ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
ここは“研究所”というより、“収容所”に近い。
グレイヴは――あの冷血漢は、確かに約束を守っている。
俺たちに訓練の強制はない。俺とペッシェ、それに彼女の母親にも、今のところ命の危険はない。
だが、この場所自体が異常だった。
昨日まで元気に笑っていた子供が、今日は姿を消している。
理由を聞けば「適性なし」「システムとのシンクロ不良」「実験中に急変」――そう冷たく告げられるだけだ。
死んだんだ、あの子は。
研究者たちはまるでモルモットでも扱うような口ぶりで、それを報告する。
怒鳴ったこともある。
研究主任の男に掴みかかったこともあった。だが、返ってきたのは一言だった。
「では、他にあなたの古巣のニュータイプに勝つ方法がありますか?」
……反論できなかった。それ程に赤い彗星や灰色の幽霊が出した戦果は大きかった。
俺はここで、新型モビルスーツの開発に携わっている。
戦争中ジオンで作られ、その後連邦に流れたシステムEXAMの同系統のOSに耐えられる機体の制作だ。
機体は壊れる。
中の人間は、もっと壊れる。
だが――それでも結果が出るから、あいつらは止めようとしない。
それでも、俺の技術が使い捨てではなく、長期的な運用のためだという点で、あの男の言葉は事実だったのだろう。
俺たちは“研究対象”として、ある程度の価値がある。
ペッシェも、今のところは。
だが――あの子は、確実に蝕まれている。
いくら自分たちに命の危険がないからといって、昨日まで会話していた子供が死んだと聞かされて平気なはずがない。
ペッシェは――優しい子だ。
ニュータイプの資質があるかもしれない? そんなことはどうでもいい。
あの子が毎日、人の死を“日常”として受け入れざるを得ないことが――耐え難かった。
それでも、この隔絶された研究所では、誰とも連絡が取れない。
シーマとも、それに連邦の外の人間とも。
まるで外界と隔離された鳥籠だ。
せめてもの救いは――
「最近、ペッシェさん、ロザミアと仲良くなったみたいですよ」
技術班の若い整備士からそう聞かされた時、内心で安堵した。
ロザミア・バダム。
同年代の少女。よく研究棟を抜け出してはトラブルを起こす子だが、研究所では珍しく“長期運用”対象として記録されていた。
“捨てられない子”なら、まだ安全だ。
だが――それが、いつまで続くかなんて誰にもわからない。
この地獄では、明日も同じ顔があるという保証など、何ひとつ存在しないのだから。
『公園のベンチにて』――ペッシェとロザミィ
曇り空の下、オーガスタ基地から少し離れた市街地の片隅にある、古びた公園。
錆びたブランコが風に揺れ、キィキィと乾いた音を立てている。人気はなく、滑り台もシーソーも、子供の気配を忘れて久しかった。
ベンチに一人、ロザミア・バダム――“ロザミィ”は腰掛けていた。脚を揃え、うつむいたまま、膝の上に手を置いている。
風が吹くたびに、ウェーブのかかった紫髪のロングヘアーが頬にかかり、それを払うような素振りすら見せず、ただ、じっと。
――また、夢を見たのだ。
空が落ちてくる夢。あの、黒く巨大な“天井”が――火を噴いて崩れてくる悪夢。
「……ロザミィ!」
聞き慣れた声が、風に混じって届いた。
ロザミィが顔を上げると、少し息を切らせながら、ペッシェ・モンターニュが走り寄ってくる姿が見えた。制服の裾を掴みながら、優しい目でこちらを見ている。
「大丈夫? ロザミィ」
ベンチの隣に座りながら、ペッシェはそっと問いかける。
ロザミィは首を振ると、目を伏せたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……大丈夫じゃないよ。また、空が落ちてくる夢を見たの」
