ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【シーン:中立コロニー・セイラの診療所】
都市の片隅に、瀟洒(しょうしゃ)な診療所がひっそりと佇んでいた。
「セイラ・マス」と名乗っているその女性は、今では小児科医として、地元の子どもたちの健康を守る日々を送っている。
そんなある午後――
診療所の扉が静かに開き、見慣れぬ男がひとり、入り口に立っていた。
「……珍しいですね。新患の方でしょうか?」
セイラが応対に出ると、その男は帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「はじめまして。セイラ・マス医師……いやアルテイシア様、とお呼びすべきか」
淡い笑みを浮かべていたのは――シャリア・ブルだった。
その背後には、もう一人、見覚えのある男が立っていた。
「……!」
青い軍服。厳めしい体躯。眼光は鋭く、それでいて憂いを宿している。
「ご無事でよかった。アルテイシア様」
セイラの表情が凍った。
「……私は、その名を名乗るつもりはありません」
瞳に微かな怒りと、後悔が滲む。
「兄の復讐を止められず……その兄に、“妹だから”というだけで見逃された愚かな女です。今さら“アルテイシア”を名乗る資格など、私にはありません」
驚愕の表情を浮かべるランバ・ラル。
「キャスバル様が……!? あの方が、あなたを見逃されたと……?」
セイラは短くうなずいた。
「“赤い彗星”と呼ばれるようになっても、私は信じたかった。
だが彼は、ソロモン落としを“阻止するふり”をしていた。
本当は――落とす気だった。私にはわかる。あれは、キャスバルの目だった。あの鬼子の目……!」
ランバは拳を握りしめ、言葉を失う。
「なのに私は――その鬼子に、見逃されたのです。
……あの兄にも、私にも、もはや“ジオン”の名は相応しくありません」
場に静寂が落ちる。
そんな空気の中、シャリア・ブルが一歩進み出た。
その眼差しは、穏やかでありながら鋭い光を宿していた。
「さすがは……“大佐の妹御”ですね」
「……?」
「顔を隠していても、戦いの気配だけで兄だと気づくとは。
あなたにも、ニュータイプとしての高い感応力があるようだ」
セイラの目が鋭く細まる。
「これが……“誤解なく渡り合える人類”とでも?」
その言葉には、静かな皮肉が含まれていた。
「……それは失礼」
シャリアは頭を下げた。
「ですが、今日は“戦う”ために来たのではありません。
……あなたに、ある“大切な話”を届けに参りました。どうか、部屋の中で続きを――」
【場面:セイラ・マス診療所 応接間】
応接室に移った三人。
ティーカップからは静かに香りが立ち昇っていたが、空気は重く、静寂の刃のように張り詰めていた。
シャリア・ブルは一口も飲まずに切り出した。
「……アルテイシア様。あなたの“名”が今、宇宙にどれほどの力を持つか、分かっておいでですか?」
セイラは黙って見つめ返す。
「民衆はザビ家に疲れ、連邦にも絶望しています。
希望を語る者も、真実を語る者も、いない。
そこへ、“ジオン・ズム・ダイクンの遺児”であるあなたが現れた。
その意味を……私は無視できないのです」
ランバ・ラルが背筋を正し、静かに口を開いた。
「アルテイシア様……お願いがあります。
シャリア・ブルと私は、あなたに――“ジオンの王”として、立っていただきたいのです」
セイラの瞳が静かに揺れた。
「……それで?」
唇の端が皮肉に歪む。
「今はザビ家が公国の王のようですが、どうやって“退いて”もらうのです?」
シャリアは目を細めたまま、声を低くした。
「それについては、私に考えがあります。
その部分は……お任せいただければ」
セイラはすっと立ち上がる。
「余計な気遣いは無用です。
あなたは私に、“ザビ家と同じことをして簒奪しろ”と?」
「違います」
シャリアは即座に否定し、立ち上がる。
「手を汚すのは、あなたではない。
ただ戦乱のさなか、1人の愚かな男が“ザビ家”を討ち果たす。
その結果、空位となった玉座に……あなたが“座るだけ”でよいのです」
セイラは表情を変えず、扉に向かって歩き始めた。
「お断りします。
……そんな話なら、もう結構です。お引き取りを」
だが、背中に冷ややかな声が響いた。
「あなたの兄が――未来で“すること”を止めるためだとしても、ですか?」
セイラの足が止まる。
「……生きているのですか、あの男は」
振り返らずに問うたその声は、低く震えていた。
シャリアは一拍の沈黙の後、静かに答える。
「死んではいません。
……ニュータイプは死ぬ時、強烈な“断末魔の念”を周囲に響かせる。
