ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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幕間: アスナ・エルマリート8

地球連邦軍総司令部ジャブロー。

熱帯の湿った空気が肌にまとわりつく。北米の訓練校から移送されてきたアスナたちは、ホワイトベースJr.から降り立つと、まず広大な地下施設へと案内された。

 

「ここが……ジャブロー。」

アスナは思わず立ち止まり、額に汗を浮かべながら空を見上げた。蒸すような熱気と、緑に包まれた風景。北米とはまるで違う空気が、彼女の肌に重くのしかかる。

 

「だね〜。さすが熱帯。北米よりあっついわ。」

すぐ隣で、ユミルが額の汗をぬぐいながら苦笑する。訓練服の上からでも、湿気がじっとりと染み込んでくるのが分かる。

 

一行は、そのまま地下施設の中へと誘導されていった。通路を行き交う軍人たちは誰もが整然としており、北米基地で見かけたような気の緩んだ表情は一切見当たらなかった。視線の鋭さすら、どこか別の世界に来たような気持ちにさせられる。

 

数日間の精密検査が始まった。血液、神経反応、脳波……あらゆる角度から、フォルマ教官に施されたという「強化措置」の影響を調べられる。検査自体は苦痛を伴うものではなかったが、自分が“実験台”にされたという事実は、アスナの心に重くのしかかった。

 

検査の合間、待合室のベンチに並んで座ると、エミルがぽつりとつぶやいた。

 

「なんかさ……対応が丁寧すぎて、逆に怖いんだけど。訓練校の医官なんて、こっちが痛がってても“さっさと治せ”みたいな態度だったのにさ」

 

アスナは苦笑しながら、エミルの言葉に小さく頷いた。確かにジャブローの医療班は一人ひとりに対して丁寧で、時に恐縮してしまうほどの配慮を見せていた。それが彼女たちの受けた“処置”と無関係であるはずがない。

 

エリシアは、そんな二人の会話には加わらず、黙々とデータ端末を見つめていた。その表情に不安の影はなく、むしろどこか期待に近い光が宿っているように見えた。

 

【ヤハギ視点】

ヤハギ・フランジバックは、ゴップ提督から直接ジャブローへの転属命令が下された。辞令書には「ニュータイプ研究機関協力、及び訓練士官としての新兵育成」と記されていた。サイコミュ試験型ザクのデータが、まさかこんな形で役立つとは。

 

ジャブローに着任してすぐ、ヤハギは新たな機体を与えられた。

 

それは――連邦軍の主力量産機、ネモ。

 

「軽キャノンとは別物だ。ネモの方がはるかに高性能だぞ。慣れるまで時間がかかるかもしれんが、君なら問題ない」

 

そう言って引き渡したのは、ムラサメ博士だった。

 

 

 

実際、ネモの反応速度は、軽キャノンとは比べ物にならなかった。

最初こそ敏感すぎる挙動に振り回されたが、数日のうちにヤハギはその“癖”を完全に掴んでいた。

 

(……身体が覚えてる。サイコミュ型ザクの経験が、この機体を直感で操らせてくれる……)

 

皮肉だった。

ジオンで得た技術が、今こうして連邦の地で生きている。

 

 

 

アスナたちの精密検査も終わり、訓練生として再びヤハギの指導を受けることになった。

 

訓練場のモニター室で、彼は3人の前に立って言い放つ。

 

「さて。お前たちの新しい機体だ。ネモだぞ。今日から、こいつに慣れてもらう」

 

 

 

いつも通り、厳しい口調だった。

 

「エミル。動きが硬い。機体が良くなった分、力みすぎだ。もっと肩の力を抜け」

 

「うぐっ……わ、分かってますよ教官!」

 

エミルが苦笑混じりに答える。

 

「でも……機体が良すぎて、体がついてこないっていうか……」

 

軽キャノンとは桁違いの性能。その分、未熟な操作ではすぐに破綻する。

エミルは、苦戦の真っ最中だった。

 

 

 

「アスナ。反応速度は申し分ない。シミュレーターの設定が甘く見えるほどだ。……だが、回避のあとの“攻め手”が単調すぎる。もう少し工夫しろ」

 

「はい……!」

 

アスナのネモは、確かに滑らかに動いていた。

本人に自覚はないが、あの事件で芽生えた直感が、機体制御にも反映されている。

 

(あれは……天性の“戦闘勘”だ)

 

 

 

そして――エリシア。

 

ヤハギにとって、ある意味では一番“扱いにくい”生徒だった。

 

 

 

「エリシア、今日はここまでだ」

 

モニター越しに告げると、彼女は一瞬、納得のいかない表情を浮かべた。

 

「ヤハギ教官、まだいけます。負荷を上げてください」

 

「ダメだ。連邦の規則で、シミュレーター訓練は連続時間の上限が決まってる。それを超えることはできない」

 

「ですが……」

 

