ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
フォウは食器を静かにテーブルに置くと、席を立ちつつ言った。
「……この艦の重要性も、あなたたち護衛部隊の責任の重さも分かったわ。だから――私、行くね」
その言葉に、即座に反応したのはコンロイだった。
「どこへ行くつもりですか?」
フォウは肩越しに振り返って、きっぱりと言った。
「決まってるでしょ。あなたたちが“警戒してる”ジオンの人たちのところ」
コンロイは一瞬、言葉を詰まらせた。
「それは……」
だがフォウは、それを遮るように続ける。
「あの人たちの“これから”って、まだ何も決まってないんでしょ? だったら、私たちが話を聞いてあげるくらい、いいと思うの」
彼女は静かにアムロを見つめる。
「それなら、いいよね? アムロ」
アムロは少しだけ長い息を吐いて、立ち上がった。
「……ああ。それなら仕方ないな。話す価値がある相手だ」
フォウはニッと笑って、カミーユを振り返った。
「で? 今度はちゃんと味方してくれるよね、カミーユ?」
カミーユはすぐに立ち上がり、微笑んだ。
「もちろん。俺も行くよ」
コンロイは一歩前に出て、制止するように手を上げた。
「待ってください。私たちの任務は、あなた方の警護であって……」
だがフォウは、軽く手を振って言い返す。
「だったら、一緒に来ればいいでしょ。どうせ、あの人たちにはあなたたちの隊長――ダグザ中佐がついてるんでしょ?」
彼女の言葉に、コンロイの眉がピクリと動いた。
「影みたいに張り付いてるなら、食堂で影やってるのも、会議室で影やってるのも一緒でしょ?」
そう言ってフォウは、さっさと食堂を出ようとする。その背中を見ながら、アムロとカミーユも後に続く。
コンロイは深いため息をつきながら、小さく呟いた。
「……まったく、どこまで手のかかる“味方”なんだか」
しかし、その足は、しっかりと3人を追っていた。
無骨な銀色の隔壁の前に、ダグザ・マックール中佐が腕を組んで立っていた。精悍な顔に刻まれた皺と、警戒心を隠そうとしない鋭い視線は、まさしくプロの軍人そのものだった。
そこへ、フォウ・ムラサメが先頭に立ち、アムロ、カミーユ、コンロイ、そしてエコーズの精鋭兵2名を引き連れるようにして現れた。
ダグザは眉をわずかに顰め、短く尋ねた。
「……何か用か?」
フォウは、まっすぐダグザの目を見て言った。
「ジオンの人たちと話がしたいんです」
その場にぴんと張った空気が走る。ダグザの鋭い視線が、フォウの後ろに控えるコンロイと2人の部下へと向けられた。
「……おい。お前たち、何のつもりだ?」
問い詰めるような声音に、コンロイが居住まいを正し、申し訳なさそうに答えた。
「……すみません、隊長。しかし我々の今後の警護方針を決めるうえでも、この中の者たちがどのような意志でここに来たのか、直接確認する意義はあると判断しました」
ダグザの口元が、わずかに歪む。
「……それを“警護対象”がやるのか? 本末転倒だな」
しかし、フォウは一歩も退かず、むしろ前へ出るようにして言い放った。
「あなた達は今日初めて会った人の本心がわからないんでしょ?だから警戒する。なら分かる私たちが代わりにやるって言ってるの。」
――さっき自分が言ったばかりの言葉が、今そっくりそのまま返ってきた。
横で聞いていたコンロイは、額を押さえて天を仰いだ。
「……あの時の自分をぶん殴りたいですね……」
すかさず、フォウが追撃を放つ。
「それとも何? あの人たちがこの艦を降りるまで、ずーっと今の護衛と警戒を続けるの? 警戒し続けて、それで非常時に万全の戦力発揮できるの? この艦がどれだけ重要か、あなたたちの方がよく知ってるでしょ?」
