ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【南米・ジャブロー地球連邦軍基地/到着エリア】
降下艇のハッチが開くと、むわりとした熱気が一気に吹き込んできた。熱帯特有の湿気を帯びた空気が、イオ・フレミングの肌にまとわりつく。
「……暑っつ……」
イオは顔をしかめ、制服の襟を引っ張りながら、ぐったりと肩を落とした。温度管理された艦内生活から一転、地球の容赦ない環境が彼に現実を突きつける。
目の前には、密林に囲まれた広大なジャブロー基地が広がっていた。コンクリートと鉄骨でできた人工的な建造物が、巨大な地下空間に飲み込まれるように存在している。文明と自然が、異様な緊張感を伴って共存するこの空間は、地球という惑星が持つ生命力と破壊力の両方を象徴しているかのようだった。
彼のすぐ後ろを歩いてきた男――コーネリアス・カカは、イオとは対照的に汗一つかいていない。涼しげな顔で、ポケットから出したハンカチを広げた。
「……ティッシュならあるぞ」
だがイオは手を振って断る。
「今はいい! それより、アレックスだ! 実機として用意されてるんだろ? なあ、コーネリアス! どこだ!? 早く見てえ!」
興奮気味に身を乗り出すイオの横顔を見ながら、コーネリアスは深いため息をついた。その表情には、友人の行動に対する諦めと、ほんの少しの羨望が混じっている。
「……馬鹿。先に担当者に挨拶だ!」
ぴしゃりと即答。コーネリアスの声は、イオの子供じみた興奮を冷ますには十分だった。
イオは「うぐっ」と情けない声を漏らして口をつぐんだが、それでも彼の目だけは輝いている。まるで初めておもちゃを手にする子供のように。
「……でも、なあ……アレックスだぜ……!」
「わかってるけどな。社会人としての順序ってやつがあるんだよ、イオ“中尉”」
「チッ、堅ぇなぁ……」
そうぼやきながらも、イオは仕方なく方向を変えた。アレックスを目前にしても、軍人としての儀礼は避けられない。それは彼にとって、宇宙での自由な戦いとは全く異なる、地球での戦いの始まりを意味していた。
――そして、この後彼が出会うのが、よりによって“あの時救われた男”であることを、まだ知らなかった。彼の人生で最も過酷な、そして最も重要な教導が、この南米の熱気の中で始まろうとしていた。
【ジャブロー・MS整備区画】
格納庫のシャッターが重厚な音を立てて開くと、青と白の流線型を持つ機体が姿を現した。
アレックス――RX-78NT-1。
南米の熱気を浴びながらも、その装甲はまるで氷のように冷ややかに輝いている。それは、来るべき戦いのために完璧にチューニングされた、精密機械の美しさだった。
「うおお……!」
イオ・フレミングは思わず息を呑んだ。全身に電撃が走ったような衝撃。フルアーマーガンダムに搭乗した時とは全く異なる、純粋な感動が彼を支配する。
コーネリアスと並んで立つ彼の前に、案内役としてアルレット・アルマージュが歩み出る。
「こちらが、あなたに割り当てられるアレックスです。まずは調整に乗ってください」
アルレットは端末を操作し、コクピットハッチを開放させる。その間、コーネリアスは整備士としての指示を受ける形になった。
「イオ中尉のアレックス付き整備は、あなたが担当です」
「了解しました」
「それから……こういうタイプのパイロットは関節部位の消耗が激しい。良く見ておくことをおすすめします」
アルレットの言葉には、どこか含みがあった。それはイオの粗い操縦スタイルを予見しているかのようだった。
「……は、はい」
コーネリアスは背筋を伸ばし、緊張した面持ちで頷く。
イオは、もはや二人の会話など耳に入っていなかった。待ちきれないといった様子でコクピットへ飛び込み、スロットルに手を掛ける。次の瞬間――アレックスが軽やかに脚を踏み出し、訓練フィールドへと駆け出した。
「……フルアーマーガンダムで喜んでたのが悲しくなるな!」
通信越しに、イオの興奮した声が響く。
「本物のガンダム・・“アレックス”とは比べ物にならねぇ!」
訓練フィールドでの試走は、加速、減速、旋回、そして繊細な指先の動き――どれも機体の反応は完璧だ。イオの脳内に響く音楽のリズムと、アレックスの動きがシンクロしていく。彼は、この機体こそが自分を、そして自分のジャズを、最も完璧に表現してくれるツールだと直感した。
そこへ、アルレットの冷静な声が通信に割り込んだ。