だが、あの大佐が消えたとき――私は、何も感じなかった。
場所までは分かりませんが……生きています。確信しています」
セイラの肩がかすかに揺れた。
ランバ・ラルが彼女の横に立つ。
言葉ではなく、その姿で“庇う”ように。
「……キャスバル様が生きていたとして、何をすると……?」
彼はそう問うたが、その声には、王位にセイラを立たせたくないという葛藤が滲んでいた。
シャリアは、はっきりと答えた。
「彼はいずれ、“地球そのもの”の人類を排除する。
あるいは、タイミングが合えば……“抹殺”するでしょう」
応接室の空気が、さらに冷え込む。
セイラがゆっくりと振り返る。
「……あの兄が、何を企もうと構いません」
「……?」
「今の連邦には――あの兄を遥かに上回るパイロットがいます」
シャリアの眉がわずかに動いた。
「……アムロ・レイ、ですか」
セイラはうなずいた。
「彼なら……止められます」
「……確かに。あの白い悪魔――アムロ・レイ。
彼の反応速度、認識能力、空間把握力。
すべてが、キャスバル・レム・ダイクンを超えている。
……彼が近くにいれば、“個人”の暴走は抑えられるかもしれません」
だが、シャリアの声音が低くなる。
「……しかし――今回、秘密裏に計画されている兵器は、“1パイロットでは止められない”」
セイラとランバ・ラルが、同時に顔を上げた。
「……兵器……?」
「その名は――イオ・マグヌッソ」
ランバが叫ぶ。
「そんな兵器があるのか!?」
シャリアは首を横に振る。
「今はまだ“計画段階”です。
だが、設計図は完成しており、予算が下り次第――建造が始まる。
このままでは、“アムロ・レイですら届かない”場所で、多くの命が失われるでしょう」
場が再び、静寂に包まれる――。
シャリア・ブルは淡々と告げた。
「……その兵器は、“イオ・マグヌッソ”と呼ばれています。あくまで予測モデルの段階ですが――」
セイラが、静かに問い返した。
「……その兵器の、射程は?」
シャリアは、茶の冷めた湯気を見るともなく目を落とした。
「……ア・バオア・クーから、地球を直接狙えるそうです」
その言葉に、ランバ・ラルの瞳が見開かれた。
「なっ……!? 遮蔽物も距離も関係なしとでも言うのか!?」
「……イオマグヌッソとは、“ゼクノヴァ”を兵器として転用したものです」
セイラとランバが目を見開く。
「かつて、ルナツー落下の際に軌道を変えるほど消し飛ばした“あの現象”を……再現しようとしているのです。
ゼクノヴァが持つ力を利用し、空間そのものを跳躍させ、対象を次元の異なる場所へ――“この世界から消し飛ばす”。」
セイラが眉をひそめた。
「つまり……?」
「距離も、遮蔽物も、関係ありません。
それが小惑星であろうと、宇宙要塞であろうと――
存在する“座標”ごと消滅させることが可能だということです」
沈黙。
部屋の空気が冷えたような気がした。
「ですが――」とシャリアは続けた。
「その建造が完了する頃には、ザビ家の血を引く2人が現場に揃うでしょう。
その瞬間を突けば、最小の犠牲でザビ家を排除できる。
……再び大戦を起こすよりも、遥かに穏やかな“結末”です」
セイラは拳を握りしめていた。
自分の中で何かがぶつかっていた。
(そんな兵器が実現すれば、ザビ家は必ず使う。
兄も、もし“復讐”を選ぶなら――間違いなく、その引き金を引く。
だったら……)
深い息をつき、セイラはついに立ち上がった。
「……いいでしょう」
その声は、静かで、凛としていた。
「――スペースノイドの代表として、“人身御供”になりましょう。
確かに、私が立たなければ……ザビ家が使うにせよ、兄が使うにせよ。
この宇宙は……破滅へ向かうしかありません」
シャリアは頭を垂れた。
「……感謝いたします」
ランバ・ラルもまた、胸に手を当て、膝をついた。
「セイラ様……このランバ・ラル、身命を賭してあなたを支え、守り抜きます」
しかし――
「勘違いしないように」
セイラの声は、鋭く、二人を制した。
「私はあなたに、“暗殺”などさせて、お飾りの玉座に座るつもりはありません」
シャリアの眉がわずかに動いた。
「……しかし、それではあなた個人の力では――」
「それでも、です」
セイラの瞳は燃えていた。
「私は、“地球連邦”の名の下で、正面からザビ家を打倒します。
その上で――スペースノイドの代表となりましょう」
シャリアが、驚きと怒りを含んだ声で叫んだ。
「馬鹿な! それでは戦前の状態に逆戻りだ!
一年戦争の犠牲が、全て――無駄になる!」
セイラの声は冷えていた。
「無駄にしているのは、ザビ家です」
その一言で、部屋が黙り込んだ。
「今、他のコロニーでどれだけの“難民”が生まれているか、ご存知ですか?
