ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
『アシュレイ・友の遺言』―一年戦争中
グラナダ寄港地の一角。曇ったコロニーの人工空の下、アシュレイ・ホーン大尉は、古びたダッフルバッグを手にしていた。タグにはかつての戦友――オーガン・モンターニュの名がある。
「……遺品だってさ。ペッシェの親父さんのな」
そう言って渡してきたのは、同じ基地に務める旧知の補給士官だった。
「サイド3の旧住宅地を整理してたら見つかったらしい。公的には戦死扱いだが、どうにも家族宛ての処理が後回しだったらしくてな。……あんたが娘の上官なら預かってやってくれってよ」
アシュレイは頷き、荷物を受け取った。中身は――ノートPC、戦闘服、記章、古びた電子手帳。どれも年季が入っている。彼は一つひとつ丁寧に確認していく。
(……すぐにペッシェに渡してやるのが筋か。でも――)
彼女は今、繊細な局面にある。フラナガン機関によるサイコミュ適性検査の予備試験が始まるというのに、父親の私物を無造作に渡していいものか。中には思春期の娘に見せるには気まずいものがあるかもしれない。遺影、私信、あるいは……。
「……ん?」
アシュレイの視線が、ペンケースの中の一本のボールペンに止まった。
ピンク色のボディに、やけに安っぽいラメ。派手な女性用の雑貨のような見た目に、訝しげに眉を寄せる。
「オーガンにこんな趣味、あったか……?」
違和感がひっかかった。かつてのオーガンは、機械と家族にしか興味のないような堅物だった。データや資料の分類にも几帳面だったはず。
手に取ると、妙に軽い。そのうえ、インクの感触がまったくない。
試しにキャップを外す。だが、書くどころかペン先すら存在しない。中は空洞だ――いや、違う。中には何か、小さなプラスチック片が引っかかっていた。
慎重にパーツをばらしていく。
やがて現れたのは、極小のデータカードだった。
アシュレイは口を引き結ぶと、ポータブル端末に差し込んだ。画面に立ち上がったのは――一つの映像ファイル。そこには、聞き慣れた、しかしもう永遠に聞けないはずの声が記録されていた。
「この記録を読んでるのがペッシェなら、再生を一旦止めて――俺の友人、アシュレイ・ホーンのところに行ってくれ。奴ならこの先のメッセージを聞くためのパスワードを知ってる。悪いな愛娘のお前と女房を差し置いてダチ宛のメッセージを先に入れちまって。お前達宛のメッセージは後半に入れてあるからアシュレイから見せてもらってくれ」
アシュレイの眉がぴくりと動く。
「……もし、これを聞いているのがアシュレイ、お前なら――分かるよな? ヒントは、俺たちが初めて飲みに行った場所の“酒の値段”だ」
そこで音声は途切れ、画面が切り替わった。
――パスワードを入力してください。
「ったく……どんな暗号だよ」
アシュレイは苦笑しつつ、懐かしい過去に思いを巡らせた。
あれはまだ、士官学校を出たばかりの若造だった頃だ。任務終わりに誘われた小さな居酒屋。壁が煤けて、照明もやけに暗かった。だが、やけに飯がうまくて、ビールがやたらと安かった記憶だけは鮮明に残っている。
(確か……一杯、“280”だったか?)
