ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【ムラサメ研究所・会議室】
静かな室内に、リタが一枚の端末を片手に立っていた。ジャブロー――地球連邦軍の本部へと繋がる重い話が、今まさに現実になろうとしていた。
「僕たちが異動してジャブロー勤務ですか!?」
驚きの声を上げたのはサマナだった。
その向かいで、ムラサメ博士は椅子に背を預け、穏やかに微笑む。
「サイコ・フレームを預けるためとは言え、マリオンをジャブローに缶詰にするのは申し訳ないからね。せめて友人の君たちがそばにいれば、気も安らぐと思っての提案だ。もちろん、まだ正式な辞令にはしていない。拒否しても構わないよ」
ユウは即座に頷いた。
「……もともとマリオンのためにジャブローを目指していました。異動させてくれるなら、願ってもない。自分は受けさせてください」
「はい。ユウさんは異動ですね」
リタは淡々と、端末の画面にユウの名前をチェックマークで印した。
「他の方はどうしますか?」
「僕もお願いします!」
間髪入れず、サマナが声を上げる。
「ネモをもっと使いこなすためにも、ここならトップエースの教えが受けられますよね!」
リタは小さく頷いた。
「もちろんです。ニュータイプでもオールドタイプでも、一流の教官がそろっていますよ。――カムラさんはどうします? 異動先としてはテム・レイ主任の部署が候補ですが」
「テム・レイのところ、か……」
カムラは腕を組み、思わず口元を引き結んだ。あの男の元で働くのは、誇りを保つには難しい――だが、技術者としての熱情は、既に心を揺らしていた。
「カムラさん、意地張ってどうするんですか」
サマナが小声でカムラに詰め寄る。
「ジャブロー以上にモビルスーツ設計ができる場所なんて他にないですよ! こんなチャンス、もうないんです!」
「……わかってる」
吐息混じりに答えたカムラは、リタに向き直った。
「俺もジャブローへの異動手続きを頼む」
「承知しました」
リタがまた一つ、画面にチェックを入れる。
「あ〜……俺は退役してパン屋なんだが、復隊ってことになるのか?」
フィリップが手を上げた。どこか、気まずそうな声だ。
「どちらでも構わないさ。復隊するならそう申請するし」
ムラサメ博士が、静かに笑って答える。
「しなきゃただのパン屋が、どうやってジャブローに入るんだよ?」
「ただのパン屋として入ればいいさ。最近、ジャブロー内のショッピングモールのパン屋が引退してね。軍事基地の中だから、身元がしっかりしている人間を探すのが難しいんだ。スーパー部門で売る程度でいいという話が出ていてね。君をねじ込むくらい、訳ないよ」
「マジかよ……いや、しかし、俺の店にも客が――」
「別に困らないと思いますよ」
間髪入れずにサマナが割って入った。
「なにを〜。お前ら以外にも客は少しは来てるんだぜ!」
「フィリップさんが傷つくから言わなかっただけで、ほとんど軍人の身内が、“知り合いのやってるパン屋だから”って来てくれてただけですよ」
サマナの言葉に、フィリップの肩がガックリと落ちる。
「……やけに同じ顔の客が多かったのは、固定客ってわけじゃなくて……」
「身内が来てただけです。立地が悪すぎるんですよ。基地の近くで、スーパーや老舗のパン屋が並ぶ中で、“そこそこのパン屋”に固定客なんて、そうそうつきません」
「……そうか〜」
項垂れるフィリップを見て、ムラサメ博士がやや口元をほころばせた。
「まあ、君のパンは正直言って微妙だ。しかし、あんぱんだけは、かなり工夫しているね」
「……ああ。マリオンちゃんに届けた時、こいつら含めて“美味い”って言ってくれて。それから色々研究するようになったんだ」
「他のパンも試作を重ね、上手くなるよう努力するなら推薦しよう。あのあんぱんへの熱意を、他のパンにも向けるんだね」
ムラサメ博士の言葉に、フィリップは力強く頷いた。
「わかりました! 俺、ジャブローのパン屋として再スタートします!」
マリオンの入院手続きが進められ、ユウたちの異動が決まった会議室には、しばしの静けさが戻っていた。そんな中、ムラサメ博士が立ち上がると、改めて一言、言い渡した。
