ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

120 / 178
幕間: ジョニー・ライデンの帰還13

【グラナダ宙域・ジオン公国軍本部/キシリア・ザビ私室】

 

重厚な装飾に囲まれた静謐な部屋。キシリア・ザビは玉座にも見える椅子に身を預け、ゆっくりとワイングラスを傾けていた。彼女の視線の先、壁面モニターにはザンジバル級機動巡洋艦《サングレ・アスル》艦内から通信している男――ヒュー・マルキン・ケルビン大佐の姿が映し出されていた。

 

「……ヒュー。どうやら、あの“真紅の稲妻”が裏切ったようだな」

 

キシリアの声音には怒りはなかった。ただ冷静で、底知れぬ冷気をはらんでいた。

 

「イングリッド・ゼロを奪取し、ムサイ級艦に襲撃を加えたとの報が入っている。通信設備を破壊し、どこかへ逃げたようだ」

 

通信越しのヒューは敬礼したまま、無表情に応じた。

 

「承知しました。ジョニー・ライデンとその共犯者を排除いたします」

 

「グラナダから兵力を動かすわけにはいかぬ。兄上(ギレン)の耳に入れば、私が統制を失ったと付け込まれるだけだからな」

 

キシリアは一息置き、ワイングラスを机に戻す。

 

「だからこそ、お前に命じる。お前の管轄するキマイラ隊と、付近にある艦隊を動かして、ジョニーたちを始末しろ」

 

ヒューは無感情に頷いた。

 

「直ちに《ミナレット》も前線へ出すよう手配します」

 

キシリアの眉が、わずかに動いた。

 

「……あれを使うのか? あの船には、ジオンMS開発史の記録ともいえる設計データが積まれている。設計支援CADシステムの中枢もそのままだ。前線に出すべきではない」

 

「ジョニー・ライデンは、我らにとって最大級の裏切り者となりました。彼を確実に仕留めるためには、多少のリスクはやむを得ません」

 

「……そうか。ならば好きにするがいい。ヒュー、これはお前にとっても“証明”の機会だ。私への忠誠が、まだ残っているならな」

 

ヒューの顔に一切の揺らぎはなかった。かつて部下であり友であったジョニーの名前にも、一瞬たりとも感情は走らない。

 

「私に残されたものは、閣下への忠義のみです」

 

「ふふ……それでいい。裏切り者は、血で償わせよ」

 

通信が切れ、キシリアは深く椅子に腰を預けた。

 

(兄上には知られるわけにはいかぬ……。ジョニー・ライデン、その名はこの宙域から抹消してもらおう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ジオン公国軍巨大プラント船《ミナレット》/中枢艦橋】

 

天井高く、無機質な光が広がる艦橋。周囲には作業員や整備兵が忙しく動いていたが、中央指揮席にはジャコビアス・ノード中尉が座っていた。

 

前方スクリーンに、ヒュー大佐の姿が映し出される。

 

「ジャコビアス。これより貴様ら第一・第二小隊に特命を下す」

 

「はい、大佐。どうぞ」

 

「……ジョニー・ライデンが裏切った」

 

その言葉に、艦橋の空気が一瞬で凍りついた。

 

「イングリッド・ゼロを連れ去り、ムサイ級に攻撃を加えた後、通信設備を破壊し、逃走中だ。貴様には、彼とその共犯者――ユーマ・ライトニング、エイシア・フェローを含む4名の排除を命じる」

 

ジャコビアスは言葉を失った。だがヒューの声は、無慈悲なまでに淡々と続く。

 

「加えて、《ミナレット》を前線へと進出させる。」

 

「ミナレットを……ですか?」

 

「そうだ。今後の戦闘行動に必要となる。ジョニーを討つには数が要る。あれがあれば、即応型の旧式MSでも前線に補充が可能だ」

 

「……了解しました、大佐」

 

「これはキシリア閣下直々の命令だ。任務遂行の妨げとなる感情や忠誠は不要と心得ろ。……以上だ」

 

通信が切れると、艦橋には重苦しい沈黙が落ちた。

 

ジャコビアスは、画面が暗転したままのスクリーンを見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。そして部下に向かって命じた。

 

「ジーメンスとエメを呼べ。別室で話す」

 

その声音は冷静だが、いつもの堅実な副官とは明らかに違っていた。彼の中で、何かが大きく動き始めていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミーティングルームの照明が落とされ、静かな空間に三人の人影が集まっていた。第一小隊副隊長のジャコビアス・ノード、第二小隊隊長のジーメンス・ウィルヘッド、そして彼の妻であるエメ・ウィルヘッド。

 

先ほど、ヒュー大佐から命令が下されたばかりだった。内容は衝撃的なものだったが、三人ともそれを額面通りには受け取っていなかった。

 

「ジョニーが……ジオンを裏切ったそうだ」

 

ジャコビアスが、開口一番、淡々と口にした。

 

「イングリッドを攫って、ムサイに攻撃してきたらしい。しかも、通信設備だけ破壊して逃げ回ってるってのが、ヒューの見立てだ」

 

「……何ですって!?」

 

エメが、怒りと困惑の入り混じった声を上げる。

 

「それで俺たちに、裏切り者を始末しろとさ。なんでも“逃げてる最中”らしいが、実際のところどうだか」

 

「……待て。それはおかしい」

 

ジーメンスが腕を組んだまま唸る。

 

