチェアの上で体を畳んでいた。そして青衣はといえばキャスター付きの椅子を隣まで持っていって、あまつさえ背もたれに前から寄りかかって脱力していたのである。

 

 本来であれば、だらしない・はしたないと言って緩みきった空気を正すべきこの瞬間、朱鳶は何も言わず自分の席についた。

 開口一番に厳しい言葉を吐きたくなかったという心理もあるが、朱鳶からしてみればゴア・マガラの受け入れ初日である今日、自分が不在だった時間の間にゴア・マガラの自然体を引き出した同僚の手腕に、むしろ純然たる尊敬を覚えたからだった。

 

 それ比べ、朱鳶自身はこの日初めてゴア・マガラと正式に対面する事に、不安で仕方なかったのだ。

 

 

(ふー…、ひとまず、挨拶は普通にできました……)

 

 

 挨拶ひとつの可否で胸を撫で下ろすほどに。

 自分が頼れる大人を演じられるかどうか、私情を抑える自信がなかったために。

 

 朱鳶にとって、ゴア・マガラとは絶対に保護(守護)すべき子供である。

 薬で眠り続けていた小さな体を手術台から取り上げ、保護したあの時。喧騒の中で自分だけに聞こえた、少女が母を求めた声が、ゴア・マガラという名を聞くだけでも鮮明に思い出されるから。

 一時の感情に身を任せて、少女の許しもないままに母代わりになった己の浅慮さに、怒りを覚えるから。

 

 けれどそれらを本人の前では決して出すまいと顔を固め、朱鳶は己を律してゴアの前に立った。

 子供を扱うように、椅子に座るゴアに目線を合わせ膝を折るのではなく、たとえ見下ろす形になっても相手を個人としえ尊重するために。

 指先をのばし、踵を合わせ、肩を張り。

 たとえ自分勝手になった立場でも、"保護者"として、己が責務を全うするために。

 

 緊張から早打ちする心臓を押し止めて、ゴアの顔が自分を向いた瞬間、朱鳶は意を決して口を開いた。

 

「お初にお目にかかります、ゴア・マガラさん!私は特務捜査班班長・朱鳶です!そちらの青衣さんとは同僚で上司にあたります…っ貴女の安全は何に変えても私が守ります!ですのでどうか安心して──っあ、いや 、えっと……」

 

 けれどゴアの、あの日自分の腕の中にあった顔を暫くぶりに前にして、これまでの日に重ねてきてしまった想いが、うしろめたさと使命感に合わさって溢れ出し、ついにはゴアの両肩を掴み迫ってしまった。

 それは一般に、不明の恐怖そのものだろう。見ず知らずの大人に突然迫られるというのは恐怖体験以外の何物でもないと、直後朱鳶は我に帰った。

 ゴアは知る由もないのだ、かの拉致事件でゴアを救助したのが朱鳶であることも、朱鳶がその後ゴアの親族探しに奔走していたことも。

 

「…あ……ぁ……」

 

 ……本当ならこんなはずじゃなかったのに。

 最初はもっと頼れる大人に見えるようにするつもりだったのに、それから少しずつ仲良くなるつもりだったのに、せっかく話のきっかけにしようと道中でお菓子を買ってきたのに、この瞬間を何百通りにもイメトレしてきたのに。

 朱鳶は赤面した。

 

「ちっ、違うんです!あっいや、違うっていうのは言ったことが違うって事じゃなくてゴアさんの安全は必ず守りますむしろ守らせて…っ!」

 

 朱鳶は大慌てで自分の口を両手で塞いだ。

 危うく初対面で「守らせてほしい」などという通報待ったなしの言動をするところだった。治安官なのに、治安官なのに。

 

(ああああ私のバカバカバカ!己を律する事が出来ないなんて治安官失格よ!冷静に冷静に冷静に、こんなんじゃ保護者として信頼を得るどころかむしろ──!)

