ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
アシュレイ・ホーン視点
(オーガスタ研究所・技術管理室)
「ペッシュをサイコミュの訓練に参加させてくれるとは嬉しいよ」
ローレン・ナカモト博士は機嫌良さそうに笑って言った。
「……あの娘の意思だからだ。でなければ、俺が許すはずがない。間違っても、あの娘をモルモットになんて考えるなよ?」
アシュレイ・ホーンの声は鋭く、突き刺すようだった。
「しないとも、しないとも!」
ローレンは両手をひらひらと振りながら弁解する。いつもの調子だが、彼の本心は測りかねる。
「君の技術は優秀だ。君が持ち込んでくれたサイコミュの基礎データと、ジオン系モビルスーツの技術、そしてテム・レイが開発したアレックスの戦闘ログ──それらを融合した“エンゲージ・ゼロ”は、素晴らしい機体に仕上がったよ」
(派閥争いか……)
アシュレイは内心で舌打ちした。
(全く……。アレックス。あれは“化け物”だ。こいつらは、盗用して真似すれば超えられるとでも思ってるのか? 甘い。そんな見せかけだけの強化に縋るより、テム・レイ本人に頭を下げればもっと正確で、もっと完成されたバランスの機体になったろうに……)
「それとだ」
アシュレイは眉をひそめたまま、語気を強めた。
「あくまでペッシュが参加するのは、サイコミュの稼働データ集めだけだ。それも、あの娘の数値が大したことなければ、この話はすぐ打ち切らせてもらう」
「もちろんだとも」
ローレンはニヤリと笑った。「だが、そうはならないと思うがね」
「なに?」
その不穏な笑みに、アシュレイの表情が硬直する。
(ジオンにいた頃のペッシュのサイコミュ操作は──決して一流ではなかった。本人にも自覚があるはずだ。何を根拠に、ローレンはここまで自信満々なんだ?)
「……始まるよ。ペッシュのテストが」
ローレンが壁のモニターを操作する。アシュレイが窓の外を見ると、白と青を基調とした新型機が整備ベイから滑り出していく。
《ORX-00Z エンゲージ・ゼロ、起動確認。サイコミュ制御テスト──開始》
アナウンスと共に、エンゲージ・ゼロの両腕が展開し、有線式のサイコミュ兵装が静かに飛び立った。
そして――
「な……!」
アシュレイは愕然とした。
空間を縦横に駆けるサイコミュアームは、まるで生き物のように滑らかに、正確に動く。敵役を模したターゲットを的確に、そして連続して撃ち抜いていく。
「あの娘に、あんな操作ができるはずが……!」
「そうなのかい?」
「グレイヴ大佐が、ペッシュ本人が希望してきたら“乗せろ”と命じたくらいだ。ジオンでもさぞ才能を認められていたんだろうと思ったが──違ったのかい?」
(あり得ない……!)
アシュレイの頭に、冷たい理解が駆け抜ける。
(あの娘はこの一年、サイコミュには一切触れていない。にもかかわらず、初搭乗でこの精度──! 俺が持ち込んだサイコミュシステムは当時とほぼ同じだ。なのに、まるで別人のように……)
(……待て)
──ビショップ計画。
恐ろしい閃きが脳裏を貫いた。
(もし、“近しい者の死”がトリガーとなるなら……俺じゃなくてもいいんじゃないのか?)
(例えば、ペッシュがオーガスタに来てから触れ合った孤児の被験者が──1人でも死んでいれば……!)
ガタン、と手にしていた書類が床に落ちる。
(グレイヴ……)
アシュレイの顔が険しく歪む。
(あの男が、なぜ俺たちの“意思”を尊重するような甘い対応をしていたのか。答えは簡単だ。いきなり実験に引っ張り込んでも成果が出ないとわかっていたからだ。むしろ反感だけを買って、扱いづらくなる)
(だが、機密と安全を理由に研究所に送ってしまえば──ペッシュは誰かと仲良くなる。実験に使われている子どもたちと)
(そして、その子が死ぬ)
(そうすれば──自動的に“覚醒”は起こる)
(残った“守るべき誰か”を助けるために、彼女は自ら手を挙げる……)
(それが──グレイヴの描いたシナリオか!!)
歯を食いしばるアシュレイ。
(そして、俺はそのことを……ペッシュに話せない)
(あの娘が“力を手にした”理由が、仲良くしていた誰かの死によるものだったなんて、伝えられるわけがない……!)
