いつのまにか2週間くらい経ってた、1,3万文字なのでゆっくり時間ある時にでも読んでくださいな。
あと本話に登場する社長'sの描写は捏造です、原作中どこかで出てきてたらごめんなさい。
1週間ほど、時間は遡る。
「失礼、いったい何の冗談かな?」
新エリー都の上部では、連日会議が行われていた。特に最近では日の境も曖昧なほど間髪入れず。
議題は当然、「ゴア・マガラの運用」。
TOPSとは企業集合体、普段であれば同じTOPSと呼ばれる企業間でも競争に絶えない者たちが、ことゴア・マガラという名前のもとに、
ゴア・マガラ直接の装備はもちろん、対黒蝕竜用に耐侵食装備を増産してきたスリーゲート軍工の親元『スリーゲート』。
エーテルや侵食医療に長け、こと黒蝕竜案件に際しては鱗粉に被爆した防衛軍隊員に支給されるエーテル剤の製造元『ジョナサン財団』。
日用品からコーラまで、新エリー都の食を支える『セイリングループ』。
新エリー都において大半のディニーの流れを司る金融『高志ファイナンス』
そして新顔、衛非地区一帯の輝磁産業を統括する『
各
なんの冗談だと声を上げたのは、スリーゲートの代表だった。
ほんの数秒前、自分の前でメイフラワーが言った事に全く納得できないでいるのだ。
「市長殿、もう一度仰っていただけるかな?最近耳の聞こえが悪くてね」
「構わないよ」
スリーゲートの代表はあえておどけてみせ、今自分が耳にしてしまった信じ難い発言の訂正を暗に求めた。
しかし、メイフラワーの冷たくも決意に満ちた眼差しが変わることなどなく、同じ言葉が繰り返される。
「貴方々が提案してきている"ゴア・マガラ女史の断続的ホロウ投下"……要は少し前に決定した『ホロウ剪定』の急行については、この新エリー都の長たるメイフラワーの名をもって棄却させていただく」
『ホロウ剪定』
ホロウの規模、産業的価値をものさしに人類にとっての有用無用を数値化し、無用となったホロウをゴア・マガラでもって消滅。有用であるホロウにおいてはまた同様にゴア・マガラでもって、有事のホロウ拡大抑制に務めるものとする。
それがホロウ剪定と呼ばれる、もはやひとつの作戦を超え新エリー都の一大事業となり得る、これまでホロウに虐げられてきた人類がホロウを管理しようという、文字通り神のような所業。
自他ともに認める犬猿の仲である
ホロウを全て消滅させてしまえば既に新エリー都の血液であるホロウないしエーテル産業の死滅を招き、産業被害は計り知れない。故に定めた有害なホロウのみを間引くという落とし所。
一度は実行された事業。
一度成功した事業。
損害ゼロのホロウ人為的消滅という、旧都陥落以来の歴史における福音。
それを前にどうして足踏みをするのか、ビジネスマン達は納得のいく説明を求めていた。
そもそもホロウ剪定の対象、有害なホロウとは単純にエーテル濃度が極端に高く人類が侵入困難なものばかりを示すのではない。
人類の生存圏、とくに居住区を呑み込んだものや、物資の輸送ルートの弊害になっているものだ。
それらを消滅させられたなら、まず大前提に新エリー都全域の市民にとっても有益となる。
生活可能な土地の拡大、元を正せば奪還という現象がもたらすものは、最もイメージのしやすいもので居住区の拡大が挙げられる。
新エリー都は四方八方をホロウに囲まれている立地の関係上、居住可能な地形は少なく、中心街に限らず衛非地区のような外れであっても住宅地というのは基本すし詰め状態。広大な土地に屋敷を構えられているのはそれこそ一部の富なる者たちだけ。
そこに土地が拡大すれば当然に居住区の拡大、住宅密度の緩和、ホロウに苛まれる現状において高騰化が緩やかに続いている地価の安定化、多くの新エリー都市民が集合住宅ではなく一軒家に住むような未来が近くなり、ひいては一世帯あたりの出生数の増加やQOL向上による生産性の向上、小さなところまで言えばいわゆるご近所問題の解決まで見込まれる。