 

 むしろ失ってしまう。

 そう考えかけたその瞬間、朱鳶の目は端にとある光景をとらえた。

 何故か青衣がぷるぷると震えている。

 それも肩を小刻みに上下させて、顔を椅子の背もたれに突っ伏して。

 そして更には、朱鳶が混乱していたうちに下を向いて表情が見えなくなっていたゴア・マガラも同様に震えていた。それも両腕でお腹をおさえて。

 

(これは──!)

 

 朱鳶は理解した。

 しかし、パニック寸前の頭で。

 

「お二人ともどこか悪いんですか!?すぐに救急を手配しますので安静に──」

「ぶわははは!!限界じゃ限界じゃ!!あははは!!」

「ぎゃははは!!ひー!ひー!」

 

 

「………………は?」

 

 

 ゴア・マガラは腹を抱え。

 青衣は椅子ごと倒れ。

 ──笑っていた。

 

 まさに抱腹絶倒。

 熟語を多用する青衣が見たなら間違いなくそう言っただろう、この状況。しかしその本人が笑い転げているものだから、ひとり残された朱鳶の頭の中は真っ白だった。

 

 そんなところに今度は真っ黒な長方形の機械がふわりと浮かんで来ても、朱鳶は全く反応できなかった。

 ただ笑い声に満ちたオフィスの中に、電子音声がひとつ加わるだけだった。

 

 

『混乱状態にある朱鳶治安官に対し、状況説明を開始します。先程ありましたやり取りを、再生します……』

 

 ピーピーという音の後に聞こえてきたのは、今に床の上で笑い転げている同僚の声でもなく、お腹と太ももがくっつく程に笑い悶えているゴア・マガラの声でもなく、言い覚えのあるセリフの、自分の声だった。

 

 

『──さ、裁かれない罪は無い…よ、ようこそ、君も新エリー都の治安官に……』

 

 

 恥ずかしさゆえに歯切れが悪く、異緊張混じりで上擦った声で、セリフばかりはいっちょまえに立派な……年間最優秀治安官(自分自身)の宣材映像そのもの。

 しかもよりにもよって誰にも見られたくない失態がつまったNG集の最後だった。

 

 朱鳶の頭の中で当時の記憶がフラッシュバックし、また機能が停止した中でも音声は続く。

 

『……な?な?最高であろ?』

『くひっ、ぃひひっ、最高最高……っ!』

『このように朱鳶は生真面目がすぎる故な、度々信じられないようなポカをやらかすのだ。我のお気に入りはほれ、ここの泣き演技をしていた子役を本気で泣かすところでな…悪意なく全くの善意故というのがミソでの……』

『うん、うん、ぎゃっぷってやつ、良い。嘘泣きの声が本気泣きになってた、たった一言であれをやれるのは、才能ある』

 

 会話の中身は、よりにもよって黒歴史(宣材映像)を2人が見た上で感想を交わしていたものだった。

 それも青衣が明らかに視聴を薦めていた、懇切丁寧に人が特に恥ずかしいと思っている失態を解説まで。

 

『これこの朱鳶だがな、あまりに実直であるので、我には朱鳶がここ(オフィス)に現れて言う事まで手に取るようにわかるのだ』

『本当か?教えてくれ』

『よいぞ、うぉっほん! ──"お初にお目にかかります、ゴア・マガラさん!私は特務捜査班班長・朱鳶です!そちらの青衣さんとは同僚で上司にあたります!貴女の安全は何に変えても私が守ります!むしろ守らせてください!"』

『ぎゃははは!なんだそれ、すっごく変じゃないか!』

『これが思いのほか当たるのだ……!』

『当たったら笑う自信があるな、うん。ところでもう1回さっきのビデオ観よう、もう1回観たい』

『よいよい、では最初から──』

 

 朱鳶は目の前で音声を再生していた機械を鷲掴み、これ以上聞くに絶えない会話を強引に止めた。

 これ以上は、グーが出る。

 

 そして朱鳶が機械を鷲掴んだ拍子にあまりにも大きな金属音が出たものだから、笑い声は止み、オフィスは静まり返った。

 

 

 ──ゴア・マガラは即座に翼を広げて自分を覆い隠した。なぜって怒った柳と同質の空気を感じ取ったからである。

 怒らせてはいけない人間がいる。それはゴア・マガラが最近身をもって知ったことであった。

 

