ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
― 地球連邦軍本部・ジャブロー 地下第1会議室 ―
厚い扉が閉じられると同時に、部屋の中に緊張感が漂う。巨大な円卓の中央で、地球連邦軍総司令ゴップ提督は、顔をしかめながら椅子の背に体を預けていた。
「……もう一度言ってくれるか? 少し耳が遠くなったかな」
隣に座るブレックス・フォーラ准将が、手元のデータパッドを片手に呆れたように微笑む。
「なっていませんよ、提督。キマイラ大隊の六割が、我が方に降伏してきました。ザンジバル級の《サングレ・アスル》と、巨大プラント船《ミナレット》を伴って、サラミス一隻に対して投降です」
ゴップは顔をしかめたまま、ふぅと息を吐いた。
「……何故、大隊の六割がたかがサラミス一隻に投降する? アムロ・レイの力に恐れをなした……というなら、まあ筋は通るが、あれほどのエース揃いの部隊なら、やられるとしても抵抗ぐらいはしそうなものだがな」
「キシリア・ザビの人望の無さですな」
ブレックスは、さらりとそう言って、データパッドをゴップの前に差し出す。
「そもそもこの投降、内部で統率が取れていた証拠です。ジョニー・ライデンを中心に、彼の影響力が強く働いていたようで」
ゴップは眉をひそめる。
「問題は、その“六割”をどこに配置するか、だ。下手な基地に配備すれば大混乱は必至。どうせ“ジョニーと同じ場所で働きたい”などと言っているんだろう?」
「ええ。彼の娘同然とされるイングリッド・ゼロを巡る一件が、今回の裏切りの発端だったようですからね。キシリアが彼女に“兵器としての死”か“廃人化”かの二択を迫った……それを拒絶したのが、今回の根底にあるようです」
ゴップは重く息を吐き、テーブルの上を軽く叩いた。
「まったく……やってられんな」
そのとき、沈黙を破って口を開いたのは、テム・レイ博士だった。
「提督。いっそサイド7――現在は“グリーンノア”に改名されたあのコロニーに、まとめて送り込んではいかがでしょう? 護衛任務とモビルスーツ開発支援という名目で」
「無茶を言うな、テム。サイド7の重要性は、君とて分かっているはずだ。連邦再建の拠点に、元ジオン兵の大隊の六割など……」
「しかし《ミナレット》の内部システムには厄介な仕様があるようで。艦の運営システムもプラントの製造データベースも、ジオン兵でも一部しかアクセスできず、全てにアクセスできるのは“ジョニー・ライデン”と“エイシア・フェロー”に限定されています」
ゴップの目が細くなる。
「何だ、その面倒な仕様は……」
「ジオン式のアクセスロックですね。暗号解除には時間がかかりますし、彼ら以外では活用しきれません。ですが、中にある設備は本物です。小型艦の建造やMSの中規模量産も可能な規模……新型の母艦やガンダム試作機はサイド7で、汎用量産型はミナレットで製造する形にすれば、宇宙戦力の再建はかなり進みます」
ゴップはしばし考え、さらに問うた。
「だが、目立つだろう。プラント船なんてのは……」
ブレックスが静かに補足する。
「《ミナレット》は見た目が岩塊そのもので、細工を施せば自然地形にも見せられるそうです。ジオンの偵察網にも映りにくく、しかも地球への降下は不可能な質量ゆえ、宇宙で管理するしかない。その点で、サイド7近傍の空間に静置すれば、最も効率的に隠匿できます」
テム・レイも頷く。
「それに、現在ミナレットを“見失っている”ジオンにとって、サイド3から最も遠いサイド7は、まさに最適な場所です。目立たず、しかし我々の目は届く」
ゴップは、椅子の肘掛けをトントンと叩きながら沈思した。
「……そのキマイラ隊が、再び裏切る可能性は?」
ブレックスはデータパッドを軽く指で叩いた。
「アムロ・レイ、カミーユ・ビダン、フォウ・ムラサメ。三人が、“彼らは裏切らない”と断言しています」