『当然です。フルアーマーガンダムはテム・レイ先生が現場から左遷されたのをいいことに、左遷した連中が残ったパーツを組み上げて作った急造品です。間違っても先生のアレックスと同格に考えないでください』
その辛辣な説明に、整備区画で聞いていたコーネリアスは思わず背筋を伸ばした。アルレットの言葉には、テム・レイに対する深い敬意と、彼の作品を軽んじる者への怒りが込められているように感じられた。
(こわ……)
だが、イオは笑い飛ばすように返した。
「そいつは悪かったな! そのテム・レイ先生に言っといてくれ! 最高のガンダムをありがとよってな!」
勢いよく走り抜けるアレックスの姿は、まるで地球の重力すら楽しんでいるかのようだった。その自由奔放な動きは、イオ自身の生き様を体現している。
訓練終了後。
汗を拭いながら戻ってきたイオに、アルレットが次の予定を告げる。
「では明日10:00から、ヤザン教官のもとで教導に入ってもらいます。時間になれば所定の部屋にお願いします」
「ヤザンが俺の教官か!? 最高だな! 俺もあそこまで強くなってみせる!」
イオはそう言って、にやりと笑った。彼の目には、ヤザンの強さに近づく未来しか映っていない。その勢いに、アルレットは少し眉をひそめた。
「……くれぐれも揉め事を起こさずに、教導を受けてください」
アルレットは警告するように言った。だが、イオは笑顔で親指を立てる。その笑顔が翌日どうなるか――誰も予想できなかった。
【ジャブロー・第2訓練室】
翌日、イオ・フレミングは指定された教導室に入った。
そこには、腕を組んで待っていたヤザン・ゲーブルがいた。その筋肉質な体躯から放たれる威圧感は、イオをして息を飲むほどだ。
「まずは――カイ・シデンのネモと戦ってもらう」
開口一番、ヤザンはそう告げた。その声は低く、感情の起伏を感じさせない。
「ネモじゃ相手にならねえよ。ヤザン教官、あんたが相手してくれよ」
イオは即座に食い下がる。口調には挑発と、本気の期待が混ざっていた。彼はヤザンという強敵との戦いを、心から楽しみにしているのだ。
ヤザンはこめかみに青筋を浮かべながらも、深く息を吸い込んだ。彼は自身を落ち着かせようと努めている。
(……落ち着け、俺。テムたちにも言ったんだ。こいつが多少生意気でも、俺が育てると決めた以上、冷静に――)
しかし、その思考はイオの次の一言であっさり吹き飛んだ。
「あんたらヤザンの教え子なのに、アレックスに選ばれてねえんだろ? 悪いが――」
その言葉は、ヤザンだけでなく、その場にいた彼の教え子たち――カイ・シデン、ハヤト・コバヤシ、リュウ・ホセ――のプライドをも傷つけるものだった。
「……良いだろう」
その瞬間、ヤザンの声色が変わった。低く、冷たく、決定的だった。そこには、もはや教官としての理性はなかった。あるのは、一人の男としての、パイロットとしての怒りだけだ。
「俺が相手の実機訓練だ。アレックスに乗って、フィールドに来い」
イオは勝ち誇ったように笑い、軽い足取りで部屋を出ていった。彼は、自分がヤザンの逆鱗に触れたことを、まだ理解していなかった。
残されたカイ・シデン、ハヤト・コバヤシ、リュウ・ホセ。
彼らはヤザンの後ろ姿しか見えていない。だが、それだけで分かった――おそらく相当ブチ切れている。
「あ〜……教官? 俺たち、別に気にしてないぜ。なあ、ハヤト?」
「はい。イオ中尉のあれも、アレックスに選ばれたと思って少し傲慢になってるだけでしょうし」
「だな。エースパイロットは多かれ少なかれ自惚れるもんだ。あいつだってすぐに――上には上がいることを知って――」
彼らは、ヤザンの怒りを鎮めようと必死に言葉を紡ぐ。だが、その努力は虚しく響いた。
「何だお前ら? 揃いも揃って。俺を落ち着かせようとでもしてるのか?」
ヤザンはゆっくりと振り向いた。口元には笑みがあったが、その目はまるで血走った獣のようだ。
「俺は落ち着いてるぜ?」
ぞくり、と三人の背筋が冷えた。この笑みは、怒りの臨界点を越えた男の、最も恐ろしい表情だった。
「カイ。お前のネモを使うぜ」
「は、はい!? アレックスで相手をするんじゃ――」
「いらねえよ。教えてやらねえとな」
ヤザンは笑いながらも、語気を強めた。
「アレックスに選ばれただけで、ネモなんか相手にもならねえと思ってるムーアの王子様にな」
そう言い残し、ヤザンはドアを開け、ネモの格納区画へと向かった。その足取りは、これから始まるであろう「教導」への確固たる決意を示していた。
