ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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幕間: ユウ・カジマ1

EXAMを巡る最終決戦のあと、ユウ・カジマは重く沈んだ足取りで、中立コロニーの病院の名が記された一枚の紙を握っていた。

紙の端には、血に滲んだ指跡が残っている。戦いの直後、倒れ伏したニムバス・シュターゼンが、わずかに口を動かして残した最後の言葉だった。

 

――「マリオンは……ここにいる。頼んだぞ……ユウ・カジマ」

 

それだけを言い残し、男は静かに息を引き取った。

 

ユウはその言葉を、すぐには信じられなかった。

EXAMの呪縛に取り憑かれ、狂気のような執念で戦場を駆けたあの男が、最期に少女を託すとは。

 

EXAMに触れた者は誰もが、“声”を聞く。

あの装置に囚われた少女、マリオン・ウィルチの戦いに悲しむ声を。

 

だが、ニムバスだけは――頑なに、それを「戯言」と退けた。

 

ユウ・カジマが一度、そのことに触れたときも、彼はただ苦笑してこう言っただけだった。

「……ユウ・カジマ、貴様の戯言は聞き飽きた」

 

 

マリオン・ウィルチ――

あの“声”の主。

EXAMシステムに囚われ、機械の奥底で眠り続けていた存在。

 

彼女の意識は戻らないまま、システムごと失われたとされていた。

 

だが、紙に記された病院へ向かうと、そこには確かにマリオンがいた。

白く整えられた個室のベッドに横たわり、静かに眠る少女。

 

そして驚くべきことに、ユウが名を呼ぶと、マリオンはゆっくりと、瞼を開いた。

 

EXAMの完全な崩壊――

それは、皮肉にもマリオンの解放につながっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「こちらの方ですよ」

案内された個室に、白いカーテンとシーツに囲まれて――彼女は、いた。

 

マリオン・ウィルチ。

 

EXAMに魂を囚われた、かつての天才少女。

 

しかし、その目は――

 

「……ユウ?」

 

――確かに、開いていた。

 

ユウは言葉を失った。死んだも同然とまで言われた彼女の意識が、戻っていたのだ。

 

「……俺だ、マリオン。ユウ・カジマだ」

 

マリオンの唇が、ほんのわずかに微笑む。

 

「夢だと思った……ずっと、長い夢の中で……誰かが、私を呼んでいた……」

 

「ニムバスは……お前を守ろうとしていたよ。……最後まで、お前の名前を呼んでいた」

 

マリオンの瞳が揺れた。目元がほんのり濡れ、微かに彼女の手が震えた。

 

「ニムバス……そう。あの人は、私を……」

 

ユウは静かに言葉を継ぐ。

 

「ここも、もう安全じゃない。連邦が宇宙から撤退した以上、中立のここもいつジオンに見つかるかわからない。……地球のもっと安全な病院へ君を連れていく」

 

「……私は……」マリオンの声がかすれた。「まだ……夢の中にいる気がするの。EXAMも、戦争も、全部――」

 

ユウは、ゆっくりと彼女の手を握った。

 

「夢なら、これから一緒に目覚めればいい。……地上で」

 

マリオンは微かに頷いた。あの日、暴走する機械と憎悪の業に囚われた少女ではない、ただの「マリオン」として。

 

ユウは、再び彼女を守ることを誓った。かつて彼女の魂を引き裂いた戦いの後、今度こそ穏やかな日々へと導くために。

 

 

ユウはその後、彼女を連邦軍の監視の及ばぬ地球の小さな病院へと移した。

連邦とジオンは表向き、サイコミュやニュータイプ研究を制限する取り決めを交わしていたが、裏では何が行われるかわからない。

コロニーに残しておけば、マリオンが再び実験体として狙われる可能性もあった。

 

彼女の命を守る――

それが、あの最期の戦いでユウに課された、もうひとつの使命だった。

 

 

EXAMを“使い続けた”男は、少女の声を「戯言」だと切り捨てていた。

だがその実、ずっと心の奥底で彼女を守ろうとしていたのかもしれない。

自分から好敵手を奪った者への怒りと、犠牲を無価値にしないための義務感。

その狭間で、ニムバス・シュターゼンという男は、静かに壊れていったのだろう。

 