ゴップは小さく吹き出した。
「……個人の感性で裏切りを判断し、元敵兵を重要拠点の守りに置く、か。以前の私や他の上層部が聞いたら、卒倒するな」
「ですが、今はその“卒倒するような手段”を取らねば、戦力も、信頼も得られない時代です」
ブレックスの言葉に、ゴップはゆっくりと頷いた。
「……よかろう。三人を信じよう。その案で進めたまえ。サイド7とミナレットを、我々の再建の牙城とする」
― サイド7付近・プラント船《ミナレット》居住区ジョニー専用区画 ―
広々とした区画の中央で、ジョニー・ライデンはぐったりとソファに沈み込んでいた。
「はぁ〜……」
豪快なため息が、艦内の空調音にかき消される。
「おいおい、ため息なんかついてどうする。ここが俺たちの新天地だってのに」
軽口を叩きながらやって来たのは、ジャコビアス・ノードだった。服の袖をまくりながら、手に携帯端末をぶら下げている。
「信頼を得るためにも、日々の働きが大切だぞ? 指揮官殿、モチベーション保てよ」
「俺だってな、数週間前まではそのつもりだったんだよ」
ジョニーはソファの背にもたれながら、顔の前に端末を突き出した。
「これから連邦で居場所を作って、そのために信頼得ようって、そう思ってたさ。だけどよ、モチベーションってもんを全部吹き飛ばしてくれるようなニュースが、毎日これだ」
表示された画面には、大見出しが踊っていた。
『“幼女を巡ってジオンを裏切った”?ジョニー・ライデンは幼児性愛者だったのか?』
「……はは、相変わらずいい見出し付けるじゃねぇか。俺たちの“芝居”の成果ってやつだな」
「笑えねえよ!!」
ジョニーは端末をソファに投げつけそうになり、寸前で思いとどまった。
「全部を捨てる覚悟はした。ジオンも、地位も、命も、だ。けどよ……“性犯罪者”の汚名だけはノーセンキューだ!!」
「気にするなって。ちゃんと、名声もあるぜ?」
ジャコビアスがにやりと笑い、別の端末を取り出してタップする。表示されたのは、宇宙ネット掲示板の匿名スレッドだった。
『ジョニー・ライデンは“真の男”だった!スレ Part56』
スレッドには、熱烈な書き込みが次々と並ぶ。
1 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「ロリのためにジオン捨てるとか、ジョニー・ライデン男すぎるだろ」
2 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「紫ババアとロリを天秤にかけたらそりゃあロリを選ぶ。俺だってそうする」
3 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「ジョニーならそうしたってことさ」
4 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「流石に勇者様もこれは・・いやでもあの人合法ロリが初恋でそれを生涯貫き通したし、意外とありか?」
5 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「確かに。軍属だから合法ロリだろうし」
6 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「テレビでなんて言われようが俺たちは【真の男】ジョニーを支持するぜ!」
7 名前:名無しのジョニー・ライデンを応援する者達 投稿日:00XX/XX/XX XX:XX:XX
「もしも勇者様がいたら多分“あり寄りのあり”って言う」
ジョニーは両手で顔を覆った。
「……こんな名声、欲しかったか? 俺……?」
「まあまあ。人気が出てるだけマシだろ? ネットの影響力ってやつはバカにできねぇんだぜ?」