かつての連邦が正しかったとは言いません。
でも彼らは、最低限の住居と生活環境を整えた上で、統治していた」
「今のザビ家はそれすらせず、“ビグ・ザム”のような巨大モビルアーマーや、
あなたの言う“イオ・マグヌッソ”などという破滅兵器に資金を投じている。
民の命を無視して、何を守るというのですか」
シャリアは言葉を失った。
「そんな独裁が罷り通り、誰も止められないのなら――」
セイラは拳を握る。
「――スペースノイドの独立など、“早すぎた”ということです」
ランバ・ラルが、低く呟いた。
「……連邦が……変わったと、あなたは信じておられるのですね……」
セイラは、うなずいた。
「戦前のような連邦では、もはや成り立ちません。
彼らは変わらなければならなかったし――変わりました。
宇宙統治はコストに見合わない。旧式の圧政は、もう維持できないのです」
沈黙が、長く場を支配した。
そしてようやく――
シャリア・ブルは深くため息をつき、首を横に振った。
「……なるほど。あなたが“あの兄”の妹だと、ようやく理解できた気がします」
セイラは、シャリア・ブルをまっすぐに見据えた。
「……そもそも、あなたは本気で信じているのですか?」
「……何を、でしょうか」
「暗殺の末に玉座に座った女に、民衆が長く従うとでも?」
シャリアが何か言いかけたが、セイラはそのまま言葉を重ねた。
「『あなたが手を汚すわけではない』――そう言いたいのでしょう?」
シャリアは、黙ってうなずいた。
だが、セイラは静かに首を振った。
「同じことです。
仮に、あなたが『私とは無関係』と主張したところで――
これまでスペースノイドの前に一度も姿を現さなかった女が、
ただ“ジオン・ズム・ダイクンの娘”というだけで突然、玉座についたら――」
彼女の声が、わずかに強まる。
「それは今の内乱が、“ダイクン派 vs ザビ家派”という内戦に形を変えるだけです。
否定できますか? ザビ家に忠誠を誓ってきた者たちが、
『主が死んだから』といって、いきなり“見知らぬ娘”に従うと思いますか?」
シャリアは口をつぐんだ。
隣で、ランバ・ラルが肩をすくめて苦笑する。
「……難しいでしょうな。
“正義”が見えなければ、兵も民も動かん。
たとえそれが“正しい女”であっても」
セイラは深く頷いた。
「だからこそ、目指すべきは“王位”ではありません。
私は、“連邦と対等に発言力を持つスペースノイド政府”を作るべきだと考えています。
その“首相”になら、私が就きましょう」
「……連邦の名の下で、ザビ家を倒す。
そうすればアースノイドにもスペースノイドにも、敵味方の線引きが明確になる」
ランバ・ラルが言葉を補った。
シャリアが、苦く呟く。
「……だが……地球連邦がそれを認めるでしょうか?」
その言葉に、セイラの表情が冷静に揺れた。
「これを言うと、あなた方を少し傷つけてしまうかもしれませんが……」
「……何です?」
「……案外、平気なようです」
シャリアが一瞬、間抜けたような表情を浮かべた。
「……はい?」
セイラは、わずかに目を細めて言った。
「今のジオンは、一年戦争中の艦艇を使い回し、
モビルスーツの主力は、いまだに“ゲルググ”のまま。
一方でザビ家は、“自分たちのための兵器”に資金を注ぎ込み、
他のコロニーには“見て見ぬふり”です
……民を見捨てた支配の典型です」
彼女はそこで少し言葉を切り、続けた。
「対して、地球連邦は違います。
今、連邦はゲルググを上回る性能を持つ新型量産機“ネモ”を各地に配備しています。
さらに、エースパイロット向けにはアレックスを改修・発展させて投入している。
つまり、“戦力の更新”が既に全域で完了しているのです。
軍事面だけでなく、政治と経済の再建も、民主的な制度の下で実施されています」
ランバが苦々しく眉をひそめた。
「……何故、そんなことに……?」
「……一度、敗北したからでしょうね。
以前の連邦は、宇宙から搾取することしか考えていなかった。
けれど今は違う。
宇宙統治のコストに気づいた彼らは、地に足のついた政治を始めたんです」
シャリアは言葉を失っていた。
「しかも今の連邦は――“民主政治”です。
予算も法律も、議会を通して決められる。
軍も、無制限な拡張を許されない。
……そこには、一定の“健全さ”があります。
今の連邦は、あなた方が思っているほど“鈍重でも傲慢でもない”のです」
ランバ・ラルは腕を組み、難しい顔で呟いた。
「……連邦が、変わった……か。
にわかには信じがたいが……あなたが言うなら、そうなのかもしれませんな」
セイラは、静かに椅子に腰を下ろし直した。
その目には、もはや迷いはなかった。
「私は、“王”ではありません。
けれど、“民の前に立つ者”であることはできる。
……だから私は、“そのやり方”で戦います」
アムラさん誤字報告ありがとうございます!