窓の向こう、エンゲージ・ゼロが宙を舞う。
ペッシュの技量は、間違いなく目覚め始めていた。
その裏に、どれだけの犠牲が積み重ねられているのかも知らずに──
ペッシュ視点:揺れる心と“力”への疑問
静かな訓練ブロック。
エンゲージ・ゼロのサイコミュ兵装を収めたペッシュ・モンターニュは、機体から降りてヘルメットを脱いだ。
「すごい……すごいよ、ペッシュ!」
駆け寄ってきたロザミア・バダム――いや、ロザミィは、無邪気な笑顔で両手を広げた。研究服の袖がひらりと舞う。
「今の! ターゲットの全撃破時間、歴代最速だって! それに有線の軌道も全然ぶれてなかった!」
「……ありがとう」
ペッシュは笑おうとしたが、口元がほんのわずかに引きつった。背後では技術スタッフたちが拍手を送っている。だが、その歓声の中で、ペッシュの胸には鈍い違和感が残っていた。
(ジオンにいた頃、私はここまでサイコミュを使いこなせていなかった。ずっと、未熟な使い手のままだった。アシュレイ大尉に助けられてばかりで、何もできなかった)
視界の端に、喜ぶロザミィの姿が映る。自分と違って、日々“訓練”という名の拷問に晒され、苦しんでいた少女。
(なのに――)
(今の私は、なぜこんなにも動かせてしまうの?)
「……おかしい」
「え?」とロザミィが首を傾げた。
「私、こんな動きできなかった。あの機体の制御データは、元々ジオンで使ってたサイコミュとほぼ同じ……なのに、なんで?」
「すごいからいいじゃん!」ロザミィがはしゃぐように笑う。「ペッシュは、私のヒーローなんだよ! また辛い訓練させられるんじゃないかって怖かったけど……今日、ペッシュが訓練に出てくれたって聞いて、本当に嬉しかった!私もペッシュの足を引っ張ったりしないように頑張るね!」
ペッシュは微笑もうとして、微かに俯いた。
(あの頃は、アシュレイ大尉に操縦を任せて、私はヒートナタを1本動かすのが精一杯だった。なのに今の私は……)
突如、脳裏に浮かぶ考えがあった。
(……まさか、これが “ビショップ計画” の……?)
心臓が脈打つ。
ペッシュは一瞬、凍りつくような思考に囚われかけた。――あの力は、"近しい人間の死"と引き換えに得られるものだと、父の遺言で聞かされていた。
(でも、違う……違う。そんなはずない)
小さく、首を横に振る。
(アシュレイ大尉も、お母さんも――元気でそばにいる。誰も死んだりしていない。だから……これは、違う)
そうだ、とペッシュは思う。
(きっと、私が今、力を使えるようになったのは……きっと、お父さんがもういないからだ。遅れて覚醒しただけ。うん、それなら納得できる)
自分の中に浮かびかけていた、もうひとつの“可能性”には、触れようとしなかった。
あの研究所で日々失われていく命――それに思い至った瞬間、心の中で何かが崩れてしまう気がして。
だからこそ、目の前で笑っているロザミィを見て、ペッシュは強く思った。
(今は……友達の力になれたことを、喜ぼう)
(この力があれば、私は誰かを守れる。ロザミィのことも、大尉のことも、お母さんのことも――)
そう心に言い聞かせて、ペッシュは作り物ではない微笑みを浮かべた。ロザミィの小さな手を取り、訓練室を後にする。
未来に希望を抱こうとする少女の背に、僅かな影が宿っていることに、彼女自身はまだ気づいていなかった。
アシュレイとグレイヴの対峙
オーガスタ研究所の視察室。
グレイヴ大佐は窓際に立ち、整然と並ぶ強化実験機を見下ろしていた。
「グレイヴ大佐」
足音も高らかに、アシュレイ・ホーンが扉を開けた。
「ペッシュのこと……全て、計算づくか?」
グレイヴは振り向きもせず、「さあな」と答えた。
「どちらでも同じことだと思うが?」
「……何だと?」
アシュレイの声が低くなり、拳が震える。
「俺が何もせずとも、この研究所では被験体が勝手に死んでいく。お前も見ただろう? 昨日いた子供が、今日にはいなくなる」
グレイヴはようやく振り返り、冷ややかな視線をアシュレイに向けた。
「むしろ、有効活用になったんじゃないか?」
「……っ!」
アシュレイが掴みかかろうと、一歩踏み込む。
だが、その瞬間――グレイヴの鋭い眼光が彼を射抜いた。
「忘れるなよ、ホーン大尉」
その声音は低く、鋭く、どこか冷酷だった。
