ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【地球連邦軍 基地 試験シミュレータールーム】
シミュレーター備え付きの操作端末に向かって、データを睨むように見ていた男が、足音に気づいて顔を上げた。
「……あん?」
アルフ・カムラ技術士官――一年戦争中、EXAM部隊の技術担当だった男が振り返る。
「ユウじゃねえか。お前がこの部屋に何の用だ?」
シミュレータールームに入ってきたのは、いつもとは違う顔つきのユウ・カジマ。
その隣には、少し緊張した面持ちのサマナ・フュリスも立っていた。
「アレックス選抜試験のシミュレーターに乗りに来た」
「……お前がか」
カムラは口をへの字に曲げて、露骨な懐疑の眼差しを投げた。
「前にやった時は明らかに手ェ抜いてたじゃねえか。今さら“やる気になりました”って顔されてもな」
「今度は本気でやる。理由ができた」
ユウの声には、一切の迷いがなかった。
カムラは一瞬だけ表情を曇らせたあと、ため息をついて背を向け、端末を操作しながら言った。
「……へぇ、そうかい。“アレックスに乗りたい”って口で言う連中は山ほど見てきたが、テストに通る奴はほんの一握りだぜ。ま、ブルーの次が完成してりゃ、アレックスすら超えてたかもしれんがな」
「やめましょうよ、その話」
サマナが険しい表情で言った。
「“ブルーの次”――あの計画は、マリオンちゃんを犠牲にしたEXAMシステムの延長でしかなかったじゃないですか」
「……ぐっ」
カムラの眉がわずかに動いた。
「だがな。ニュータイプってのは戦場の中じゃ“現象”みてぇなもんだ。奴らに勝とうとしたら、こっちも“現象”に近づくしかねえ。その手段が、俺たちのEXAMだった。……マリオンを犠牲にしてまでやることじゃなかったのは認めるが」
「わかってるなら、もうそれでいいです」
サマナは目を逸らした。
「今の連邦はEXAMなんて求めてません。テム・レイ博士のアレックスと、バイオセンサー技術の延長線を選んだんです」
「チッ……テム・レイねぇ」
カムラは鼻で笑う。
「確かにあいつは天才だ。あいつのアレックスが連邦の未来を握る……ってのは、技術者仲間の間でも常識になりつつある。だがな、俺はまだ認めちゃいねぇ」
その目に宿るのは、燃え尽きていないプライドの炎。
「……で、シミュレーターに乗せてくれるのか?」
ユウが静かに口を開く。
「乗れよ」
カムラは端末の操作を終えると、皮肉げに笑った。
「本気でやるってんなら、選抜の上位に食い込めるだろうさ。その先、アレックスのパイロットに選ばれるかどうかは知らんけどな」
「十分だ。それでいい」
ユウは一言そう言い残して、シミュレーターブースの扉を開け、中へと入っていった。
その背中には、過去を背負いながらも未来を変えようとする、静かな決意がにじんでいた。
【シミュレータールーム外 観測室】
アレックス選抜試験のシミュレーター映像が大型モニターに映し出されていた。そこには、鋭い動きで戦場を駆け抜ける一機のモビルスーツ――ユウ・カジマの操るネモの姿があった。
「……本気でやってんだな、あいつ」
「当たり前ですよ」
サマナは真っ直ぐに画面を見つめながら、迷いのない声で返した。
「ユウさんは――マリオンさんのためにここまで来たんです」
「……フン」
カムラはモニターを睨みながら、鼻で笑った。その表情はどこか不満げだった。
「やはり、鈍ってやがるな」
「鈍ってる……ですか?」
サマナが眉をひそめる。
「そうだよ。今の奴の回避からの反撃――遅え。反応そのものは悪くないが、判断と動作に一拍、いや、二拍は遅れがある」
カムラの目は鋭かった。
「ブルーに乗ってた頃のユウなら、EXAM使ってなくても――撃たれる前に敵を仕留めてたぜ」
「それは……でも、ユウさんに勝てるパイロットなんて、そうそういないはずです」
サマナが必死に言葉を探す。
「確かに。一年戦争の頃の感覚で言えば、今のユウでも十分に“強い”さ」
だが――と、カムラは言葉を続けた。
「だがな、今の連邦は変わってきてる。アレックスとネモの実戦投入以降、"最強の3人"なんて呼ばれ始めてる奴らに感化された奴らが化け始めてる。“普通の強さ”じゃ、トップには立てねぇ時代になったんだよ」
サマナが言葉を失ったところで、シミュレータールームの扉が開いた。
ユウ・カジマが静かに歩み出る。その額には汗が滲み、肩で息をしている――だが、その眼光は鋭さを増していた。
「……すごいですよ、ユウさん!」
サマナが駆け寄って言う。
「だが……」
ユウは目線を操作盤に向け、モニターに映るスコアを一瞥した。
「スコアは“2位”だった」
「えっ!?」
サマナの声が裏返る。
「ユウさんが……2位?」
カムラが肩をすくめた。
「当然だろ。ユウ、お前が“マリオンのために本気でやる”って決めたのが、せめて1週間早けりゃな……」
目を細める。
「1週間あれば、お前ならブルーの頃の勘を取り戻せた。“1位”にも届いたはずだ」
「……」
ユウは何も言わず、静かにモニターを見つめている。
サマナが口を開いた。
「じゃあ、“1位”は一体誰なんですか……?」
「イオ・フレミング」
カムラが無造作に答える。
「あいつも、俺たちと同じで“テム・レイの失脚”のとばっちりを受けて、在庫処分のようにガンダムを押し付けられた口だ」
「イオ・フレミング……」
ユウが少しだけ目を見開く。
「金髪の、やたらジャズが好きな奴か?」
「ああ、そいつだ」
