ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
焼き上がったあんぱんから立ちのぼる、香ばしい香り。
フィリップは最後の仕上がりを確認すると、慎重に種類ごとに番重へと詰めていった。つぶあん、こしあん、白あん――どれも焼き色は申し分ない。
「よし、どれも上出来っと……」
満足げに頷き、フィリップはパンの詰まった番重を抱えて店の裏口に出た。
「というわけで、今日は俺はこのあんぱんを配達して感想を聞いてくる。応援も来てくれるから、そいつらと交代しつつ頑張ってくれ。キッカ、レツ」
「はい! 任せてよ!」キッカが元気に手を挙げる。
「今日はカツがいないから、応援が来てくれて良かったです」
レツもほっとしたように微笑んだ。
かつてサラミスでジャブローに避難してきた子どもたち、カツ、レツ、キッカは今や立派な高校生。フィリップのパン屋を支える心強いバイトとして働いていた。
「その意気だ。頼んだぜ」
そのとき、店の入口から聞き慣れた声がした。
「フィリップさん、来ましたよ〜」
「おお、リタちゃんとヨナ! それにドゥーとゼロも! 久しぶりだな、今日はよろしく頼むぜ」
「たまには食べる側じゃなくて店側にも立ってみたくなったんだ。新鮮な気分だよ」
ドゥーがにこりと笑って言えば、
「……だからって俺を巻き込むか、普通」
ゼロは眉をひそめながらも、嫌がっている様子はない。
「まあまあ、リタの思いつきが原因なんです。俺からも頼みます」
ヨナが苦笑いで頭を下げると、
「……まあやるけどさ」
ゼロは肩をすくめて、しぶしぶ了承した。
「じゃあこれが届け先です。ぜひ、しっかり感想をかき集めてきてくださいね!」
リタが手渡した紙には、今日の配達ルートがぎっしりと書かれている。
「おう!」
フィリップは勢いよく応じ、番重を抱えて元気よく店を出ていった。
店内に残された面々は、すぐに準備に取りかかる。
「で、君たちがキッカとレツだな。店はどう入るのが良いんだ?」
ゼロが手早く指示を仰ぐ。
「パンの仕上げと棚まで運ぶのは僕がやります」
「私は棚の前で、お客さんにどのパンがいいか相談に乗ります!」
2人ともすっかり慣れた様子だ。
「となると俺が――」
「はいはい!」
リタが勢いよく割って入る。「私がパンを袋に入れる係で、ヨナがレジ担当でいいと思います! 昨日、ヨナにはレジ打ちを叩き込みました!」
「……厳しく叩き込まれました」
ヨナが死んだ魚のような目で応える。
「ヨナ、頑張れよ。しかし、手回しがいいな。……なら、俺たちは交代役として最初は待ちかな?」
「――甘いね、ゼロ」
ドゥーが得意げに不穏な笑みを浮かべた。「リタと2人で、こんなものを用意しておきました」
袋の中から彼らが取り出したのは、板を紐で背負えるように加工した奇妙な装備だった。
背中と胸の両面に広告が貼られている。
《フィリップパン屋 営業中! 今日だけの看板娘がいます!》
その下には、パンの種類と価格がずらりと並んでいた。
「これを僕が掛ける」
ドゥーが自分の肩にその板を背負うと、
「じゃあ、護衛お願いしますね? ドゥーのお兄ちゃん?」
リタがニヤリと笑ってゼロにウインクを飛ばす。
「……4人もいらないだろ、と思ってたらこういうことか」
ゼロは嘆息を漏らしたが、どこか楽しそうでもあった。
こうしてフィリップ不在のパン屋は、にわか仕込みの精鋭(?)部隊によって、にぎやかに開店したのだった――。
あんぱんの入った番重を台車に積み、フィリップは基地の廊下を軽快に歩いていた。
焼き上がりの香りがまだほんのり残っているパンたちは、今日の「配達任務」の主役だ。