市民が動かす生活出資の底上げはそれこそ『高志ファイナンス』の利益になる。
土地の拡大がもたらす恩恵はそれだけではない。
住める土地が広がるということは食糧を生産する土壌の上限増加をも含む。
農業・林業・畜産業……新エリー都が発足以来永年の課題であり、現状より向上する見込みなど皆無とさえ考えられてきた食料自給率の解決が見込まれるのだ。
現状でも全く足りないという事はなくとも余ることのない食料資源、ただの1回でもアルゴスホロウ暴走*1の二の舞が、仮に食糧生産プラントで起こってしまったなら全てが崩壊する。
ゴア・マガラという存在があれば、その仮定が起こってしまったとしても被害が小さいうちにホロウを消滅せしめることができる。復興が現実的な視野に入りやすくなる。
一度の崩壊で全てが終わる、そんな薄氷の上から脱することが出来るのだ。
自らの企業が担う産業土台の磐石化、それが『セイリングループ』の望むこと。
そしてゴア・マガラのホロウ投下という事業そのものにおいては『スリーゲート』『ジョナサン財団』『ポーセルメックス』が得をする。
ゴア・マガラのホロウ投下とは事業であると同時に防衛軍主導の軍事行動となり、ゴア・マガラがホロウに入るときには防衛軍もまたホロウに入る。
その時点で通常の耐ホロウ侵食装備の使用は絶対であり、『スリーゲート』直下のスリーゲート軍工には装備のメンテナンスや発注が飛び込んでくるだろう。
ホロウ剪定によってホロウの絶対数が減少することは軍需産業を担う『スリーゲート』にとって痛手には違いないが、逆にホロウを管理するという点において耐侵食装備や対エーテリアス装備やロボの需要はより恒久的なものとなる。それらの需要はホロウありきの有史以来ほぼ永続的ではあったものの、"いつ旧都陥落が再来してもおかしくない"という緊迫感からは脱却できる。
それに、ゴア・マガラという存在が単騎であることは懸念すべき点であるが、例えばゴア・マガラのもつ鱗粉を人工的に再現できれば、それをホロウを囲うように設置するなどすれば?
そんな機械を仮に開発できるのはゴア・マガラや黒蝕竜の研究で先ん出ているホワイトスター学会であろうが、その夢のような機械のライセンス料を『スリーゲート』が買取り、機械を販売することで生まれる莫大な利益。
そうでなくとも今後軍需産業の中心は間違いなく、防衛軍やH.A.N.D.のそれからゴア・マガラを中心としたものに置き換わるだろう。
そこも『スリーゲート』にとって金なる木なのだ。
医療の『ジョナサン財団』も輝磁の『ポーセルメックス』も同様、ゴア・マガラが存在するだけで生まれる利益に既に目をつけている。
ゴア・マガラが放つ鱗粉はホロウを消滅せしめる特効薬であると同時に人体への猛毒、それをほぼ無害化できるエーテル剤の需要はこれまで以上に跳ね上がるだろう。
ゴア・マガラがホロウに投下されるにあたって同行する防衛軍にも、鱗粉を防御する輝磁製の装備の支給が進みつつある現状、既に防衛軍から大口の契約を取り付けている『ポーセルメックス』の代表として、中層企業ながらTOPSの上位企業と肩を並べているダミアン・ブラックウッドは既に嬉しい悲鳴をあげているのだ。
少女1人の存在で、既に経済が回り始めている。
その全てが、ゴア・マガラが今後投入される作戦による需要と、その先にある
それがあるからこそ、TOPSの企業連は現時点の食い扶持たるホロウの間引きを了承したのだ。
TOPS企業連は今すぐにでもゴア・マガラをホロウへ投下すること、それによって発生する様々な利益を喉から手が出るほどに求めている。
TOPSにとっては建前ではあれど、ゴア・マガラが軍事運用されることで人類はホロウから解放される。
それだけの大義名分があって、
