ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【ペッシュ・モンターニュ】
ここ最近は、私の人生でも指折りの激動の時期だと思う。
父が戦死した――その事実が、胸の奥に重く沈んだまま、消えてくれない。けれど悲しんでいる暇はなかった。フラナガン機関の推薦で、私は新型モビルスーツ【MAN-00X-2 ブラレロ】のテストパイロットに抜擢された。サイコミュシステムの開発と実戦運用を視野に入れた試験。搭乗者は私と、父の戦友であるアシュレイ・ホーン大尉だった。
この機体は特異な設計をしている。私がサイコミュで、有線制御のヒートナタを操る。そして、機体そのものの操縦はアシュレイ大尉が担当するという、二人一組での連携型テストだった。
“赤い彗星”のように、サイコミュと機体制御を単独でこなせるわけではない私には、必要な体制だった。けれど、私はアシュレイ大尉を巻き込んでしまったのだと、今もどこかで思っている。
それでも――
アシュレイ大尉は、私を責めたりはしなかった。
「技術の発展は未来のためになる。俺たちの努力も、その一部だ」と、優しく言ってくれた。父の代わりのように、そして年の離れた兄のように、私を大切にしてくれた。
だからこそ……だからこそ、気になっている。
最近のアシュレイ大尉は、少しピリピリしている気がする。
私に接する時はいつも通り優しい。目線を合わせてくれて、笑ってくれて、時に心配までしてくれる。でもそれ以外――たとえば他の技術士官や将校、フラナガン機関のスタッフたちと話す時には、どこかよそよそしいというか……普段通りを装いながら、心の中では警戒しているように見えるのだ。
気のせいかもしれない。でも、たしかにそうなったのは――父の遺言を受け取った時からだと思う。
私と母宛のメッセージとは別に、アシュレイ大尉宛のものもあった。内容は教えてもらえなかったけれど、大尉の表情が少しだけ変わったのを覚えている。優しい眼差しの裏側に、何か覚悟を宿したような影を見た気がした。
……何があったんだろう。
大尉の力になりたい。私はずっとそう思ってる。
でも、サイコミュを十分に使いこなせない私は、未熟者のままだ。実戦から離れていた大尉を“引き戻して”しまった私には、そんな資格があるのだろうか。ニュータイプとして“選ばれなかった”私に、あの人を支える力なんて――
胸の奥に、熱く苦しいものが広がる。
――お願い、大尉。どうか、一人で抱え込まないで。
ア・バオア・クーでの決戦が、刻一刻と近づいている。
その緊張が周囲の空気を変えているのか、それとも私自身の感覚が変わったのかはわからない。でも――最近、アシュレイ大尉の様子が変わってきている気がしてならなかった。
その日、大尉はフラナガン機関の職員に向かって、ついにこう切り出した。
「――実戦でのテストを、正式に認めてほしい」
部屋にいた全員が、その言葉にわずかに反応を示した。私も、そのひとりだった。
職員は明らかに戸惑ったように眉をひそめる。
「しかし……まだペッシェ・モンターニュのサイコミュ操作は不十分です。実戦と言われても……」
「ア・バオア・クーでの決戦が始まっても、ここで開発を続けさせてくれるっていうなら、俺だって文句は言わないさ」
アシュレイ大尉の声は落ち着いていたが、その中に張り詰めた熱があった。
「だが、そうじゃないんだろう? “ニュータイプは実戦で覚醒する”って話、俺も何度も聞かされた。フラナガン博士からも、そのうち“実戦投入しろ”なんて指示が降りてくるんだろ?」
職員は言葉を失った。
その沈黙が、すべての答えだった。
(……やっぱり)
私は思わず拳を握りしめた。
アシュレイ大尉の勘は、やっぱり当たっていた。
「だったら早めにア・バオア・クーに向かっておきたい。まだ決戦ではないが、あの空気の中に身を置けば、俺かペッシェのどちらかに変化が起きるかもしれない。もし何も起きなければ、別のパイロットにブラレロを渡せばいい。戦力の分配としても理にかなってるはずだ」