 

あの言葉は、最期の一線で彼が保ち続けた、人間としての矜持だった。

 

ユウ・カジマはそれを、決して忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の中庭。

風は穏やかで、午後の日差しがベンチに差し込んでいた。

マリオン・ウィルチは白いリハビリ用のワンピース姿で、少し照れながらも笑みを浮かべていた。

彼女の隣にはユウ・カジマ。そして、その向かいに座るのは、サマナ・フュリスとフィリップ・ヒューズ。EXAM事件を戦い抜いた仲間たちだった。

 

「こんな可愛い子がさ……あの、とんでもねえ強さのEXAMの、大元になったってのかよ?」

 

フィリップが、あっけらかんとした口調で感想を漏らす。

 

「EXAMは、クルストのニュータイプへの恐怖が暴走して生まれた“装置”に過ぎない。マリオンは、その暴走とは無関係だ」

ユウは静かに断言した。

 

「そうですよ、フィリップさん。クルスト博士の恐怖心は、もはや妄執の域でした」

サマナもきっぱりと続ける。

 

「……そっか。ごめんな、マリオンちゃん」

フィリップが少し肩をすくめながら、謝る。

 

マリオンは、微笑みかけようとして──それより少し早く、顔を伏せた。

 

「……でも……私の“魂”が使われたEXAMで、たくさんの人が……死んだのは、事実ですから」

 

声は震えていた。

 

その瞬間、ユウとサマナの目が、同時にフィリップを睨んだ。

「あーやべぇ」とばかりに、フィリップは慌てて手を振った。

 

「ま、待てって!そうだ、忘れてた!ナースさんに聞いたぜ。マリオンちゃん、食事もう普通にできるって言ってたよな?だから俺、これ作ってきたんだ!」

そう言って、彼は持ってきた布張りのバスケットを差し出した。

 

「……またパンか」

ユウがあきれ顔で言う。

 

「見舞いなんだから、もっとこう……良い品を持ってくればいいのに」

サマナはすかさず被せる。

 

「おいサマナ! 俺のパンが“悪い品”だってのかあ~!?」

フィリップはサマナの首を軽く絞める。サマナは笑いながら抵抗する。

 

「事実でしょ~!」

 

くすくす、と笑ったマリオンは、バスケットの中からパンをひとつ手に取った。

そして割ってみて、首をかしげた。

 

「……中、黒い……?」

 

「ふふっ、それが“あんぱん”ってやつだ。甘いのが入ってるんだぜ。女の子なら、甘いものが好きだろ?」

フィリップが誇らしげに胸を張る。

 

「……考えたな」

ユウが感心するように言った。

 

「確かに。中身があんこなら……フィリップさんのパンでも、美味しくできるかもしれませんね」

サマナが悪びれずに言う。

 

「お前らなあああああ!」

 

そんな掛け合いをよそに、マリオンはゆっくりと一口かじった。

そして、はにかむように微笑む。

 

「……美味しいです。本当に」

 

ユウは少し目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。

 

「そうか。じゃあ、俺も一つ」

バスケットからもう一つ取り出し、かじる。

 

「……ああ。確かに、今回は当たりだな」

 

「えっ、本当ですか?」

サマナも続けて一つ手に取り、口に入れ──驚いたようにうなずいた。

「……うん。これ、普通に美味しい……!」

 

「だろー! この調子良い奴らめ!なあ、マリオンちゃん?」

フィリップが笑って、軽く頭をかく。

 

マリオンはパンを両手で持ちつつ、にこりと笑う。

 

「でも……皆さんで食べられるように、たくさん作ってきてくれたんですよね。……フィリップさん、優しいんですね」

 

「う……」

急に褒められて、フィリップは言葉に詰まり、赤くなりながらバスケットからさらに一つ取り出す。

 

「お、俺も食うわ!」

照れ隠しのようにかじりつく。

 