「さて、最初の配達は……っと。テム・レイ技術主任の研究室、か。ってことはカムラのおっさんがいるじゃねぇか。こりゃ顔見知りでありがてぇな」
独りごちながらエレベーターに乗り込み、所定の階で降りる。無骨な金属の扉の前には、精悍な面構えの兵士――エコーズの隊員が2人立っていた。
「要件を」
「リタから言われてね。パンを届けに来たんだ。それと、ついでに感想も直接聞いて回ることになってる」
フィリップが手短に告げると、エコーズの1人が頷いて扉を開けてくれた。
「話は通っています。どうぞ」
「どうも」
礼をひとつ告げて、中へと足を踏み入れる。
「さて、カムラのおっさんは――」
声をかけようとしたその瞬間、室内の空気が異様な熱を帯びていることに気づいた。
「だから! 俺の専門は“設計”なんだよ! OS調整もできるが、それ以上にブルーの次に相応しい機体を――!」
そう叫んでいるのは、カムラ。だが、目の前の若い女性に激しく詰め寄られていた。
「“ブルーの次”? あなたの言う“ブルー”って、テム・レイ先生のガンダムを勝手にいじり倒した現地改修機でしょ? ここには“本物”の先生がいるんですから、そんなもの必要ありません! さっさとユウ・カジマさん向けのバイオセンサー調整、済ませてください!」
「それもやるさ! だが俺はアレックスを超える機体を作りにここに来たんだ!」
「ご自由にどうぞ。ただし、任された仕事を先にやってください!」
二人の激しい応酬に、フィリップは思わず台車の取っ手を握ったまま固まってしまった。
(おいおい……おっさん、何がどうしてこんなことに……)
カムラはそのままキーボードに向かって入力を続けている。入口近くまで歩いてきた女性のほうがフィリップに気づいた。
「あ〜アルレットちゃん。リタから聞いてるか? 今日は俺がパンを直接届けに来たんだが」
「フィリップさん。ええ、聞いてますよ。ありがとうございます。12個、確かに受け取りました」
アルレットは手際よく確認すると、台車の番重から受け取り用のバスケットにパンを移し始めた。
「何人かの職員で昼食にするのかい?」
「昼食にする人もいれば、おやつにする人もいます。研究って糖分と脳の戦いですからね。お腹も気持ちも満たしてくれるあんぱんは、貴重なんです」
「なるほど。じゃあ、今度は市販品みたいに小さめで5個パックとか、味違いで詰め合わせにするとか?」
「いいですね、それ。可能なら味違い5種類の詰め合わせ、きっと喜ばれますよ」
「ふむふむ……」
フィリップは小さなメモ帳を取り出して、書き込んだ。
そして、少しだけ声を落として問う。
「それと……だな。カムラのおっさん、なんかやっちまったのか? この間は普通に話してたと思うんだが……」
アルレットは一瞬だけ表情を硬くしたが、すぐに肩をすくめて答えた。
「ああ、カムラさんですね。まさか……彼が“あの”ガンダムを現地で好き勝手いじってた研究者の1人だったなんて、ムラサメ博士のところで会った時は、気づきませんでしたよ」
「……ああ〜まあ、そうなんだが。でも、あの時の俺たちには、それが必要な状況ではあって、だな……」
「ええ、過ぎたことですから。私も普通に話そうと思ってたんですよ、最初は。でも――」
アルレットは、眉をひそめた。
「“俺はテム・レイの部下になりに来たんじゃない。アレックスを超える機体を作りに来ただけだ”――なんて言ったんです。よくもまあ先生の前でそんなことを!」
フィリップは思わず頭を抱えた。
「……それはまた、盛大にやらかしたな」
「先生の努力の“上澄み”だけすくって“超える”なんて言われて、我慢しろっていうほうが無理ですよ」
「まあ……優秀なところもあるんだよ。第一声は最低だけどさ」