カムラは吐き捨てるように笑った。
「ブルーに乗ってた頃のお前なら、圧倒してただろうにな。鈍りすぎたな、ユウ。明日のアレックス選抜試験――勝率は低いぞ」
「……それでも、やるしかない」
ユウは、静かに答えた。
その声には、かつてEXAMと共に地獄を見た男の、確かな覚悟がにじんでいた。
「……スコア2位なら、次はアレックスで試せる」
カムラが立ち上がり、備え付けの端末に指を走らせながら言った。
「さっさともう一度入れ。搭乗機をアレックスに切り替えてやる」
「カムラ……」
ユウが思わずその背中に声をかける。
「フン」
カムラは、鼻で笑って振り向かない。
「テム・レイのアレックスに、お前が乗るなんて正直気に食わねぇ。だがな――」
その指が止まらずに端末を操作しながら、続けた。
「……マリオンのために必要だってんなら、明日までに“カン”を取り戻せなくても、せめてアレックスには慣れとけ。あいつの反応はネモとは比べもんにならねぇぞ」
「そんなにですか?」
サマナが身を乗り出す。
「ネモだって十分すぎるぐらい速いのに」
「雲泥の差だね」
カムラは端末から顔も上げずに答えた。
「しかも、アレックスには“バイオセンサー”がついてる。オールドタイプのお前がその恩恵を受けたきゃ、専用の調整が必要だが、明日までじゃあ間に合わん……ブルーに乗ってた頃のお前なら、いざとなりゃマリオンが内側から手を貸してくれたかもしれねぇ。だが、今はそれもない」
端末の操作が完了すると、カムラはようやく顔を上げた。
「突きつけられるぞ。ユウ。――“1年の差”ってやつをな」
「……」
「相手はブルーに乗ってた頃のお前より、きっと弱い」
カムラは言葉を絞り出すように続けた。
「だが、それでも――お前が負ける可能性の方が高い」
「……それでも、やるさ」
ユウは静かに、それでもはっきりとした声で応えた。
「俺はマリオンを、必ず直させてみせる」
その眼差しに、かつての“蒼い死神”が蘇ったような光が宿っていた。
「僕がお相手します!」
サマナが声を上げ、ネモのデータが登録されたシミュレーターユニットに駆け込んだ。
ユウは目で礼を言った後に、アレックスの端末にログインし、起動手順を淡々と踏んでいく。やがて、コクピットを模したシミュレーター内部に接続され、視界が戦場へと切り替わった。
その瞬間――。
「……っ、なんだこれは」
ユウが低く呻く。機体の反応が、意識より数歩速く走る。ネモとは次元の違う“追従性”に、思わず制御を誤りかけた。
「だから言ったろ。雲泥の差だってよ」
「言っとくがな、向こうに“同じように反応についていけない”なんて甘えた期待はするなよ。向こうのアレックスには、バイオセンサーのオールドタイプ用調整が済んでるんだからな」
「えっ、それって……カムラさんがやったんですか!?」
サマナがコクピット越しに驚く。
「たりめえだ!」
カムラが胸を張る。
「この基地に、あんな技術者の腕頼みのバイオセンサー調整をやれる奴が何人いると思ってんだよ? 俺くらいしかいねぇっての!」
「なんでそんなに自慢げなんですか……ユウさんが不利になるのに」
サマナがぼやいた。
「だから言ったんだよ!」
「“1週間早けりゃよかった”ってな! ユウ用の調整だって、喜んでやってやったさ! せめて一言言ってくれてりゃよ……そしたら前もって、お前の古いデータを引っ張り出して、どうにか調整くらいしてやれたのによ!」
「でも……ユウさんの過去の戦闘データって、EXAMの破壊時に、上層部の指示で全部削除されたんじゃ?」
サマナの言葉に、カムラの動きがピタリと止まる。
「……」
視線を逸らすカムラ。
「……カムラ?」
ユウが、静かに問いかける。
「形を変えてだな……分解して、基地の端末から切り離して……残ってる“かもしれねぇ”な」
カムラは頭をかきながら、ぼそりと答えた。
「え、それって完全にマズいんじゃ……?」
サマナが引きつった顔をする。
「だから言ってんだろ。“形を変えて”ってな!」
カムラは語気を強めた。
「戦闘データのファイル名にも拡張子にも見えねぇようにした上で、復元に1週間はかかるように、原型から遠ざけて保存してあるんだよ!」
「……やるな」
ユウが短く漏らす。
カムラはわずかに口角を上げ、肩をすくめた。
「……だがな、今さら引っ張り出したところで、昔のデータは“昔のお前”のもんだ」
彼は備え付けの端末を叩きながら、冷静に言葉を続ける。
「今のお前に合わせたバイオセンサーの調整も、戦闘OSの最適化も……もう間に合わねえ。明日の選抜には到底ぶっつけだ」
ユウは黙ってそれを聞きながら、軽く首を回して答えた。
「上等だ。慣れればいいんだろ、今のこいつに」
カムラは鼻を鳴らした。
「慣れりゃあ使えるって代物でもねえんだがな。だが、お前ならやれなくもない」
そして、モニターを一瞥しながら、重い口調で続けた。
「……だから付き合ってやるよ。夜通しでも構わん。アレックスの癖ってやつを、嫌ってほど叩き込んでやる」
「助かる」
ユウが静かに返す。
「だが、お前の方こそ体を壊すなよ」
「心配すんな。昔みたいに、お前が勝手に暴れて帰ってくるよりは、何倍もマシな仕事だ」
小さく笑ってそう言うカムラの背中に、サマナがぽつりと呟いた。
「……なんだかんだで、皆さん変わってないですね」
その言葉に、ユウも、ほんの少しだけ、口元を綻ばせた。
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