ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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幕間: フィリップのパン屋3

ジャブロー基地内の長い廊下を、番重を載せたカートを押しながら進むフィリップ。すでに多くの配達を終え、パンも残りわずか。だが最後の届け先に近づくにつれ、胸の奥にじわじわと嫌な予感が湧いてきていた。

 

 (……きっと、通り抜けるだけだよな)

 

 そう自分に言い聞かせながら、配達メモを再確認する。だが、何度見てもそこに書かれている内容は変わらない。

 

 “A棟・受付通過後、指示に従ってください”

 

 場所の詳細は書かれておらず、なんとも曖昧な内容だ。

 

 (まあ、いつものリタちゃんのやり方だしな。今回も何かの冗談か軽いサプライズだろ)

 

 不安を打ち消すように小さく息を吐きつつ、フィリップはA棟の受付に到着した。

 

「フィリップのパン屋です。配達に来ました」

 

 受付係は無表情にうなずき、手元のカードキーを差し出す。

 

「こちらのエレベーターで。あとは案内通りに」

 

「はあ、どーも……」

 

 促されるままエレベーターに乗り、指示通りに廊下を進む。まっすぐ、右に曲がり、次を左へ。

 

 (まさかとは思うけど……いや、まさかだよな)

 

 道を進むごとに、フィリップの足取りが徐々に重くなっていく。なにかがおかしい。気配が違う。

 

 そして、ついに辿り着いた先――それは明らかに異質な雰囲気を持つ重厚なゲートだった。前には屈強な警護が二人、無言で立っている。

 

「……うそだろ」

 

 フィリップは慌ててスマホを取り出し、リタに電話をかけた。

 

 すぐに通話が繋がり、いつもの調子でリタの声が聞こえてくる。

 

『もしもしフィリップさん? どうしたんですか〜?』

 

「リタちゃん、紙に書いてある届け先、これ絶対間違ってるぜ!? この先って、連邦軍のトップ、ゴップ提督の部屋だぞ!」

 

『間違ってないですよ〜。本日最後の届け先は、ゴップ提督のところです♪』

 

「なんだってそんな重要人物を最後に!? 待たせちまってないか!? 不用意に近づいたら不審者として撃ち殺されないよな!!」

 

『しませんよ〜そんなこと。ちゃんと提督にも警護さんにも話、通してますから。大丈夫ですよ〜』

 

「……まさか、リタちゃん、今日になって配達先を渡してきたのって……わざとだったんじゃ――」

 

『あ! ごめんなさい! 私いま、幼馴染とお昼ご飯中なんです! そろそろ時間なくなっちゃうのでこれで〜。一番“参考になる意見”が聞けると思うので、頑張ってくださいねっ♪』

 

 ぴっ、と通話が切れた。

 

「もしもし!? リタちゃん!? リタちゃ――……切られてる……マジかよ……」

 

 フィリップは力なくスマホを見つめたあと、深くため息をついた。

 

「……いや、もう、これは行くしかねえってことか……」

 

 覚悟を決めて、フィリップはゴップ提督の執務室へと足を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジで話、通ってんのかよ……」

 

 フィリップは半信半疑のまま、最後の届け先へと歩を進めていた。

 受付でも「フィリップのパン屋です。配達に来ました」と伝えるだけで、あっさりと通されたのだ。

 

 案内された廊下の突き当たりには、厳重なセキュリティが施された扉が構えていた。前には屈強な警護が二人。

 フィリップは少し身を縮めつつ、いつもの調子で言う。

 

「フィリップのパン屋です。配達に来ました……」

 

 警護の一人が頷き、壁の端末に向かって通信を始めた。

 

「ゴップ提督。パンの配達が到着しました」

 

『ああ、入ってもらってくれ』

 

 短いが、確かにゴップ提督本人の声だった。直後、電子錠のロックが解除される音が響いた。

 

「では、どうぞ」

 

「ありがとよ……」

 

 フィリップは喉を鳴らしながら一礼し、緊張した面持ちで扉をくぐった。

 

「やあ。君が――あの“あんぱん”の制作者だね」

 

 ゆったりとしたソファに座ったゴップ提督が微笑みながら声をかけてきた。

 だが、驚きはそれだけでは終わらない。

 

「フィ、フィリップのパン屋です……配達に来ました!」

 