一瞬の沈黙。
その横で、コンロイがカミーユにそっと小声で漏らした。
「……あなたの彼女さん、口がうますぎます」
カミーユは気まずそうに苦笑して返す。
「……すみません」
ダグザはそのやり取りを黙って見ていたが、やがて、腕を組み直して重々しく息を吐いた。
「……いいだろう。だが俺も入る」
鋭い視線のまま、ゆっくりとドアをノックした後、ドアロックの解除スイッチに手をかけた。
「警備を理由に同席する。いいな?」
その言葉に、フォウは小さく頷き、カミーユも後ろで静かに頷いた。
ドアが開き、彼らはジョニーたちの待つ部屋へと足を踏み入れる。
――新たな対話が、始まろうとしていた。
扉が開き、フォウを先頭に、カミーユ、アムロ、そして彼らを警護するという名目で同行しているダグザ中佐と、無言のまま後ろに控える3人の兵士たちが入ってくる。
ジョニー、ユーマ、エイシア、イングリッドの4人は、突然の訪問者たちの姿に驚き、思わず立ち上がった。
ジョニーが警戒するように目を細める。
「……なんだよ、随分と物々しいメンツじゃねぇか。俺たち何かやったか?」
エイシアも、背後のダグザとその部下たちのただならぬ雰囲気に息を呑む。
「まさか、連邦が今さら私たちを処分しに——」
「違うよ」
フォウが、軽く手を上げて静止した。
「あなたたちが、これからどうしたいのか。それを聞きに来ただけ。だから、怖がらなくていい」
「……俺たちが今後どうしたいか、だと?」
ジョニーが目を細めて、フォウをじっと見つめる。
「そう。だって、ジオンにはもう帰れないでしょ? それに、どこかのコロニーに隠れるってのも、身元バレの危険があるんでしょ」
エイシアが静かに頷いた。
「その通りね……正直、行く宛もないのが現状」
フォウは間髪入れず、さらりと提案する。
「なら、連邦に来ればいいんじゃない?」
その瞬間、部屋にいた全員が硬直した。
「……はあ?」
ジョニー、エイシア、ユーマ、イングリッドが、揃って間抜けなほどに素っ頓狂な声を上げる。
カミーユが真剣な表情で言った。
「確かに、それしかないと思います。あなたたちは保護対象になるだけの理由がある」
ジョニーは渋い顔をして首を振る。
「俺はジオンのエースだった。何人もの連邦兵を撃ち落としてる。しかも最後は裏切り者ときた。そんな俺が連邦に入って信用されるとでも?」
フォウが、少し声を強めて答えた。
「私は、あなたの“裏切り”を裏切りとは思ってない。先に裏切ったのは、キシリア・ザビでしょ。あなたたちの忠誠を、イングリッドを、道具扱いしたあの女よ」
エイシアは、その言葉に何も言えず目を伏せた。
「それは……そうだが。」
ジョニーはため息をつきながらも言う。
「……仮に受け入れられたとしてだ。じゃあ俺たちは何になる? 適当に最前線送りか、最悪、実験体コースだろ?」
その言葉に、フォウの瞳が怒りを宿すように光った。
「強化人間は、もう作らない。希望してきた子がいたけど、それすら断ってる。今の連邦は、昔の私みたいな実験体をもう欲しがってなんかいない」
その言葉には、かつて道具として扱われてきた強化人間としての苦しみと、今の連邦への信頼と誇りが込められていた。
イングリッドが、椅子に腰掛けたまま言う。
「……でも、私はあなたと違って、今後も定期的な調整やコストがかかると思う。それでも?」
フォウは少し笑って、言った。
「大した問題じゃない。そりゃあ昔はね。あなたたちの言う通り、ジオン出身ってだけで最前線送りか、実験に回されることもあった。けど今は違うって、断言できるよ」
ユーマが疑わしげに口を開く。
「なんでそんなに自信満々なんだよ。あんた達がそう思ってても、上の連中は違うかもしれねぇじゃねぇか」