その声には、明らかな焦燥がにじんでいた。

 

しかしすぐに、彼女は息をついて言った。

 

「……分かりました。ゼロ・ムラサメ中尉が、たまに相手をしてくださると約束してくれました。それまでは、この成果で満足するしかありませんわね」

 

 

 

その言葉に、ヤハギは思わず小さく息を吐く。

 

(ゼロがいてくれて助かるな……)

 

 

 

彼女のその執念深さは、才能と紙一重だった。

だからこそ――危うい。

 

(あの女の執着は、強化人間を目指す奴らより、ある意味で厄介かもしれん)

 

そう思いつつも、ヤハギは内心では、彼らの“伸び”を確かに感じていた。

 

どの生徒も、それぞれの形で壁を超えようとしている。

 

ネモという新しい機体を通して、彼らの才能が加速し始めているのだ。

 

 

 

(ここから先は、もう“教官の手の中”じゃない)

 

ヤハギ・フランジバックはそう悟っていた。

 

次に彼らが越えるべき壁は、教官の指示ではなく――

それぞれが、自分で見つけて、乗り越えるしかない壁だ。

 

 

 

――才能は育ち始めていた。

 

そして、才能が育つということは。

同時に、“選ばれし者”としての運命が、加速し始めるということでもあった。

 

 

 

 

 

【ハルカ視点】

ジャブローでの生活は、北米とはまるで違っていた。

「ハルカさん、この書類、午後の会議で使うからコピー機で50部印刷しといて!」

ウッディ大尉の指揮のもと、ハルカは日々忙しく働いていた。彼女の職務は、艦の修理を執り行うウッディの元で民間の事務作業員として働くことだった。

(まさか、こんな場所で働けるなんて……)

サイド3ではジオンの科学者の妻として、地球では「ジオンの人間」として陰で蔑まれてきた。しかし、ジャブローでは誰も彼女の過去を咎めることはなかった。ウッディ大尉は信頼できる人物で、何か問題があればすぐにゴップ提督に伝わる立場だ。ここなら、彼女は安全だと思えた。

夜、アスナが訓練から帰ってくると、ハルカは嬉しそうに迎えた。

「アスナ、今日のご飯はあなたの好きなシチューよ」

「ありがとう、お母さん」

食卓には、ヤハギも同席することがあった。まだアスナとヤハギの間にはぎこちなさがあったが、ハルカはそれが心地よかった。

「今日の訓練はどうだった?アスナ」

ハルカがそう尋ねると、アスナは少し不満そうな顔で答えた。

「もう、教官ったら!ネモの動きが速すぎて、もっとこう……ゆったりと動かしたいのに、『だから甘いんだ』とか言ってきて。あの人、絶対軽キャノン時代と比べて負荷上げてるんだよ!」

その言葉に、ハルカはにこやかに笑った。

「そうね、ヤハギくんは昔から、目標を高く設定しすぎるところがあったから」

ハルカが嬉しそうに話を聞いているのを見てアスナも、父親としてのヤハギを完全に受け入れたわけではないが、訓練の話であれば、自然と口から言葉が出てくるようになっていた。

(少しずつ……少しずつだけど、家族になれる気がする)

食卓の温かい光が、ハルカの心を優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

【アスナ視点】

ジャブローに来て、訓練はさらに厳しくなった。ネモは確かに高性能で、乗れば乗るほど自分の体がモビルスーツの動きに同調していくのを感じる。

 

ヤハギ教官の指導は相変わらず容赦ない。でも、以前のように「戦いが嫌だ」という気持ちは薄れてきていた。母を守るため、そして自分の過去と決別するため。その決意が、私を突き動かしている。

ある日、訓練の合間に、シミュレーターから降りたエリシアが、私の隣に来て言った。

 

「アスナさん。あなたの能力、本当にすごいわね」

「え?そ、そうかな……」

「ええ。ヤハギ教官も言ってたけど、あなたの機体の反応速度、尋常じゃないもの。それにあのゲルググとの戦いの時もそう。あれはきっと、ニュータイプの素養よ」

 

エリシアの言葉に、アスナはドキリとした。

 

「ニュータイプって……私、よく分からないけど……」

 

「私もよ。でも、このジャブローには、ムラサメ博士というニュータイプの研究者がいらっしゃるわ。もし、私たちが本当にニュータイプなら、ここで才能を開花させることができるかもしれない」

 

エリシアの瞳には、かつて見たことのないほどの強い光が宿っていた。それは、彼女が「トップであり続ける」という願望だけではなく、ゼロ・ムラサメの圧倒的な力を見たことで芽生えた、新たな「力への渇望」のようにも見えた。

 

(エリシアさん……)

 

アスナは言葉を失った。自分はただ、母と静かに暮らせる世界を望んでいた。でも、エリシアは違う。彼女は、このジャブローで、さらに先へと進もうとしている。

 

その時、アナウンスが流れた。

 

「訓練生、アスナ・エルマリート。ムラサメ博士の執務室までお越しください」

 

アスナは、不安と期待が入り混じった気持ちで、立ち上がった。

 

(博士が、私に……?)

