ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
ジークアクスのパイロット・マチュは、己の動きがじわじわと――窮屈になるほど正確に、敵の学習に侵食されていくのを感じていた。回避の一手を出すたびに、次の瞬間にはそこに応じた反応が返ってくる。先読みされた軌跡に沿っていれば、被弾は抑えられる。しかし逆に言えば、逃げ場は数秒ごとに狭まっていた。
(なんなの、こいつら……)
胸の中で苛立ちが膨らむ。視界の端で赤い光が遠くを裂くのが見えた。シュウジだ。あの赤いガンダムが、この速度なら間に合うはずだ。なのに――敵は奇妙だった。ジークアクスに本来なら致命傷を与えられるタイミングが何度もあったはずなのに、彼らはいずれもその一撃を外すように仕向けてくる。
(シュウジはもう直ぐ来てくれる。なのに、こいつら一体何を狙って……)
無線の向こうで、低く笑う声が飛んだ。
「おい、プレッシャーが近づいてきてる。もういいだろ?」
「だな。よし、狙いは分かってるな?」
「あいよ」
その合図とともに、攻撃は流れるように繋がった。先頭のゲルググ・カスタムが、低く構えてジークアクスの腕を狙う。プロトタイプ・キュベレイの六連ファンネルが牽制し、掌部のビームやハンド・ランチャーが正確に連携してくる。マチュはシールドを張り、iフィールドを限界まで働かせて受け止めた。だが、次の瞬間――
ゲルググ・カスタムのビームサーベルの一撃が、ジークアクスの片腕を物理的に切断した。まるで電光を斬り裂くように、機体と腕部を繋ぐ関節部分が粉々になり、護りの腕が吹き飛んだ。機体ごと大きく振り飛ばされ、マチュの口から悲鳴が上がる。コックピットが衝撃で揺れ動き、身体がはじかれる感覚――片腕を奪われた衝撃は、機体の姿勢を大きく狂わせた。
「ちっ! お前らに任せたらどれだけ壊すか分からん!」ゲルググの指揮官が苛立ちを露わに叫ぶ。「おい、その腕を回収しておけ!」
「へいへい。」強化人間たちはあっけらかんと言いながら、プロトタイプ・キュベレイの一機がすっと前に出て、切り落とされたジークアクスの腕を掴み取るように回収した。金属片が宙を舞い、機体の一部がさらわれていく。
「マチュー!」――届いたのは、赤いガンダムの声だった。念のように、熱を帯びた叫びがマチュの胸を打つ。
「シュウジ!」マチュは震える声を上げ、砕けた機体を必死に立て直そうとする。しかし敵は容赦しない。プロトタイプ・キュベレイたちは、嘲り混じりに声をかける。
「んじゃまあ、王子様のご到着だ。お姫様にも歓迎してもらおうぜ」
「ああ、王子様を迎えるお姫様らしいドレスアップってやつをな」
「ジオン流のもてなしを味わってくれや!」
九機のプロトタイプ・キュベレイが互いに位置を調整し、まるで合図を合わせたかのように両腕を組んだ。そして、両腕部の装甲を展開して砲身を露出させ、巨大なメガビーム砲をジークアクスに向ける。光の帯が集まり、発射の前触れで空間が振動する。
マチュの胸が一気に冷たくなる。脳裏に走るのは、最悪のシナリオ。熱い恐怖が瞬時に血の気を引かせた。
(私……死ぬ!?)