 フィリップは半ば反射的に頭を下げながら声を張った。

 その視線の先――来客用のソファには、もう一人の大物がいたのだ。地球連邦軍の象徴的人物、ブレックス・フォーラ准将が、パンフレットをめくりながら微笑んでいた。

 

「私も今日は楽しみにしていたんだよ。久しぶりにジャブローに戻ってきてね。あのパンをぜひ味わってみたかった。ドゥー君が各基地からの帰りにお土産として配ってくれていたんだが、私のたまの外回りの時に当たることが多くてなかなか当たらなくてね」

 

「そういえばそうだったな、ブレックス。君は彼がジャブローに来てから改良された“新しい味”をまだ口にしていなかったな」

 

「ええ。実のところ、今日の会議中も頭の片隅にはパンがありましたよ」

 

(それでここだけ時間指定だったのか〜!)

 

 フィリップは心の中で納得した。たしかに今日の最後の配達は、時間まできっちりと指定されていた。

 

「では、私は――こし餡パンをいただこう」

 

「私は、塩あんぱんを頼むよ」

 

「はい、こちらです」

 

 フィリップがそれぞれにパンを手渡すと、ゴップもブレックスも、柔らかな笑みを浮かべながら一口かじった。

 

「さて――味の感想が聞きたいのだったな?」

 

 ゴップがパンを持ったまま、目を細めて言う。

 

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 

 フィリップは背筋を正し、両手を横に揃えて大きく頭を下げる。

 

「うむ。やはり君のあんぱんはいい。進歩が感じられるよ。あの時よりも、生地の密度と餡の一体感が増している。特に――」

 

 ゴップは指先でパンの断面を示す。

 

「中に空白ができにくくなっている。餡の水分がパン生地に奪われないよう、包むタイミングや温度帯を改良したのだろう? あれはあんぱん全体が抱える構造的な問題だからね。きちんと研究していることが窺える」

 

「おお! たしかにおいしくなっていますな。私は塩あんの方をいただいたが、しつこくなく、むしろ上品にすら感じる。餡そのものの塩気が微妙に抑えられている。いいですね」

 

「お褒めにあずかり光栄です!」

 

 フィリップは引き攣った笑みを浮かべながら、深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れのジャブロー。パン屋「フィリップの店」のシャッター前には、手書きの「本日完売御礼」の看板が立てかけられていた。

 店の前では、ゼロ、ドゥー、リタ、ヨナ、ミハルの5人がベンチに腰掛け、どこか満ち足りた様子で談笑している。

 

「ただいま戻ったぜ〜……」

 

 フィリップが番重のカートを押しながら店先に現れた。顔にははっきりと“お疲れ”の色が浮かんでいる。

 

「おかえりなさい、フィリップさん。どうでした?」

 リタがにこにこと迎える。

 

「ああ、全部届けたよ。……で、ヨナ。ちょっとだけいいか?」

 フィリップは目線で合図し、ヨナを呼び寄せた。

 

「はい」

 ヨナは立ち上がり、2人で少し店の裏手に移動する。

 

「……今日の配達、やっぱり大変だったんですかね」

 ミハルが少し心配そうに呟く。

 

「まあ、大変だったろうな」

 

「だね〜、そりゃあんなサプライズされたら」

 

「でもさ、権力を傘に来てフィリップさんに嫌がらせするような人いないし、大丈夫でしょ?」

 リタが悪びれもなく言う。

 

「それは俺たちが派閥内にいるからだよ。連邦の各分野のトップが揃ってて、しかも距離感も近い。多少の失言くらいなら笑って済ませてくれる。でも、パン屋として真面目に働いてるフィリップからすれば、軍のトップに直接会うなんて一生ない経験だ」

 

「……軍のトップ? まさか、今日の配達先って……」

 

「最後の一件がそこだったのさ。そりゃあフィリップさん、腰抜かすかと思っただろうね」

 ドゥーが肩をすくめた。

 

 と、その時、フィリップとヨナが戻ってきた。

 フィリップはようやく肩の荷が下りたような笑顔で、ヨナは苦笑いを浮かべている。

 

「その前に、ミハルさんを労ってあげてくださいよ。今日の代理店長として、すっごく頑張ってくれたんですよ!」

 

 