ペッシェは黙って聞いていた。
ロザミィが、こうして正直に弱音を吐けるようになったのは、最近になってからだ。
「……大丈夫だよ、ロザミィ。戦争はもう終わったんだから。もう、コロニーが落ちてくるなんてことは――」
「でも」
ロザミィの声が、ペッシェの言葉を遮った。
「……でも、私たち、オーガスタの強化人間が訓練してるのって、“次の戦争”のためでしょ?」
それは、誰もがどこかで感じながら、口に出すことを恐れていた言葉だった。
「だったら、またジオンがコロニー落とししてくるかもしれない。」
ペッシェは黙り込んだ。返す言葉が見つからない。
そんな中、ロザミィは自嘲するように微笑んだ。
「それにね……皆、陰で言ってるの。『なんでオーガスタの強化人間はこんなに弱いんだ』って」
少し唇を噛んでから、続ける。
「“ムラサメ研究所の最高傑作”、ゼロ・ムラサメは別格として……他のナンバー持ちにも勝てないって。私たちは“出来損ない”なんじゃないかって」
ペッシェは、ぎゅっとロザミィの手を握った。
その手は少し震えていたが、温かかった。
「……私は、ロザミィのこと、出来損ないだなんて思ってないよ」
「でも、皆は思ってるよ」
「じゃあ、私が“皆”じゃないってこと、ちゃんと証明してあげる。ロザミィが怖い時は、私がそばにいる。戦場じゃなければ、私も少しは強いんだから」
少し間を置いてから、ロザミィは笑った。
「……本当、ペッシェは変な子だね。でも、ありがとう」
曇っていた空の合間に、一瞬だけ陽が差した。
ロザミィはそれを見上げながら、もう少しだけ、ここにいたいと思った。
『ペッシェの決意』
ロザミィが、また咳き込んでいた。訓練中、身体を震わせ、苦しそうに息を吐く様子を、ペッシェ・モンターニュはただ見ていることしかできなかった。
(私は……ただ見ているだけで、いいの?)
胸の奥が、ひりついた。
ロザミィは、誰よりも懸命に訓練していた。ただ、人一倍弱い心を支えようと、苦しさに耐え続けていた。それでも研究所の成果は芳しくないらしく、彼女に向けられる視線は次第に冷たくなっていた。
(私は……“あの人”のクローン。なら、私にも素質はあるはず……)
父の遺言とアシュレイ大尉の言葉。ずっと心に引っかかっていた「ビショップ計画」のこと――けれど、誰かを犠牲にして目覚める力なんて欲しくない。でも。
(今の私でも、できることがあるかもしれない)
ペッシェは意を決して、オーガスタ研究所の主任研究員の一人、ローレン・ナカモト博士のもとを訪れた。
「お願いがあります、博士。ロザミィの訓練、減らしてもらえませんか? あのままじゃ、あの子……」
ローレンは眉を寄せて、少し困ったような顔をした。
「そうは言ってもねえ、ペッシェちゃん。彼女のサイコミュ素質は中々のものなんだ。私だって好きでやってるわけじゃないけど……成果を出せないと、うちの予算だって削られちまう」
「だったら――私が協力します」
ペッシェはまっすぐにローレンを見つめた。
「私が、サイコミュの稼働データを集めます。実験体になりたいわけじゃない。でも、それで“成果”になるなら、ロザミィの負担を少しでも減らせるはずです」
「そ、それは……」
ローレンが動揺したそのとき。
「ペッシェ!」
鋭い声が背後から飛んだ。
その声に、ローレンは肩を跳ね上げ、すぐさま足早にその場を離れた。
「ひっ……わ、私はこれで!」
「……アシュレイ大尉」
背後に立つアシュレイの姿に、ペッシェはバツが悪そうに目を逸らした。
「私は君を、ビショップ計画の駒になんてさせないために、モルモットになど絶対にさせたくなかった。なのに君が、自ら望んでそんなことを言い出すなんて……!」
「でも、私だけ何もしないなんて、ロザミィに申し訳ないんです……!」
ペッシェの声は震えていた。それでも瞳には、確かな意思が宿っていた。
