ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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第9話

室内の照明はやや落とされ、テーブルの上には温かい飲み物が二つ。

シイコがカップを二人に配りながら、穏やかな笑みを見せた。

 

「バイトさんはありがとう。――次はニャアンさんだけど、あなたはここにいる?」

 

マチュはすぐに顔を上げた。

「いるに決まってるでしょ」

 

「じゃあそのままでいいわ」

シイコは頷き、視線をニャアンへと向ける。

「さて、ニャアンさん。あなたは“連邦の志願兵”と名乗っていたわね。書類を出したとも」

 

「はい。さっき出しました」

ニャアンはまっすぐに答えた。背筋は伸びているが、どこかぎこちない。

 

「本来は軍が受理してから有効になるんだけど……あの通信とクランバトルは配信されてた。

 ジオンはあなたを“ただの志願兵希望者”とは見ない。新型モビルスーツの機密に触れた“連邦兵”と見なすでしょう」

シイコの声音は静かだが、言葉の意味は重かった。

 

「普通の立場なら、すぐに攫われるか消される。――でも、今まではどうやって暮らしてきたの?」

 

ニャアンは少し目を伏せ、両手を膝の上で握った。

「運び屋をやってました。クランバトルに使うモビルスーツのインストールデバイスを……届けてました」

 

「危ない仕事だな。難民がそんなことしてたら、捕まるんじゃないか?」

 

「……何回か追いかけられました。でも、そうしないと食べていけないし……」

彼女の声は静かで、どこか痛みを滲ませていた。

 

「でも今回のことで、あなたは“隠れていられる難民”ではなくなった。

 ――とりあえず、連邦軍かアマラカラ商会で保護するけど、希望はある?」

 

その言葉に、マチュが勢いよく椅子から身を乗り出した。

「ちょっと勝手に決めないでよ!ニャアンは私とシュウジと地球に行くんだから!」

 

「さっきも“地球に行く”って言ってたわね。――別に、この艦は一度地球に降りるの。

 その時に降りればいいじゃない?」

 

「えっ、そうなの?」

マチュがきょとんとした顔をする。

 

「ええ。でも、ニャアンさんは連れて行けるけど、あなたはダメよ」

 

「私がサイド6の人間だから?」

 

「そう。あなたを両親に無断で連れていったら、誘拐したみたいになるじゃない」

 

マチュは口を尖らせてそっぽを向いた。

「別に、あなた達に頼らなくても地球に行けるし」

 

カミーユが横から口を挟む。

「クラバの賞金で買ったスペースグライダーでか?」

 

「勝手に心を読むな!」マチュが顔を真っ赤にする。

 

「じゃあちゃんと話せよ」

カミーユの声にはわずかに呆れが混じっていた。

「だいたい盗品のモビルスーツを積んだ無許可のグライダーで地球に降りるつもりか?

 撃ち落とされるのがオチだぞ」

 

「そ、そうなの!?」

 

「でも……連邦はジオンに負けて弱体化してるって噂で……。

 じゃあ、抜け道ぐらいあるんじゃ……」

 

シイコはゆっくりと首を振った。

「何回か、ジオン本国の命令を無視した“テロリストのフリをしたジオン兵”が降りてきたけど――

 地球で二週間以上、活動できた者はいないわよ」

 

マチュは押し黙り、「うぐ……」と小さく唸った。

 

シイコはそれを見て柔らかく笑い、話題を変えるように口を開く。

「まあ……ニャアンさんがどっちを選ぶかは、もう少し考えてもいいわ。

 ――それより、あなたが“レイラ”と呼んだ少女。

 NT-001と呼ばれている娘について、教えてくれる?」

 

ニャアンは少しだけ目を伏せ、両手を膝の上で握りしめる。

「……はい」

その表情には、再び“過去”と向き合う覚悟が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな空気が流れる。

壁際に立つエコーズ隊員がわずかに姿勢を変えた音が、やけに大きく響いた。

 

シイコはゆっくりと息を吐き、テーブルに両肘をつく。

「……レイラという少女。あなたにとって、どんな人だったの?」

 

ニャアンは、しばらく黙っていた。

言葉を探すように、湯気の消えたカップを見つめる。

やがて小さな声がこぼれた。

 

「隣の家に住んでたんです。……レイラ・レイモンド。

 私より少し年上で、よく勉強を教えてくれました。優しくて、静かで、でも芯のある人で」

 

マチュが小さく息を呑む。カミーユは腕を組んだまま目を閉じ、感情の揺れを探っていた。

 

