ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【宙域:暗礁宙域 空母ビーハイブ・ブリッジ】
――お願い。1人でも多く、生き残って……イオも……。
クローディア・ペールは、手のひらを固く握りしめ、祈るようにモニターを見つめていた。
(私は、ずっとイオが戦争に取り憑かれて、戦いを楽しんでると思ってた。だから……自分から距離を置いた。でも……違った)
記憶の中で、イオ・フレミングの怒鳴り声がよみがえる。薬物に逃げていた自分に、彼は真剣に怒ってくれた。自分が新兵を盾にする作戦を拒絶し、醜く八つ当たりしたときも――受け止めてくれた。
(あんな優しい目、最後に見せてくれたのは……いつだった?)
幼馴染で整備士のコーネリアスに言われた言葉が胸を刺す。
「イオは、戦争でしか“生きてる実感”を得られない哀れな奴なんだ」
――なら私は、これから彼をどう見ればいいの……?
「敵反応あり! ゲルググ7機、急速接近!」
オペレーターの声がブリッジを引き裂いた。
「リビングデッド師団だけじゃない……援軍まで来たのか!」
副長のグラハムが苛立ちを露わにした。
「直掩の軽キャノン隊、対応しろ! 全機迎撃!」
ビーハイブを守るべく、10機の軽キャノンが出撃した。だが――。
数の差はあれど、戦力差は歴然だった。艦の対空砲が援護に回っても、軽キャノンのビームは敵の装甲を抜けず、逆に次々と撃墜されていく。
(これが……連邦の現実……?)
ジム以下の性能で作られた軽キャノン。テム・レイを左遷し、予算を削った末の産物が、ただの鉄屑に変わっていくのを、クローディアは歯を食いしばって見ていた。
「直掩部隊、半壊! ゲルググがこちらに向かってきます!」
直後、1機のゲルググがブリッジを守る最後の砦を突破した。対空砲の弾幕すら掻い潜り、ブリッジの目前に迫る。銃口が――自分に向けられていた。
その瞬間、時間が止まった。
――イオと、コーネリアスと過ごした学生時代。あの何でもない日々が、走馬灯のように脳裏を過ぎる。
(自分から距離を取っておいて……最後に会いたいのがイオだなんて……私、みっともない)
だが――
ビームが、敵機の腕を吹き飛ばした。
「っ!?」
何が起こったのか誰も理解できぬまま、次の瞬間、ワイヤーのようなものが敵機の片腕を絡め取り、強引に引き上げた。軽キャノンが宙から舞い降り、釣り上げられた敵を肩のキャノンで撃ち抜く。
「味方の……救援なのか!?」
グラハムの叫びと同時に、通信が入る。
『こちらシイコ・ムラサメ。これより6機のゲルググを対処します。対空砲は弾幕を継続、残存の直掩部隊には艦の周囲での射撃に徹させてください』
その名に、クローディアは反応する。
「シイコ・ムラサメ……!? でも……2機でゲルググ6機を相手にするなんて無謀よ!」
『……ああ。あなたが今回の作戦を立てた中佐ですか』
静かに、しかし鋭く放たれたその言葉は、クローディアの心を抉った。
(わかってる……。イオも、新兵も、私の作戦で……)
『では、見ていてください。――“数”を無意味にする戦力が、戦場には存在するのだと』
次の瞬間、戦場は“舞台”と化した。
シイコとそのマブが駆る2機の軽キャノンは、まるで一対の舞踏家のように、滑らかに宙を駆け、ワイヤーで敵機の動きを封じ、遮蔽物や敵を盾にして誘導。分断、捕縛、殲滅――。
僅か2機の軽キャノンが、ゲルググ6機を全滅させた。
静まり返ったブリッジで、グラハムが呟く。
「これが……シイコ・ムラサメ。連邦撃墜スコア2位……トップエースの1人か……」
【戦闘終了後/空母ビーハイブ 格納庫】
破損したフルアーマーガンダムを牽引しながら、ヤザン・ゲーブルは無言で艦内に入った。頭部は吹き飛び、片腕を失ったその機体は、もはや“ガンダム”の威容ではなかった。だがそれでも、今なお象徴のように視線を集める。
後方には、シイコ・ムラサメとそのマブが随伴する。2機のカスタム軽キャノンが、地味ながらも確実に足音を響かせていた。
「他の生存者は?」
「たった七人よ。あとは……脱出もできてなかったわ」シイコが静かに答える。
それは、彼女がこの宙域に入ってからずっと捜索し続けた結果でもあった。命を救うには、あまりにも少なすぎる数。
「……俺たちが来て、四十人のうち七人しか救えなかったってか」
苛立ちと虚しさが混ざったような吐息が漏れる。
「隊長たちは精一杯やりましたよ! 悪いのは――」マブが言いかけたその時。
格納庫に設けられた簡易足場の上から、駆け寄る人影があった。
「イオ!!」
声の主はクローディア・ペール。艦の艦長代理であり、作戦責任者の一人。そしてイオの恋人でもある。
壊れたガンダムのコクピットから出てきたイオ・フレミングに、彼女は泣きながら抱きついた。
――だがその光景を、遠巻きに見ていたヤザンの口元は歪む。
「……中佐の階級章だと? あの女が、あんなふざけた作戦を立てやがったのか。
俺たちを待っていればいいものを」
