ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【フィリップのパン屋】
「…………」
ひたすら考え込んでいるフィリップ。
横ではカムラがパンを貪り食っていた。
「くそっ……!あと1週間あれば、ユウなら……!」
テーブルに肘をついて、パンの端を引きちぎるようにかじるカムラ。その隣でサマナが重い口を開いた。
「結局、アレックスのパイロットはイオさんでジャブローに行っちゃいましたね。……どうしましょう?」
「……俺が負けたのが悪い。別の方法を考えるさ」
ユウの声は静かだった。
「でも、ユウさん。ほかに方法なんて――」
「上層部と繋がりが欲しいんだったか? 悪いが俺も力にはなれん」
パンをさらに噛み締めながら、カムラが低く言う。「俺の知ってる上層部は、一年戦争で死んじまってる」
「頼りにならないですね……。他に方法はないんですか? こう……強化人間が本当に人間として扱われてるのか。元ジオンのマリオンちゃんでも、ちゃんと治療してくれるのか、答えてくれるような人は――」
「そんなもん、裏の裏まで知ってるやつなんて、今じゃほとんどジャブローさ。現場に出てくるとすれば他のアレックス乗りだが……俺たちが会える確率なんて――」
「そうだ!」
突然、フィリップがパンを握りつぶして叫んだ。
「ゼロだよ! ゼロ!!」
「なっ……なんてこと言うんですかフィリップさん!」
「違ぇよ! ゼロって名前の“最強の強化人間”がいるんだろ!? そいつがたまに俺のパン屋に来てるんだよ!」
「はあぁ!? なんでこんな、客も来ねえパン屋に……」
「悪かったな!! しかも女の子と一緒だったから、リア充のデート中かと思って記憶に残さねぇようにしてたんだよ! ……だから思い出すのに時間かかったんだ!」
「……女の子連れなら、別人の可能性もあるんじゃ……」
「その女の子、なんて名前か分かるか?」
カムラが口を挟むと、フィリップはうなずいた。
「“ドゥー”って呼ばれてたな。白い髪でよ、将来アイドルも夢じゃねえってくらい可愛かったぞ」
「ドゥー……?」
「ムラサメ研究所の強化人間は、番号で呼ばれてるらしい」
カムラの言葉に、ユウが続けた。
「ドゥーはフランス語で“2番目”って意味だ」
「ゼロとドゥー……。どっちか一人なら偶然かもしれねぇが、2人セットとなると話が違う」
「フィリップ、その2人、どれくらいの間隔で来てる!?」
「ちょ、ちょっと待て……確か前回来たのは――ああ、あのそこそこ売れた新作を出したときだな。6ヶ月前か。その次が……お前らに“失敗作”売りつけたときだから3ヶ月前……ってことは、今月また来る可能性があるってことになるな!」
「失敗作って、聞き捨てならないワードが……」
「置いとけ、サマナ」
「そいつらが誰か、今すぐ確かめるぞ」
「で、どんな感じだったんですか?」
サマナがフィリップに尋ねる。
「ドゥーは、さっきも言ったが白い髪で背が低め。マリオンちゃんと同じくらいかちょっと下くらいだな」
「ゼロの方は?」
「うーん、あんま覚えてねえが……緑の髪だったのは覚えてるな」
「……」
カムラはパンを置いて、溜息混じりに言った。
「相変わらず、女にしか記憶の精度が働かねえな」
「人聞きの悪いこと言うなよ! ……あ?」
店の入り口についた風鈴がカランと鳴る。
フィリップが振り返ると、扉のガラス越しに2人の姿が映っていた。
「あー……ちょうど今、店に近づいてきてる2人みてえな……」
【パン屋・表通り側 ゼロとドゥー】
静かな通りに、軽やかな足音が響いていた。歩くのは、白髪の少女と緑髪の少年。どちらも一見すれば、どこにでもいそうな若者だった。だが、彼らはムラサメ研究所の元強化人間――“ドゥー”と“ゼロ”だった。
「ねぇ、ゼロ。あの子、元気そうでよかったね」
「ああ。……今の暮らし、うまくやれてるみたいだな。で? 次は――例のパン屋か?」
ドゥーは嬉しそうに顔を輝かせて頷く。
「当然だよ。お気に入りだからね」
「……他に旨いパン屋なんていくらでもあると思うがな」
「分かってないな〜ゼロは」
ドゥーは小さく指を振って見せる。
「最初から美味しいパン屋なんて、ランキング見ればわかるし、お金出せば高級店にも行ける。でもね、最初は下手だったけど、少しずつ美味しくなっていくパン屋を見つけるっていうのが……真のグルメたり得るんだよ!」
「……お前、いつ真のグルメになった?」
(何かのグルメ漫画でも読んだか?)