「実験体になりたいわけじゃありません。……ロザミィの負担を減らすために、私が動けるなら動きたい。それだけなんです」
アシュレイは言葉を失った。
言い返せる言葉が、見つからなかった。
「……あなたが、あのとき私を助けてくれたように。今度は私が、ロザミィを助けたいんです」
静かな沈黙。アシュレイは深く、息を吐いた。
「……分かった」
その声は、まるで自分に言い聞かせるように、重かった。
「サイコミュの研究側には、私が話をつける。だが――きみの母親の許可なしでは認めない。自分で説明してきなさい」
「……分かりました」
踵を返し、母親のもとへ向かっていくペッシェの背中を、アシュレイはしばらく見つめていた。
あの小さな背中に、もう昔のような幼さはなかった。
(君も……成長してるんだな)
誰にも届かない声で、ぽつりとつぶやいた。
「お前も……こんな気持ちだったか、オーガン」
死んだ友の顔が脳裏をよぎる。
「いや……お前は、パイロットになることすら反対してたな。無理やりやられたんだったよな、ペッシュに」
目を細めながら、アシュレイ・ホーンは空を見上げた。
心のどこかで、覚悟を決める音がした。
母と向き合って話し、ようやく理解と同意を得た後。
ペッシェ・モンターニュは、アシュレイ・ホーンの元へと戻ってきた。
覚悟を胸に、その足取りは静かに、しかし確かな力強さを伴っていた。
「母に話してきました。……アシュレイ大尉、私は――」
「分かった」
アシュレイはペッシェの言葉を遮るように、短く頷いた。
「君たち母娘がそれでいいのなら、私が反対する理由はない。だが――その代わり、いくつか条件を出させてもらう」
「……条件、ですか?」
ペッシェはわずかに目を見開いた。アシュレイは静かに頷き、背筋を正して言った。
「そうだ。君に何かあって、戦友の忘れ形見が薬漬けのモルモットになっていた、なんてことがあったら……俺は、あの世でオーガンに会わせる顔がない」
「……すみません」
「いいさ。君がそう決めたのなら、私は支える。ただし、これは守ってくれ」
アシュレイは右手の指を一本ずつ折りながら、ひとつずつ条件を語り始めた。
「一つ。すでにローレンには言い含めてあるが――どんな実験でも、サイコミュでもなんでも、私の目の届く場所でしかやらせない。君を誰かに預けて放っておくような真似はしない」
「……はい」
「二つ。サイコミュを使ってみて、大して扱えなかったなら、その時点で潔く諦めること。無理して続けたり、しがみついたりはしない。元の仕事に戻ること」
「……はい」
「三つ。研究者たちが何か勧めてきたり、妙な装置や薬を渡してきたら、必ず私に報告すること。絶対に、勝手に使ってはならない」
そこでペッシェが、ふっと小さく吹き出した。
アシュレイが片眉を上げる。
「……笑うようなところ、あったか?」
「いえ……ただ、三つ目がまるで、娘に彼氏ができないか警戒するお父さんみたいで」
くすくすと笑う彼女に、アシュレイは嘆息する。
「……君という娘は、ほんと……」
言葉を飲み込み、肩をすくめた。
「最後、四つ目。――第一に大切にすべきは、君自身の命だ。誰かを助けたいと思う気持ちは分かる。だが、それで君の命を投げ出すような真似だけは、絶対に許さない。君が無事であること。それが、俺の一番の願いだ」
ペッシェは、まっすぐにアシュレイの目を見た。
もう、迷いはなかった。
「はい。分かりました。……その四つの条件、全部、守ります」
アシュレイは一拍置いてから、ふっと柔らかく笑った。
「……頼んだぞ、ペッシェ」
「はい、大尉」
それは、互いに選んだ未来への第一歩だった。
“守るべきもの”を背負いながらも、確かに前へ進もうとする二人の姿がそこにあった。
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