ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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幕間: ペッシュ・モンターニュ2

ザンジバル級巡洋艦リリー・マルレーンの静かな一室。

 その一角に、アシュレイ・ホーンは2人を座らせると、自身も椅子を引き、テーブル越しに彼女たちを見据えた。

 

「……これから話すことは、本来ならお前たちには伝えずに済ませたかった内容だ。だが、もうそんな猶予はない」

 

 アシュレイの言葉に、ペッシェ・モンターニュはごくりと喉を鳴らし、母も表情を強張らせた。

 

「お父さんの……遺言、ですよね」

 

「ああ。お前には、別に“家族へのメッセージ”としての遺言を渡したが……これは、俺に向けての“警告”だった」

 

 アシュレイは静かに、胸ポケットから小型のメモリーデバイスを取り出す。

 手のひらに収まるサイズのそれを見て、母はわずかに瞳を揺らした。

 

「……オーガンの、声?」

 

「そうだ。死を予感していた彼は、これを俺に託した。ペッシェ、お前に“真実を伝えるか”は、俺に任されていた。だが、もう決断する時だ」

 

 アシュレイはデバイスを再生することなく、口頭で語り始めた。

 

「オーガンはこう言っていた――お前を“娘”として心から愛していた、と。だが、その裏には“守りたかった真実”があった」

 

 ペッシェは、無意識に母の手を握る。

 

「……“ビショップ計画”という言葉を知っているか?」

 

 ペッシェは首を振り、母は息をのんだようだった。

 

「ニュータイプ。戦場で異常な感覚や反応を見せる者たち……その覚醒を、“人為的に引き起こす”ための非人道的な計画だ」

 

「非人道的……?」

 

「ニュータイプとしての素養を持つ者に、精神的な衝撃を与えることで、能力を強制的に引き出す。つまり――大切な人間の“死”を目の前で体験させることによって、能力を覚醒させるんだ」

 

「……そんな……」

 ペッシェは息を詰まらせた。手の中の母の指が震えていた。

 

「そして、これは……お前にとって最も重い真実だ」

 

 アシュレイの声が、さらに低く、静かになる。

 

「ペッシェ。お前は……“クローン”なんだ。クローン元は、“セリーヌ・ロム”という女性だ」

 

「……っ」

 ペッシェの脳裏に、何かが閃いた。わけもなく胸を締めつけるような感覚――その理由はまだわからなかった。

 

「セリーヌは、ニュータイプ理論の最前線にいた天才科学者だった。自らの理論を証明するため、自身のクローンを複数体生み出し、実験材料にしてきた。肉体改造、強化実験……自分自身を含めてな」

 

「……そんな……」

 母が、涙を堪えるように呟いた。

 

「セリーヌは、その狂気の果てに自身がニュータイプ能力を得たが、同時に精神を壊した。白髪、赤い眼、そして実験の痕……。彼女は今もコールドスリープの中で“封印”されている」

 

 アシュレイは、2人の沈黙を尊重して一度口を閉じた。

 やがて、ペッシェが震える声で問いかけた。

 

「……じゃあ、私は……私という存在は、“誰かの複製”で、“計画の一部”で……全部、嘘だったって……?」

 

「違う!」

 

 声を張り上げたのは母だった。

 涙を浮かべたその瞳で、娘を真っ直ぐに見つめる。

 

「ペッシェ。あの人は……オーガンは、あなたを“娘”として、心から愛していた。私もよ。あなたが誰のクローンだろうと、関係ない。あなたは“私たちの子”よ。私の、娘よ!」

 

「お前の存在に、“意味”がなかったことなんて一度もない」

 アシュレイも、重なるように言った。

 

「オーガンは、お前に普通の幸せを与えたかった。だけど、フラナガン機関の連中はそれを許さなかった。だから、俺が……お前を守ると決めた」

 

「……守る?」

 

「この艦にお前たちを乗せたのはそのためだ。戦いのどさくさに紛れて、ジオンから抜ける。その準備はもうできてる。協力者もいる。……シーマ・ガラハウ中佐だ」

 

