ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
三人は、各々別行動に移った。
まずは、ジオン本国に家族を持つ者たちを対象に、上手く理由をつけて《キマイラ》隊の任務に振り分けていく。「後方支援に向いた性格だから」「通信・整備での役割があるから」と、もっともらしい口実を添えて。これにより、後に殺される恐れのある彼らを、表向きは“別任務”として安全圏に送る下地が整った。
次に、残る前線志望者の中でも、ジョニーの「裏切り」に動揺している者たちを集めると、ジャコビアスは本当の状況を語った。
「これは“反乱”じゃない。命を守るための選択だ。俺たちはジオンを捨てる」
幸いにも、隊内にはジョニーの戦いぶりと人格に惹かれ、私的にも尊敬や信頼を寄せていた者が多かった。話を聞いた者たちのほとんどが、涙とともに決意を固め、「生きるためなら、俺も行く」と答えてくれた。
そして《キマイラ》の人員に選ばれた一人、クリストバル・ラザフォードは、明らかに不満げに声を上げた。
「何で俺がこっち側なんですか!? 俺だって、戦えますって!」
その声に反応したジーメンスが、わざと眉間に皺を寄せて詰め寄る。
「命令不服従か? ……こっち来い、修正してやる」
「いやそんな! ちょっ……! 普段ならちゃんと話し合ってくれるのに、なんで密室に連れていかれるんですか!?」
クリストバルの抗議も虚しく、ジーメンスは重い扉を閉め、個室へと彼を押し込む。
「……よく聞け。俺たちが仮にジョニーを“仕留めた”としても、キマイラ隊の中核であるジョニーとエイシアが裏切った以上、俺たちも、いずれキシリアに始末される」
「……そんな、嘘でしょ」
「嘘じゃない。だから、俺たちはジオンを捨ててでも生きる道を探す。その一方で、家族がいる連中はジオンに残さざるを得ない。そのためにお前に頼みたいことがある」
「俺にそんなこと言われても……どうしろって言うんすか……」
「まあまあ、焦るな。作戦自体を考えたのは俺じゃない。もうすぐ“あいつ”が来る。打ち合わせの時間だ」
「打ち合わせ……?」
その時、扉が開き、ジャコビアス・ノードが入ってきた。鋭く笑みを浮かべながら、手を叩く。
「よし、時間通りにクリストバルを連れてきてくれたな」
「当たり前だ。で、あいつらを殺させないって話……内容はなんだ?」
ジャコビアスは不敵に笑って、クリストバルに向き直った。
「よーく聞けよ、クリストバル。グラナダに着いたらすぐこう言え。“キマイラ隊のエース、ジョニー・ライデンは普段侍らせてる幼女をキシリア様に取られそうになったから裏切ったんだ”ってな」
「……は?」
目を点にして言葉を失うクリストバルに、ジャコビアスは一気に畳みかける。
「日頃からイングリッドを部屋に連れ込んでただろ? “夕飯を一緒に食べてただけ”なんて言ってたが、やっぱりそういう関係だったんだってさ! 許せないなー、ジョニー・ライデン! もし俺の前に現れたら撃ち殺してやる!」
「いや、だからそれって!」
ジーメンスが深いため息をつく。
「……要するに、ジョニーをロリコンの変態に仕立て上げて、隊員たちの命の“利用価値”を作るつもりか?」
「その通り。キシリアが最も嫌うのは、部下に裏切られることでも、戦力が減ることでもない。ギレン・ザビに『隙』を突かれることだ」
ジャコビアスはさらに続ける。
「そこで、ジョニーの部下だったお前たちが、自ら進んでジョニーの名声を地どころか、泥の底に沈めてみろ。反逆者を断罪した忠臣と見なされ、逆に殺しにくくなる。下手に処分すれば“やっぱり事実だったんだ”ってな」
ジーメンスは腕を組んで唸る。
「……まあ、いい手だとは思うが、それだけじゃ不安が残るな」
「もちろん、次の手もある。匿名掲示板に、飛ばしの携帯回線から噂を流せ。“キシリアが作らせた新型機は、パイロットを殺す仕様だった”――だからジョニーは賛同する部下と共に遠くに逃げた、ってな。噂レベルで十分。だがキシリアが残された隊員を殺せば、その噂が『真実』に近づく。本人としても、自分の首を絞めることになるだろ?」