「それから――焼きたてのあんぱんを、たまにこの研究所に届けるように。これは最重要条件だと思ってくれ」
「え?」
フィリップが目をぱちくりとさせていると、すかさずリタが追い打ちをかけた。
「テム・レイ主任の部署もです。その日の希望するパンの種類と数、時間をメールで送りますから、人を送るので渡す準備をしておいてくださいね?」
「はい?……あ、ああ、分かりました」
フィリップは戸惑いながらも力なく頷く。
「さて、私は手続きを出してくる。リタ、手伝ってくれ」
「はい、博士」
そう答えると、リタはムラサメ博士とともに奥の執務スペースへと消えていった。
フィリップは取り残されたような顔でぽつりと呟いた。
「なんだって、俺のあんぱんを……?」
そのつぶやきに反応したのは、アルレットだった
「ああ、あなたが――最近ゼロさんとドゥーが買ってきていた、あんぱんの作者ですね。どうりで納得しました」
「ゼロとドゥーが……?」
ぽかんと口を開けるフィリップ。その横で、サマナが目を丸くする。
「え、フィリップさんのあんぱんがどうしたんですか?」
「いや、最近ドゥーが“グルメ趣味”にハマっててですね。各基地に行った際に、いろんな名物をお土産に買ってくるのが彼女のマイブームみたいなんですけど――」
アルレットはそこでくすりと笑い、手を口元に当てて続けた。
「……一か所の基地だけ、なぜか毎回“パン”で固定されていたので、不思議に思っていたんですよ。でも今わかりました。あなたのパンだったんですね」
「ま、まさか……俺のパンのファンが、ジャブローにいっぱいいるってことか!?」
「……いえ、正直言って、あんぱん以外は微妙です」
「はっきり言うな〜!」
フィリップが椅子にもたれて天を仰ぐと、アルレットは楽しそうに笑った。
「でも、あんぱんだけは本当に美味しいです。だからゼロさんとドゥーが、毎回山ほど買って帰ってたんですよ」
「てっきり、あいつら……あんぱんジャンキーか何かだと思ってたぜ」
その発言に、アルレットは思わず吹き出した。
「今度、本人に言ってみたらどうですか?」
「……無理無理!“最強の3人”なんて呼ばれてるゼロだろ!? 命が惜しい!」
「別にゼロさん、それぐらいで怒りませんよ?」
アルレットは微笑んだまま、くるりと踵を返して部屋の奥へと戻っていった。
その背中を見送りながら、フィリップはぽつりと呟く。
「……でも、ジャブローで認められるレベルのパン屋になったら、俺のあんぱんも“最強のあんぱん”って呼ばれたりするのかねぇ」
サマナとユウは目を合わせ、苦笑しながら肩をすくめた。
そんなやり取りが交わされるジャブローの一室――それが、再び動き始めた「彼らの物語」の、ほんの序章に過ぎなかった。
「さて――ここが、新しい《フィリップのパン屋》になる訳だな」
フィリップ・ヒューズは、ジャブローのショッピングモール内に設けられた小さな一角を見渡しながら、ゆっくりと息を吐いた。
店舗はフードコートに程近く、通行人の目にもつきやすい立地だ。内部には焼きたてパンの香りが似合う、最新型の電気式パン釜や発酵機がずらりと並ぶ。自分が以前、辺境の軍施設のそばで苦労して立ち上げた店舗の設備が、まるで玩具のように思えるほどだった。
どうやら、ここにあった前任のパン屋は、相当な“凝り性”だったらしい。釜の癖や生地の湿度管理、各種パンの焼き時間から温度帯まで――事細かに記された引継ぎ用のノートが、厨房の片隅にきちんと残されていた。
「ありがてぇ……でも、甘えすぎるわけにはいかねぇな」
パン職人としての誇りと、コネで軍施設に入ったと噂されるであろう立場を考えると、なおさらだった。今はただ、しっかり結果で証明するしかない。
引っ越しの準備期間で、レシピの試作も一通り終えている。特にあんぱんは、かつてマリオンにも好評だった自信作だ。失敗はしない。――そう信じていた。
「よし……っと」
フィリップは店の前に「営業中」の札を掲げた。その瞬間、どこかの歯車が動き出したような、そんな気がした。
(大丈夫。確かに“微妙”とか言われたこともあるが、ここまで準備はした。以前のレシピも自分なりに工夫した。舌の肥えた高官じゃなければ――いや、高官でも驚かせてみせる!)