 しかし朱鳶は柳とは違った。

 

「なんで見せたんですか!青衣先輩!」

「はっはっは、朱鳶殿の人となりを知ってもらうには最適最短と思ったのよ」

「じゃあせめてNG集のところは見せないでくださいよ!いりませんって!」

「何を言う!あそこが1番大事なのじゃぞ!」

「真面目な顔して何言ってるんですか……」

 

 朱鳶の矛先は青衣へと向き、ゴア・マガラに向くことはなかった。さらに言えば、声に怒りの色こそあれど恥ずかしさの色の方が強かった。

 青衣に向かって吐いた言葉にしたって、叱るというよりも訴えかけるようで、柳が怒った時とはまるで違ったのだ。

 

 なるほどこれは?と思い翼を退けると、ちょうど朱鳶が青衣からビデオを取り上げるところが視えた。しかし、怒られている当の青衣は終始楽しげである。

 

「これは処分させていただきます!もう!」

「あーれー」

 

 柳に言われるがままに足を踏み入れ、いつまで滞在するか分からない場所ではあったけれど、なるほどこれは、これは。

 

 

「…たのしそう」

 

 

 

 〜

 

 

 

「それでその、こちらの方は……?」

 

 

 騒ぎが一段落したころ、話題はゴアの周囲を常に浮いている黒柱になった。

 朱鳶の真っ赤になった顔が戻る頃になってようやく、機械に話かけられたことを認識できたとも言う。

 おずおずと話し始める朱鳶に対して、青衣は傍に立って共に黒柱と相対した。

 

「朱鳶殿、ここは僭越ながら仲介を務めさせていただこう。こちらの御仁は【鱗粉隔絶翼膜可変装備,律式型-壱式:双観測コア】殿、防衛軍・H.A.N.D.学会が総出で開発した、頭数に含めない客人とのことじゃ」

「頭数に含めないというのは?」

「いやなに難しい話ではない、この御仁は未だただの機械ゆえ。聞くによると論理コアは搭載しているものの、成長不十分により知能機械人として登録されるに至ってはおらぬそうだ」

 

 なぁ?と青衣が黒柱に目線をやると、ゴアの背後でふわふわとしていた一対のそれらがガシャリと四方に割れ、球体が顔を出してレンズを拡縮させる。

 次に椅子に足を畳んで座るゴアの、少し頭上まで浮かび上がったそれは、2つの躯体を朱鳶と青衣のそれぞれ目線に合う高さで静止する。

 

『説明に感謝します、青衣治安官。私の任務は管理対象"ゴア・マガラ"の有視界確保と行動の記録および報告です、よろしくお願いいたします』

 

 無機質に女性を模倣する電子音声と光の点滅。

 スピーカー越しに聞こえる声と青衣の説明を合わせ、朱鳶はなるほどなぁとひとり得心した。

 仰々しい名前の彼/彼女の言葉は、ボンプや知能機械人のようなものとは明確に違う。事前に組まれたプログラムに1から100まで沿ったものだったのだ。

 

 

 機械と知能機械人の境界を断ずるところには多くの要素があるが、最もポピュラーに知られているところが「禁断の果実テスト」の突破の是非である。

 神に食すなと命じられたそれを、神の命令(プログラム)に背くというデメリットと知恵(得られる物)というメリットを天秤にかけ、己により最善を判断できるかどうかを測るものであり、これによって機械はプログラムからAI(積算自由意志)に従う者、知能機械人と呼ばれるようになる。

 しかしテストを突破できれば機械の枠を越えられるというわけでもなく、明確にこれといった基準のない何かしらの"きっかけ"や、単純に判断経験の蓄積が必要であったりするのが、知能機械人がそうでないかの区分けなのだ。

 ちなみに人型に限らず、モノホイールの警備ロボットや自動車といった場合もあるため、一般には『知能構造体』という呼び名が定着している。

 

 最近では白祇重工がホロウ内外で活動可能な工業用重機を知能構造体化した事が記憶に新しい朱鳶は、目の前の長方形箱型の知能構造体の事もすんなり受け入れられた。

 

