ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
EXAMを巡る最終決戦のあと、ユウ・カジマは重く沈んだ足取りで、中立コロニーの病院の名が記された一枚の紙を握っていた。
紙の端には、血に滲んだ指跡が残っている。戦いの直後、倒れ伏したニムバス・シュターゼンが、わずかに口を動かして残した最後の言葉だった。
――「マリオンは……ここにいる。頼んだぞ……ユウ・カジマ」
それだけを言い残し、男は静かに息を引き取った。
ユウはその言葉を、すぐには信じられなかった。
EXAMの呪縛に取り憑かれ、狂気のような執念で戦場を駆けたあの男が、最期に少女を託すとは。
EXAMに触れた者は誰もが、“声”を聞く。
あの装置に囚われた少女、マリオン・ウィルチの戦いに悲しむ声を。
だが、ニムバスだけは――頑なに、それを「戯言」と退けた。
ユウ・カジマが一度、そのことに触れたときも、彼はただ苦笑してこう言っただけだった。
「……ユウ・カジマ、貴様の戯言は聞き飽きた」
マリオン・ウィルチ――
あの“声”の主。
EXAMシステムに囚われ、機械の奥底で眠り続けていた存在。
彼女の意識は戻らないまま、システムごと失われたとされていた。
だが、紙に記された病院へ向かうと、そこには確かにマリオンがいた。
白く整えられた個室のベッドに横たわり、静かに眠る少女。
そして驚くべきことに、ユウが名を呼ぶと、マリオンはゆっくりと、瞼を開いた。
EXAMの完全な崩壊――
それは、皮肉にもマリオンの解放につながっていたのだ。
*
「こちらの方ですよ」
案内された個室に、白いカーテンとシーツに囲まれて――彼女は、いた。
マリオン・ウィルチ。
EXAMに魂を囚われた、かつての天才少女。
しかし、その目は――
「……ユウ?」
――確かに、開いていた。
ユウは言葉を失った。死んだも同然とまで言われた彼女の意識が、戻っていたのだ。
「……俺だ、マリオン。ユウ・カジマだ」
マリオンの唇が、ほんのわずかに微笑む。
「夢だと思った……ずっと、長い夢の中で……誰かが、私を呼んでいた……」
「ニムバスは……お前を守ろうとしていたよ。……最後まで、お前の名前を呼んでいた」
マリオンの瞳が揺れた。目元がほんのり濡れ、微かに彼女の手が震えた。
「ニムバス……そう。あの人は、私を……」
ユウは静かに言葉を継ぐ。
「ここも、もう安全じゃない。連邦が宇宙から撤退した以上、中立のここもいつジオンに見つかるかわからない。……地球のもっと安全な病院へ君を連れていく」
「……私は……」マリオンの声がかすれた。「まだ……夢の中にいる気がするの。EXAMも、戦争も、全部――」
ユウは、ゆっくりと彼女の手を握った。
「夢なら、これから一緒に目覚めればいい。……地上で」
マリオンは微かに頷いた。あの日、暴走する機械と憎悪の業に囚われた少女ではない、ただの「マリオン」として。
ユウは、再び彼女を守ることを誓った。かつて彼女の魂を引き裂いた戦いの後、今度こそ穏やかな日々へと導くために。
ユウはその後、彼女を連邦軍の監視の及ばぬ地球の小さな病院へと移した。
連邦とジオンは表向き、サイコミュやニュータイプ研究を制限する取り決めを交わしていたが、裏では何が行われるかわからない。
コロニーに残しておけば、マリオンが再び実験体として狙われる可能性もあった。
彼女の命を守る――
それが、あの最期の戦いでユウに課された、もうひとつの使命だった。
*
EXAMを“使い続けた”男は、少女の声を「戯言」だと切り捨てていた。
だがその実、ずっと心の奥底で彼女を守ろうとしていたのかもしれない。
自分から好敵手を奪った者への怒りと、犠牲を無価値にしないための義務感。
その狭間で、ニムバス・シュターゼンという男は、静かに壊れていったのだろう。