だというのにメイフラワーは「待て」という。
どういう事かと憤慨する者が現れるのも必然だった。
「市長殿…理由をお聞かせ願いたい、あのドラゴンもどきを使うことを躊躇う理由などどこにありましょうかな?ホロウが1つ2つに限らず大小問わず思うままに間引けるという力!これを持ち腐れる事に市民が納得しましょうか!?」
スリーゲートの代表は先ほどおどけてみせたような顔を捨て、一企業の長として、もっともらしい理由を刃に真正面から市長を問い詰める。
ホロウ災害の根絶という夢のような言葉を前にして、市民が、特に旧都陥落を知るものたちが今のメイフラワーの意向に従うはずもないのは考えなくてもわかること。
メイフラワーがゴア・マガラの即時運用にのみ絞って「待て」と言い、運用そのものに対して否定しなかったのはメイフラワーなりの譲歩かもしれないが、そんなものは譲歩になり得ない。
市民が求めるはホロウ災害の根絶。
企業が求めるは新たな利益。
そのための最善がゴア・マガラの即時作戦投下。
これが分かっていないのか。
スリーゲート代表の声には確かな怒気が含まれていた。
それを静観する他4社も、声には出さずともスリーゲートの代表と心内の意見を同じくしているというのに。
対するメイフラワーの答えは静かなものだった。
「共に新エリー都の未来を憂う者として、貴方々の考えも十二分に理解している」
「ならば!」
「だが彼女は新エリー都市民だ。軍籍でも治安官でもない以上、強制的に何かをさせる権利はこの場の誰にもないんだ、私にも君にも」
「……ッならば協力依頼を取り付ければよいでしょう!ホロウ根絶というこの上ない高尚な任務に、かの救世主サマは喜んで協力してくれるでしょうとも!!」
スリーゲートの代表は旧都陥落を知る男である。
この場で最もホロウを憎む市民の気持ちに近い自負がある男は、それ故にここで足踏みをするメイフラワーに対して深い怒りを覚えていた。
新エリー都市民の希望もTOPSの利益も先送りにするようなメイフラワーの無責任としか聞こえない発言に、既にその怒りを隠せなくなっていた。
ただでさえメイフラワー個人を毛嫌いしているというのに。
その怒りのままに立ち上がり、狂気すらも孕んだ形相でメイフラワーを睨みつけた。
「そもそもあのドラゴンもどきを何故新エリー都市民になどしてしまったのか!?それもホロウから保護されたほぼ直後、出自不明と判明した後だったと聞いておりますが!?しかも今もなお出自不明は変わらず、ならばカードの発行を誤りと認め失効すればよろしいでしょう!そうすれば!!」
「──失礼ながら」
──そうすれば、市民権のない少女1人がどうなろうと市長に責任はないのだから。
その言葉の続きを遮ったのは、ダミアン・ブラックウッド。TOPSの上層企業が並ぶ場において末席の男が、まるで教師に質問するように手を挙げて、よく通る声で、TOPSの中で上位企業たる男の声を遮った。
スリーゲート代表の男が怒りのままに自分を睨むもうと、ダミアンは歯牙にもかけず続けてみせる。
「ゴア・マガラ女史の市民権剥奪は、恐れながら愚行であると断言させていただきます」
「……なんだと?」
怒りの矛先がダミアンへ向く。
だがダミアンは自らが乗るTOPSという船が泥船にならないために、たとえ船頭の1人に嫌われようとも、自らの職と地位を守る意思を固めていた。
「確かに市民権を剥奪すれば、ゴア・マガラ女史は郊外のごろつきと同じ扱いとなり、市民としての権利を持たない彼女をそれこそ馬車馬のように働かせ、最短納期でホロウを間引くことができるでしょう……ですがそれでも市民の理解は得られない」
ダミアンは既に見てきたかのように淡々と語る。
その姿に、激昂している1人を除いた企業の長と市長は、ただの若輩者には無い鋭さをダミアンに見出していた。