「それで俺はこの数日、サイド7に一歩も降りられず、“ミナレット軟禁ライフ”だ! ……缶詰生活、三週間目だぞ!?」
「しゃあねえよ。エイシアが地球にいる今、このミナレットはあんたがいねえと全ての機能は使えねえんだから。」
ジョニーは渋々頷いた。
「で、そっちはどうなんだ? 俺抜きでサイド7、ちゃんと受け入れてくれてるのか?」
「それが意外にな」
ジャコビアスは腰を下ろし、真面目な表情になった。
「最初は警戒されてた。でもな、アムロ・レイが言ってくれたんだよ。“あいつらはジオンの謀略に巻き込まれた被害者だ。俺が保証する”ってな。……しかも、自分の地元であるサイド7で、頭を下げてな」
ジョニーは軽く目を見開く。
「あいつが、そこまでするとはな……」
「おかげで、俺たちは街に降りられるし、買い物や飯も問題ない。住人と世間話もできる。まあ、エメはそのせいで『あのスタイルの良い姐さんはどこのモデルだ』って毎回声をかけられてるがな」
「……俺だけ“出禁”ってのが最高に情けないな」
「ま、仕方ねぇさ。いくらアムロの保証があっても、“ジョニー・ライデン=未成年に手を出した男”って報道が真顔で垂れ流されてるんだ。そんな奴が街を歩いてたら、即通報される」
「……誰のせいだと思ってんだ、誰の」
その時、端末の通信ランプが点滅し、艦内スピーカーからヘンケン・ベッケナーの声が響く。
「こちら《ジャンク》。ジョニー・ライデン、大丈夫か? 久々だな」
ジョニーはため息をひとつ吐くと、画面をタップして応答した。
「……どうも。こんな扱いになってからは顔を出しづらくてな」
「いやいや、そっちはそのおかげで周囲の治安が守られてるらしいじゃないか。むしろ感謝されてるって噂だぞ?」
「皮肉にしか聞こえない」
「地球から届け物だ。本人も“直接渡す”って言ってきかなくてな。そっちに降ろすから、迎えてやってくれ」
「……届け物?」
訝しげな表情を浮かべるジョニー。だが、その“届け物”の正体を知るのは、もう少し後のことだった。
部屋の窓に目をやると、遠くの宇宙にサラミス級艦のシルエットと、小型ランチがゆっくりとこちらへ向かっているのが見えた。
「さて……誰が来るんだ?」
ジョニーの呟きに、ジャコビアスは口の端を上げた。
「まあ、朗報だといいな?“変態隊長”さん」
「やかましい!」
― プラント船《ミナレット》 側舷ハンガー/着艦口
ミナレットの気密ドアが開き、ヘンケン艦長が送り届けたランチから、まずエイシア・フェローの姿が現れた。長い髪を束ね、冷たい宇宙の空気をまとった彼女の顔は、どこか安堵と誇らしさを帯びている。
その後ろに、制服を軽やかに着こなすユーマ・ライトニングが続き、その影から、ゆっくりと現れたのは――イングリッド・ゼロだった。
「――ただいま、ジョニー」
少女の声が、静かにミナレットの艦内に響く。
ジョニーは最初、目を瞬かせた。理解が追いつかず、一歩、二歩と彼女に歩み寄ってから、ようやく言葉を発した。
「……な、なんで……イングリッド、お前……ここに?」
イングリッドは少し照れくさそうに微笑み、スカートの裾をつまんで軽くお辞儀をした。
「検査、全部終わったの。ジャブローの医療チームと、ムラサメ博士が診てくれて。『宇宙生活も問題ない』って。治療は宇宙でも続けられるって聞いて、それなら……ジョニーと同じ場所がいいって言ったの」
「……お、お前……」
言葉を失うジョニーの横で、ジャコビアスがため息交じりに肩を竦める。
「おいおい、やけにしっかり理由つけて来てんじゃねぇか……」
「来てくれて、ありがとう」
ジョニーは、ようやく小さくそう呟いた。イングリッドはその言葉に頷き、すぐに彼の隣に並んだ。
一方、エイシアはジョニーと目を合わせ、そっと資料の詰まったデータパッドを差し出した。
「これは、ムラサメ博士から預かってきた資料。強化人間の治療計画、調整スケジュール、そして私たちの娘――イングリッドのための、具体的な処置内容の全て」