あの言葉は、最期の一線で彼が保ち続けた、人間としての矜持だった。
ユウ・カジマはそれを、決して忘れない。
病院の中庭。
風は穏やかで、午後の日差しがベンチに差し込んでいた。
マリオン・ウィルチは白いリハビリ用のワンピース姿で、少し照れながらも笑みを浮かべていた。
彼女の隣にはユウ・カジマ。そして、その向かいに座るのは、サマナ・フュリスとフィリップ・ヒューズ。EXAM事件を戦い抜いた仲間たちだった。
「こんな可愛い子がさ……あの、とんでもねえ強さのEXAMの、大元になったってのかよ?」
フィリップが、あっけらかんとした口調で感想を漏らす。
「EXAMは、クルストのニュータイプへの恐怖が暴走して生まれた“装置”に過ぎない。マリオンは、その暴走とは無関係だ」
ユウは静かに断言した。
「そうですよ、フィリップさん。クルスト博士の恐怖心は、もはや妄執の域でした」
サマナもきっぱりと続ける。
「……そっか。ごめんな、マリオンちゃん」
フィリップが少し肩をすくめながら、謝る。
マリオンは、微笑みかけようとして──それより少し早く、顔を伏せた。
「……でも……私の“魂”が使われたEXAMで、たくさんの人が……死んだのは、事実ですから」
声は震えていた。
その瞬間、ユウとサマナの目が、同時にフィリップを睨んだ。
「あーやべぇ」とばかりに、フィリップは慌てて手を振った。
「ま、待てって!そうだ、忘れてた!ナースさんに聞いたぜ。マリオンちゃん、食事もう普通にできるって言ってたよな?だから俺、これ作ってきたんだ!」
そう言って、彼は持ってきた布張りのバスケットを差し出した。
「……またパンか」
ユウがあきれ顔で言う。
「見舞いなんだから、もっとこう……良い品を持ってくればいいのに」
サマナはすかさず被せる。
「おいサマナ! 俺のパンが“悪い品”だってのかあ~!?」
フィリップはサマナの首を軽く絞める。サマナは笑いながら抵抗する。
「事実でしょ~!」
くすくす、と笑ったマリオンは、バスケットの中からパンをひとつ手に取った。
そして割ってみて、首をかしげた。
「……中、黒い……?」
「ふふっ、それが“あんぱん”ってやつだ。甘いのが入ってるんだぜ。女の子なら、甘いものが好きだろ?」
フィリップが誇らしげに胸を張る。
「……考えたな」
ユウが感心するように言った。
「確かに。中身があんこなら……フィリップさんのパンでも、美味しくできるかもしれませんね」
サマナが悪びれずに言う。
「お前らなあああああ!」
そんな掛け合いをよそに、マリオンはゆっくりと一口かじった。
そして、はにかむように微笑む。
「……美味しいです。本当に」
ユウは少し目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「そうか。じゃあ、俺も一つ」
バスケットからもう一つ取り出し、かじる。
「……ああ。確かに、今回は当たりだな」
「えっ、本当ですか?」
サマナも続けて一つ手に取り、口に入れ──驚いたようにうなずいた。
「……うん。これ、普通に美味しい……!」
「だろー! この調子良い奴らめ!なあ、マリオンちゃん?」
フィリップが笑って、軽く頭をかく。
マリオンはパンを両手で持ちつつ、にこりと笑う。
「でも……皆さんで食べられるように、たくさん作ってきてくれたんですよね。……フィリップさん、優しいんですね」
「う……」
急に褒められて、フィリップは言葉に詰まり、赤くなりながらバスケットからさらに一つ取り出す。
「お、俺も食うわ!」
照れ隠しのようにかじりつく。
病院の中庭に、ささやかな笑い声と、パンをかじる音が広がっていた。
そんな、ささやかで温かな日常が――
かつてEXAMに囚われ、長い昏睡の中で失われていたマリオンの時間を、少しずつ、静かに癒してくれる。