輝磁産業でゴア・マガラ案件に運良く相乗りしてきた中層企業の若者と侮っていた目が、少し変わる。
それまで市民感情を傘に企業利益を早くに求めようとしていた場の空気が、他ならぬ身内から崩されたのだから。
「一度発行した市民権を剥奪するには相応の手続きが必要です、どれだけ知る者を絞ろうにも、ゴア・マガラ女史が市民権を剥奪されるという事実は否応なく人の目に触れる。つい最近発行された市民権がすぐ剥奪されるというのも目を引くでしょう、その噂が流れる事を防ぐのは不可能です」
そうでなくとも、とダミアンは続けた。
「ゴア・マガラ女史の特徴的な見た目は、既に民衆に知れ渡ってしまっている『救世主』と綺麗に一致します。となれば、『救世主が不条理に市民権を剥奪された』というストーリーが民衆の中で出来上がるのは想像に易いこと」
それがもたらすのは市政へのバッシング。
否、それだけに収まらない。
ゴア・マガラ案件に際して市政と
防衛軍やH.A.N.D.に治安局といった組織は企業とは異なる。危険と隣り合わせの現場重視の傾向が強くなる事は必至であり、現場の人間が職級と懇意にしている事など珍しくもない。
今頃はタバコの席で、企業でいう幹部と平社員の間で、市政とTOPSが同じテーブルについて会議を重ねているという珍事が話のつまみになっているころだ。
いずれもゴア・マガラと関わりの深い組織であり、ある意味では正義感の強い人種の集合体。
特にホロウで実務についた経験のある個人などは、客観的な事実として14歳前後の少女をホロウに叩き込むなどという非人道的行為を簡単に認めはしないだろう。
14歳前後の少女を、という点を差し引いても納得できる条件を公に明示しなければ。
でなければ、『市政とTOPSがゴア・マガラの市民権を剥奪した』という情報がどこへ漏れるか分かったものではなく、TOPSもバッシングに晒される。
メイフラワーに責任を押し付けるなど夢のまた夢。
そも市民権を剥奪されるという事は、事実上の新エリー都からの追い出し宣言。
ただの郊外生まれが新エリー都に入るのに審査の時間がべらぼうにかかるのとは訳が違う。
本来の市民権剥奪とはまず滅多に起こらない、極悪犯罪者などでもなければ言い渡されない極刑通知にも等しい人権の剥奪。
もう二度と新エリー都に入る事ができないという意味を持つのだ。
それを『ホロウ災害からの救世主』に対して行ったという事実が広まればどうなるか、まして馬車馬のようにホロウを転々とさせていると知られればどうなるか。
旧都陥落から11年。
たった11年しか経っていないのだ。
市民がホロウに対する恐怖を忘れたなどありえない。その恐怖を払拭できる救世主に対して、雑な扱いをしたと知られればどうなるか。
最悪の場合は人の手による暴動……旧都陥落と同等かそれ以上の経済的損失が起こりうる。
「ゴア・マガラ女史は既に都合のいい兵器ではなく、民衆と我々を隔てる鏡そのもの。雑に扱えば、報復が市民の怒りとなって牙を剥くでしょう」
それはまるで、政治家のような語りだった。
あの日ダミアン・ブラックウッドという男は見た。
ただ1人の少女によってホロウに青空が注がれる様を、H.A.N.D.も防衛軍も所属も階級も関係なく、ただ歓喜に沸く人々の姿を。
あの時自分が画策していたのはゴア・マガラ案件に必要不可欠な輝磁の安定供給という立場を後ろ盾にした、H.A.N.D.や防衛軍とのより綿密な協業、そしてそこから生まれる利益。
さらには『救世主』と崇められるであろうゴア・マガラ個人に対して政治的な面でサポートを行い、信頼を得るという個人的な野望。
総じてダミアン・ブラックウッドという男は、有り体にいえばゴア・マガラという存在に脳を焼かれていたのだ。それもかなりの強火で。
それ故に、本来であれば自分のようなTOPSの中でも中層企業の中間管理職に過ぎない自分を、上司に無理を言って、