キーボードに手を伸ばし、ためらいがちに数字を打ち込む。
【2】【8】【0】――
エンターキーを押すと、端末が短く電子音を立てて、ロックが解除された。
再生アイコンが再び現れる。
「……さて、オーガン。おまえは何を残していったんだ?」
アシュレイは背もたれに深く体を預け、ゆっくりと再生ボタンを押した。
記録端末の中のオーガン・モンターニュは、映像越しでも伝わる憔悴と、それでも押し隠せぬ強い意志が、声の震えと共に滲む。
「……俺は、ペッシェを娘として愛してる。血の繋がりなんて関係ない。俺の人生の全てをかけて守りたかった存在だ。だが……この先、ペッシェはきっと“真実”を知ることになる。傷つくだろう。壊れてしまうかもしれない」
そこまで言って、映像の中のオーガンは、短くため息をついた。ほんの一瞬、唇を引き結び、視線を伏せた。
「できるなら、俺が守ってやりたかった。だが、このメッセージをアシュレイ――お前が聞いているってことは、俺はもういないんだな」
アシュレイは唇を固く結び、何も言わずに画面を見つめた。
「ペッシェには、できれば知ってほしくなかった。普通の女の子として、平穏な生活を過ごしてほしかった。恋をして、くだらないことで笑って、将来を語って……そんな未来を、俺は夢見ていた。だが――そうはならない。俺が死ねば、フラナガン機関の連中は“あの計画”を再始動させる。やつらはきっと、俺の死を合図に動き出す」
オーガンの目に、決して許せぬ何かへの怒りが宿る。
「……【ビショップ計画】をな」
その言葉に、アシュレイはわずかに目を見開いた。
「ビショップ計画……?」
オーガンは苦い笑みを浮かべた。
「お前が知らないのも無理はない。最高機密として処理された計画だ。――ビショップ計画とは、中々自然発生しないニュータイプを、人工的に“目覚めさせる”ための手段だ。方法は単純だが、あまりにも残酷だ」
言葉の間が、視聴する者の覚悟を問うように重くなる。
「素養のある者の近しい存在――家族や恋人を、あえて目の前で死なせる。あるいはそれに近い極限状況を作り出す。それによって、強制的に精神を揺さぶり、ニュータイプとしての覚醒を引き起こす。……おぞましいにも程があるだろう? だが、やつらは平然とその実験を繰り返してきた。そして……ペッシェにも、同じ手を使おうとするはずだ」
アシュレイは、思わず拳を握りしめた。これが――国家の機関のやることなのか。
オーガンは再び、沈黙の間を挟む。今度は、言葉を選ぶというよりも、吐き出すにはあまりにも重い“真実”に、声を詰まらせているようだった。
「……アシュレイ。俺の娘……ペッシェは――“クローン”なんだ」
その言葉は、静かで、しかし爆発的だった。
「彼女の遺伝的ベースになっているのは、セリーヌ・ロム。今ではほとんど記録にも残っていない、旧世代の強化実験体であり、狂気のニュータイプ研究者でもあった女だ」
映像には、旧時代の研究記録らしき映像が重ねられた。白髪に赤い眼の少女が、無表情のまま水槽のような施設に浸かっている。
「セリーヌ・ロム……こいつは、ニュータイプという存在が公式に定義される“前”から、その概念に取り憑かれていた。自分自身を含めた人体実験、強化処置、精神操作……そして、自らの“クローン”を大量に作り、それらを“素材”として使ってきた」
アシュレイは、映像に映るセリーヌの顔がペッシェと瓜二つであることに戦慄した。
「ペッシェは……その“最後のクローン”だ。計画の継承体として創られた。だが、俺は、あの子の出生なんて関係なかった。ただ――幸せでいてくれたら、それでよかったんだ」
オーガンの瞳が静かに揺れる。
「……だが、俺がいなくなったら、やつらはきっと動き出す。あの子に“悲劇”を与え、強制的に“目覚めさせよう”とする。――だから、アシュレイ。頼む。あの子を……守ってくれ」
そこで、メッセージは静かに終了した。
アシュレイ・ホーンは、しばしの沈黙の後、ふっと息を吐き、端末を胸に抱えた。
「……ペッシェ……」
その声には、哀しみと怒り、そして――何より強い決意が込められていた。
メッセージの再生が終わった。
アシュレイ・ホーンは、言葉もなくしばらくその場に佇んでいた。メモリー端末の画面には、すでに終わった再生記録の停止マークが点滅している。けれど、頭の中ではまだ、オーガン・モンターニュの“父親”としての声が響いてい
『ペッシェ――』
父は、娘の名前を何度も繰り返していた。
その声には、切なさと愛しさと、どうしようもない後悔が滲んでいた。
『お前がこれを聞くころ、俺はもうお前のそばにはいられない。だけどな……お前は俺にとって、誰よりも愛しい娘だった。