 ペッシェは言葉を失った。

 その静かな部屋に、3人の心音だけが鳴っていた。

 

「……信じてくれるか?」

 アシュレイは、絞るように尋ねた。

 

「……信じます……」

 ペッシェは、涙を拭いながら、小さく頷いた。

 

「ありがとう……大尉」

 

 静かに、部屋の空気が変わった。

 絶望の中に、わずかな希望の光が差し込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンジバル級巡洋艦〈リリー・マルレーン〉は、月軌道をゆっくりと離れつつあった。

目的地は――連邦の指定した合流ポイント。かつてレビル将軍の名のもとに打ち合わせた亡命の舞台だった。

 

艦橋に立つシーマ・ガラハウ中佐は、艦のモニターに表示された座標を無言で睨みつけていた。

 

「予定の座標には間もなく到達します」

副官が静かに報告する。

 

「……さて、レビル将軍の顔でも拝めるかね」

言葉に覇気はなかった。ザビ家に利用され、ジオンにも連邦にも居場所のなかった女は、この一縷の望みにかけていた。

 

そして合流地点。

シーマ、アシュレイ・ホーン、ペッシェ・モンターニュの三人が、降下艇で連邦の艦艇に降り立った。迎えに現れたのは、目深に帽子をかぶった男――

 

「ようこそ、ガラハウ中佐。ホーン大尉。モンターニュ少尉」

 

「……レビル将軍じゃないのかい?」

シーマの視線が鋭くなる。

 

男は、黒いコートの端を摘まみ、無表情に名乗った。

 

「私はグレイヴ。以後、君たちの上官になる者だと理解してもらえればいい」

 

「……話が違うな」

シーマは低く唸った。だが、アシュレイの眉も同様にひそめられていた。

 

「交渉役が変わったのは残念だったが、話そのものがなくなるわけではない。軍籍の件は認めよう。シーマ・ガラハウ以下、リリー・マルレーンの乗員は“第20機械化混成部隊”所属として登録される」

 

「……スレイヴ・レイスってやつか」

 

「そう、だが問題は――君たち二人、ホーン大尉とモンターニュ少尉についてだ」

 

「私とペッシェがどうかしたか?」

アシュレイの語気が鋭くなる。

 

「君たちには――オーガスタ研究所に行ってもらう」

 

ペッシェが息を呑み、アシュレイが即座に声を荒げた。

 

「冗談じゃない! 俺はペッシェをビショップ計画のような“ニュータイプ開発”から守るためにジオンを捨ててきたんだぞ!」

 

「誤解しないでくれ」

グレイヴの声は冷静だった。「我々が求めているのは、アシュレイ・ホーン、君の“技術”だ」

 

「……なんだと?」

アシュレイが目を細める。

 

「ニュータイプ訓練を受けたくないのであれば、モンターニュ少尉には受けさせなくていい。

彼女の立場は“保護下”だ。任意でもなければ、強制でもない」

 

「ならなぜ連れて行く?」

 

「機密保持のためだ。ジオンのフラナガン機関が彼女を回収に来る可能性は高い。

その場合、選択肢は“回収”ではなく“証拠隠滅”だろうな。……殺される、ということだ」

 

アシュレイは言葉を失った。

ペッシェが手を握る。小さく、震えていた。

 

「オーガスタ基地なら、最高の警護が施せる。情報も遮断され、ジオンの工作も容易には届かない」

 

「……人間の牢屋ってことだな」

シーマが冷笑する。

 

「……わかった。だが、あんたが言った言葉、忘れるなよ。

“訓練は強制じゃない”、そう言ったな?」

 

「記録も残してある」

 

「ならいい」

 

「そしてシーマ中佐、君たちにはジオンでの経験を活かし、連邦の裏切り者を狩る任務に関わってもらう。代わりに、部隊全員の安全とジオンからのありとあらゆるアクセスの拒否を保証しよう」

 

グレイヴの声は、冷酷だが、確かに真実だった

 

「……だが、ガラハウ中佐。君も最初からジオンの裏切り者なのだから汚れ仕事をやれなどと命じられるのは嫌だろう?」

 