「優秀なのは認めてます。バイオセンサーのオールドタイプ用調整も、専用フィッティングまでできる技術者なんて、そうはいません。ユウさんのは間に合わなかったそうですが、イオ少尉用の調整は見事でしたよ。」
「……意外と高評価じゃねえか」
「なので、今は私とムラサメ博士、テム・レイ先生の3人がユウさん用にカスタムしたバイオセンサーの調整レベルにたどり着くまでは、彼に1人でやらせてます。まあ、フランクリンさんが開発したムーバブルフレームの様に先生のガンダムに勝てずとも、役立つものを作ってから大口叩いてほしいですね」
フィリップは内心で溜め息をついた。
(……俺にできることはねぇ。頑張ってくれよ、カムラのおっさん)
そう胸の中でつぶやきながら、次の配達先を確認するためにリストを見直した。
番重を乗せた台車を押しながら、フィリップ・ヒューズは次の配達先を確認した。
「さて、次は……パイロットのシミュレータールームか。ユウ達はいるかね〜」
目的の部屋に到着すると、中は予想以上の人だかりで賑わっていた。大画面に映し出される戦闘映像に、基地所属のパイロットたちが息を呑んで見入っている。
「うわ……ずいぶん真剣な空気だな……ん?」
フィリップは観客の中に見知った顔を見つけて近づいていった。
「よう、サマナ。ありゃあユウだよな? もうイオと再戦してんのか?」
声をかけると、サマナ・フュリスは振り返って小さくうなずいた。
「フィリップさん! そうですよ。ユウさん、ジャブローで訓練してついに感を取り戻したんです。それでイオさんに再戦を申し込んだんですけど……向こうはヤザンさんに教え――いや、挑戦……いえ、喧嘩かもしれません」
「おいおい、どんどん敷居が下がってるじゃねえか? 最初“教えを受けた”みたいに言いかけてただろ?」
フィリップが呆れたようにツッコむと、サマナは苦笑いを返す。
「いやあ、イオさんはヤザンさんに強さを学びたくて挑み続けてるんですけど……ヤザンさんの彼への扱いって、教え子のカイさん達とは明らかに違うっていうか、なんというか“耐えられないなら潰れても構わない”って感じで……でもそれでもイオさんは負けるたびに強くなってます。今じゃブルーに乗ってた頃のユウさんと互角です」
その時、フィリップは画面の一角に表示された情報に気づいた。ユウのアレックスのステータス欄には、「バイオセンサー:有効・同期中」の記載があった。
「ん? ユウのバイオセンサー……あれ、カムラのおっさん、調整はまだ終わってねぇとか言ってなかったか? ってことは、あれか? アルレットちゃんが他の博士と調整済みのやつを先に合わせてんのか?」
サマナは頷いた。
「ええ。今使ってるのは、アルレットさんとリタさん、それにムラサメ博士が調整したやつです。だからイオさんと条件は同じはずです」
ディスプレイの中で戦いが激しさを増していく。ユウのアレックスが、イオの斬撃で盾と右腕を失った――が、その一瞬のスキを突いて、両腕に構えたビームサーベルでイオ機の頭部とコクピットを同時に貫いた。
観客席がどよめきとともに静まり返る。
「……勝った!」
やがてシミュレーターの扉が開き、ユウとイオがそれぞれ汗を浮かべながら姿を現した。
「まだ……力を取り戻したアンタには及ばなかったか」
イオが苦笑交じりに肩をすくめる。
「次のアレックス選抜、アンタなら通るだろうな」
「そのつもりだ。俺にとっても……必要な力だ」
その静かな決意の言葉に、イオは頷いた。
そこにフィリップが声をかけた。
「よ〜う、ユウ。パンの配達に来たぜ。マリオンちゃんのとこで食うだろ? 一緒に行かねえか?」
「フィリップ……そうだな。行こうか」
フィリップとユウとサマナが並んで歩き出そうとしたとき、後ろからイオが声をかけた。