そんな風に内心を鼓舞していると、モール内の通路から、軍服姿の3人組が店先に近づいてきた。
「あれ? ここ、前まで閉まってたよな?」
最初に声を上げたのは、黒髪を無造作に後ろへ流した男――カイ・シデンだった。
「新しくパン屋が入ったみたいだね。いい匂いするし、ちょっと寄っていこうか」
そう言ったのは、がっちりした体格の青年――ハヤト・コバヤシ。彼はあんぱんの甘い香りに、思わず鼻を鳴らした。
「飯前にパンかよ……まあ、甘いのは別腹ってやつか?」
最後に肩をすくめながらついてきたのは、リュウ・ホセイだ。
「おう、おっちゃん。新装開店ってやつか?」
カイが気さくに声をかける。
フィリップは満面の笑みで答えた。
「いらっしゃい! 本日がオープン初日なんでね。焼きたてのあんぱん、どうだい?」
「……ふーん、やけに推してるねぇ。じゃあ、あんぱん一つ」
「僕はクリームパンで」
「ジャムパン頼む。腹は減ってないが、味見くらいはしてやるよ」
注文を受けて、トングを手に取ったフィリップの顔に、思わず笑みが浮かぶ。まるでジャブローの地が、彼のパンに新たな一歩を与えてくれたような――そんな気がしていた。
【ジャブロー商業区・ショッピングモール内 フィリップのパン屋 二週間目】
「さて……売り上げは順調だな」
開店から二週間。朝の仕込みを終え、カウンターで一息つきながらフィリップ・ヒューズは帳簿アプリを指先でめくっていた。
「固定客になってくれるかどうかは、飽きさせず、それでいて期待を裏切らない味を維持できるかが鍵だが……」
パンの種類ごとに分かれた売上データの中、一目で異様な存在感を放っている項目があった。
「あんぱんだけグラフが爆発してやがる……」
他の品目が数字の山で表示されている中、あんぱんだけが一段と高い棒グラフで突き抜けている。配達依頼も、注文票も、問答無用で“大量”と印が付く。それが“リタ”から来ていることも含めて、理由には心当たりがある。
「……前のパン屋の時はゼロとドゥーが買い占め寸前まで買っていってたっけな。なら今さら驚くことでもねぇか」
とはいえ、ここまでとは。フィリップは額をかきつつ、ぶつぶつと独り言を零した。
「……そんなにファンがいるのかねぇ。でも、できれば一度、顔を見て感想を聞いてみたいもんだなあ」
「じゃあ、聞いてみます?」
「うおっ!? リ、リタちゃんか! おどかさないでくれよっ」
不意にカウンター越しから声をかけられて、フィリップが跳ね上がるように驚く。その隣には、黒髪の青年――ヨナ・バシュタが、やや気まずそうな笑みを浮かべて立っていた。
「どうも。ヨナ・バシュタです。今日はリタのおすすめのあんぱんを食べてみようかと思いまして」
「たまには店に並んでるパンを見ながら買うのも良いかなと思って」とリタは続け、カウンターの奥を指差した。「あ、いちごジャムパンとあんぱん、それぞれ二つずつお願いします」
「はいよっと」フィリップは慣れた手つきでパンを袋に詰めながら、ちらりと彼女に訊ねた。
「で、直接感想を聞くってのは、どうやって?」
「これ、明日の注文なんですけど……」リタは一枚の注文票を手渡した。「これをフィリップさんが直接配達して、そこで本人たちに感想を聞けばいいんですよ」
「……俺が? 明日はバイトの人数も少ねぇんだぜ。俺が抜けたら店回らねえかも――」
「店番は、私とドゥーとゼロと――ヨナで回します!」
「えっ、俺も?」と、突然巻き込まれたヨナが目を瞬かせる。
「いいじゃん、明日休みなんでしょ? それとも、彼女が社会体験してるのに、彼氏が手伝ってくれないっていうの?」
「よ、喜んで手伝わせていただきます!」と、条件反射のように即答するヨナ。
(……なるほど、尻に敷かれてるな。がんばれよ、若人)
フィリップは内心で哀れみとエールを送りながら、注文票に目を通した。
「ん? リタちゃん、これ行き先が書いてないぜ?」
「あ〜書き忘れです! 明日私たちが店番に来るときに持ってきますから。どこも分かりやすい場所ですよ、安心してください」
「そうかい? なら頼むわ。あんぱんも、飽きさせないように改良しながら、かといって“らしさ”を崩さない。だからこそ、感想は宝だ」
「じゃあ、また明日です〜♪」
リタは軽やかに手を振りながら去っていった。ヨナもそれに続きながら、ふとフィリップに振り返る。
「フィリップさん、応援してます。……頑張ってください」
「ん? あんがとよ。パンの感想、今度聞かせてくれや」
「……はい」
ヨナは微笑み、リタを追いかけるように店を後にした。
モールの通路を並んで歩きながら、リタがふいに口を開く。
「フィリップさんに何話してたの?」
「“頑張ってください”って……それだけ。ところで、リタ。あれ、行き先を書き忘れたって――嘘だろ?」
「嘘じゃないよー。ただの“応援という名のムチ”だよ。役職でビクビクしながらあんぱん焼いたら味が落ちるかもしれないじゃん」
「リタ……ヤザンさんの真似はやめてくれ……」
「真似じゃあ〜り〜ま〜せ〜んっ」リタは両腕を広げてくるくる回りながら茶化す。「素人にプロ三人でタコ殴りにするような無茶な真似、私はしてないもん。しかも二日連続で!」
「いや……リタのも十分無茶な部類だと思うけど……」
ヨナは呆れながらも苦笑する。そんな2人のやり取りが、ジャブローの地下に小さな風を通していた。
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