病院の中庭に、ささやかな笑い声と、パンをかじる音が広がっていた。

そんな、ささやかで温かな日常が――

かつてEXAMに囚われ、長い昏睡の中で失われていたマリオンの時間を、少しずつ、静かに癒してくれる。

 

ユウ・カジマは、そう信じていた。

この笑顔のひとつひとつが、マリオンの「今」を取り戻すための一歩になると――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリオン・ウィルチの体調がほぼ回復し、医師から「そろそろ退院の時期だろう」と言われていた頃だった。

彼女は、突然「意識を失う」症状に見舞われ始めた。

 

最初は数日に一度。だが、徐々に間隔は狭まり、昏倒するたびに回復までの時間も長くなっていった。

半年が経った頃、マリオンは再び昏睡状態に陥っていた。

 

――彼女自身にも理由はわからなかった。

医師も首を傾げるばかりだった。あれほど順調に回復していた身体に、何が起きたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「……マリオンちゃんが、また眠ったってのか……?」

 

パン屋のカウンター越し、フィリップ・ヒューズは強く拳を握り締めた。

彼の前には、ユウ・カジマとサマナ・フュリスが座っていた。

店の奥からは、焼きたてのパンの香りが漂っていたが、三人の会話は重苦しいものだった。

 

「やっと再スタートできると思ったのに、なんでこんなことになるんだよ……!」

 

「……あの、ユウさん」サマナが口を開く。

「マリオンさん、連邦本部直属の病院に診せてみませんか? あっちの方が、設備や知見も進んでいるかもしれません」

 

「……医師にも勧められた。だが、俺はそれに乗れなかった」

 

ユウの声は、低く重い。

 

「……連邦が“ジオン”とは違うという保証が、どこにある?」

 

「それは……」

 

サマナは返す言葉に詰まった。

 

「難しいわな」

「表向きは“サイコミュ研究は禁止”って言ってるが、裏じゃどうだか分からん」

 

「でも、連邦ではブレックス准将が“強化人間を道具扱いしない”って正式に声明を……」

 

「そもそも作ったのが連邦だ。今さら言われても信用なんてできるかよ」

 

重苦しい沈黙が、三人を包んだ。

 

「いざ入院したら、知らないうちに“存在しない病院”に転院させられて、もう会えません、なんてこともあるかもしれねぇ」

 

「……それを止められる上層部との繋がりが、今の俺たちにはない」

 

「繋がりか……」

「だが、作れるかもしれない」

 

「どういうことだ、ユウ?」

 

「今、連邦は“ニュータイプ”の発掘に躍起になってる。ニュータイプは、希望とされている。だから、大切に扱われる」

 

「……ああ。最強のアムロ・レイがその象徴だからな。近い力を持つ存在を確保したいわけか」

 

「その流れで、各基地では“アレックスのパイロット適性”を見るためのスコア選抜が始まってる。上位者は、シミュレーターでアレックスを扱える」

 

「ってことは……」

 

「俺がそのテストに通れば、ジャブローに行ける。そこで上層部との繋がりが生まれる。

 それができれば――本当に連邦が“強化人間をどう扱うか”も、自分の目で確かめられる」

 

フィリップは、しばし無言でユウを見つめてから――ふっと笑って肩を叩いた。

 

「お前らしいな、ユウ。俺はパン屋を続けるし、政治のことはよく分からんが……応援はするぜ」

 

「それしかないからな」

 

「で、ユウさん。スコア調査の最終日は、いつなんですか?」

 

ユウが短く答えた。

 

「明日だ」

 

「――え!?」

 

サマナは大きく目を見開き、慌てて手持ちの端末を確認する。

 

「ホントだ……! 忘れてました……!」

 

「お前は今も現役パイロットだろうが!」フィリップが叱るように声を上げた。

 

「だって……ネモがすごく良い機体なんですもん! アレックスなんて、使えると思ってなかったんですよ!」

 

「……俺もマリオンが倒れるまでは日付なんて気にもしてなかった。サマナが忘れていても仕方ない」

 

三人は、再び真剣な表情で頷きあった。

マリオンの眠りの理由はまだ分からない。

だが、彼女を守るために――ユウはもう一度、前に出ると決めた。

 

 




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