「彼女の家は、うちより少し裕福で……いつもお母さんがきれいな服を着てて、

 お父さんは穏やかで、でもどこか焦ってる感じでした」

 

ニャアンの声は次第に遠くを見つめるような響きになっていく。

その瞬間、カミーユが静かにうなずく――彼女の意識が、記憶へと沈んでいくのを感じ取った。

 

 

【回想:サイド2・アイランド・イフィッシュ】

 

まだ戦争の影が、街の空に届いていなかった頃。

コロニーの天井には、偽りの青空が広がり、風は穏やかだった。

 

通学路の角。

小さな白い家の前で、少女レイラが手を振っていた。

 

「お父さんの勧めで、少しお出かけするの。すぐ帰ってくるわ」

 

その笑顔を、幼いニャアンは無邪気に手を振り返して見送る。

レイラは、その日いつもより少し大きな鞄を持っていた。

 

「……戻ってきたらまた遊ぼうね!」

 

そう言って笑った彼女の声が、最後の記憶だった。

 

数日前。

夕暮れの広場で、ニャアンは偶然レイラの父親を見かけた。

彼はどこか沈んだ表情で、ニャアンの父と話していた。

 

「……戦争になるとは思わないが、念のためだ。

 中立コロニーに数週間、旅行にでも行かせた方がいい。子供だけでも」

 

「確かに、最近の雰囲気は危ういね。

 だが戦争など起こらんよ。それに今は旅費が高すぎる。気を使ってもらって悪いが……」

 

「……そうか。まあ、杞憂で終わればいいが」

 

それが何を意味するのか、幼いニャアンには分からなかった。

けれど、その数日後。コロニーの空は、変わった。

 

 

【回想:コロニー崩壊の日】

 

最初に聞こえたのは、警報じゃなかった。

“何かが砕ける音”――まるで巨大な氷が割れるような低い轟き。

 

外の空が歪み、建物が震えた。

空調の風が急に止まり、どこかから白い霧のようなものが流れ込んできた。

 

「お母さん!お父さん!」

 

ニャアンが家に駆け戻ると、扉の隙間からその白い霧が漏れていた。

中からは、何の声も聞こえなかった。

 

鼻の奥が焼けるように痛み、視界が滲む。

咳をしながら外に出ると、遠くの天井壁が裂け、光が差し込んでいた。

 

あの瞬間、幼いニャアンは本能だけで動いていた。

プチモビに乗り、警報の中を抜け、破損したエアロックの隙間をくぐり抜けた。

 

――背後で、コロニーが地球へと落ちていく。

その衝撃は、真空の中でも感じられるほど強く。

彼女の頬を、涙が浮かんでは消えていった。

 

 

【現在・ホワイトベースJr.】

 

「……だから、ずっと死んだと思ってたんです。レイラも、みんなも」

ニャアンは、かすかに震える声で続けた。

 

「でも、あの時のレイラは――きっともう、別のコロニーにいたんですね。

 思い出したくなかったけど……生きてたなら、よかった」

 

マチュは何も言えず、ただ唇を噛みしめる。

シイコがそっとカップを手に取り、軽く口をつけた。

 

「……あの子のご両親、聡明だったのね。

 戦争が始まる前に娘を逃がすなんて、普通はできない判断よ」

 

「レイラは覚えてないみたいだけど……。

 でも、格納庫で私の名前を呼んだ時、あの子……少しだけ、泣きそうな顔をしてた」

 

ニャアンの声は、記憶を探るように震えていた。

少しの沈黙のあと、彼女は不安げに続けた。

 

「やっぱり……両親が死んだショックで、記憶をなくしてしまったんでしょうか?」

 

シイコはゆっくりと首を横に振った。

その表情は優しかったが、言葉は鋭く現実的だった。

 

「――残酷なことを言うようだけど、現実はもっと冷たいわ」

 

「どういうことですか?」

ニャアンの声がかすかに震える。

 

答えたのはカミーユだった。

腕を組み、静かながらも冷徹な声で言葉を重ねる。

 

「君が“レイラ”と呼ぶ少女は、ジオンの上官から“NT-001”と呼ばれていた。

 本人も、自分の名前をそうだと信じている」

 

「そして、彼女が乗っていた機体――プロトタイプ・キュベレイには、

 遠隔で自爆装置を起動できる仕組みが施されていた」

 

「な、名前が番号で……自爆装置?」

マチュが眉をひそめる。

「一体どういうこと?」

 

「――彼女は“強化人間”だ」

 