残されたカイが、ため息交じりにぼやく。
「……アムロからメールもらったから、なんかあるとは思ってたけど、これはフォローしようがねえよ」
「ですね。『近々来るイオ中尉とヤザン教官は相性が悪いかもしれないからフォロー頼む』って言われても……」
ハヤトが肩をすくめる。その言葉には、どうしようもない無力感が滲んでいた。
「もうあれは、俺たちが前もって喧嘩売って、ネモで戦うぐらいしないと、どうしようもなかったろ」
リュウが腕を組んだ。彼の言葉は、最悪の事態を回避するための唯一の策だったのかもしれない。
だが、それすらもう手遅れだという予感が、三人の胸を静かに重くしていた。
【観戦室】
厚いガラス越しに、4人が訓練フィールドを見下ろしていた。
カイ・シデン、ハヤト・コバヤシ、リュウ・ホセ、そしてアルレット・アルマージュ。
「……アムロさんから、あなた達にフォローよろしくって連絡来てましたよね?」
アルレットが視線を外さずに呟く。
「考えうる最悪の事態になってるように見えるんですが」
彼女の冷静な指摘に、カイは苦笑いを浮かべるしかない。
「いや、俺たちもフォローする気ではいたんだぜ?」
「だが、会話して5分も経たずに、二人で模擬戦やることになっちまってな」
「僕らじゃどうしようもありませんでした」
ハヤトも肩をすくめる。イオとヤザン、二人の強烈な個性が衝突した結果、誰も止められない事態になったのだ。
「やっぱりアムロさんが教導するべきでしたね……」
アルレットは深くため息をついた。アムロであれば、こんな衝突を起こさずに済んだたかもしれない。
その時、慌ただしい足音が響き、コーネリアスが駆け込んできた。
「あの! またイオのやつが何かやらかしたって! 一体何を――」
「あそこでアレックスに乗って、ヤザンさんに戦いを挑んでますよ」
アルレットが淡々と答える。その視線の先には、フィールドで対峙するアレックスとネモの姿があった。
「……あいつ! ……あれ? 相手がヤザン教官で、しかも搭乗機がネモ? なら、あいつにも勝ち目があるんじゃ……」
コーネリアスはそう言って、少し安堵した表情を見せる。だが、その甘い考えはすぐにカイに否定された。
「甘いな〜」カイが鼻で笑う。
「教官がネモで相手する理由は、ネモを馬鹿にしたイオ中尉に“腕次第でアレックスでもネモに負ける”ってことを分からせるためだが……もう一つ、もっと大きい理由があるんだよ」
「もう一つ?」
コーネリアスは訝しげに首を傾げる。
「今のブチギレた教官がアレックスに乗ってイオ中尉と戦おうものなら……勢い余って殺しかねないからだよ」
リュウが淡々と言い放った。その言葉の重みが、コーネリアスの顔を青ざめさせる。
フィールドの戦況が変わったのは、その直後だった。
ヤザンのネモが、鋭い踏み込みからビームサーベルを振り抜く。その動きは、ネモの性能を限界まで引き出した、熟練のパイロットのそれだった。
アレックスの右腕が弾け飛ぶように消失――模擬戦用の演算によるカット判定だ。
「腕が!?」
コーネリアスが声を上げる。その衝撃は、まるで目の前で本当にイオの乗る機体が破壊されたかのようだった。
「模擬モードだから実際には切れてないぜ」
カイが説明する。
「現実ならこうなるって映像をこっちに出してるだけだ……でも、これは――」
彼の言葉を遮るように、アルレットが冷静に言った。
「蹴りやシールドで殴りつけて凹ましたりしてるのは現実ですからね」
「コーネリアス曹長。整備、頑張ってくださいね」
アルレットの言葉は、まるで他人事のように聞こえる。
「あれ……僕が治すんですか?」
コーネリアスは呆然と呟く。彼の目の前には、これから自分が直さなければならない、無残な姿になったアレックスが想像できた。
「別に一人で直せとは言いませんよ。マニュアル通りに、同僚と――それからイオ中尉も手伝わせて直してください。今日のイオ中尉の残りの軍務は、アレックス修理の手伝いです」
ガラスの向こう、ヤザンのネモはなおも容赦なくアレックスを押し込み、最後の一撃で仰向けに倒してみせた。その動きは、ただの教導ではなく――徹底した「現実の洗礼」だった。
イオの自惚れを打ち砕き、彼に謙虚さを教え込むための、ヤザンなりの「教育」が、今、始まったばかりだった。
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