「彼女を作ったのも、ビショップ計画を立ち上げたのも、君の古巣――ジオンの機関だ。私じゃない。あくまで、我々は“遺産”を引き取っているに過ぎん」
「だからと言って、あの娘を実験の犠牲にしていいはずがない!!」
「なら――せいぜい、守ってやるんだな」
静かになった部屋に、アシュレイが立ち尽くしていた。
(俺は……何も守れていない)
(あの娘が目覚めた“力”は、本当にただの偶然なのか……それとも──)
拳を握る。自分の無力さが、今さらのように突き刺さった。
(これ以上、誰も死なせない……)
(俺は、ペッシュを、必ず……守る)
暗躍する意図
視察室の冷えた空気。
アシュレイは未だ握った拳を震わせ、対するグレイヴは余裕を纏ったまま窓辺に佇んでいた。
「孤児をずいぶん気にかけているようだがな、ホーン大尉」
グレイヴの声音は低く、冷たい響きを持っていた。
「……何だと?」
「無駄な気遣いだ」
「貴様が気にかけるまでもなく、実験は遠からず終わり、孤児たちは救われる」
「貴様……何を知っている?」
アシュレイの眼が細まり、研ぎ澄まされた刃のような視線が投げつけられる。
「単純な話だ」
グレイヴはゆるりと振り返り、薄笑いを浮かべる。
「連邦の主導権は、とうにゴップの手に渡っている。この研究所は、ゴップの下ではやっていけない後ろ暗い連中の吹き溜まりだ」
アシュレイは鼻を鳴らす。
「バスク・オムの権力と、ジオンを憎んでやまない連中の後援で成り立っている……それくらいは知っている」
「その通りだ」
グレイヴの口元がさらに歪む。
「だが忘れるな。こんな施設が生まれたのは、一年戦争で“赤い彗星”と“灰色の幽霊”という化け物が暴れ回ったせいだ。連邦のパイロットでは歯が立たず、恐怖に怯えた上層部が、この手の研究を正当化したのさ」
「人ごとのように言うな!」
アシュレイが声を荒げる。
「貴様だって孤児たちを利用してきた張本人だろうが!」
「したとも」
グレイヴは一切の動揺も見せず、ただ肯定した。
「それがどうした?」
「……っ!」
アシュレイの喉奥から怒声が迸りかけるが、その先が出ない。
「本来なら死んでいた孤児に衣食住を与え、その力を試しただけだ。大人が代わりに戦えばよかったか?」
グレイヴの声音は揺るがない。
「当然だ! 子供を戦わせるなど――!」
「ほう。ニュータイプという“怪物”を抱えた組織にいた側らしい、綺麗事をほざく」
冷酷な眼差しがアシュレイを射抜く。
「ジオンのニュータイプの前では、連邦の兵士など紙屑同然に薙ぎ払われた。貴様も見ただろう」
アシュレイは歯噛みした。
「……勝てたやつはいたはずだ。連邦がガンダムの生みの親を左遷なんてしなければ!」
脳裏に閃く。――アレックス。
あの機体を見ればわかる。おそらくテム・レイは、一年戦争の只中でも完成させられた。
(アレックスが前線に出ていれば……ここまでジオンのニュータイプが恐れられることも、この研究所が生まれることもなかった。子供たちが犠牲になることも……!)
「……かもしれんな」
グレイヴはあっさりと認めた。
「だがテム・レイを左遷したのは私ではない。ジャブローの政治屋どもに言うがいい」
グレイヴは一瞬、息を呑む。
(……そうか。ゴップ。お前が自分の権力を脅かしかねないレイ親子を好きにさせているのは――後ろめたさか。あの時左遷から救えたのにしなかった。
軍の闇からも遠ざけようとしている。……もしそうなら、俺がすべきことは――)
「……グレイヴ?」
アシュレイの視線が鋭く問いただす。
「……ああ、少し考え込んでいた」
グレイヴはわざとらしく目を細める。
「まあ結論から言えば、バスクはゴップとの権利争いに負けて失脚する」
「何……?」
「奴はこう言っている。ドゥー・ムラサメに、アレックス乗りを討たせて強化人間の必要性を証明する――とな」
グレイヴは薄く笑みを浮かべた。
「だが不可能だ」
「ドゥー!? あんな、ペッシュより年下の少女を……!」
アシュレイの声は怒りで震えた。
「その結果、研究所の実験体すべてが救われるのだから、良いんじゃないか? 奴らにも、きっかけが必要だ」
アシュレイの怒りと迷いをよそに、彼は盤上の駒を動かすように微笑んだ。
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