ゴア・マガラの今後を大きく左右する場に、なんとしてでも同席したかったのだ。
そして今、ゴア・マガラの個人が侵害されようとしている現場を見て、己の提示できる全てをもって、ゴア・マガラに恩を先売りしょうとしているのだ。
ダミアンはこの場全員の視線を一手に集め、下手を言えばクビが飛びかねないこの場所で、TOPSを一時とはいえ敵に回している。
首の後ろでかいている冷や汗などもう数えられもしないが、それでも口を動かした。
ホロウの中で翼を開く彼女のために、己ができるのは多少回る舌を限界まで酷使することだけなのだから。
「必要なのは正当な手続きを踏んだ上でのゴア・マガラ女史への協力要請と適切な報酬、つまるところの新エリー都とゴア・マガラ女史とでの誰が見ても問題のない雇用契約の確立と、市民に対するこれの明示です。新エリー都がゴア・マガラ女史を丁重かつ適切に運用できる事を示し、ホロウの消滅・土地の奪還を純然たる吉報として市民へ提供する……これが、新エリー都をより豊かなものにするための最善です。事を急くあまり一線を超えてはならないのです」
ダミアンはあえて、仮にゴア・マガラから市民権を剥奪するなどして馬車馬のように働かせようとしたところで、全ての障害を破壊してでもゴア・マガラに逃げられるであろうという過去の実例に基づいた推測は口にしなかった。
ゴア・マガラは既に一度、H.A.N.D.という特別堅牢な檻を破壊している。
直接的に友好関係を築けていたH.A.N.D.の檻に大人しく収まっていたにも関わらず、必要とあれば平気でそれを破壊する彼女に、遠回しな行政的な圧力が意味を成すとは思えない。
そもそも後から市民権を得たゴア・マガラにとって、その剥奪が拘束として機能するかも怪しい。
あの少女は良くも悪くも自由すぎる。
新エリー都という見た目ばかりは綺麗でその実泥沼のような世界から、彼女は羽ばたきひとつでそれこそどこまでも飛んで行ってしまえるのだから。
(……まったく羨ましいにもほどがありますね)
仮に自分にそんな翼があったなら、今すぐにでもこの場から逃げ去りたい。
ストレスでどうにかなりそうだ。
それでも今の地位にのし上がるまで鍛え続けた脳と舌は回ってくれる。
「そもそもホロウ剪定の対象も選別し終わった訳ではないではありませんか、確実に不要なものは幾つか決まってはいますが、だからといってゲリラ的にホロウを消し始めるのは性急としか言えません」
「……ぐっ」
「気の長い話にはなりますが、ゴア・マガラ女史の実作戦投下は全ての準備が整ってから。まずは新エリー都が確認しているホロウ全ての採点を終えてからでも」
事実として、ゴア・マガラによるホロウ消滅は一度の成功を収めている。がしかしそれはあくまで実験の産物であり、その実験というのも元を正せばゴア・マガラの鱗粉がどの程度エーテルに作用するのか、黒蝕竜との類似性を検証するためのものだったのだ。
それが勢い余って、ホロウひとつ消してしまった。
この事実が劇薬にすぎたのだ。
襟を正してものを見れば、ゴア・マガラの本格的なホロウ投下には準備がまだ不足している事は火を見るより明らかなのだ。なにせホロウの剪定はおろか、新エリー都における全てのエーテル産業会社へのネゴシエーションも完了していない。
その状態で事を進めるのは暴走と言わざるほかなく、他企業との軋轢を産むどころかTOPS自体の顧客の喪失もありえた。
スリーゲートの代表はゴア・マガラという劇薬に、それを暫く使わないと言う市長の臆病さに、冷静さを失ってしまっていたのだ。
「ですからどうか、席にお着きください。おあつらえ向きに、この会議はそういう場であるのですから」
スリーゲートの代表は返す刃を失いつつあった。
今から話の主導権を握り直そうとすれば、ダミアンの主張を否定する事になる。しかしダミアンが想定した多くのデメリットと妥協案を全て否定しきるだけの材料など、スリーゲートの代表は持っていない。