たとえ血が繋がっていなくても、いや、そんなことは関係ない。お前が泣いて、笑って、怒って、俺の腕を掴んできた、その全部が――俺の宝物だった。』
画面の奥で、オーガンの声が一瞬詰まる。
『できることなら、悲しい真実を何も知らずに、生きていてほしかった。けどな、お前はきっと立ち向かおうとするだろう。強い子だ……それはもう、誰よりもな』
『でも、お願いだ。変な男には引っかかるな。あと、もしろくでもないのが近づいてきたら――金的だ、いいな? 迷わず一撃入れろ。父さんとの約束だ』
ふ、とアシュレイの頬が緩んだ。映像の後半に込められていた、どうしようもなく優しい父の愛情。それは、“ビショップ計画”や“クローン”という凄惨な現実を告げる遺言の最後に、唯一残された家族への思いだった。
「……これは、あとで本人に直接渡してやるか」
アシュレイはそう呟き、遺言の“後半部分”だけを別に保存した。
けれど――問題はここからだ。
オーガンは言った。ビショップ計画が再始動する。ペッシェを、ニュータイプにするための“悲劇”が仕組まれる。そしてそれを止められるのは、今この事実を知ってしまった自分だけだ。
アシュレイは苦々しく唇を噛む。
(……これを知ったことがバレたら、遅かれ早かれ、キシリアの機関に消される)
フラナガン機関が動いているなら、その背後には確実にザビ家の意志がある。キシリア・ザビの直属機関が、ビショップ計画を実働レベルで再起動させたということは――これは、ジオンの中枢が関与しているということだ。何も手を打たなければ、次に“被験者”となるのはペッシェの近くにいる誰か。――つまり、自分だ。
彼女を傷つけるために、彼女を“目覚めさせる”ために、自分が殺される可能性がある。それも知らぬ間に、“自然な事故”として。
アシュレイの脳裏に、何人かの顔が浮かぶ。フラナガン博士。あの男が計画を再始動させた首謀者だ。そして――
「……シムス中尉」
彼女もそうだ。かつて、自分にニュータイプの素養があると言った。だが、それは真っ赤な嘘だった。おそらく――いや、確実に彼女はビショップ計画を知っている。実験に“協力”させるため、平然と嘘をついたのだ。尊敬しているなどという言葉で、信頼を得ようとしたその裏で。
アシュレイの掌がじわりと汗ばむ。敵は外だけではない。もう、ジオンという組織そのものが敵に見えてきていた。
(……もう、抜けるしかない)
だが――どうやって? 単独で脱走すれば即座に追跡され、消される。ましてや、ペッシェを連れてなど行けるはずがない。彼女は今、フラナガン機関の“観察対象”だ。下手に動けば、彼女まで巻き込む。
必要なのは、“味方”だ。
ジオンから逃げたい理由があり、部隊ごとジオンを離脱し、利益を共有し共に逃げられる勢力。――それも可能なら、艦を持ち、大気圏離脱・突入の航行能力を有する大型艦――ザンジバル級を所有するような戦力だ。
アシュレイはその日から、行動を変えた。フラナガンやキシリアの目に触れぬように、自ら情報収集に動いた。「実戦部隊の挙動を学びたい」と言えば、誰も怪しまない。そうして情報端末を駆使し、艦隊の配備データと指揮官の傾向を探っていく。脱走の可能性があり、味方になり得る部隊を一つ一つ。
(必ず見つける。ペッシェを救うためなら、地の果てだって探す)
そしてもう一つ――彼はペッシェに、さりげなく聞き出した。
「オーガンの遺品、君のお母さんにも渡してやりたいんだ。……今どこに?」
ペッシェは、何の警戒もなく、笑って答えた。
「はい、最近引っ越したばかりなんですけど、住所は――」
それを聞いたアシュレイは、胸の奥でそっと決意を深める。
(万が一、俺がいなくなっても……ペッシェには、せめて“家族”が必要だ)
そして、もう一つ。
これから自分がジオンを抜けるとすれば、ペッシェを連れて行くのは当然として――彼女の母親も、できる限り安全な場所へ連れて行かねばならない。父の死だけでも十分に重い。もし母まで失えば、あの子は本当に独りになる。
(母親の居場所を押さえておく。オーガンから俺のことを知ってる可能性はある。でも、それだけじゃ足りない)
名を知ってもらうことは重要だった。もし急な脱出が必要になった時、“アシュレイ・ホーン”という名に心当たりがあるだけでも、判断が変わるかもしれない。今のうちに、接点の布石を打っておく必要がある。
すべては、ペッシェ・モンターニュを守るために。父が娘に託した願いを――自分が引き継ぐために。
☆9評価ありがとうございます! 山岳堂さん
まあ個人として強い上にコムサイもある程度自由に扱えたジョニー達と違って、アシュレイ大尉はペッシュを助けたいなら、まず逃げる手段を探さなければならない。