ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
ナナイ・ミゲルは、廊下を歩いていた。
(イライラする)
ブーツの踵が、硬質の床を打つ音が煩わしい。
(イライラする)
眉をひそめたまま角を曲がる。
(イライラする!!)
拳を握りしめた。
誰かに八つ当たりするわけにもいかない。だが、爆発しそうなこの感情をどうすればいいのか分からなかった。
――連邦が変わった?そんなの、どうだっていい。
彼女は“兵士”になりたかったわけじゃない。
“戦う道具”として再利用されたかったわけでもない。
ナナイが望んだのは、“サイコミュ”に触れることだった。
あれには無数の可能性がある。人の思考を拡張し、機械と繋ぐその技術は、兵器だけにとどまらず未来を変えうるものだと、彼女は信じていた。
だから――あの研究に、関わりたかった。
けれど、現実はナナイの期待を裏切った。
オーガスタ研究所は、強化人間研究を凍結。
自分たちは“治療”され、“自由”を与えられた。
(治療ね。悪い気はしなかったけど……)
命を削るような訓練から解放されたことに、彼女も少なからず安堵した。
いずれ軍学校を出て、ニュータイプ研究所に進めばいい。
そう考えて、与えられた勉強もこなし、成績も上位に保った。
――だが、またもや運命は皮肉な方向に転がる。
ジオンと連邦の間に締結された新条約。
そこには、「サイコミュの開発および使用の全面禁止」が明記されていた。
(ふざけないで……!)
ナナイの希望は、白紙になったも同然だった。
だが、彼女には一つだけ、わずかな望みがあった。
同じオーガスタ出身の強化人間。今は伝説とされつつある存在――ゼロ・ムラサメと、ドゥー・ムラサメ。
時折、“同窓会”と称して、彼らはナナイの元を訪れた。
軍機に触れるようなことは何一つ語らなかった。だが、彼らの話しぶり、雰囲気――
言葉にならない空気の中に、“何かをやっている”という確信だけは感じられた。
(あの2人が関わってるなら、サイコミュの研究はまだどこかで続いてる……)
そう思ったナナイが注目したのは、連邦でもっとも秘密度の高い施設――ムラサメ研究所だった。
“表向き”は、ジオンのビット兵器に対抗するための装備開発とされている。
だが、裏では間違いなく“本物”が動いている。
――それが、ナナイの直感だった。
だから彼女は、軍学校での授業も手を抜かなかった。
他の生徒とつるむ気は無かったが、与えられた課題は完璧にこなした。
ムラサメ研究所に行く。その一点だけが、ナナイの原動力だった。
――なのに。
(……なんで、“募集停止”って文字が平然と告知されてんのよ)
プライドが崩れた。
「ゼロやドゥーに、推薦をお願いすれば?」という自分の中の声もあった。
でも――できなかった。
そんなことをすれば、自分の価値が“コネ”で決まってしまう気がして。
男でも女でも、自分より下だと思った相手には付き合ってこなかった。
好きな人なら、頼れたかもしれない。でもそんな相手は、いなかった。
結果として、彼女の怒りは周囲へと向かった。
正確には、“怒りのはけ口”だった。
授業での発表を噛んだ年下の生徒に、辛辣な言葉をぶつけた。
理屈を通さずに告白してきた男子を、鼻で笑った。
「努力不足よ」と切り捨てた。
そんな日々が続いたある日――
《ナナイ・ミゲル、軍学校繰り上げ卒業および進路変更。
ムラサメ研究所への転属を命ずる――》
その通達が届いた時、ナナイはその紙を30秒以上、読み返した。
表情も声もなく、ただ、じっと、紙を握りしめた。
(……やっと、“戦場”に立てる)
そう思った。
サイコミュの研究者として。あるいは、まだ見ぬ戦術理論の構築者として。
――これは、彼女にとって“始まり”の通知だった。
ムラサメ研究所 到着初日
鉄製のゲートが開いた時、ナナイ・ミゲルは一歩も躊躇せずにその敷居をまたいだ。
ようやく辿り着いた。
それが、彼女の胸の内にあった言葉だった。
受付に立っていた職員は、ややこわばった笑顔で彼女を迎えた。
歓迎の言葉は丁寧だったが、どこか気を遣っている気配がある。
だがナナイは、それを特に気に留めなかった。
そんな薄っぺらな感情よりも――彼女の目的は、もっと深いところにある。
(サイコミュに触れられるなら、なんでもいい)
そう思いながら、廊下を抜け、案内されたエリアで彼女は“本物”に出会う。
目の前に広がるのは、かつて夢見たもの。
いや、夢すら追いつけなかった“現実”の技術力だった。
大型ホロスクリーンに映し出された設計図――
──ビット制御ユニットの神経接続を切り離し、バイオセンサーへ転送する回路構造。
──オールドタイプにも使用可能な、補助AI搭載型バイオセンサー・コア。
──精神的負荷を軽減しながらビット操作を可能とする、強化型バイオセンサー。
(なにこれ……バケモノみたいな発想……)
ナナイは目を見開いた。
数十年先に進むには、まず10年かけて一歩を刻むはずだった。
だが――ここには、「誰か」がその常識を無視して、飛び越えていた。
そして彼女の視線は、ある一角の制御ブースに注がれる。
そこには、かつて噂に聞いたもの――
サイコ・フレーム。
その微細構造には、いくつもの未知の概念が含まれていた。
バイオセンサーの“精神反応回路”を物理的に拡張したようなその機能。
ニュータイプの思考に、機体そのものが反応する――という理屈は知識として持っていたが、それがこうも美しく、精密にまとめられているとは思わなかった。
(……これ、本当に、現実にあるの?)
そして――研究棟の最深部。
閲覧許可の範囲内で最後に示されたデータが、彼女の思考を凍らせた。
《フル・サイコフレーム構造》
MS全身の骨格をサイコ・フレームで組み上げるという狂気の発想。
それを現実の製造ラインに乗せようとしているのだ。
(普通……何十年もかけて、1世代ずつ積み上げていく技術のはずじゃ……)
だが、ここではそれが“当たり前”に進行していた。
理由は明白だった。
この全ての技術に共通していた、たった一つの開発責任者の名前。
――ムラサメ博士。
天才。その言葉では足りない。
そして、彼の隣に立ち、端末を操作していたのが――
「……リタ・ベルナル」
ナナイは目を細めた。
その名は知っていた。いや、顔も。
同じオーガスタ出身の強化人間。
ムラサメ研究所でのゼロ・ムラサメやドゥー・ムラサメと同じ“特別扱い”されていた存在。
訓練では滅多に顔を合わせなかったが、彼女が“特別な力”を持っていることは、研究施設内の空気が教えてくれていた。
今、そのリタが、サイコ・フレーム設計の補佐をしている。
(あの子が……今、ムラサメ博士の横に?)
ナナイの中に、静かに火が灯った。
妬みでも憧れでもない。
ただ――目標だった。
この研究所でなら、自分の“能力”も“知識”も、最大限に活かせる。
ようやく“到達した場所”で。
ようやく“本当のスタート”に、立てた気がした。
彼女は手に持っていた配属資料を胸元に押し当て、小さく息をついた。
(さあ、ここからよ……)
次の瞬間、リタがこちらに気付き、ほんの少し微笑んで会釈を送ってくる。
ナナイも、そっと頷き返した。
ただし、その目は――まっすぐに、野心に燃えていた。
本来はナナイさんが未来で作る技術ですが、ここではムラサメ博士がリタの未来知識から先取り開発してるので。
リタがパイロットとして、アルレットが整備士として前線行っちゃうので代わりの補佐に来てもらいました。