その瞬間、赤い閃光が突っ込んできた。シュウジだ。全スラスターを焚いた赤いガンダムが、ジークアクスの側面へ一直線に接近する。
「させない!」彼の声はコックピットを越え、戦場の切迫した空気を裂いた。
だが、無情にもメガ粒子砲は放たれた。九門の大口径ビームが同時に収束し、焔の柱が二機を包み込む。爆炎が咆哮し、光と熱で視界が白く染まった。機体の輪郭は煙と火と粉塵の奥に消え、短い静寂が戦場を支配する。
敵の一人がどこかで笑ったような声をあげる。
「おーっと、まさか王子様まで巻き込まれちまうとはな」
だが指揮官の怒声が飛ぶ。
「貴様ら、やりすぎだ! 撃墜してどうする!?」
強化人間の一人が鼻で笑う。
「指揮官殿は分かってないな〜」彼は軽く肩をすくめ、口元に冷たい笑みを浮かべる。「奴らはニュータイプだぜ? 俺たちの脳を弄り回したセリーヌ・ロムが作りたかった“新人類”。この程度でやられるようなもんじゃねえさ」
爆炎が風に吹かれて薄くなり、視界に二体の姿が浮かび上がった。だがそこにあるのは、完全な形ではなかった。赤いガンダムは、片腕と一方の脚、保持していたビットの全てを失っていた。それでも、その赤が盾となって、損傷しつつもジークアクスを守っていた。
強化人間たちの口元に、嘲笑が戻る。
「ほらな? これで捕獲しやすくなったってもんだろ?」
包囲の輪はまだ解けない。確かに彼らは目的を果たした――機体を損傷させ、戦力を削ぎ、捕獲の機会を得た。だが、空間に残る2機のガンダムのシルエットは、まだ抵抗の意思を絶やしていないようにも見えた。
シイコは、まず――声を辿った。はっきりとした、届くような響きで。マチュの細い叫びが、遠くの空間を揺らして自分の胸に触れたのだ。直感が導くようにシイコは機体のスロットルを一段と引き、ポカダの隣で操縦桿を握り直した。
「バイトさんの声……ここね」
ポカダは眉を寄せ、ディスプレイ越しに画面を睨み込む。ふたりは、同じ一点を見ていた。そこには、十機のモビルスーツが、これから対戦するはずだった“マブ”――ジークアクスと赤いガンダムを取り囲み、襲いかかる姿があった。
「こんな数で……」ポカダの声に、怒りと困惑が混じる。だがシイコはすぐに反応しようとした。スラスターを吹かし、すぐに飛び込むつもりだった。
そのとき、回線が割り込むようにして、冷たい声が届いた。ドミトリーのコールサインだ。
〈止めたまえ、シイコ・レイ君。〉
シイコは一瞬、耳を疑った。
「なっ!? 何故止めるんですか、社長! あれはクランバトルに割り込んだ敵です! 私たちが倒したって――!」声は震えていなかった。怒りが先だ。
だが会社のコールは遮らない。ドミトリー社長の低い声が続く。
〈先ほどジオンから通信があった。我々が対戦するはずだった二機、赤いガンダムともう一機のガンダムは、ジオンから“盗まれた”ものだと。今戦っているのは、それを奪還するための部隊だ。我が社が盗みと無関係なら邪魔するなとさ。〉
「そんなの現場の暴走を誤魔化すための口実です!あいつらが狙ってたのは!」シイコは食い下がる。指先が振動する。マブ――あの子たちの姿が、画面越しにぐらついて見えたのだ。
〈君かもしれんな〉社長は淡々と続ける。〈しかし証拠がない。そして今の君は連邦軍第13独立部隊のシイコ・レイ中尉ではない、ただのクランバトルの【MAMAMAJO】だ。この戦いに参戦する権限はない。あの二人が連邦軍に縁でもあるのか?〉
シイコの口がきゅっと結ばれる。何か言おうとしたが、言葉は出なかった。確たる証拠――彼女たちにはない。あるのは心情と直感だけだ。社長はそこを突く。
〈無ければこの話は終わりだ。早く港に戻りたまえ。いくら奴らでもサイド6の中にいる君を狙ってはこないだろう。それと、君の夫から連絡が来ている。ジオンの妨害を受けたが撃滅中で終わり次第こちらに向かう、とな。連邦のシイコ・レイとして動くにせよ、君の夫が来てからにするんだな。〉