ユウ・カジマは、そう信じていた。
この笑顔のひとつひとつが、マリオンの「今」を取り戻すための一歩になると――。
マリオン・ウィルチの体調がほぼ回復し、医師から「そろそろ退院の時期だろう」と言われていた頃だった。
彼女は、突然「意識を失う」症状に見舞われ始めた。
最初は数日に一度。だが、徐々に間隔は狭まり、昏倒するたびに回復までの時間も長くなっていった。
半年が経った頃、マリオンは再び昏睡状態に陥っていた。
――彼女自身にも理由はわからなかった。
医師も首を傾げるばかりだった。あれほど順調に回復していた身体に、何が起きたのか。
***
「……マリオンちゃんが、また眠ったってのか……?」
パン屋のカウンター越し、フィリップ・ヒューズは強く拳を握り締めた。
彼の前には、ユウ・カジマとサマナ・フュリスが座っていた。
店の奥からは、焼きたてのパンの香りが漂っていたが、三人の会話は重苦しいものだった。
「やっと再スタートできると思ったのに、なんでこんなことになるんだよ……!」
「……あの、ユウさん」サマナが口を開く。
「マリオンさん、連邦本部直属の病院に診せてみませんか? あっちの方が、設備や知見も進んでいるかもしれません」
「……医師にも勧められた。だが、俺はそれに乗れなかった」
ユウの声は、低く重い。
「……連邦が“ジオン”とは違うという保証が、どこにある?」
「それは……」
サマナは返す言葉に詰まった。
「難しいわな」
「表向きは“サイコミュ研究は禁止”って言ってるが、裏じゃどうだか分からん」
「でも、連邦ではブレックス准将が“強化人間を道具扱いしない”って正式に声明を……」
「そもそも作ったのが連邦だ。今さら言われても信用なんてできるかよ」
重苦しい沈黙が、三人を包んだ。
「いざ入院したら、知らないうちに“存在しない病院”に転院させられて、もう会えません、なんてこともあるかもしれねぇ」
「……それを止められる上層部との繋がりが、今の俺たちにはない」
「繋がりか……」
「だが、作れるかもしれない」
「どういうことだ、ユウ?」
「今、連邦は“ニュータイプ”の発掘に躍起になってる。ニュータイプは、希望とされている。だから、大切に扱われる」
「……ああ。最強のアムロ・レイがその象徴だからな。近い力を持つ存在を確保したいわけか」
「その流れで、各基地では“アレックスのパイロット適性”を見るためのスコア選抜が始まってる。上位者は、シミュレーターでアレックスを扱える」
「ってことは……」
「俺がそのテストに通れば、ジャブローに行ける。そこで上層部との繋がりが生まれる。
それができれば――本当に連邦が“強化人間をどう扱うか”も、自分の目で確かめられる」
フィリップは、しばし無言でユウを見つめてから――ふっと笑って肩を叩いた。
「お前らしいな、ユウ。俺はパン屋を続けるし、政治のことはよく分からんが……応援はするぜ」
「それしかないからな」
「で、ユウさん。スコア調査の最終日は、いつなんですか?」
ユウが短く答えた。
「明日だ」
「――え!?」
サマナは大きく目を見開き、慌てて手持ちの端末を確認する。
「ホントだ……! 忘れてました……!」
「お前は今も現役パイロットだろうが!」フィリップが叱るように声を上げた。
「だって……ネモがすごく良い機体なんですもん! アレックスなんて、使えると思ってなかったんですよ!」
「……俺もマリオンが倒れるまでは日付なんて気にもしてなかった。サマナが忘れていても仕方ない」
三人は、再び真剣な表情で頷きあった。
マリオンの眠りの理由はまだ分からない。
だが、彼女を守るために――ユウはもう一度、前に出ると決めた。
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