スリーゲートの代表は熱を入れすぎたのだ。
怒鳴り散らした後で若者に諭される老害の構図さえ出来上がりつつある、それを自ら補強し醜態を晒すような真似、競争他社の前でこれ以上晒すわけにもいかない。
ダミアンの指摘が冷水のようにぶっかかり、スリーゲートの代表は激情を保てなくなっていく。
それでも一度覚えた怒りの熱が完全に消える事などはなく、燻るような憤りが残る。
自らに用意された椅子に腰を落としつつも、次にスリーゲート代表の口から出たのは、1歩引いたところからのダメだし。いちゃもんのそれだった。
「…しかしねダミアン君、それとて市民の理解が得られるとは言い難いのではないかな?全てのホロウを選定しきるまでどれだけの時間と人員が必要になる?市民がどれだけ待ってくれるかな?時間をかけすぎればそれこそ我々の信用失墜を招くと思うが?──君はその責任をとれるのかね?」
先程までの烈火のごとき形相は抜け落ちてはいるものの、裏には明確な敵意の込められた言葉の羅列。
それも最後には責任をとらせるという脅し。
ゴア・マガラ案件の所在が既に市政と財政の共通タスクになっていることは周知の事実であるため、どのようなものであれその責任がTOPSの中で中層企業に過ぎない『ポーセルメックス』のダミアンへ向く正当性などは皆無だが、それが責任という名の報復勧告であることは明らかだった。
故にダミアンの手腕が光るのはここなのだ。
「であれば、有事の際の責任は市長殿にとっていただきましょう」
「なっ──」
大胆不敵。
スリーゲート代表の男にしても、静観していた他社にしても予想外の答え。
ただ市長本人だけは、むしろ想定通りのように笑みを浮かべていた。
ダミアン自身にしてみれば殆ど賭けに近い暴言ではあったのだが、市長の顔を見て勝利を確信する。
TOPSと市政…つまりメイフラワーは犬猿の仲である。市長の失墜を狙い、市長の責任問題になるよう遠回しな妨害行為など数知れず。
がしかし何かの責任を直接市長に問うなどと、そんな明確な敵対行為は避けてきたというのに。
あろうことかダミアンという男は、「何かあったら市長の責任だぞ」というTOPSが言いたくても言わないようにしてきた言葉を、本人の目を見て言ったのだ。
「確かにゴア・マガラ女史により可能となったホロウ剪定は新エリー都経済に多大な影響を与えます、故に市長殿は我々TOPSと協議の場を設けてくださったのでしょう。……ですが、"ホロウ災害撲滅のための活動"はそもそも、企業ではなく市政の管轄でございましょう」
ダミアンの顔には、これでもかというほどの営業スマイルが貼り付けられていた。
「我々ポーセルメックスは、これからも輝磁の発注を心よりお待ちしておりますよ」
「ならば、ジョナサン財団からはエーテル剤をはじめに各種薬剤の供給をお約束しますしょう、ホロウでの活動には入り用ですからな」
「セイリンからは遠征に適した食料を、かの姫君はお菓子が好みと聞いておりますから、それも」
「であれば高志は彼女のスポンサーを努めましょう、嘘から出た真とはいえついぞ10日後に控えた彼女のお披露目パーティ、帝高のスポンサーとしてもより大々的に、
「おぉそれは素晴らしい」
「市民への中継などもより手広く……」
責任は市長に押し付け、莫大な利益が見込める。
ともすれば乗るしかないこのビックウェーブ。
そう判断した企業の重鎮各位が、ダミアンに続いて私も俺もと同調を重ねていく。
利益と責任が渦巻く場において、形勢の変化はミサイルよりも早い。
完全に乗り遅れたスリーゲートは勢いを失い、肩身の狭い思いで駆け込み乗車をするほかなくなった。
「スリーゲートは…防衛軍向けの予算を増やそう。鱗粉防護の装備も生産ラインを増やす」
それでも愚かではない。
