ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
静かな料理屋の個室に、湯気の立つ酒杯の香りと、それとは対照的な重苦しい空気が漂っていた。
「……きみが前から逃げる気だったって言うなら、話はつけてあるのか?」
シーマは小さく息を吐き、皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
「レビル将軍。あたしはあの人に付けてある。最初はな、破損したビグロを修復して渡すつもりだったんだ」
アシュレイは思わず目を細めた。
「……ビグロを? よく見つけたな」
「ふん、そうでもしなきゃ、連邦に渡る“代償”にならないと思ってね。ビグロとあたし達がやってきたザビ家にとって都合の悪い事実を手土産にするつもりだった……だが、それだけじゃあ不十分だと思ってた。でも、あんたがサイコミュのデータを持ってくるっていうなら、話は別だ。まさに“渡りに船”ってやつさ」
「……それは助かる」
「こっちはね。あんたと、そのモンターニュ親子を艦に乗せるのは構わない。ただし――」
シーマは身を乗り出し、真剣な眼差しをアシュレイに向けた。
「具体的にはどうやって逃げるつもりなんだ? まさか今この場で“さあ、連れて逃げよう”なんて言わないだろうね?」
「……即座に追撃されて、全滅だな」
「その通り。あんたの部下の母親を乗せるのは今でも構わない。だがあんたと部下を連れて逃げようものならグラナダ全てが敵になる。逃げるとしたら、“戦闘のどさくさ”を利用するしかない」
「おそらく……俺とペッシェは、ア・バオア・クーの最終決戦に送られるだろう」
「だろうね。……ジオンの上層部が考えそうなことだ。どうせあんたが死ぬなら、連邦の手で殺されるのが一番都合がいい。ペッシェがニュータイプに目覚め、連邦を憎めば、感情と能力を利用できる」
「……ああ。奴らがやりそうな、実に醜悪な手だ」
「……でもな、アシュレイ。それこそ、チャンスでもある」
シーマは卓をトントンと指先で叩きながら続ける。
「あたしらも、ア・バオア・クーで“死んでくれた方がいい”と思われてる口さ。だから送り込まれるのさ――あそこに」
「……問題は、どう合流するかだな」
アシュレイの声に、シーマがうなずく。
「そう。担当する守備フィールドが違えば、合流どころか“顔すら見られない”。それじゃ連れて逃げるなんて不可能だ」
アシュレイは苦笑しながら言った。
「……都合よくガラハウの艦でア・バオア・クーに行けって命令でも出てくれればな。そしたら、途中で姿を消すだけで済むんだが」
その言葉に、シーマの眉が跳ねた。
「……その手があったか!」
アシュレイは首を横に振る。
「いや、あくまで“助かる”って話だ。……このグラナダからは、何隻も艦がア・バオア・クーに送られるだろう。都合よく、君の艦に乗れるとは限らない」
「まだ、あんたはザビ家の連中を分かってないね」
シーマは小さく笑いながら、毒を吐く。
「キシリアが、全部の戦力をギレンに預けるとでも思ってるのか? バカ言うなよ。連れていくのは、自分を守る親衛隊と、“死んでも惜しくない”あたしやあんたみたいな連中だけさ」
「……この状況下で、そんな自己保身を?」
「そういう連中さ、あの一族は。……それでも勝てそうなくらい、連邦が不甲斐ないのが問題だけどね」
アシュレイが皮肉を交えてつぶやく。
「軽キャノン……あれは酷いな。こっちはモビルスーツの技術で10年差をつけたってのに、ガンダムに追い越された。奪ったガンダムを元にゲルググを作って追い抜き返したと思ったら、向こうは……勝手に数年、後退してる」
「……情けない話だね。そんな“情けない連邦”に縋るぐらいしか、あたしらに生き残る道がないんだよ」
静かに、だが確実に、現実が二人を包む。
「……話を戻すよ」
シーマはグラスを置き、まっすぐアシュレイを見た。
「グラナダからア・バオア・クーに向かう艦は限られてる。なら、いっそ早めに“自分から志願”すればいい」
「俺とお前が怪しまれない程度にタイミングを合わせて“ア・バオア・クーで戦いたい”って希望すれば……厄介者同士、まとめて送りつけようとする・・・」
「そういうこと。正面突破なんて危険なことをせず、ジオンから“正規ルートで脱出”できる」
「……これなら、やれるかもしれない」
二人は同時に頷いた。かつての士官学校の同期は、今、国家すら裏切る同士となっていた。
「ペッシュのお母さんには、ペッシュが新型モビルスーツのシステム開発に関わってることを話すよ。精神の安定が鍵になるから、この手紙を渡してきた人の艦に一緒に乗ってくれって」
アシュレイ・ホーンはそう言いながら、静かにグラスの中の水を一口含んだ。
対面のシーマ・ガラハウは、どこか試すような笑みを浮かべた。
「私としても、あんたの持ってくるサイコミュのデータは欲しい。せいぜい信用されるように、うまく書きな。最悪、眠らせて連れてくることになるかもしれない」
「手荒な手段だが――その時は仕方ないな」
アシュレイの声は低く、それでも揺るがなかった。
「今は俺を“死ぬべきコマ”として見てる連中だけど……近しい人が死ねばニュータイプに目覚めるって話なら、母親でも十分だからな」
「それでいい。『手荒な手段は絶対に取るな』なんて、甘いこと言われたら面倒だと思ってたところさ」
しばらくの沈黙のあと、アシュレイはふと問いを向けた。
「――君は昔、マハルを守りたいと言ってたよな。戦後、たとえ犯罪者扱いになっても故郷に帰るつもりかと思ってたんだが……その線は、考えなかったのか?」
シーマの指が止まった。視線はアシュレイではなく、彼の奥の、虚空を睨むように遠ざかっていた。
(……地雷を踏んだか?)
アシュレイは口を引き結び、謝るべきかと一瞬迷った。
しかし、シーマはそのまま、呟くように言った。
「……まだ確定情報じゃないけどね。マハルは、もう無いかもしれない」
「……何だって?」
「同郷の連中がさ、家族と連絡が取れないって言うんだ。加えて、他のコロニーに“マハルから来た難民”が溢れてるって噂まで出てる」
「……つまり、マハルを“空き家”にしてるってことか。何のために?……」
「さあね」
シーマの声は冷え切っていた。
「それが分かれば、連邦に持っていく“最高の手土産”になったんだけどね。調べたけど、まったく手掛かりが無い。たぶん、相当上の連中しか知らない」
「コロニー落としにでも使うつもりか? あるいは……兵器か」
「わからない。だから警戒はしておけって、連邦には伝えてる。不確定な噂話がどこまで本気にされたかは……知らないけどね」
その目は、再びアシュレイを見た。だがその奥には、故郷を守れなかった一人の兵士としての痛みと怒りが、深く沈殿していた。
「だからね、アシュレイ。私はジオンのために生きる気なんて、もうこれっぽっちもないんだよ。信じられるのは、自分と仲間――それだけさ」