ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【ジャブロー・第3技術本部通路】
淡い照明に照らされた通路を、アムロ・レイが静かに歩いていた。革靴の足音が、人工的な静寂の中に響いている。
曲がり角に差し掛かったとき、向こうから現れた人物に、ふと足を止めた。
「……ここで会うってことは、親父からの呼び出しか?」
そう声をかけた相手は、ゼロ・ムラサメだった。相変わらず沈着な表情のまま、わずかに口元を緩めて返す。
「はい。アムロさんも、ですよね?」
「ああ。まあ、時期的に要件は想像できるんだがな」
「ですね。十中八九……あれのこと」
ゼロが意味深に言いかけた、そのとき。
ドスッ、ドスッと力強い足音を鳴らしながら、向こう側の通路から歩いてくる男の姿があった。
肩幅広く、堂々たる体格。仏頂面に無造作な髪――ヤザン・ゲーブルだった。
ゼロがちらりとアムロに視線を投げる。
「……確定しましたね」
「だな」
アムロが応じたちょうどその時、ヤザンが2人の前で立ち止まり、腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん。お前らも呼ばれたってことは……テムの話は、アレックス選抜に通った奴の件だな?」
「でしょうね」ゼロが淡々と返す。「時期的に、博士のところには名簿が入ってる頃です」
「まったく……」ヤザンは肩をすくめた。「いつも通り、タイプが近いやつを俺たちに割り振りゃあいいものを。なんでわざわざ呼び出しなんぞ……」
アムロは苦笑気味に言った。
「それじゃ足りない“何か”があったんだろ。……それにしても、ハヤトたちの教導は楽しそうだな。そろそろリタにも飴をやった方がいいんじゃないか?」
するとヤザンは、真顔で胸を張った。
「俺は“平等”に鞭を与えてるんだよ。飴なんてどっちにも、ほんの僅かしか渡してねぇ」
ゼロはその言葉に、少しだけ目を伏せ、そして視線をアムロへと向ける。
その無言の問いかけは明らかだった。
(……愛弟子に甘い自覚、ないんですかね?)
アムロはわずかに笑みを浮かべて、心の中で答える。
(鍛えてる“つもり”なんだろうさ。……まあ、リタのフォローは、引き続き頼む)
(了解です)と、ゼロも心の中で頷いた。
(メンタルは……まあ、ヨナと時間作らせてやれば勝手に回復しますし。楽ですよ)
ほんの一瞬だけ、3人の間に流れる沈黙は、まるで呼吸のように自然だった。
それは、同じ戦場を知る者たちにしか持てない、絶妙な距離感だった。
【ジャブロー・第3技術ラボ/作戦会議ブース】
重厚な扉が静かに閉じられると、部屋の中にわずかな緊張が走った。
中央の円卓には、すでにテム・レイとアルレット・アルマージュが待機しており、アムロ・レイ、ゼロ・ムラサメ、そしてヤザン・ゲーブルが向かい合うように座っている。
会議の冒頭、テムは無言でホロ端末を操作し、一枚の名簿を空間上に浮かび上がらせた。選抜を通過したアレックス候補パイロットの名が、次々にスクロールされていく。
「……ここに記載されているのが、今回の各地アレックス選抜の通過者たちだ。とはいえ、すでに数名の担当割りは済んでいる」
そう前置きしたあと、テムは一人の名前を指差す。
「――そして、こいつが最後の一人だ。担当未定。ジャブロー直行の通達が出ている」
ホログラムに拡大された名前が表示される。
『イオ・フレミング』
その瞬間、ヤザン・ゲーブルの表情が見る間にしかめっ面へと変わった。
「……チッ」
明らかに感情が顔に出た。彼の眉間に刻まれた皺が、誰よりも雄弁に物語っていた。
それを見たアムロとゼロが、目を合わせる。
アムロは静かに呟いた。
「……なるほどな。あのとき飲み会で、ボロクソに言ってた“例の中尉”か」
ゼロも納得したように頷く。
「サンダーボルト宙域の件ですね。あの話を聞いていたら、確かに印象最悪でしょう」
ヤザンが舌打ちを一つ、そして低く唸るように言った。
「“ムーアの王子”だと祭り上げられた勘違い野郎が、よくもまあノコノコとジャブローまで来れたもんだな。しかもよりによってアレックス……」
テムが冷静に返す。
「だが、スコアは確かだ。今回の選抜で、彼はユウ・カジマを打ち破って通過してきた。結果として、彼にはアレックスの適性があると判断されている」
アルレットが資料をスクロールしながら補足した。
「記録を見る限り、スラスター出力の限界を読んで強引に押し切るタイプですね。反応速度と操縦精度の高さだけじゃなくて、戦場での決断力が異常に早い。でも……同時に、味方を巻き込む判断も平然と取れる」
ヤザンは鼻を鳴らした。
「“味方を犠牲にしても勝てばいい”タイプか。最前線じゃ通用しても、部下持たせたら部隊ごと死ぬな」
ゼロがそれに重ねるように言う。
「確かにリーダー向きではありません。ですが、私たちの役割はあくまで“使いこなせるかどうか”を見極めることですから」
アムロはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「彼の映像データを見たが……確かに、昔の俺と似てる部分がある。ガンダムに乗ることを“力”と信じて、戦いに陶酔する傾向がある。でも……どこかで“変わるきっかけ”を掴みかけてるようにも見えた」
その言葉に、ヤザンが眉をひそめた。
「甘いんだよ、アムロ。そいつが変わる前に、味方が何人死ぬと思ってる」
そして、さらに畳みかけるように言葉を重ねた。
「それにな、お前は“力に陶酔してた”って言うが、問題なかっただろ」
「そんなわけないだろ」
だが、ヤザンは構わず続けた。
「あるんだよ。だって、お前――負けたか?」
アムロは一瞬、言葉を詰まらせた。
「それは……」
ヤザンは肩をすくめ、吐き捨てるように言った。
「そういうことだ。乗ってる奴がどんな精神状態だろうと、命令を逸脱せず、結果を出して勝ち続けてりゃ、モビルスーツパイロットとして“問題あり”なんて評価にはならねぇよ」
そしてさらに、言葉を重ねる。
「そもそも、軍人になった理由なんて人それぞれだ。家族を養いたい奴、家が軍の家系のやつ、俺みたいに単純に戦いが好きな奴――その中で“力に酔ってる”やつだけ弾いてどうすんだ。意味ねえよ」
その目は、アムロの目を真っ直ぐに射抜いていた。
「だがな――こいつは違う。イオ・フレミングは、自分の“力不足”で部隊ごと全滅しかけた。」
「上層部から何言われようと、あと数時間、待ってりゃあ――死なずに済んだ命が三十三名だ。……三十三だぞ?