クリストバルは、ようやく全容を理解して呆れ気味に眉を下げた。
「……あの、ほんとに、ろくでもないですね……」
「褒め言葉だ。ありがたく受け取っておくよ」
ジャコビアスがにやりと笑い、ジーメンスもそれに苦笑で応じた。
エメなら、きっとこう言うだろう――「また苦労させられて可哀想に」と。
だが、クリストバルはうなずいた。
「分かりました。やってみます。……どうせなら、とことんやってやりますよ」
こうして、残された仲間たちの命を守るための「小芝居」が動き出した。それは、戦場のど真ん中よりもよほど難しい、繊細な駆け引きだった。
― グラナダ・ジオン公国軍政庁本部 謁見室 ―
漆黒と黄金を基調とした重厚な部屋。正面にはジオン公国軍の象徴たる玉座が設けられ、その上に、キシリア・ザビが静かに腰掛けていた。
彼女の前に立たされたのは、キマイラ隊《技術支援部門》から「本国残留」を命じられた兵士たちと、彼らの代表として進み出たクリストバル・ラザフォードだった。
(胃が……痛い……)
緊張で汗が滲む。相手はザビ家の人間、しかもキシリア・ザビ。下手な芝居は一発で死を招く。だが、命を守るためには、ここで演じ切らねばならない。
キシリアが、まるで毒のように冷たい視線を送ってきた。
「……報告しろ。ジョニー・ライデンの裏切りに関し、貴様が見聞きしたことを、余すことなく」
(やるしかねぇ……!)
クリストバルは意を決して、声を張った。
「……はっ! ジョニー・ライデン少佐は……我々の隊長でありながら、かねてより《イングリッド・ゼロ》を私的に連れ歩いておりました!」
室内の空気がわずかに揺れる。周囲の高官たちも、微かに顔を見合わせた。
「表向きは“保護者”などと申しておりましたが、実際には、日常的に部屋に連れ込み、専用の食事を取らせ、個別に訓練名目で長時間接触しておりました……!」
(これでいい……! 上手くいかなかったら恨むぜ、ジャコビアス副隊長!)
「しかし……そのイングリッド・ゼロが新型機の実験体に選ばれた途端、少佐は豹変いたしました! ジフレドの情報が漏れたから助けにいくなどと言って我々を騙したのです!内心では“あの子にそんなものを乗せるなど、殺す気か!”とでも叫びながら……彼女を連れ去ったに違いありません!」
静寂の中で、キシリアが眉をひそめた。
「……つまり、忠義ではなく、私情が裏切りの理由だと?」
「はっ! 間違いありません! あの男は、イングリッドを己の私物としか見ておりませんでした! キマイラ隊内でも“将来は嫁にする”などと、公然と口にしていたという噂すら……!」
(……言った! やったぞ俺! もう殺されても知らん!)
周囲にいたキマイラ隊《残留部隊》の兵士たちは、バッチリ打ち合わせ通り、目を逸らしたり、同情的に頷いたりと「芝居」を合わせた。
(すげぇな……全員プロじゃねぇか……)
キシリアは、しばらく沈黙したまま目を閉じていたが、やがて、薄く口元を歪めた。
「なるほど……それで、貴様はどうするつもりだ? 部下として、どう“けじめ”をつける」
クリストバルは、ビシィと敬礼した。
「キマイラの名誉とジオンの正義のために、我々は“自ら”ジョニー・ライデンの名を地に堕とし、彼の残した“穢れ”をすべて公の場で糾弾し続ける所存にございます!」
「…………」
「我らは……忠義の兵であり、決して反逆者ではございません! この命尽きるまで、ザビ家の威光のため、尽力を誓います……!」
キシリアはしばし沈黙し――やがて、ふっと微笑んだ。
「……良い判断だ、ラザフォード少尉。裏切り者の汚名を、貴様らが喜んで背負うならば……それもまた、忠義の証だと見なしてやろう」
その言葉に、クリストバルは膝をつき、深々と頭を垂れた。
「恐悦至極……!」
(あああ……胃が限界……!)