一瞬の沈黙のあと、回線に別の怒声が割り込んだ。モスク・ハンだ。
「そうだ! いくら私がマグネットコーティングを施したゲルググとはいえ、君の全開機動には耐えられん! それよりテム・レイ博士が現場に戻ったなど聞いていないぞ! しかもアレックスまで完成させて、改良も進めているだと!? 博士が左遷されたから連邦軍に辞表を叩きつけて民間に来たと言うのに! ……ああ、そんな事はどうでもいい! ともかく君が赤いガンダムともう一機のガンダムを助けたいにせよ、君の夫を待ちたまえ! その後なら好きにすればいい!」
社長はさすがに割り込みを遮るそぶりを見せる。
「博士、言いたいことをすべて言ってくれてありがとう。しかし、君は今我が社の社員なのだから、私の言葉を遮らないで欲しい。」と事務的に一喝する。
シイコは、息が飲まれるような感覚に襲われた。社長の理屈は――法的にも立場的にも正しかった。今この場で“個人”として動けば、会社の立場を危うくしかねない。連邦軍として行動するには、正式な命令や証拠が要る。だが目の前で燃えているのは、それとは関係ない、今ここにいる人間たちだ。
〈大体君はあの赤いガンダムを撃ちたかったんだろ? 何故助ける必要がある?〉社長の言葉は冷たい。
シイコの胸に、昔の記憶がざわつく。――赤い機体。奪われた義父の技術。彼女の中で種になっていた“復讐”の炎が、沈黙を破る。
「それは……」声が震れる。正しい言葉が見つからない。
社長は言葉を切り、結びを告げる。〈ともかく! そういうわけだから、シイコ君、君は手を出すな。ジオンの脱走兵なのか拾った奴なのか知らんが、まあ“ジオンもどき”と呼ぼうか。ジオンもどきとジオンが勝手に殺し合ってくれるんだ。放っておけばいい。ではな〉
回線が切れると、シイコの前にある画面には、裂けた炎の中で必死にお互いを庇い合う赤いガンダムとジークアクスの姿が映っていた。ジークアクスは片腕に、赤いガンダムが残してくれたシールドを掴んでいる。それが唯一の“脱出の糸”に見えるほど、十機の包囲は厳重だった。
シイコの胸の中に、あの“原点”がむくむくと顔を出した。昔――父が、何を背負っていたか。彼女は自分のなかにあった答えに気づきそうで、同時にそれを避けようとしていた。
(そうだ。私は赤いガンダムを――倒しに来たんだ)
声にならない言葉が頭をよぎる。義父の作った原案が、赤く塗り替えられ、赤い彗星に奪われ、そしてあの日、私の“マブ”を殺した。アムロのためにも、私自身のためにも――あの機体は許せない。だから、このまま互いに殺し合えば、都合がいい。ジオン同士で潰し合えば、私が手を汚す必要は無いのだ、と冷徹に考えかける自分がいる。
しかし、その瞬間、別の感情が胸を突く。シイコは心の深いところで自分が誰であったかを思い出す。以前の自分が、無責任に見捨てることを許さない性格だったこと。父を憎んでいた頃と、自分が今似通っていることに気づく。見捨てることは簡単だ。だがそれが――自分の求めていた“正義”とどれほど乖離しているかも、同時にわかってしまう。
(私は、父と何が違う?)その問いの先に浮かぶのは、ゼロやフォウ、ドゥーたちの顔だった。被験体たちが口にした言葉。誰も本当の意味で“父親”を憎んでなどいなかった。彼らが憎んだのは、粗悪な研究者たちの冷酷さや、利用する側の欺瞞だった。父は違った――彼は変わり、すべてを背負う覚悟を見せた。そうだと証言する者もいた。
シイコは喉が乾くのを感じた。画面の向こうで、赤いガンダムとマチュの機体が、さらに損耗している。ポカダが隣で拳を握り締めるのが伝わる。
「シイコ……どうする?」ポカダの声は低く、震えていた。
(私は、父と何が違う?)