 むしろ引っかかったのは別の事である。

 新エリー都において知能構造体とは普通人類と同等の権利を持つ。

 それを治安局に照らし合わせれば出入りに認証が必要という事になるのだが、まだ知能構造体未満の機械だから荷物扱いとなり個人の認証の必要がない。

 というのが、「IDカードはどこにかけてあるんだろう…」という純朴極まりない朱鳶の疑問の答えだったわけである。

 

 

 そんな風に場の空気が緩んでいた時のこと、青衣のツインテールの別れ毛がぴこりと立ち上がり、また同時に朱鳶の胸にある無線機がひとたび鳴った。

 その瞬間、丸くなっていた朱鳶の目尻がキリッと立ち上がり、少し前まで赤面していた人とは別人のように颯爽と身支度を終えると、

 

「すみませんが出動です、ゴアさんはここで待っていてください」

 

 とだけ言い残し、青衣と共にオフィスを出ていってしまった。

 3~4秒の僅かな時間の出来事に口など挟めるわけもなく、ゴアはあっけなく独り残される形となった。

 

 

「人間ってのは、忙しいんだな……」

 

 

 ぽつりと零す宛先のない呟き。

 応える人こそ居ないものの、この場には今、言語を解する機械が傍にあった。

 

『秩序と営みの中に暮らす人々は何かしらの仕事に就いているものです、そして仕事とは忙しいものです』

「お前に聞いたんじゃない、けど、答えてくれたのは…ありがとう」

『新エリー都では就業重要度の高さの影に、失業率の高さも問題視されています。復興からの発展都市故に熾烈な生存競争が社会問題にも──』

「そこまでは聞いてない」

 

「……ふむ」

 

 ゴアは両の足を前へと放り出し、椅子に背中を預けて脚を空中で上下にぷらぷらと振る。

 そこにあるのは毛のひとつもない艶やかな脚。未だ手入れを必要としない人間と同じ足の指、爪。

 少し()()を下に戻せば、そこには昨日から着続けているワンピースの裾が見える。さらに戻せば、自分の胸の起伏と少し浮いた肩紐が端に見える。

 厚さどころか薄さの目立つワンピースが重力に従ってゴアの体に重なって、下着の線などは生地の上からでも見えてしまうような、なんでもないその光景が、ゴアの目には見えているのだ。

 

 それも、鱗粉を一切撒くことなく。

 

 ゴアの額に取り付けられた当て物と、連動する黒柱のセンサーがゴアの目を担っているのだ。

 それにより、今までを例えるなら巨大な白紙に水彩絵の具をポツポツと重ねて描いていた世界が、今はコピー機で1ピクセルごとにインクを重ねて描かれた世界に変わっている。

 視界の端から端までくっきりと見える白黒の世界。

 人類が狂竜ウイルスと共存するための叡智の結晶。

 これまで小さな箱の中に隔離されていたゴア・マガラが、ようやく空の下を自由に歩けるようになったのだ。

 

 その明確な進歩があって、しかしゴアの顔に喜びの色は現れていなかった。

 

「なぁ、タテナガ」

『その珍妙な呼び名は私のことでしょうか?』

「うん、そう」

『かしこまりました。用件を伺います』

 

 ゴアの後ろでふよふよと浮いていた黒柱2つが、揃ってゴアの前に進み出る。

 感情など読み取れそうにもないレンズの拡縮が、ゴアの言葉を待つ。

 ゴアはこれから、行き場のない思いを代わって機械にぶつけるつもりなのだ。これまで知り合ってきた人間には、どうしてか言いたくないそれを。

 

「私は……何かを返せるだろうか」

『意図が不明です、説明を求めます』

「…お前に話したのは正解な気がするな、楽に話せそうだ」

 

 機械は目の前の少女が笑った理由が分からなかった。

 その笑みに陰がさしている訳も、分からなかった。

 故に機械は聞いて、記録する。

 それが己の役目ゆえに。

 

 

「私は、してもらってばかりなんだ。色々と」

 