「パン? どんなパンがあんだよ?」
「配達だからな。予備はあんま無いんだ。欲しけりゃ、ショッピングモールの“フィリップのパン屋”まで買いに来てくれ」
「……分かった。行ってみるさ」
そう言って去っていくイオの背に、フィリップは思わずニヤリと笑った。
(さて、ジャブロー一のパン屋になる日も、そう遠くねえかもな)
【ジャブロー・ムラサメ研究所】
午前の日差しが差し込む中、白衣の研究員たちが静かに忙しなく行き交う廊下。その一角――ムラサメ博士の研究室に続く扉が控えめにノックされ、直後、元気な声が響いた。
「マリオンちゃん、パンを届けに来たぜ〜!」
扉が開くと、番重を抱えたフィリップ・ヒューズが誇らしそうな笑みで現れた。その後ろにはサマナ・フュリスと、無言ながらも穏やかな表情のユウ・カジマが続く。
「フィリップさんにサマナさんに……ユウ! またみんなでパンを食べられるの?」
マリオン・ウィルチは、椅子から立ち上がり小さく歓声を上げた。以前と比べて顔色も良く、足取りも安定している。サイコ・フレームの近くで日々を過ごすことで、精神と肉体のバランスがようやく戻ってきているのだろう。
「悪いけど、俺はまだ配達があるからな。今日は一個だけ一緒に食べさせてもらうぜ」
そう言って、フィリップは大きな袋から取り出したパンを並べ始めた。
「……少しは美味くなったのか?」
冗談まじりに尋ねるユウに、フィリップは自信たっぷりに胸を張った。
「当然だろ。なんてったって、さすがジャブローのショッピングモールで営業してたパン屋って感じでよ、設備が超一流だし、前の店のレシピまでしっかり残ってたんだよ。それ見て研究して、味は確実にレベルアップしてるぜ!」
横で聞いていたサマナが、口元に小さな笑みを浮かべながら言う。
「じゃあ、ついに“あんぱん以外は微妙”を脱却できたってことですね」
即座にフィリップが振り返った。
「この野郎……言いたい放題言いやがって! まあいい、今日のラインナップは自信作だ!」
そう言って、フィリップは丁寧に包んでいたパンを、それぞれの前に差し出す。
「ユウはチョリソーウインナーパン。サマナはボリュームたっぷりのサンドイッチ。んで、マリオンちゃんは白あんパンだったな」
「わあ……!」
マリオンは目を輝かせながら白あんパンを手に取った。
「ほんのり温かい……焼き立てですか?」
「当然。配達直前に焼き上げたんだ。パン屋魂ってやつだな」
ユウも、手にしたウインナーパンの香ばしい香りを嗅ぎ、静かに頷いた。
「……うん、確かに美味そうだ」
「だろ?」
そう話したところで、研究室の奥から低い声が響いた。
「……つぶあんぱん、こっちに回しておいてくれ」
ムラサメ博士だった。複数の端末を前に、難解な数式と分析グラフに囲まれて指を走らせていた。
「今、手が離せなくてな。糖分補給は必要なんだが、データが面白い局面に入ってしまってね。マリオン、預かっておいてくれ」
「はい、博士。つぶあんぱん、こちらで冷めないうちに保温しておきますね」
マリオンは手慣れた様子で保温ボックスを用意し、フィリップからつぶあんぱんを受け取る。
「……あの人、研究に集中すると周りの音なんて全然聞こえなくなるのに、パンが来たら必ず反応するんです」
苦笑しながら呟いたマリオンの言葉に、思わず皆の頬が緩んだ。
「研究のことになると周囲が見えなくなるのはどこの博士も同じだが……パンは例外らしいな」
ユウが呆れ混じりに肩をすくめると、サマナとフィリップもつられるように笑う。
香ばしいパンの香りが、人工照明の下にある静かな研究室に、ほんの少しだけ温もりを与えていた。
キッカ達3人組も出しやすくするために年齢調整してます。