「おう。あとでちゃんと労うさ。ミハル、今日は売る分とは別に、お前と弟たちの好きなパンも用意してあるから、持って帰って食わせてやんな」

 フィリップがにっこりと笑いかける。

 

「ありがとうございますっ!」

 ミハルの顔がパッと明るくなった。

 

 その隙をついて、ヨナが静かにリタの背後に回りこむ。

 

 その動きに気付いたゼロとドゥーは、やれやれと肩をすくめる。

 

「リタ、ごめん!」

 ヨナが後ろからリタを羽交い締めにした。

 

「ちょっと、ヨナ!? なにすんのよ!?」

 

「諦めろ、リタ。今回はお前が悪い」

 

「うん。僕たちは楽しかったけど、フィリップさんは本当に死ぬほど驚いてたんだから。明日からにストレスを引きずらないためにも、今日はその解消が必要だよね」

 ドゥーが涼しい顔で付け加える。

 

「そういうことだ。安心しろ、リタちゃん。ヨナが協力してくれてんだ。悪いことじゃねえさ」

 フィリップが近づいてきて、にやりと笑った。

 

「え? ちょっと、本当に何を――」

 

 言いかけたところで、フィリップがリタの頬をぐいっと両手で引っ張る。

 

「ひひゃいです〜〜〜!!」

 

「まったくよぉ〜! 今日のサプライズには、俺が一番びっくりしたんだぞ! もし前もって知ってたらビビって味が落ちてたかもしれねぇ。……ありがとな!」

 

「びゃあにゃんで引っ張られてるんですか〜〜!」

 

「今日俺はめちゃくちゃビビった! だから、これは明日に引きずらないための――“儀式”なんだ!」

 

「しょんな〜〜!」

 

 そこにさらに追い打ちをかけるように、ドゥーが笑顔で近寄る。

 

「僕が手伝うよ。フィリップさんじゃ、ほっぺた以外は触れないでしょ?」

 

「ドゥーにゃにおっ!?」

 

 次の瞬間、ドゥーはリタのわき腹を容赦なくくすぐり始めた。

 

「ふぎゃああああ!! ひゃははははやめてぇ〜〜〜!!」

 

 夕暮れのパン屋の前に、賑やかな笑い声が響いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン屋の店内に戻ったフィリップは、カウンター奥の端末を開き、売上アプリを確認した。

 

「なんでこんだけあんぱんが売れてるのかと思ってたが……今日の配達で納得したぜ。連邦の上の方にまで届いてるとはな。お土産として配ってくれたドゥーちゃんには感謝だな」

 

 そう呟くと、フィリップはポケットからメモ帳を取り出し、走り書きされた改良ポイントを見返す。

 

「さて、今日もらった改善点を早速試してみるか〜。餡の湿度バランス、空洞の縮小、それに味のバリエーション……一つずつだな」

 

 腕まくりをしながら、厨房の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 その頃、ショッピングモールの前では

 

「……リタ、完全にぐったりだな」

 ゼロが苦笑しながら、しゃがみ込んだリタを見下ろす。

 

「いや〜よく笑ってたね。笑いすぎて僕も疲れちゃった」

 ドゥーが目元を指で拭いながら伸びをする。

 

 リタは両手をだらりと垂らしたまま、わざとらしく項垂れていた。

「今日、晩ごはん食べる気力ないかも〜……だからゼロの家に泊まろうかなぁ」

 

「おいおい。うちは介護所じゃないぞ」

 ゼロが呆れたように返すと、ドゥーが笑いながら肩をすくめた。

 

「いいじゃん。みんなでお泊まりって楽しいし、ね?」

 

 リタはそれを聞いて満足げにうなずきながら、ちらりとヨナのほうを見る。

「……歩けなくはないけど、今日はいっぱい頑張ったし、ヨナに背負ってもらえると嬉しいなぁ〜って」

 

 その一言に、ゼロとドゥーは顔を見合わせて小さく吹き出す。

「……あー、なるほどね」

「うん、これはもう確信犯だね」

 

「ほら、行こ行こ。ヨナ〜お願いねっ」

 リタはにこにことヨナに手を差し出す。

 

「はいはい……まったく、仕方ないな」

 ヨナは苦笑しながらその手を取り、リタを軽々と背負った。

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