「……はぁ?」

シーマの眉が吊り上がる。

 

「君はジオンでも名を馳せたエースだ。指揮官として、戦闘の才覚でも多くの戦果を挙げた。そんな人間に“裏切り者狩り”ばかりさせるのは、いささか勿体ない」

 

「……何が言いたい」

 

「簡単なことだ。こちらのパイロットに勝てたなら――君の隊には、もっと“真っ当な仕事”を回そう」

 

「ほぉ……よほどそいつに自信があるらしいじゃないか。いいさ、出しな。私が相手をしてやる」

 

「では――戦ってもらおう。我々の“最強の強化人間”、プロト・ゼロとね」

 

シーマの瞳が細く光を帯びる。

その瞬間、空気が凍りついた。

アシュレイもペッシェも、ただ無言で二人の視線の交錯を見守るしかなかった。

 

こうして、“亡命の交渉”は思わぬ形で試されることになる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【模擬戦場】

 

 模擬戦域に、二機のモビルスーツが向かい合った。

 一機はジオンの主力MSゲルググ。操縦するのはシーマ・ガラハウ。

 もう一機は連邦の量産試作機――軽キャノン。そのカスタム仕様を駆るのは、プロト・ゼロ。

 

 機体スペックはほぼ互角。

 だが、戦いは開始早々から異常だった。

 

 軽キャノンカスタムが、重装備のはずの機体を信じられない速度で跳躍させる。

 推進剤を惜しみなく使い、回避ではなく“命を削る軌道”で斬り込んでくる。

 

「なっ――!」

 シーマは思わず舌打ちした。

 ゲルググのビームライフルを構える間もなく、肩のキャノンに撃たれた。直撃は避けたが、爆散する破片が機体を掠め、計器が赤く点滅する。

 

「……このあたしが、手も足も出ないだって!?」

 シーマは信じられぬ思いで機体を翻す。

 軽キャノンのパフォーマンスはゲルググと同等――通常なら、百戦錬磨の彼女の腕で勝てるはずだった。

 

 だが。

 

「空を落とすやつは……僕が消す」

 通信に割り込む冷たい声。

 それは感情を持たぬ刃のように響いた。

 

一年戦争後、アムロやヤザンと出会い“人間として生きる”と決意する以前。

 この頃のプロト・ゼロ――後のゼロ・ムラサメは、ただ連邦の道具にすぎなかった。

 ジオンを憎み、敵兵を「空を落とす奴」としか認識せず、それを消すことだけを目的に生きていた。

 未来とは全く違う。

 今の彼は、自らの命を顧みず、ただ“敵を殺す”ことだけを考えている。

 

 

「こんな奴が連邦に……? 赤い彗星が好き勝手できたのが信じられないね……!」

 シーマは必死に防御を固めながら、なおも動揺を隠せなかった。

 このパイロットにガンダムを与えていたら、たとえシャアであろうと相打ち程度には追い込めただろう――そう直感させる戦いぶり。

 

 観戦席。

 アシュレイとペッシェは、硬い面持ちで戦闘を見守っていた。

 

「アシュレイ大尉……あの軽キャノン、カスタムされてるようですが……あんな速さで動いて大丈夫なんでしょうか?」

 ペッシェが不安げに声を漏らす。

 

「ああ……おそらく高機動仕様なんだろうが、強化人間だから平気なんだろうな」

 アシュレイは努めて淡々と答える。

 

「そう……なんでしょうか……」

 納得できないように首をかしげるペッシェ。

 

(違う……)

 アシュレイの胸中は重く揺れていた。

 素体が軽キャノンである以上、耐G性能が劇的に上がっているはずはない。あの動きは、パイロットの肉体と精神を破壊しかねない。

 

 それでも、プロト・ゼロは平然とこなしている。

 

(連邦の強化人間技術がそこまで進んでいるのか……? それとも――あのプロト・ゼロ自身の素質が、桁外れなのか……)

 