 

ジャブローの地下深くに広がる施設。その中に、アスナの新たな物語が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アスナ視点】

アナウンスに促され、私はムラサメ博士の執務室へと向かった。扉の前に立つと、なぜか緊張が走った。まるで、何か大切なことが、今、明らかにされるような予感がした。

コンコン、と軽くノックし、「アスナ・エルマリートです」と告げる。

 

「入りなさい」

 

中から聞こえてきたのは、ムラサメ博士の穏やかな声だった。私は扉を開け、一歩足を踏み入れた。

そして、その光景に、私は思わず息を呑んだ。

 

部屋の中には、ムラサメ博士。その隣には、先日私の命を救ってくれた、あのゼロ・ムラサメ中尉。そして――私の父親である、ヤハギ教官。

 

三人が、揃って私を見ていた。その顔は、皆一様に真剣な表情をしていた。まるで、何か重大な事態が起きているかのような、重苦しい空気が部屋に満ちていた。

 

「え、あの……皆さん、どうしてここに?」

 

私の問いに、ヤハギ教官が口を開いた。彼の声は、いつもよりも少しだけ、硬く聞こえた。

 

「アスナ。最近のお前は、以前と変わった。何が原因か、正直に教えてほしい。それがフォルマのやつがやった暗示や薬物の所為なら、今後の治療方針にも関わる。だから、博士やゼロ・ムラサメ中尉にも同席してもらった」

 

彼の言葉に、私は戸惑いを隠せない。私が、変わった?自分では、あまり自覚がなかった。

 

「私の……何が変わったんですか?」

 

すると、ヤハギ教官が私の目をまっすぐ見つめて言った。

 

「引き金が軽くなった。以前のお前は、敵をロックしてもなかなか撃てないで負けていた。なのに最近は、撃てている。それは何でだ?」

 

彼の言葉に、私はハッとした。

確かに、ネモに乗り換えてから、訓練中の私の動きは変わった気がする。軽キャノンの頃よりも、モビルスーツの動きが、まるで自分の手足のように感じられるようになった。そして、敵を視認すれば、考えるよりも早く引き金に指がかかる。

でも、それは良いことじゃないのか?

 

私の疑問を読み取ったかのように、ヤハギ教官の顔が、さらに悲痛な色に染まった。ゼロ・ムラサメ中尉とムラサメ博士も、深刻な顔で私を見ている。

 

ああ――彼らは、私がフォルマ教官の「強化措置」によって、精神的に、あるいは肉体的に、何か悪影響を受けているのではないかと、真剣に心配してくれているのだ。

 

そのことに気づいた瞬間、私の胸に、温かいものが込み上げてきた。これまで、誰にも話せなかったこと。ずっと心の中にしまい込んでいた恐怖が、少しだけ、溶けていくような気がした。

私は、ゆっくりと、話し始めた。

 

「引き金が軽くなったのは……あの時のゲルググに殺されかけたことが、まず一つです」

 

言葉を選びながら、あの日の光景を鮮明に思い出す。

 

「軽キャノンで、手足を一本ずつ潰されて……まるで、なぶり殺しみたいになりました。もし、ゼロ・ムラサメ中尉が助けてくれなかったら、私、本当に死んでました」

 

あの時、コクピットの中で感じた絶望。破壊されていく機体と、無力な自分。その時の、全身を駆け巡った恐怖が、私を変えた。

 

「だから……やらなきゃやられるって、分かったんです。撃たなきゃ、自分も、大切な人も、守れないって」

 

私の言葉に、ヤハギ教官も、ムラサメ博士も、そしてゼロ・ムラサメ中尉も、皆、悲痛な顔で頷いていた。彼らの顔からは、私の苦しみを理解し、共有しようとしてくれている、そんな気持ちが伝わってきた。

そして、私は、もう一つの、大きな変化について話すことにした。 

 

「それから……」

 

私はヤハギ教官の方をちらりと見た。彼もまた、真剣な眼差しで私を見つめ返している。

 

「あのジオンの研究者が……私の父親じゃなかったんだって分かったので、枷が取れたみたいに、軽い気分なんです」

 

その言葉を口にした瞬間、私の心から、長年背負ってきた重荷が、スッと消えていくような感覚がした。父にニュータイプとしての才能を強制され、冷酷な訓練を強いられた過去。その父が、実は血の繋がらない人間だった。その事実が、私を縛っていた見えない鎖を、完全に解き放ってくれたのだ。

 

部屋の中には、再び静寂が訪れた。しかし、それはもはや重苦しいものではなく、どこか清々しい、新たな始まりを予感させるものだった。

 

 

 

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