 

「私はもう、私の鱗粉で人が苦しむ姿を見たくなかった。痩せこけて、血を吐いて、それでも平気だと笑うあの顔を見たくなかったんだ」

 

「それをお前達は叶えてくれた」

 

「食べ物を貰った、着るものを貰った、寝床を貰った、居場所を貰った。生きていて2度目だ、こんなに何かを貰うのは。1度目は何も返せなかったけど、今度は返したいんだ」

 

「だから昨日、沢山の人に迷惑をかけたのは……すごく悲しくなった。もうしない」

 

「今は流れに流されてここに居る、でもそれじゃだめだと思うんだ。自分で食べ物も着るものも寝床も手に入れる……でもその前に、今までしてくれた人に何かを返したいって思うんだ」

 

「なぁタテナガ、私と同じお前ならわかるか?この気持ちは何だ」

 

 

 タテナガと呼ばれた機械は暫し沈黙を貫く。

 その機械が持つ心未満の種(論理コア)は、少女の訴えにかける正しい答えを未だ持ち合わせていない。

 有機的な少女が無機的な自分を指して"同じ"といった意味も分からない。

 それでも演算を繰り返し、ひとつの答えを出した。

 それは機械自身もまだ分からない、心だけが答えられるものだった。

 

 

『検索に該当あり、「自立」「恩返し」』

 

「…………じりつ、おんがえし…か」

 

 

 少女はまた笑った。

 機械には分からない。その笑みが少し前のと違う何かが。それを「心」と呼べる日がいつか来ることも。

 故に今はただ答える。

 主人となった少女の問いに。

 

 

「おいタテナガ、さっきの話誰にも言うなよ。初めてお前にだけ話したんだからな」

『かしこまりました。ちなみに一般に自立には社会性の取得と単独生活が可能な程度の収入が必要とされており、扶養関係の変更は治安局文書受付の3番窓口に被扶養者本人が所定の書類を──』

「お"、お"お"お"…難しい話はやめてくれ、頭が割れそうだ……!」

 

 

 

 ゴア・マガラ…もとい黒蝕竜の命題は2つ。

 

 故郷に帰ること。

 青空を見ること。

 

 いつの日か天へ(かえ)り、2人の兄妹と過ごした島へ帰る。それが黒蝕竜の願い。

 そして鱗粉では視る事が出来ない兄妹の顔を、己の目で見ること。

 それが黒蝕竜が旅路の果てに定めたもの。

 

 それでも今は、暫しの間だけ。

 自立と恩返しのために、竜は歩みを緩やかにした。

 

 

「なぁタテナガよ」

『なんでしょう?』

 

「死んだやつが行くところは、青空だといいな」

 

 

 

*1
ホビーショップで購入可能なBランク音動機。『強攻』のエージェントに対して通常/ダッシュ攻撃・回避反撃の与ダメージ+12%。説明──出力の調整に重点を置いた結果、ノイズ低減処理が意味を成さなくなった音動機、周囲のユニットに対して無差別にダメージを与える。これに対し設計者は「明るすぎる月の光は寝つけない者に毒だろう、だが月の光に悪気はなく、慣れるしかない」と開き直った。






・『月相』-厚鱗
:ゴア・マガラが所持していた音動機『月相』-望 を専用に改造したもの。
音動機とは名ばかりの巨大な長方形の箱型をしているが、その中心に球形のコアとして音動機がある。一対のガジェットの中にそれぞれコアがあり、片方が本体、片方が子機になっている。
一部を残して分裂する事が可能で、別れた部位をビットのように操り、敵性対象を殴打する。


──説明。

件の脱走騒ぎの発端となった一般への情報流出により、従来のようにゴア・マガラを囲い込み、秘匿する事ができなくなった者達による新たな首輪。
搭載された論理コアは監視のため。
翼鎧への変形機構は、万が一の際に飛行能力を制限するため。
多くの権力者がゴア・マガラにもつ心象が多分に込められている。
メイフラワーの市長はこれが嫌いらしい。

ブラザー、どんな女(男)がタイプだ?

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