 シーマはなおも食らいついていたが、徐々に押され、機体は傷だらけになっていった。

 そして、軽キャノンのビームサーベルが眼前に迫った瞬間――

 

『そこまでだ。彼女を消されては困るな。わざわざ別派閥の君を借りたのは元ジオンの彼女達に空を落とすなんて企めないように連邦の力を知らしめるためなのだから』

 グレイヴの低い声が割り込んだ。

 

 プロト・ゼロはサーベルを振り下ろす寸前で止め、無機質に告げる。

「……この程度の腕のやつが何をしたところで……僕なら容易く消せる」

 

 観戦席の空気が凍りついた。

 その瞳に“敵”と認識された者は、誰であろうと空の彼方に消される――。

 プロト・ゼロの戦いぶりは、その残酷な事実を突きつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青白い光に包まれたスクリーンの向こうで、グレイヴ大佐は姿勢を崩さぬまま椅子に腰掛けていた。

 冷たい声音が空気を支配する。

 

「さて……では条件通りだ、ガラハウ中佐。君には私の部下として、“裏切り者狩り”の任務に就いてもらう。だが安心したまえ」

 唇の端だけが微かに歪む。

「君の価値は大きい。再度の戦争が終わった時、ジオンの悪行を証明できる証人を、我々が使い捨てるはずがない。機体も補給も、私の権限内で最大限の支援を約束しよう」

 

さらに彼は言葉を継いだ。

「なんなら、こちらから君の部下になる人間を回してもいい。選抜は君の希望に沿おう。君は“指揮”だけに専念してくれても構わない」

 

「……はっ!」

 シーマは鼻で笑った。

「艦の艦長だって副官に任せっぱなしのあたしが、お行儀よく指揮だけやるなんて冗談じゃないさ。せいぜい利用価値を示してやるさ。その代わり、報酬は期待できるんだろうね?」

 

「勿論だ。満足できる額を用意しているよ」

 

 短いやり取りの中に、互いの打算が透けて見える。

 

「なら早いとこ、このゲルググを改修するためのパーツを回して欲しいね」

 

「おや?こちらで回収して整備しても構わないが?」

 

「やめときな」シーマはすぐ切り返す。「元ジオンのあたしの動きの癖に対応できるメカニックなんて、そっちにはいないだろう? うちにも優秀な整備兵はいる。連邦式にいじられちゃあ戦場で死ぬだけさ」

 

 数秒の沈黙。だがグレイヴは揺らがず、ただ頷いた。

 

「了解した。後ほど望むパーツをデータで送ってくれ。可能な限り揃えよう。――君の活躍を期待している」

 

 通信が切れる。

 

(なるほどね……)

 シーマは深く息を吐いた。

(こいつが本当に欲しいのは、ジオンの悪行を証明できる“あたし”そのものってわけか。ならなおさら、後方で指揮だけなんてできやしない。前に出たあたしが死なないように――その支援をとことん引き出してやるさ)

 

(……だいたい何が“活躍を期待”だ)

(あたしが裏切れば――手も足も出なかったあの“プロト・ゼロ”が追手になる。あれを見せつけられりゃ、いやでも理解するさ。連邦は私らをいつでも殺せるってな……)

 

 胸の奥に冷たいものを抱えながらも、彼女は視線を逸らした。

 

「そういうわけだ」

 シーマは肩をすくめ、アシュレイに振り返る。

「すまないね。ここから先、あんたらとは別行動になる」

 

「いや……ここまで連れてきてくれただけで十分だ」

 アシュレイは素直に礼を言う。

「俺こそ……君を手伝えなくて申し訳ない」

 

「別にいいさ」

 シーマは軽く笑ってみせた。

「汚れ仕事はジオンで慣れてる。……まあ、連邦の旗の下なら毒ガスをばら撒くような真似はないだろうしね」

 

 彼女は腕を組んだ。その指先が小さく震えているのを、アシュレイは黙って見ていた。

 口に出せば、彼女の誇りを傷つける。

 だからこそ――何も言わなかった。

 

 ただ胸の奥で、己と同じように“居場所を失った亡命者”に、静かに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

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