ジョニーがそれを受け取ると、エイシアは少し笑った。
「博士は言ってたわ。『君の丁寧な調整のおかげだな。彼女も数年すれば、フォウと同じように、定期的な投薬や調整なしでも安定するようになる』って」
ジョニーが驚いたように目を見開くと、エイシアは首を横に振って謙遜する。
「でも、それは博士の技術のおかげ。私は、あの人の補助をしただけ」
「いや、それでも……ありがとう。エイシア」
言葉に力を込めてジョニーが言うと、エイシアは僅かに目を伏せ、柔らかく微笑んだ。
「彼女は、私たちの娘でしょう? 私がやらなきゃ、誰がやるのよ」
その言葉に、イングリッドは一瞬きょとんとしたが、すぐに頬を染め、小さく笑った。
「うん。エイシアとジョニーと一緒がいい」
ユーマが後ろから苦笑混じりに言葉を挟む。
「何というか……やっと“家族”がそろった感じだな。あとは、あんたのロリコン疑惑をどうにかするだけだ、ジョニー」
「だからその話はやめろって言ってんだろ!」
一同に笑いがこぼれた。
再会のひとときの余韻がまだ部屋に残る中で、エイシアはふと立ち上がり、傍らに置いていた小さなケースを手に取った。
「――あ、そうそう。届け物は、まだあってね」
「……?」
ジョニーが不審げに眉をひそめると、エイシアはそのケースを開けて、中から薄型のIDカードを取り出した。手のひらより少し大きい、それは明らかに軍用の身分証だった。
「これ。あなたの“新しいID”よ」
「新しい……?」
ジョニーがカードを受け取ると、そこに映っていたのは、自分と同じ青い瞳と金髪を持ちながら、顔の輪郭や雰囲気のまるで違う男の顔写真。
「……『レッド・ウェイライン』? 誰だこれ?」
困惑するジョニーに、エイシアは今度はもう一つ、小型の黒い箱を取り出してパカリと開く。
「それとこれも。あの“疑惑”のせいで、あなた、サイド7をまともに歩けないじゃない? でも、このマスクとIDがあれば、堂々と歩けるわよ」
そこに収められていたのは――顔面に被る精巧なフェイスマスク。それは、IDに映っていた「レッド・ウェイライン」の顔そのものだった。
「……まさか、これって……!」
「ふふん。もちろん連邦の正式な軍籍も登録済み。連邦軍工兵隊所属、開発支援技術士官“レッド・ウェイライン少尉”。身分は保証されてるわ」
一瞬絶句していたジョニーが、何かを言おうとしたその時、傍らで話を聞いていたジャコビアスが堪えきれずに吹き出した。
「ぶっ……あはははは! 何だその名前! レッド・ウェイライン!? どこの中二病だよ、ジョニー!」
「っくく……おい、ジーメンス、これ軍籍偽造で懲罰受けんじゃねーのか? それともジョニーは“マスクヒーロー”でも目指すのか?」
ジーメンスも堪えきれず笑いながら肩を叩く。
「本人の意思ゼロで生まれた伝説だな、こりゃ」
「うるせえッ! てめぇら人の事情で笑うな!」
顔を真っ赤にしたジョニーがジャコビアスたちを睨みつける。その怒りと恥ずかしさに、イングリッドとユーマまでも小さく笑いを堪えていた。
ジョニーは溜息をついて肩を落としながら、もう一度マスクを見つめた。その瞳の奥に浮かぶ複雑な感情が、やがて静かな諦観に変わっていく。
「……ったく。あの疑惑だけでもう人生終わったかと思ったが……」
しばらく口を噤み、何度かマスクとIDを見比べた後、ふっと鼻で笑う。
「……ありがとよ、エイシア」
その声は、どこか照れくさく、そして静かな感謝に満ちていた。
エイシアは軽く微笑み、イングリッドの髪を撫でながら言う。
「あなたの娘も、そばにいるのよ。普通の生活、ちゃんと守らなきゃね?」
ジョニーは無言で頷き、マスクを手に取った。
こうして、「真紅の稲妻」ジョニー・ライデンは、サイド7で新たに――
《レッド・ウェイライン少尉》としての、第二の人生を歩み始めた。