シイコは肩をすくめた。「まあ、生き残ったムーア上層部のゴリ押しもあったんじゃない?」
「……けど、あの男、イオ・フレミングって……ムーアの自殺した市長の息子じゃあ……」
「つくづくふざけた茶番だな」
「ムーアの王子様が、新兵を盾に生き残って、恋人と涙の再会ってか? 俺たちが来なきゃ、ただの“悲劇の遺体”だったってのに」
その声には、作戦の不条理と軍の腐敗を嫌悪する本気の軽蔑が滲んでいた。
「さっさと任務を済ませてガンダムを艦に持って帰るぞ。こんな艦、一秒だって長居したくねえ」
「了解」シイコとマブが声を揃える。
「適当な整備兵は・・と」
――その背中に声をかけてくる者がいた。整備士のコーネリアスだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! あなたがたがイオを助けてくれたんですよね? 本当に……ありがとうございます! 三人のお噂は、かねがね!」
慌てて頭を下げる彼に、ヤザンはチラと目をやって、ガンダムの方に目を向ける。
「……で?」と吐き捨てるように尋ねた。「こいつの修理に使えるパーツは、どれだけある?」
コーネリアスが苦い表情で答える。
「関節や各種の消耗パーツはそこそこ補充されていますが……頭部ユニット、腕部フレームごとの予備はありません。元々このガンダム、現地解体前提の払い下げ機みたいな扱いで、肝心のフレームや外装は供給されてないんです」
舌打ちが響いた。
「ちっ……ガンダム使ってあのザマだった理由が、ますますよくわかるぜ」
「なら、こいつと予備パーツ一式は“命令通り”持ち帰らせてもらう。修理が不可能でも、分析には使えるだろう。適当なコンテナに詰めてくれ」
「了解です。輸送用のユニットを今すぐ手配します」
次に現れたのは、グラハム副長だった。
「……あなた方がいなければ、新兵もイオ中尉も全滅していたかもしれん。礼を言わせてくれ」
一見、真摯な感謝の言葉――だが、シイコの中で何かが引っかかった。
(この人……新兵が助かったことには心から安堵してる。でも――イオ中尉に関してだけ、何かが違う。喜んでいない? ……まさか、死んだ方が都合がよかった、とでも……?)
目の前のグラハムに向けて、シイコは内心で警鐘を鳴らす。艦の外では今回の戦略の絵を描いた上層部に問題があり、艦の中もまた、作戦を立てた中佐は能力上の問題だったようだが、それに留まらない別の思惑が渦巻いている。ここもまた、歪んだ場所だ。
そこに、クローディアを伴ったイオが歩み寄ってきた。
「ヤザン中尉だな? ……あんたのおかげで助かった。礼を言わせてくれ。これから生き残った新兵たちと乾杯するんだ。あんたにも、ぜひ一杯奢らせてくれ」
だがヤザンは無言のまま、牽引していたガンダムを指差し、冷たく言い放った。
「悪いが、ガンダムを持って帰るまでが任務でな。乾杯は……そっちでやってくれ」
踵を返す。
「帰るぞ、お前たち」
「了解!」
「了解です!」
シイコとマブがその背中に続いた。
そしてガンダムとコンテナを回収した3機のカスタム軽キャノンは、サンダーボルト宙域を静かに離脱していく。艦から距離を取り、戦闘空域を脱したタイミングで、3人はコクピット間で通信を開いた。
「……ガンダムは私が持って帰るから、あなたは乾杯してきたら良かったんじゃない?」
「いつもは部下と飲むの、楽しそうじゃない?」
「分かってて聞くな」ヤザンが低くうなった。
「俺が酒で理性が緩んだら、あのヘボパイロットの顔面を二週間は見れなくしてるぞ」
「うわぁ……」マブが小さく笑いながら、
「折角、艦長がヤザン隊長にあてがおうと見つけてくれたガンダムなのに、こうなっちゃって……直せるんでしょうか? 頭も腕も無いですよ?」
「無理だな」ヤザンはガンダムの状態を映すサブモニターを一瞥した。
「あの艦には最低限の補充パーツしか無かった。頭部と腕をまるまる失った機体なんて、今の連邦じゃ治せねえよ」
「でも――」シイコが通信越しに言葉をつなぐ。「あなたが捕虜にしたっていう、アルレットさんだっけ? あの娘、最近じゃ整備班の連中に図面持ち込まれて、参考にされてるって話よ。下手な技術士官よりも頼りにされてるらしいわよ」
ヤザンはふんと鼻を鳴らし、映像に映る“頭部も腕も失ったガンダム”を睨んだ。
「……この姿のガンダムを、どうするってんだ?」
「たとえば、軽キャノンの腕と頭部をつけてみるとか?」シイコがさらりと提案する。
「それでこの軽キャノンよりマシになるなら、悪くはねえが……」ヤザンは一拍おいて苦笑した。「まあ、見た目はだいぶ間抜けになるな」
「大丈夫。どうせアンタ、見た目なんて気にしてないでしょ?」シイコが笑う。
「そりゃそうだ。大事なのは……勝てるかどうかだけだ」
3機のカスタム軽キャノンは、まるで傷ついた“もう一つの命”を抱えながら、帰還の針路を静かに辿っていった。
こうして、3人のエースは、破損したガンダムと共に艦を去った。残されたのは、涙と喝采と――救われた命。その代わりに失われたものは、誰にも言葉にできなかった。