「……確かに、それは合理的かもしれませんが……」
職員は戸惑いながらも、大尉の提案に悩んでいる。
だが、アシュレイ大尉はさらに一言、冷ややかに言い放つ。
「それとも“ギリギリで戦場に突っ込ませろ”とでも言われてるのか? まるで“死んでこい”って命令じゃないか」
その瞬間、職員の顔色が変わった。
「そ、そんな命令は出ていませんよ!……わかりました。上に伝えて許可をもらってきます」
動揺を隠しきれないまま、彼は慌ただしく部屋を出て行った。
その背中を見送りながら、私は小さく声をかけた。
「大尉……。実戦で試したいとは聞いてましたけど……あそこまで言わなくてもよかったんじゃ……」
アシュレイ大尉は少しだけ視線を落として、肩をすくめた。
「すまんな。彼の煮え切らない態度が、ちょっと苛立たしかったんだ」
その言葉には、どこか後悔と苦笑が混じっていた。
私は一歩近づいて、静かに問いかける。
「最近の大尉……少し張り詰めてるように見えます。お父さんの遺言を受け取ってから……ですよね? あの……私では、力になれませんか?」
アシュレイ大尉は、ほんのわずかだが驚いたように目を見開いた。
「……すまない。君を不安にさせるつもりはなかった。だが……もう少ししたら全部話す。約束する。だから――もう少しだけ、待っていてくれ」
私はその言葉に、こくんとうなずいた。
「……はい」
それでも、胸の奥に渦巻く不安が、完全に消えることはなかった。
けれど信じたかった。
アシュレイ大尉が言った“もう少し”の先に、何かを守るための覚悟があるのなら――私は、信じたかった。
アシュレイ大尉の陳情は、あっけないほどあっさりと上層部に受け入れられた。
その理由を聞いて、私は少しだけ安堵した。
「ちょうどア・バオア・クー行きに志願した部隊がいるらしいんだ。ザンジバル級の“リリー・マルレーン”って艦でね。海兵隊所属だけど、変に気負わなくていい。隊長のシーマ中佐は、私の同期でもある。食事の時にでも話してみるといいさ」
そう言われた私は、実戦経験豊富な人物が指揮する艦に乗れることに、ほんの少しだけ安心した。
もちろん、緊張はしていたけど。
だが――安心感など、出航後すぐに吹き飛んだ。
リリー・マルレーンの艦内。重たい宇宙靴の音が通路に反響していた。私は割り当てられた居住区へ向かっていた途中だった。
そして、通路の角を曲がったその先で――見慣れた人影を見つけた。
目を疑う。
ここにいるはずのない人物だった。
「お母さん!?何でここにいるの!?」
私の声が、響く。
彼女は、間違いなく――私の母だった。
「……聞いてないの? あなたが新しいモビルスーツのシステムを使うにあたって、精神的に安定するようにって。アシュレイ大尉から手紙が届いたのよ。“この艦に一緒に乗ってほしい”って……」
言葉が、耳に届いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
(そんな……この艦は、ア・バオア・クーに向かってるのに。何で――何で、こんな前線に……!?)
ちょうど通路の向こうから、彼が歩いてきた。
「アシュレイ大尉!」
「ペッシュ。ペッシュのお母様」
大尉は落ち着いた口調で言った。だが、私の目にはその表情が張り詰めているように見えた。
「何故……! なぜ母をこんな場所に呼んだんですか!? ここは――!」
「ペッシュ、落ち着け。……部屋に行こう」
アシュレイ大尉は、私の目をまっすぐに見つめていた。
「……全て話す。今こそ、その時だ。お母様もご一緒に」
その静かな口調に、私の鼓動がひとつ、強く跳ねた。
“全て話す”。
――この言葉が、ずっと私の胸にひっかかっていた“何か”と、今ようやく向き合う瞬間が来たのだと、理解させた。
(……大尉。何を知っているの? お父さんの遺言と関係があるの? そして、私は……何者なの?)
言葉にできない不安を胸に抱きながら、私は母と共に、アシュレイ大尉の背中を追った。