ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
話し合いがひと段落し、誰もが安堵と疲労の入り混じった表情を浮かべていたその時だった。
「っ……!」
イングリッドが小さく呻き声をあげたかと思うと、ふらりと椅子から崩れ落ちそうになった。
「イングリッド!」
エイシアがすぐに駆け寄って支える。ジョニーも立ち上がり、ユーマが慌てて椅子を引き寄せる。
イングリッドは、そのまま静かに目を閉じていた。額には薄く汗が浮かび、顔色が明らかに悪い。
「……ヒート・ロッドの影響ね。やっぱり無理させすぎたわ……」
エイシアは苦しげに呟いた。
「艦長……お願いです。私に医務室を貸してください。コムサイには高度な治療設備は積んでいません。今は精密な生体モニターと静養設備が必要なんです」
ヘンケンは少しだけ表情を曇らせた。
「気持ちはわかる。君たちがもう敵じゃないことも、俺は信じたい。ただ……医務室は艦の中枢だ。貸すとなると、他の乗員の不安もある。艦には軍医もいる。まずはその者に診せるのでは……」
だが、エイシアはすぐに首を振った。
「彼女は……生まれつきの“強化人間”です。通常の人体とは違う調整がなされていて、今までその体を正確に診てきたのは、私だけです。私でなければ、どこにどんな負荷がかかっているのか、正確に判断できない」
彼女の声は震えていた。だが、それは感情ではなく、強い覚悟に裏打ちされた揺るぎない思いからだった。
「……連邦の強化人間と、どこまで構造が近いのかは分かりません。ですが、今日初めて診る医師に、適切な処置ができるとは到底思えないんです。どうか……お願いします」
静かに立ち上がったジョニーが、一歩前に出た。
「艦長、こうしませんか。エイシアが医務室を使っている間、俺たちには見張りをつけてくれて構いません。その間、手錠をかけたっていい。だが……イングリッドだけは、まともな環境で休ませてやりたい」
しばしの沈黙の後――。
ヘンケンは深く息を吐き、静かに頷いた。
「……わかった。医務室の使用を認めよう。ただし、見張りは必ずつけさせてもらう。」
彼の視線が、同じく会議卓の向かいにいたフォウへと向く。
「フォウ・ムラサメ少尉。見張り、頼めるか?」
フォウはすぐに立ち上がり、敬礼を交えながらしっかりと返答する。
「了解しました。私がつきっきりで監視します。何かあれば、すぐに報告します」
その言葉に、エイシアは安堵したように小さく頭を下げた。
「ありがとう。助かるわ……本当に」
フォウは、イングリッドをそっと抱え上げるエイシアの後に付き従いながら、会議室を後にした。
サラミス艦内・医務室
照明が落ち着いた白で統一された静かな医務室。その中央のベッドに、イングリッドが安静に横たわっていた。
ベッド脇に立つエイシアは、壁に設置されたモニターや、生体調整用の装置の数々を眺め、驚きの声を漏らす。
「……これだけの設備があるなんて。やっぱり連邦の強化人間も、定期的な調整が必要なの?」
その問いに、部屋の隅で椅子に座っていたフォウが、少しだけ微笑んで答える。
「昔はね。こういう設備で定期的に調整したり、薬を飲まないと頭が割れそうに痛くて……ほんと、地獄だった」
「昔?」
フォウの言葉に、ベッドの上からイングリッドが目を開ける。声に力はあるが、まだ身体には疲労が色濃く残っていた。
「今は違うの?」
「うん。今の連邦は、私たちを“道具”じゃなくて、ちゃんと“仲間”として扱ってくれてる。だから、こういう装置もね、本当はもう必要ないくらいにまで治療してくれたんだ」
フォウの声には、静かな誇りと感謝が込められていた。
「……じゃあ、なんでまだ船に積んでるの?」
イングリッドが不思議そうに首を傾げると、フォウは少し肩をすくめて笑った。
「念のため、だってさ。もういらないって言ってるのに、過保護なんだよ。――まあ、嬉しいけどね」
彼女の頬に浮かぶ小さな微笑は、本当に大切にされている者だけが持つものだった。
エイシアはそれを見て、ふと目を伏せながら呟く。
「……おかしいわね。戦争はジオンが勝ったはずなのに。勝ったはずのジオンでは、強化人間を“同胞殺しの道具”にするようなことになってるのに。負けた連邦では、ちゃんと“人”として扱ってもらえるなんて」
その言葉に、イングリッドがきっぱりと答える。
「でも私は、ザビ家にどう思われてようと関係ないよ。ジョニーとエイシアが、大事にしてくれたら、それでいい」
迷いのない口調だった。そこにいたのは、強化人間ではなく、一人の少女――家族を知る少女の言葉だった。
フォウが、その様子を見てふっと笑う。
「あんた達、本当に“家族”って感じだね」
室内に流れる空気が、ふと柔らかくなる。
治療という非日常の場で、ほんの一瞬だけ、平穏の色が差した気がした。
ジョニーたちジオン側の4人に与えられた部屋は、思いのほか穏当なものだった。
ジョニーとユーマで一部屋、エイシアとイングリッドで一部屋。それぞれ個室で、独房ではない。ベッドも簡素ながら清潔で、空調も悪くない。部屋の外から施錠できる構造ではあるが、拘束具の類は一切ない。
廊下には見張りが立ってはいたが、トイレや食事といった必要最低限の外出は自由に許可されていた。どう見ても捕虜というより、軟禁状態に近い。
「この艦、緩くていいのかね…?」
ジョニーは、小さく呟いた。だが、呟きはすぐに行動に変わった。ドアの前に立つ見張りの兵士に、声をかける。
「なあ、駄目元で聞くが……今後のことをエイシアと話しておきたい。少しだけ、彼女たちの部屋に行けないか?」
見張りの兵士は戸惑いながらも応じた。
「……ちょっと待ってくれ。確認する」
兵士は廊下に設置された通信端末へと歩き、簡潔に連絡を取る。しばらくして、再び戻ってくると、小さく頷いた。
「OKだ。ただし、条件がある」
「やっぱりな。言ってみろ」
「部屋の鍵はかけさせてもらう。それから、持ち物検査がある。案内役が来るから、それまで待っててくれ」
「……そこまで緩くはないってことか」
そう言ってジョニーが肩をすくめた時だった。通路の奥から、硬い足音が近づいてくる。
その人物を見た瞬間、ジョニーとユーマは目を見開いた。
黒い制服。鋭く引き締まった顔。並々ならぬ存在感。彼は、普通の兵士ではない。
「ダグザ・マックール中佐だ。この艦の警備を担当している」
男――ダグザは、感情を見せない声で言った。
「君たち二人の持ち物検査を行った後、彼女たちの部屋まで案内する」
「……なるほどね」
ジョニーは、皮肉を込めた笑みを浮かべながら言った。
「この艦、全体的に緩いのかと思ったが、そうでもなかったわけだ。あんた、ただの警備には見えない。特殊部隊か何かか?」
「さあな」
ダグザは目を細めながら、平然と答える。
「警備だろうが暗殺だろうが、命令されればやる。それが俺たち、連邦の歯車の役目だ」
その言葉には、冗談のようで冗談ではない、冷たい現実味があった。
ダグザは、一瞬だけ目を細め、何かを見極めるような視線をジョニーに向けると、無言で先に立って歩き始めた。
「行くぞ。無駄口を叩く時間はない」
ジョニーとユーマは、互いに顔を見合わせながら後に続いた。
部屋に向かう通路の中、静かな緊張が流れていた。
ダグザ中佐、ユニコーンの中でかなり好きなキャラです。