カミーユの言葉に、室内の空気が凍りついた。

ニャアンが口元を押さえ、かすれた声で繰り返す。

 

「……強化人間?」

 

「本来の人間の能力を、薬や手術で無理やり引き上げた存在。

 ニュータイプのように“進化”したわけじゃない。

 戦うために、“作られた”人間よ」

 

「NT-001の身体には、神経系に人工調整の跡があった。

 筋肉の繊維も、一部が強化素材と置き換えられている。

 ――要するに、兵器としての完成度を高めるための“改造”だ」

 

「……そんな……じゃあ、あの子は……」

 

「記憶を失ったのは、ショックじゃない」

「消されたのよ。都合の悪い“過去”を持つ人間を、兵器として利用するために」

 

ニャアンの瞳が潤む。

「……そんな……レイラが、そんなふうに……」

 

「でも、生きていた。

 記憶は奪われても、“君の名前を聞いた時の反応”があっただろう?

 あれは、完全に消えた人間にはできない」

 

ニャアンは唇を噛み、涙をこらえながら頷く。

「……うん。あの子の中に、まだ“レイラ”がいる」

 

「ええ。――だから助けるの。今度こそ、彼女を“兵器”じゃなく、人間として」

 

ニャアンは静かに顔を上げた。

その瞳には、悲しみではなく、確かな意志が宿っていた。

 

マチュのスマホが、テーブルの上で小さく震えた。

バイブ音が室内に響く。

 

「すみません……出てもいいですか?」

マチュは控えめにスマホを掲げて、シイコに尋ねた。

 

シイコは頷きながら、微笑を浮かべる。

「大丈夫よ。その端末に着いてる部品、義父さん――テム・レイ博士が特製してくれたの。

 付属端子で位置を特定されないようにしてあるから、ここでも安全に通話できるわ」

 

「えっ、博士が……!?」

マチュが目を丸くする。

 

「ええ。軍艦で外部通話なんて普通ならできないのよ。

 後でお礼言っときなさい」

 

「……はいっ、ありがとうございます!」

マチュは深く頭を下げると、部屋の隅に下がり、静かに通話を受けた。

 

シイコはその背中を見送りながら、ニャアンに視線を戻す。

「さて――続きを聞かせてくれる?」

 

ニャアンは姿勢を正し、真剣な目で口を開いた。

「さっきの話……アマラカラ商会と連邦、どっちかを選ぶって話ですけど。

 連邦軍でパイロットとして採用されることは可能ですか?」

 

「いきなりパイロット?」

シイコは少し驚いたように眉を上げた。

「不可能じゃないけど、よっぽどの腕とコネが必要ね」

 

「……腕なら、少しだけ自信あります」

ニャアンは両手を膝の上に置き、はっきりとした声で言った。

「一度だけジークアクスに乗りました。

 それで、マチュ以外には起動できなかった“オメガ・サイコミュ”も動かせたんです」

 

「……オメガ・サイコミュ。ジオンの新型制御系か。

 それを起動できたなら――確かに、才能はあるかもしれないな」

 

「でも……コネは、ありません」

 

「コネなら、少しくらい貸してあげるわ」

「今度シミュレーターで対戦してみましょう。

 腕が本物なら、私が推薦する」

 

ニャアンは思わず息をのんだ。

「……ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

 

「気にしないで。たかが中尉の推薦よ」

「腕が無ければどうしようもないけど、チャンスは作ってあげる」

 

(たかが中尉、ね……)

カミーユは心の中で小さく溜息をついた。

(連邦軍の現行パイロットの中で、上から四番目の人がよく言うよ。一体その推薦誰が断れるんだか)

 

その時――。

 

――カシャン。

 

スマホの落ちる乾いた音が、室内に響いた。

 

三人の視線が一斉にマチュへ向く。

彼女は立ち尽くしたまま、顔面を真っ青にしていた。

手から滑り落ちたスマホが、床を転がる。

 

「マチュ? どうしたの?」

ニャアンが立ち上がり、心配そうに近づく。

 

だが、マチュは答えない。

その代わり、目を大きく見開いたまま、次の瞬間――

 

「……行かなきゃっ!!」

 

叫ぶようにそう言うと、落ちたスマホを拾いドアに向かって全力で駆け出した。

 

「待ちなさい!」

エコーズの女性隊員が反射的に動いた。

 

しかしマチュは一瞬早かった。

その動きを予知していたかのように身を滑らせ、

隊員の腕をすり抜けて廊下へ飛び出す。

 