「ふふん。理屈じゃないんだよ。センス、愛情、成長。あのパン屋はね、あんぱんが特にいい!」
「確かに……ジャブローのみんなも“これはうまい”って言ってたな」
「でしょ? 他のパンはまだ微妙だけど、あんぱんはもう立派な看板商品だよ」
ゼロは少し苦笑して、前髪をかき上げた。
「……とはいえ。数ヶ月に一回、他のパンは数個しか買わず、あんぱんだけ十数個買って帰る俺たちを見て……向こうは“あんぱんジャンキー”か何かだと思ってないか?」
「思ってるかもね〜」
ドゥーは気にした様子もなく笑う。
「でもいいじゃん。美味しいんだからさ。あ、着いたよ。今日は――あ、人がいる。お客さんが3人も」
「3人……は、多いのか?」
「パン屋なら多い方じゃない?」
そう言って、ドゥーがドアノブに手をかける。
カラン……。
軽やかな鈴の音が鳴った。
扉が開く――そこには、偶然とは思えない3人の姿があった。
ユウ・カジマ、サマナ・フュリス、アルフ・カムラ――そして、パン屋の奥から振り返るのは、フィリップ・ヒューズ。
「……ああ?」
一瞬で、空気が変わる。
「来た……!」
フィリップが呟いた声は、半ば感動、半ば呆然だった。
そしてカムラとユウの視線が、ドゥーとゼロを捉える――。
【パン屋・店内】
カラン――。
ドアの鈴が鳴り、ゼロとドゥーが入ってくると、店内の空気が一変した。視線が一斉に彼らに集中する。
フィリップは最初、感極まったように声を上げそうになったが、ユウたちが抱えている目的と警戒心を思い出し、ぐっと抑えた。そして、まるで世間話でもするかのように笑顔を作った。
「……来た、って、何がだ?」
ゼロが警戒心を滲ませながら低く問う。
「いやいや! あんた、もしかして――ゼロ・ムラサメだったりしないか?」
「……そうだが?」
声は慎重で、すでに警戒は最大限にまで上がっていた。
「おぉ、やっぱり! じゃあ間違いない、俺たちお仲間でさ! ちょうど今、あんたの話をしてたんだよ」
フィリップは軽く笑いながら、後ろの3人を指さす。
「俺は退役してるけどな、こいつら3人は今もバリバリの連邦軍人だぜ! なあ、ID見せてやれって!」
ユウとサマナ、カムラは無言で自分の軍籍証を取り出して見せる。
ゼロは一歩、ドゥーの前に出て彼女を庇うように立ちながら、証を一瞥して言った。
「……同じ部隊か、なんかか?」
「そうそう! 元同じ部隊の仲間でさ! 戦争の頃にな!」
フィリップは焦る気持ちを隠すように大げさに笑いながら、話題を切り替えた。
「で、こいつ――ユウ・カジマがこの間、アレックス選抜に挑んでな……残念ながら落ちちまったんだよ!」
その言葉に、ゼロは静かに頷いた。
「……ああ。聞いてる。ここの基地でスコア上位2名が戦って――イオ・フレミングとユウ・カジマがシミュレータで対決。勝ったイオがジャブローに来たってな」
目を細めたまま、ゼロはユウの顔をしばらくじっと見た。
「……あんたが、ユウ・カジマか」
「そうだ」
ユウもまた、ゼロを見返す。数秒の沈黙が流れるが、それは敵意ではなく、互いの内面を量るような静かな間だった。
そんな緊張を破ったのは、フィリップだった。
「……あんたはアレックス乗りで、“最強の3人”って呼ばれてるらしいじゃん?」
パン屋らしからぬ言葉を放ちながら、彼はテーブル越しにゼロを覗き込む。
「でもよ、今の連邦って“強化人間を道具として扱わない”って、公式には言ってるだろ? 実際のところ――どうなんだ?」
「……どうとは?」
フィリップは口の端を歪めた。
「こう……何ていうかよ。実は今でも実験とかされてたりするのか? 表向きはきれいごと言ってても、裏じゃあ……ってさ」
「無いな。 公式通りだ。」
その言葉に場の空気が一瞬だけ止まる。
「連邦は強化人間を“治療”することはあっても、これから先“作る”ことはない。」
「……」
「心配なら、ドゥーが言った方が分かりやすいかもな」
そう振られたドゥーが、にっこりと微笑みながら口を開いた。
「うんうん。自分から“強くなりたい”って強化人間になりにいった人間まで、ちゃんと治療してるくらいだよ。 だから、その辺の心配はいらないと思うよ。」
ユウが口を開いた。
「……元ジオンの人間でも、治療は受けられるのか?」
その言葉に、フィリップが肩をすくめた。
「ちょ、ユウ! 俺が遠回しに聞こうとしてたのに、どストレートで来るか!?」
ゼロは、ああ、と気怠げにため息を吐いた。
「そういう話なら、前に来たときに言ってくれれば良かったのに。数ヶ月前から数回パン屋に顔出してたのに、今日に限っていきなり軍服の連中が目の色変えて俺達を見るもんだから、何の目的かと警戒してたんだぜ?」
「……悪かった」
ゼロは肩をすくめながら続けた。
「元ジオンでも、世界を滅ぼすだの、連邦滅べだのっていう“破滅願望”がなければ、まったく問題ない。今は“人間として”扱われる。……それは保証するよ」
ドゥーも、うんうんと頷きながら言った。
「実際に今ムラサメ研究所には元ジオンの子もいるしね。前は敵だったけど、今は“同じ未来を見てる”ならそれでいいってことだよ」
フィリップは小さく肩を落とし、安堵の息をついた。
「……ありがてえ。そいつを聞いて安心した」
ユウはそのやり取りを静かに聞きながら、ようやく微かに笑みを浮かべた。
「そうか……なら、まだマリオンを連れていける場所はある」
その声は、ほんの少しだけ、希望を宿していた。