そして、無事に“処分”を免れた《残留部隊》は、その後も表向きは“忠誠の士”としてグラナダに留まり続けた。
裏切り者の烙印を押されぬまま、未来のための準備を密かに進める“仮面の忠臣”として。
――すべては、ジョニー・ライデンという男が背負ってくれた“ロリコンの汚名”のおかげであった。
それを知る者は、ほんの一握り。
そしてその誰もが、ジョニーがそのことを知ったとき、どんな顔をするかだけを考えて……口元に、そっと笑みを浮かべた。
― 巨大プラント船《ミナレット》 メインブリッジ ―
ブリッジの自動ドアが、音もなく開いた。
その中へと、威圧的な足音と共に一人の男が姿を現す。キマイラ隊司令、ヒュー・マルキン・ケルビン大佐。無表情に張り詰めたその顔には、かつての激情も、温もりも、もはや残っていない。
「……戦術データと編成図の更新状況はどうなっている?」
冷たい声が響く。が、その返答はなかった。
異変に眉をひそめた瞬間、ヒューの背後に回ったジーメンスが素早く動いた。
「――っ!」
ガシッ!
太い腕が回り、ヒューの右腕を引き上げるように関節を極めた。ごくりと小さく唾を飲み込む音が、他の乗員たちからも漏れた。
「貴様、これは……!」
ヒューが反射的に動こうとするが、その瞬間、左右から兵士たちが駆け寄り、彼のもう片方の腕と足を押さえ込んだ。次の瞬間には、金属製の手錠が音を立ててその両手を拘束する。
彼は完全に制圧された。
「何のつもりだ、貴様ら……!」
怒りと混乱が混じる声を吐きながら、ヒューはジーメンスの顔を睨みつけた。だが、ジーメンスの瞳には、もう迷いはなかった。
「悪いが、俺たちはジオンの政治ゲームの犠牲になる気はない。キシリア様の“忠義ごっこ”に付き合って命を落とすつもりもない。――俺たちのリーダーは、ジョニー・ライデンだ」
その言葉に、ヒューの目が一瞬、僅かに揺れる。
ジーメンスは続けた。
「ジョニーの元へ向かう。だからあんたは、ここで大人しくしてくれ。……ただし、命までは取らない。通信機器は全て外してもらうが、拘束して独房で安静にしていてもらう。あんたがジョニーの友だったこと、俺も忘れてはいない」
ヒューは小さく鼻で笑った。
「……ふん。ジョニーのために、国を捨てるのか」
「さて、どうかな。裏切ったのはジョニーか? それとも……キシリアの方か?」
ジーメンスの問いに、ヒューは一瞬、視線を落とした。
「……かもしれんな」
そして次の瞬間――
ヒューは突然、鋭く歯を噛みしめた。
「――ッ!!」
ゴクン、と乾いた音。
「!? ……おい、まさかッ!」
ジーメンスが慌てて抱きとめた時には、ヒューの口元から血が滲み、彼は崩れ落ちていた。
「舌を……!? 医務室だ、医務室に運べッ! 舌を噛み切ったのか!? そこまで、ザビ家が……!」
倒れ込んだヒューは、掠れた喉から血混じりの声を絞り出した。
「……キシリア……様……万歳……」
ジーメンスは歯噛みした。
「……お前は……本当に……」
その時、ヒューの濁った目がほんの僅かに潤み、最後に漏らした言葉は――
「……ジョニー……すまなかった……な……」
ヒュー・マルキン・ケルビンは、キシリア・ザビにその身も心も捧げた「忠犬」のまま、その場で意識を失った。
しかし最後の言葉は友への謝罪だった。
その姿を見下ろしながら、ジーメンスは深く目を閉じた。
「……なら、せめてお前の名誉くらいは……俺が背負ってやる」
その声は誰にも聞かれず、静かにブリッジに消えていった。
――そして、キマイラ隊の離反作戦は、次の段階へと移っていく。