であれば次にするべき事は、新たな契約の取り付けである。それこそ今後のゴア・マガラ関連の展開によって利益を得られるような。
故に男は、この場で最もゴア・マガラに貢献している会社の代表に、目をつけた。
今度は怒りではなく、己を律したビジネスマンとしての目を。
「……ダミアン君」
「はい」
ダミアンは男の傍に控え、直属の部下のように耳元へ顔を寄せる。
先程まで仮にも協議の席として対等であった男が、自ら下手に膝を折る。
先程の非礼に対するダミアンなりの誠意に、スリーゲートの代表が返したのは、新たな儲け話だった。
「竜もどき…いや、ゴア・マガラ関係で専用装備が開発されたと聞く、防衛軍とH.A.N.D.と学会が噛んだというアレだ。量産は可能と思うかね」
「
「あの小さな黒柱にか、凄まじいな」
ダミアンは頭の中で電卓を弾き、他の誰にも聞こえぬようにそっと耳打ちする。
とはいっても他社の代表達は既にそれぞれ別の儲け話を構想し始め、盛り上がっていたので2人の話は誰に聞かれることもなく。
ダミアンは自らが発端として書き上げつつある事業に、ひとつ席を足しつけることにした。
「そこで代替案なのですが、ポーセルメックスは既にジョナサン財団、そしてエーテル分野の権威たるタイムフィールド家に掛け合い、とある薬剤の開発を進めておりまして」
「……ほう?」
「輝磁を原料に用いた、抗鱗粉薬です。仮称は抗竜薬とでも言いましょうか」
ダミアンが構想していたのは、新たな薬。
ゴア・マガラ、そして黒蝕竜が放つ鱗粉はもはや周知の事実として等しく人体に有害であり、人類が開発してきた対エーテル化学がそのまま防毒に役立つという奇妙な物質。
鱗粉への防護方法は主に2つ。
防護服を身に付けるか、鱗粉がもつ"エーテルとの対消滅現象"を利用した、直接のエーテル摂取による体内洗浄である。
ダミアンはその後者に目をつけたのだ。
エーテルの直接摂取とは鱗粉によってもたらされる狂竜症に対する最終手段である。
エーテルに満ちた空間であるホロウへの避難、もしくはエーテル剤の注射が方法としてあげられるものの、エーテルの分量を誤れば、その体はエーテリアスへ作り替えられてしまうのだから。
故にダミアンはより安全な方法を模索した、その末に行き着いたのが輝磁を含有するエーテル剤ならぬ輝磁剤。
喘息の薬のように極微細極小量の輝磁を体内に直接取り込むことで、まるで磁石の同位極が如く、体内外の鱗粉を排出する事ができる代物。
エーテル剤ほどの狂竜症急速治療効果は見込めないものの、狂竜症の症状緩和は大きく期待できる。
鱗粉専用の侵食緩和剤であるのだ。
ダミアンという男はこの構想をエーテル侵食緩和剤の特許を保有するタイムフィールド家、そして企業として医薬の先端を担うジョナサン財団に売り込み、既に治験を始めている。
これにスリーゲートも招き入れようというのだが、誘われた側はむしろ怪訝な様子だった。
「スリーゲートは建築か軍工だぞ、どう一枚噛めと言うのかね」
そう、あくまでもスリーゲートという会社は医療における門外漢なのだ。
それがどうして開発に難航するのが当たり前の薬業などに呼び出されるのか、意図が分からないと腕を組む男。
だが対するダミアンという男は、既にこれを説得するだけの甘言を用意していた。
「ゴア・マガラ女史、そしてかの黒蝕竜が共通して振り撒く鱗粉に対する防護策自体は従来の耐侵食装備でも不足ありませんが、必ずあの大きな水瓶を頭に被らなければならないのは作戦の支障と言うほかないでしょう」
「……新しい耐侵食装備を作れと?」
「はい。そこにセット売りのガジェットとして、我々の抗竜薬をつけていただきたいのです。よりスマートになった装備は……そう、その高いエーテル適性からこれまで耐侵食装備を着込んでこなかった、それこそH.A.N.D.六課のようなエリート集団にも売り込める商品になるのではないかと」