「マチュ!!」

ニャアンの声が響くが、彼女の姿はもう角の向こうへ消えていた。

 

そして――彼女の手の中にあるスマホの画面に、

たった一行の発信者名が表示されていた。

 

 

《発信者:サイド6中央病院》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ホワイトベースJr./第2観察室】

 

薄暗い部屋の壁一面は、マジックミラー。

向こう側では、マチュとニャアンがシイコたちと向かい合っていた。

こちら側では、ブライト・ノアとアムロ・レイが並んで座っている。

テーブルの上に置かれた端末からは、別室の音声が静かに流れていた。

 

ブライトが小さくため息をついた。

「……すまないな、アムロ。こんなことまで手伝わせて」

彼の声は、かすかに疲れていた。

「本来、パイロットの仕事じゃない。尋問なんてな」

 

アムロは首を横に振る。

「気にしなくていいさ。ニュータイプはエスパーじゃないが――」

視線をミラーの向こうに向けながら、淡々と続けた。

「……心が読めてしまう分、いるのといないのじゃあ正確さが段違いだからな。

 どう思うか感じ取る、それが俺たちの“武器”だ」

 

ブライトは短く笑う。

「武器、か。あの頃の少年が、ずいぶん大人びた言い方をするようになったな」

「……そう言われるのは、少し照れるな」

アムロは苦笑しながらも、モニターの光を見つめ続けていた。

 

ミラーの向こう――ゼロとドゥーの部屋では、レイラ(NT-001)がかすれた声で話している。

“……あのコロニー……毒ガス……地球に、落ちたって”

その瞬間、ブライトとアムロの視線が同時に動いた。

 

「……強化人間か」

「ジオンがまた、こんなものを。あの子、まだ十代にも見える」

 

「ムラサメ博士の治療で正気を保っている子たちとは違う。

 ――魂の器ごと、弄られてる感じだな。

 けど……不思議と、殺意は感じなかった」

 

「お前がそう言うなら、そうなんだろう」

ブライトは腕を組み、もう一度ミラーの向こうを見た。

「……奴らは戦争している間も終わっている時もどちらでも変わらないな。人の命を弄んでニュータイプの模造を作り、自分たちは進化した人類だと宣う。奴らに宇宙を任せてはいられない」

 

アムロは答えず、ただ遠くを見るような目をしていた。

 

別の端末に映る映像では、マチュとニャアンの尋問が続いていた。

若い少女が、自分の想いを拙く吐き出していく。

ブライトがぽつりと漏らす。

「……彼女たち、まだ子供だな」

 

「それでも戦場に立った」アムロの声が重なる。

「連邦が変わっても宇宙は変わらない、

 ……ニュータイプが生まれても、結局、心は進化しなかったのかもな」

 

ブライトは少しだけ沈黙し、椅子の背にもたれかかった。

「……アムロ。お前は今でも、戦う意味を見つけようとしているのか?」

 

「戦う意味なんて、もういいさ」

アムロは穏やかに答える。

「けど――守る理由なら、まだ見つけられる。

 あの子たちが笑って暮らせる未来を、誰かが作らなきゃいけないからな」

 

その瞬間、静寂を破るように――ブライトの端末が鳴った。

「……ブライトだ。どうした?」

 

画面の向こう、オスカーの焦りを帯びた声が響く。

《艦長、至急です! サイド6大統領府で爆発が! テロの可能性が高いとのことです!》

 

「なに……?」ブライトが顔を上げた。

背後でアムロの表情も険しくなる。

「テロ、だと?」

 

《詳細はまだですが、被害状況の確認が難航しています。通信網も一部ダウンを――》

 

通信が切れる。

部屋に、ただ端末の冷たい光だけが残った。

 

ブライトは無意識に拳を握る。

「サイド6で……テロか。皮肉なものだな。中立の象徴だったのに」

 

アムロは黙って立ち上がり、ミラーの向こうを見た。

そこでは、まだ何も知らない少女たちが話をしている。

彼の視線が、マチュの姿で止まった。

 

その瞬間――観察室のスピーカーから、乾いた「カラン」という音が響く。

 

マチュが手にしていたスマホを、取り落としたのだ。

椅子から立ち上がるような気配。

映像の中の少女は、顔を真っ青にしていた。

 

マチュは震える手でスマホを拾い上げ、そのまま――走った。

制止の声を振り切り、部屋を飛び出していく。

 

 

 




ノア・Tさん ASNEさん誤字報告ありがとうございます!

☆9評価ありがとうございます! 真白希乃さん KGGさん 水無月凌さん
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