フォウは真っ直ぐにユーマを見つめ、静かに、しかし確信を持って語る。
「だってね――“もう強化人間の実験はしない。君たちには今後、副作用が起きないように治療するから、好きに生きていい。そのためのサポートもいくらでもするから、何でも言ってくれ”って」
ジョニーたちがその“セリフ”を聞いた瞬間、部屋の空気が変わった。
あまりにも生々しく、具体的な口調だった。
そして彼らは気づいた――
それが、目の前にいるフォウ・ムラサメ自身の過去の話であることを。
フォウは、静かに言葉を継いだ。
「ここまで研究所の人間に言わせるくらい、“強化人間として”じゃなく、“人として”成果を出してくれた仲間がいて……。その背中を見て、本気で上層部に訴えかけてくれる、優しくて強い先輩達がいて……」
その声には、どこか懐かしさと尊敬が混じっていた。目を伏せ、静かに息を整えながら、フォウは続けた。
「そして、その訴えを、ただの意見としてじゃなく“未来のために必要な声”だって受け止めてくれる上の人たちがいた。だから今の連邦があるの」
一言ごとに、フォウの中で噛み締めるような熱がこもっていく。
「そんな奇跡みたいな流れで、ようやく手にした救いのチャンスだったのに――それすら信じきれなくて、いじけて、嘘ついて、自分から悪い研究所に“実験体として”戻っていったバカたちまで、あの人たちは助けてくれた」
目を伏せていたフォウが、ふいに視線を上げた。
その瞳には、迷いのない光が宿っていた。
「だから……あなたたちが“本心で戦う”って言ってくれるなら、連邦はきっと、それを信じてくれるよ」
静まり返った部屋に、フォウの言葉だけが、柔らかく、けれど芯を持って響き渡った。
通路の扉が静かに閉じる音と共に、フォウ、カミーユ、アムロの3人はジョニーたちの部屋を後にした。
フォウは少し足を緩めながら、後ろを振り返らずに口を開く。
「……あの人たち、連邦に来てくれるかな?」
声には、ほんの少しの不安と、どこか祈るような響きがあった。
カミーユがすぐに応じる。
「まだ分からないけど……フォウの気持ちは、ちゃんと伝わったと思うよ」
彼女の歩調に合わせながら、カミーユの表情は優しく穏やかだった。
アムロも静かに頷いた。
「そうだな。俺たちには言えないことだった。強化人間の過去も、今の人間としての未来も――両方を知る君だからこそ言えた」
フォウは少し肩をすくめながら、冗談めかして言う。
「でもさ、私より同じジオン出身のアルレットの方が、話が通じたんじゃない?」
アムロはふっと笑って、首を横に振る。
「いや、君にしかできないことだったよ。」
「それと、あの件はムラサメ博士の前で言わないように。また仕事が手につかなくなるからね。」
その言葉にフォウは照れたように口を引き結び、何も言わずに前を見た。
そんな3人の背後で、ダグザ中佐は無言で見送っていた。そして、その背中を追おうとするコンロイと、カミーユ・フォウの護衛として同行しているエコーズの精鋭2人に声をかけた。
「おい、お前ら」
振り返る3人に、ダグザは静かに命じた。
「今後はアムロ・レイだけじゃなく、他の2人の要望も、護衛に支障のない範囲で聞いてやれ」
コンロイは少し困ったように眉を寄せながら返す。
「……いいんですか? 食堂で『トレイ持ってきて』とか言われかねませんよ?」
ダグザは淡々と答えた。
「この艦には、クルーとして働いてるエコーズがまだいる。やつらの目が届く場所なら――多少のことは許可する」
コンロイは肩をすくめて苦笑しつつ敬礼する。
「了解しました、中佐」
そして再び足音が響き、フォウたちの背中を追って彼らは歩き出した。
その後ろ姿を、ダグザはしばらく無言で見送っていた。まるで、彼自身もまた何かを確かめるように。