「イングリッドは新型機のパイロットに選ばれ、ムサイに乗っていた。それが連邦に漏れた可能性を考えたジョニーたちが救出に動いた。むしろ、当然の行動じゃないのか? それがどうしてイングリッドを攫って逃げることになった?」

 

ジャコビアスは静かに頷いた。

 

「エイシアだけならまだしも、ジョニーとユーマまで行動を共にしてるなら、話は単純じゃない。あの三人が揃って裏切るには――イングリッドに“死を覚悟させるだけの理由”があったんだ」

 

「まさか……その新型機、乗ったら死ぬような代物だったの?」

 

エメの瞳が震えた。

 

「そういうことだろうな。強化人間用の機体で、文字通り命を燃やすような兵器だった可能性は高い」

 

「……それなら納得できる。ユーマも、イングリッドも、あの子たちは――家族同然だった」

 

エメの言葉に、ジャコビアスは小さく頷いた。

 

「そして問題はここからだ。キシリアとヒューは“通信設備だけ壊して逃げている”と考えているらしいが、俺は違う」

 

ジーメンスが目を細める。

 

「なぜだ? ジョニーたちならムサイ二隻くらい軽く沈める可能性もあるだろう」

 

「……黒い三連星が、そこにいたとしてもか?」

 

ジャコビアスの言葉に、エメが目を見開いた。

 

「まさか、復隊してたの? あの三人が?」

 

「情報を聞いた限りじゃ、その可能性は高い。あいつらがいたなら、いくらジョニーたちでも容易には済まなかった。ましてや通信設備“だけ”壊して逃げるなんて器用な真似はできない」

 

「じゃあ、まさか……」

 

「そう。ムサイは沈んだ。完全に。しかも、ジョニーたちに“加勢した勢力”がいたとしか考えられない」

 

ジーメンスが静かに呟く。

 

「……連邦、か?」

 

「他にないだろ。あの場にいて、黒い三連星ごと沈められる力があり、ジョニーたちを匿える組織なんて」

 

ジャコビアスはテーブルの端を指で叩きながら続けた。

 

「だがキシリアはそれを知らない。ミノフスキー粒子でも撒かれたんだろう。通信が飛んでない。だから、続報が届いていない。だからこそ、彼女は政敵のギレンにこの件が露見するのを恐れ、本拠地のグラナダから手を出せず、遠く離れた俺たちに命じてきた。全部繋がる」

 

沈黙が落ちた。空調の音が、かすかに響いている。

 

「それで……俺たちはどうする?」

 

ジーメンスが、重い口を開いた。

 

ジャコビアスは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「選択肢は二つしかない。キシリアとヒューに従い、ジョニーたちを“裏切り者”として狩るか。それとも――俺たちも裏切り者になるか」

 

「最悪の二択だな」

 

ジーメンスが皮肉げに言う。

 

「前者を選んだとして、戦って勝とうが負けようが、キシリアに許されると思うか?」

 

「まさか。戦いの後で“口封じ”に殺されるだけよ」

 

エメが、冷たく断じた。

 

「だろ? 生き残りたいなら――選ぶべき道は、ひとつしかない」

 

ジャコビアスの言葉に、ジーメンスとエメは、互いに頷き合った。

 

「……ああ。なら、行こう。俺たちの仲間のもとへ」

 

「ええ。今度こそ、あの子たちを守り抜くために」

 

こうして、キマイラ隊の残された者たちは、キシリア・ザビという“頂点の異常”に見切りをつけ、再びその刃を翻す覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジーメンスは腕を組み、ジャコビアスに視線を向けた。

 

「ジャコビアス、ジオンを裏切るのはいいが……俺やエメみたいに家族が隊の中で完結してるやつはともかく、ジオン本国に家族がいる隊員まで巻き込むわけにはいかないぞ。どうするつもりだ?」

 

ジャコビアスは、ふっと笑みを浮かべた。

 

「そのことなんだがな。ヒューのやつ、あれでも最低限の理性は残ってるらしい。サングレ・アスルとミナレットは使うが、“技術系の後方職”や“ジョニーに感化されそうな人材”は《キマイラ》で留め置けと命じてきた。つまり、それを逆手に取る」

 

エメが目を細める。

 

「……そこに残すってこと? でも、それじゃあ……」

 

「ああ。後日、口封じに殺される可能性は高い。だから――殺されない“作戦”を渡す」

 

そう言ってジャコビアスは、ニヤリと笑った。

 

ジーメンスが渋い顔をする。

 

「……悪いこと考えてる顔だな」

 

「なに、反乱なんて大それたことを俺たちに相談もせずにやらかした隊長さまにな、少しだけ“汚名”をかぶってもらうだけさ。そのおかげで、残った隊員たちが助かるんだ。喜んで引き受けてくれるだろうよ」

 

エメとジーメンスは、息を合わせるように内心で呟いた。

 

(……絶対ろくでもない)

 

「で、その“作戦”を誰に?」

 

「本国に身内がいない連中は、ざっと隊の6割。残りの4割は……そうだな、俺の伝える“芝居”をしっかりこなせるのは――クリストバル・ラザフォードだ。あいつなら、残された隊員たちをうまくまとめてくれる」

 

ジーメンスが頷く。

 

「確かに。苦労性だが、あいつ以上のまとめ役はいない」

 

エメは、肩をすくめてため息をついた。

 

「……また苦労させられて可哀想に」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。