ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【ゴップ執務室/秘密会談】
重厚な扉が閉じられると、空気が一段と張り詰めた。
部屋の隅には二人の秘書姿の女――しかしその立ち居振る舞いは明らかに軍人、特殊部隊エコーズであることは一目で分かった。彼女らは無表情のまま、手元の端末に指を置き、わずかに周囲を監視している。
デスクの奥に座るゴップ元帥は、皺の刻まれた顔に柔和な笑みを浮かべながらも、瞳には一片の温度も宿していなかった。
「ゴップ元帥、本日は私に時間を作っていただきありがとうございます」
グレイヴ大佐は恭しく頭を垂れ、滑らかな口調で切り出す。
「同じ連邦の将校が会ってくれと言うなら時間を作るさ。有意義な話なんだろう?」
ゴップの声は穏やかだが、その眼光はまるで凍った刃のように冷たい。
「勿論です」
グレイヴは真っ直ぐに視線を返した。
「結論から言わせてもらいましょう。――私を、あなたが引退した後の“影”として任じていただきたい」
ゴップの眉が僅かに動く。目元の皺が深まり、口元の笑みは変わらぬまま。だが、冷え切った眼差しが「続けろ」と告げていた。
「いずれ、ジオンとの再戦は不可避です。その時、元帥は連邦軍の象徴として、なおも第一線に立ち続けられるでしょう。……しかし、その戦の後はブレックス・フォーラに後を任せ、身を退かれるおつもりではありませんか?」
「そこまで分かっていて……なぜ君に役目を任せなければならん? 彼と君の相性は悪いはずだが?」
問いは静かに、だが殺意を帯びていた。背後のエコーズ二人も、わずかに姿勢を変え、トリガーに触れる気配を見せる。
「ええ。准将は正道も裏道も嗅ぎ分けられる器でしょう。ですが――彼を“光”に置くなら、誰かが“影”に留まらねばならない」
グレイヴの口調は揺るがない。
「世には、薄汚い方法でしか処理できない悪が数多く存在します。私はそのような悪を切り捨ててきた。……しかし、ブレックスをあまりにも光の中に居させすぎた。ニュータイプのアムロ・レイやカミーユ・ビダンと近すぎる彼に、そんな薄汚い仕事を任せられますか?」
「……だから君を使え、と」
「バスク・オムの元にいた住人やあなたの派閥以外の"灰色"の連中全てを、切り捨てるならば、私は不要でしょう」
グレイヴの声が低く沈む。
「だが、彼らは全員が“悪”でしょうか? 確かに、興味本位で実験に没頭した研究者たちは悪だ。……だが、ジオンの化け物じみたニュータイプに友や家族を殺され、恐怖に駆られたが故に孤児たちを犠牲にした者たちもいる。これはあなたが権限を握る前、旧上層部の命令の下で行われたことです。命令を下した側が今なお残っているのに、実行した者だけを切り捨てるのは、いささか公正を欠くとは思いませんか?」
ゴップの眼差しがさらに鋭さを増す。
「……つまり、君を“受け皿”にせよ、と」
「ええ」
グレイヴは静かに頷く。
「我々、罪を犯した者たちは、新しい英雄たち――アムロやカミーユといった者たちが光の中で希望を示せるよう、その裏で泥を被り続けるべきでしょう。英雄の手を汚させぬために、私達が影に立つのです」
「代わりに、君は何を得る?」
「私は……勝ち組になりたいだけです」
グレイヴは不敵に笑った。
「あなたの庇護下にいるアレックスの三人――あの力を見せられた以上、どのような駒を用意しても敗北は確定する。ならば、同じ陣営にいるしかない。幸い、私の部下たちは“汚れ仕事”をする理由と、それを完遂する力を持っています。――おあつらえ向きでしょう?」
ゴップの瞳が細まり、机上の書類を指先で軽く叩く音が響いた。
「……なるほどな」
その声色には、同意も拒絶もなかった。ただ、氷のような沈黙が、二人の間に横たわる。
執務机の上に置かれた部下一覧に目を通しながら、ゴップ元帥は眉をわずかにひそめた。
スレイヴ・レイスの活動は元帥として把握していた。だが――ここまで粒揃いのスペシャリストが集まっているとは想像していなかった。
(……惜しいな。グレイヴを失脚させれば、こいつらを一時的にでも使えなくなる。確かに罪深い連中ではあるが、能力だけは一級品だ)
書類を閉じたゴップは、ゆっくりとグレイヴに視線を移した。
「だが……君のことだ。彼らからはひどく嫌われているんじゃないか?」
挑むような言葉。だが、グレイヴは眉一つ動かさない。
「好き嫌いで仕事をする連中ではありませんよ。利害が一致しましてね」
「利害、か……」
ゴップの目が鋭く細まる。「詳しく聞かせてもらおう」
グレイヴはあえて間を置いてから、淡々と語り始めた。
「以前、プロト――いや、ゼロ・ムラサメを借りた折に、ジオンから亡命者を部隊ごと受け入れました。部隊の隊長ガラハウ中佐は優秀でしてね。連邦に来ながらもジオンにツテを残している。そのツテを辿って、亡命者の一部を今も保護しているのは元帥もご存知でしょう」
「……承知している」
「その中に、ある母と息子がおりましてね。驚いたことに――彼らはスレイヴ・レイス隊長、トラヴィス・カークランドの妻と息子だったんですよ」
ゴップの目がわずかに動く。グレイヴは続けた。