「……10日後までに試作を2着は間に合わせよう、パーティでゴア・マガラの両脇にでも控えさせておけば、いい宣伝になるだろうよ」
2人の男の間で、硬い握手が交わされた。
さてそんな折り、責任を全て負う事になった市長メイフラワーがどうしているかといえば、既に商談会議場と化したテーブルの、一応は主催が座る席に主催として腰をつけているものの、とっくに発言の機会を失っていた。
とはいえ、不満はなかった。
むしろ自分がしようとしていた発言全てを、自分よりも若い1人の男が代弁してしまった。
そもそもメイフラワーという男は少女ひとりに重荷を負わせる事には否定的なのだ。
それでも市長として、少女ひとりと得られる莫大な実利を天秤に載せるほかなかった。
そのメイフラワーがTOPSと会議の場を設けたのは、ひとえに時間稼ぎのため。ゴア・マガラという少女に人らしい時間を、年相応の時間を可能な限り残したいという
それが斜め上の展開で叶ってしまった。
元より責任を負う覚悟も決めていたため、想定通りの流れを沿っている事に変わりはなく。
むしろ手持ち無沙汰になってしまったまである。
それでも、今に自身の眼前で好意的に商談を重ねているTOPS企業達との協議は、ことゴア・マガラ案件に際して利害の一致があってこその一時の平和。
少し前まで嫌がらせの嵐を浴びせてきていた組織を相手に気など抜ける訳もなく、1歩椅子を引いて、
食品関係のセイリングループが「ゴア・マガラのコラボパッケージ菓子」をうたえば、医薬品のジョナサン財団が「なら健康習慣のポスターに」と声をあげる。
ゴア・マガラという存在を橋渡しに、揃って甘い汁を吸おうという魂胆。
市民に近く、求心力の高い形で、それでいて自らの企業とゴア・マガラを結びつけようという魂胆が丸見えの話が聞こえてくる。
まるで宣伝に重用されるスポーツ選手のような扱いに、メイフラワーは苦笑した。
ほんの少し前まで、行動の先送りによって生じる時間的損失に眉を歪めていた者達が、今はそれを自由時間と捉えて何を催すかで湧いているのだから。
ただ話を聞いていてひとつだけ、絶対に叶わないものがあった。
「いっそアイドルにでもしてしまいますかな!がはは!」
メイフラワーは確信した。
それは無理だよ。
▽
たとえ、TOPSの上層企業と市政とが手を握ろうとも、TOPSが幾つもの企業の集合体である事に変わりはなく。メイフラワーの下した実質的な計画の先送りを、何を条件に提示されようと納得する事のできない派閥がある。
ならばそのデメリット、無視できる方法を作ってしまえばいいのだ。
ゴア・マガラという個人が民衆の救世主になってしまっているがために使いづらいというのなら、全く同じ能力を持った軍隊がいればいいのだ。
『
ある企業は、
またある企業はそれに雇われる形で、ゴア・マガラの細胞に目をつける。
またある企業はゴア・マガラ本人を直接取り込み我が物とするため、文字通りの意味で身ごもらせる狂気の計画に判を押す。
それらは奇しくも、ゴア・マガラを発見当初に誘拐・解剖未遂まで至った1人の男と同じ道を辿っていた。
その男はダズビーといい、黒蝕竜の咆哮を耳にして正気こそ失えど、ホロウの解明を使命とする者として死の直前まで"ホロウ災害の根絶"という信念に一片の歪みを持たぬ男だった。
その1人の男が世界を想ったがゆえの凶行と同じ道を、己が利益の為だけに進む者たち。
だがそれらの終わりが同じになる事はない。
ゴア・マガラという竜は人の願いに応えるものであって、人の欲を叶えることはないのだから。
少女ひとりに世界救ってもらおうってのは酷だよね、ってメイフラワーなら考えそうだと思ったので、そういう話でした。
あとゼンゼロ世界は倫理観終わってるので、当然末尾のような考え方の連中は出てくると思う。