全ての責がこいつにあるわけじゃない。むしろ少ない方だろう。だが、"ガンダム"を任されて力不足なんて言い訳にもならねえよ」
会議室の空気が一段重くなった。
ゼロは何も言わなかった。ただ、二人の間に漂う緊張の波を静かに受け止めていた。
アムロは静かに視線を落とし、数秒だけ黙ったあと、口を開いた。
「……それでも、俺は見たいんだ。“変わる可能性”があるなら――」
その言葉はまだ、会議の結論にはならなかった。
けれども、静かに火が灯り始めていた。
【ジャブロー・第3技術ラボ/会議ブース】
会議室の空気は、ヤザンの厳しい言葉を境に、再び重く沈黙に包まれていた。
アムロはヤザンを見据えたまま、ゆっくりと視線を逸らす。その目が自然と、テム・レイとゼロ・ムラサメに向いた。
言葉はなくとも、三人の間に交わされる“目線”があった。
(……ここまでヤザンが拒絶している以上)
(引き受けるのは、俺か……ゼロしかいない)
だが――
ゼロはごくわずかに首を振った。無言の辞退。戦い方も思想もあまりに異なる。ゼロ自身が、イオとの“接点のなさ”を理解していた。
アムロは、もう一度テムの目を見る。静かに、だがはっきりと――頷いた。
テム・レイがゆっくりと口を開く。
「――では、イオ・フレミング中尉の教導役は……」
言葉を区切ったその刹那、
「俺が引き取ってやるよ」
重低音のような声が響いた。
一同の視線が、一斉にヤザン・ゲーブルへと向けられる。
その突然の発言に、一番驚いたのはアルレットだった。
「……は、はい!? さっきまであんなに、イオ中尉をボロカスに言ってたじゃないですか!!」
ヤザンは腕を組んだまま、鼻で笑った。
「舐めんな。嫌いな奴だろうが、俺が鍛えるのが一番効率がいいと判断したなら、鍛えてやるさ」
その声に、嘘や飾りはなかった。あるのは、徹底的な現実主義と、戦士としての覚悟だけ。
「こいつはオールドタイプで、操縦の癖も俺に近い。だったら俺が教えるのが一番早ぇ。……理想も情もいらねぇ。“使える”ように仕上げる。それだけの話だ」
その言葉には、かつて幾多の死地をくぐり抜け、戦争の中で“生きる力”だけを研ぎ澄ましてきた男の真実があった。
アムロは、静かにヤザンを見ていた。
ゼロもまた、無言で理解を示すように頷く。
テム・レイは、ほんの少しだけ目を細めた。
「……わかった。では――イオ・フレミング中尉の教導役は、ヤザンに任命する」
その決定をもって、会議の空気が少しだけ変わった。
だが、次に発せられたヤザンの言葉は、場の緊張をあっさりと切り替えた。
「まあ、いきなり俺が相手したらボコボコにしすぎるからな。最初はカイたちにでも相手させるさ」
とだけ言い残し、ヤザンは椅子から立ち上がり、手をひらひらと振って部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、アムロがふとつぶやく。
「……ゼロ、アルレット。気のせいかな。嫌な予感がする」
ゼロが頷きながら、ごく自然に返した。
「奇遇ですね。俺もです。ヤザンさん、ああ見えて無自覚に“愛弟子”に甘いところがありますから」
アルレットも少し困ったような顔をしながら頷く。
「分かります。イオ中尉とヤザンさん……性格も操縦スタイルも、力の差はあるにしても、どこか似てますもん。同族嫌悪、起きそうですね」
テムはため息交じりに呟いた。
「……厄介な類似性だな。同族嫌悪は、一番ややこしい。そして君たちニュータイプ3人が嫌な予感がするならもう確定してるようなものだよ」
アムロは顔をしかめながら、ホロ画面を閉じた。
「とりあえず……イオ中尉がアレックスで模擬戦やるとき、相手が“ネモ”なことに文句を言わず、素直にやってくれることを祈ろう」
ゼロは薄く笑って肩をすくめた。
「ですね。ああ見えてヤザンさん、仕事は真面目にこなしますから。ただ……嫌いな相手に対しても“平等”に接しようとして、ストレス溜めるタイプです」
アルレットは、気まずそうに笑った。
「本音と理性がずっとケンカしてそうですね、あの人……」
テムは椅子に背を預けながら、少しだけ遠い目をした。
「……さて、どうなることやら」
その言葉は、誰にも答えられないまま、会議室には微妙な余韻だけが残った。
mini8さん誤字報告ありがとうございます!