その問いの先に浮かぶのは、ゼロやフォウ、ドゥーたちの顔だった。被験体たちが口にした言葉――誰も本当の意味で“父親”を憎んではいなかった。彼らが憎んだのは、粗悪な研究者の冷酷さや、利用する側の欺瞞だ。父は違った。彼は変わり、すべてを背負う覚悟を見せた。そう証言する者もいた。
(……私のマブが殺されたから、父は強化人間研究にのめり込んだ。でもゼロは言った。『あの人を憎んではいない。ジオンのニュータイプにいつ娘が殺されるか分からないのに、何もしないなんてできるはずがない』って。フォウは言った。『私はあの人に担当して欲しかった。あの人が担当なら記憶を失わずに済んだかもしれない』って。ドゥーは……ごめん、君のことは少し考えないことにする。他の被験体の子たちも、父そのものを憎んでいたわけじゃなかった。大抵が名を挙げたのは、“父の技術に及ばない、お粗末な頭と腕しかない研究者”ばかりだった。そして――父は変わった。すべてを背負う覚悟を持つようになった。新しく強化人間になりたいと、自分のコネや軍の不都合な真実を公表すると脅されれば、公式の場で頭を下げると言った。娘に強化人間の施術をしたのが自分ではなかったにもかかわらずに……)
シイコの心は熱く、そして冷たく揺れていた。憎しみと誇り、拒絶と理解。父を憎みながら、同時に誰よりも似てしまった自分に、深い恐怖を覚える。
(父は変わったというのに、私は何をしている? あの赤いガンダムに乗っているのは赤い彗星じゃない。私の復讐とは無関係だ。そして守られている少女は、なおさら関係ない。……そんな二人を、ただ“赤い彗星の赤いガンダムに縁がある”というだけで見捨てるのか? それは、私が憎んできた昔の父と――いったい何が違うというのだろう)
シイコはゆっくりと息を吸い、決意を固める。社長の言葉は合理的で、立場的には正しい。だが今目の前にいるのは、機械でも政治でもなく、生きている“誰か”だ。確かな危機がそこにあるのなら、彼女は見捨てることなどできない――たとえその選択が、自分が長年抱きしめてきた復讐の念と衝突することになっても。
シイコが決意を行動に移そうとした
その瞬間だった。
赤い光と爆炎の渦中、ジークアクスと赤いガンダムを包囲する十機の輪に、一機の旧式ザクが飛び込んできた。
「はあ!? 何だい、あのザク!?」ポカダが絶叫した。
そのザクの操縦は稚拙だった。洗練されたマニューバではなく、恐怖に駆られた獣が必死に生き延びようとする動きに近い。だが――その“生存本能”が、逆に刹那ごとの致命傷だけを避け、機体をジークアクスの至近まで導いていた。
そして、ハッチが開く。パイロットが投げ出されるように脱出し、ジークアクスの手がそれを拾い上げたのとほぼ同時に――無人となったザクは直進し、目の前のプロトタイプ・キュベレイに体当たりした。
「なっ……!」
次の瞬間、爆光。ザクは自爆した。
「自爆……? それより、あのパイロットは一体何を……」シイコの思考が凍りつく。
爆炎が収まると、巻き込まれたプロトタイプ・キュベレイが両腕を失い、機体をふらつかせながら後方へ退避するのが見えた。背部ラックからファンネルを飛ばし、かろうじて仲間を援護しようとしている。
そのとき――戦場全体に響くように、ジークアクスの外部通信が開かれた。
『私はニャアン! 連邦軍の志願兵です! ジオンに襲われています! 助けてください!』
岩盤王子さん 誤字報告ありがとうございます!