「しかも、あの実験体――クロエ・クローチェと仲良くなっている。トラヴィスにとっては、守るべき家族と、その家族に寄り添う女……彼らを見捨てるわけにはいかない。ゆえに、私に従いつつ、私を刺せる機を伺っている」
ゴップは机を軽く叩き、低く吐き捨てるように言った。
「つまり君は、ほっておけば彼らに殺される。だから、そうならないためにクロエ・クローチェを治療できるムラサメ博士がいる我々の派閥に転がり込んできた……これを利害の一致というのか?」
「一致しますとも」
グレイヴは笑みを浮かべた。「トラヴィスは息子とその仲の良い女のために治療手段が欲しい。私はバスク派という泥舟から降り、あなた方の船に乗り換えたい。どちらもあなたの派閥に入らなければ目的が達成できないのですから」
ゴップは沈黙する。視線がさらに冷たさを増した。
グレイヴはさらに言葉を重ねる。
「加えて、彼らは私の弱みを探るためにハッキングを繰り返していますよ。だが無駄なことです。私の重要な情報は、ほとんどが回線から切り離された独立端末にしか存在しない。自爆覚悟で突っ込んでくるならともかく、脅しにはならないでしょう」
自信と挑発が入り混じった声音。
エコーズの秘書に扮した二人が、わずかに身じろぎしたのをゴップは見逃さなかった。
「……ふん。君は本当に、“生き延びること”にかけては才覚がある」
グレイヴは小さく頭を垂れた。
「勝ち組でいたいだけですよ、元帥」
オーガスタ研究所 ― 静かな震源地
その通達が届いた日、オーガスタ研究所の空気は一変した。
今までは、誰もが当たり前のように“研究対象”と呼び、被験者たちを記号のように扱っていた。だが、その当たり前が、突如として“罪”として糾弾されるものになったのだ。
【連邦軍上層部声明:強化人間の開発を全面的に中止し、既存の被験者に対して治療・社会復帰の支援を行うことを決定】
その文面を見た職員たちは、口々に「何かの冗談だろう」と呟いた。
強化人間開発の中心であるこの施設が、つい先日まで「戦後も研究を継続できる体制づくり」を会議していたのだ。なのに、突然全否定されるとは誰も思っていなかった。
ある技術主任は拳を震わせながら机を叩いた。
「ふざけるな……! こっちはこの研究に人生を捧げてきたんだ! 今さら“治療”だの“社会復帰”だの、虫のいい話があるか!」
だが、反論の声は次第に小さくなっていった。
なぜならその“転換”を決定させたのは、アムロ・レイとヤザン・ゲーブルという、連邦の象徴的存在であり、現場で最も多く強化人間と接してきた男たちだったからだ。
そしてそれを承認したのが、元帥のゴップ。この名前が入っている以上、オーガスタはもはや「正しい側」ではいられない。
⸻
隠蔽と破棄の嵐
上層部の動きは早かった。
研究データの廃棄命令、施設の縮小、使用していた「実験設備の解体」リストが次々と送られてくる。
しかし、オーガスタの中には未だ“上層部が確認していない被験体”が残されていた。記録すら存在しない孤児の子供たち。登録のないまま「ナンバー」で呼ばれ、明日死んでも誰も外部が気づかないような存在。
「全員を助けろ」という命令に、本当にすべて従うつもりなのか?
研究主任の何人かは、データの一部を隠蔽し、子供たちを“既に死亡した”と記録上で処理しようとしていた。――だが実際には生かしたまま地下区画に匿い、将来バスク・オムが復権した時に再び実験材料として差し出せるようにするために。
「連邦が変わった? 笑わせるな……! 最初に“ジオンのニュータイプに勝てる兵士を作れ”と命じたのは上層部だろうが。今さら“治療”だと? そんな無駄なこと、なぜ我々がやらねばならん!」
それは“良心的抵抗”ではなく、ただの悪意ある延命策だった。
だが、オーガスタの良心とでも呼ぶべき者たち――アシュレイ・ホーンや意思を同じくする者達は、そういった“闇の隠蔽”を見逃さなかった。
「その子たちが死ねば、お前たちは戦後“ただの犯罪者”になるぞ」
アシュレイの言葉に、密かに記録を改ざんしていたスタッフは沈黙した。
今やもう、立場が逆転していた。被験体を守る者が“正義”であり、従来の研究体制は“犯罪者予備軍”として見なされるのだ。
子供たちの目の変化
変化は確かに起きていた。
以前なら訓練の前に泣いていた子供たちが、今は「学校に行けるの?」と目を輝かせて訊いてくる。
ペッシュはロザミィの頭をそっと撫でながら、「きっと行けるようになる」と優しく微笑んだ。
サイコミュ訓練を終えた後、ロザミィは息を切らしながらも楽しそうに言った。
「ねえ、ペッシェ……私たち、外に行けるの? 戦わなくてもいいの?」
「うん。もう、“戦うために生まれた”なんて言わせないよ。私たちは、私たちのために生きるんだ」
そして未来へ
オーガスタ研究所の一角では、今日も機械の唸りが聞こえていたが、その音はもはや実験ではない。
強化人間たちの新しい生活のための職業訓練、学校教育、そして社会復帰のための再適応プログラムの一部だった。
それでも、過去の罪は消えない。
何百という子供たちの命を代償に築かれた研究所。
だが、今を生きる者たちは、せめてその犠牲の意味を無駄にしないようにと、小さく歩み始めていた。
ゼロ・ムラサメが“人間”として示した未来の形を、次はペッシュが、ロザミィが、自分たちの力で掴むために。