ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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第10話 マチュ脱走

格納庫の金属床に足音がこだまする。シャッターの隙間から差し込む白光が、散乱した工具箱の縁を冷たく照らしていた。

 

マチュが駆け込んできた瞬間、そこにいたのはダグザ・マックール中佐だった。コンロイ副隊長は奪還した艦の操舵で不在、ダグザが戻ってきて格納庫を押さえていたのだ。周囲には数名のエコーズ隊員が控え、マチュを囲むように立っている。

 

「動くな!」とエコーズの一人が叫ぶより早く、二人がかりでマチュの体が押さえつけられた。片腕は肘を極められ、肩から先が動かない。床に膝をつかされ、息を荒らす少女の顔は、焦りに歪んでいる。

 

「離して!」

「黙れ!」とダグザが低く言い放つ。腕に力を込めて押さえつけながら、声には冷徹さと疲労が混じっていた。

 

「悪いが、取り調べが終わらないうちにお前を自由にするわけにはいかん。終わってから行くんだな」

ダグザの言葉は抑えた譲歩だった。だがマチュは首を振り、もがく。床に拳を打ちつけて叫ぶ。

 

「そんな時間ないんだよ!」

 

叫びは嗄れていた。ダグザの表情が一瞬だけ揺らぐ。彼はため息をつくと、静かに手の力を強め、マチュの意識を落とす覚悟で首の後ろに力を加えた。

 

その瞬間――格納庫の向こうで、負傷した機体の両眼がふっと光った。人の気配のないジークアクスのコックピットブロックが、無人のままに起動を始めたのだ。スラスター音はまだかすかだが、センサー類が順に覚醒していく冷たいメロディが、金属の空間に響く。

 

 

ジークアクスは、まるで誰かの意思を借りたかのように腕をゆっくりと伸ばした。無人の機体の腕は、床に押さえつけられていたマチュとダグザの方へ向かう。

 

「誰も乗っていないはずだ!誰が動かしている!?」

 

ダグザは咄嗟にマチュから飛びのき、彼女を突き放す。わずかに空いた隙間に、ジークアクスの長い手が滑りこんだ。金属の掌がマチュを包み、力強く引き寄せる。マチュは驚きと歓喜が入り混じった声を上げる。

 

「ジークアクス……! ありがとう!」

 

機体はそのままマチュを掴み上げ、コクピットブロックのハッチ前へと移動する。ハッチは自動で開き、マチュが中に飛び込む。

 

格納庫の空気が一瞬、凍りついたようになる。エコーズ隊員たちは口を開けたままその異様な光景を見ている。

 

マチュは息を整えながら、コクピット内から外部スピーカーへと声を張り上げた。震えが残る声だが、それは誰にも届く決意でもあった。

 

「ハッチ、開けろ! 開けないとぶっ壊す!」」

 

スピーカーの声が格納庫中にこだまする。機体が自律的に何かを判断しているのか、人間の声を模したかのようなコマンドが続いて聞こえる。監視カメラの映像にも、ジークアクスの目が鋭くこちらを見据える姿が映った。

 

スピーカーの声の切迫さに、近くのエコーズの一人がダグザを見た。ダグザの目に、たしかな疲労と諦めが交差する。彼はゆっくりと口を開く。

 

「開けてやれ。壊されたら敵わん。最低限の情報は得ている」

 

その言葉は、艦の規律と人命の間で取った彼なりの決断だった。エコーズたちは互いに顔を見合わせ、一呼吸置いてからハッチの操作を始める。

 

重い金属のロックが外れ、油圧の唸りが格納庫全体に響き渡る。

シャッターがゆっくりと上昇し、暗い宇宙の闇が広がった。

そこに、無数の星が滲むように輝いている。

 

ジークアクスはその中でスラスターを噴かし、ゆっくりと浮上した。

 

コクピットの観測窓越しに、マチュの顔が一瞬だけ見えた。汗に濡れた髪、固く結んだ顎。彼女の眼には恐怖だけではない、揺るがぬ決意が宿っている。

 

次の瞬間、ジークアクスは閃光のように飛び出し、宇宙の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【サイド6宙域/ジークアクス・コクピット】

 

青白い粒子の尾を曳きながら、ジークアクスは宇宙を疾駆していた。

警報灯が点滅し、コクピットの通信端末が小さく警告音を鳴らす。

艦隊識別波を突破したのだ。

通常なら即座に迎撃対象――だが、マチュの手は迷いなく動いた。

 

「……お願い、つながって!」

 

秘匿回線。カネバン商会の登録コード。

入力と同時にノイズが走り、圧縮された信号が光の点となって広がる。

呼び出し音が数度鳴ったあと――

 

『はいはい、こっちは今それどころじゃ――おいおいおい!?マチュか!?』

 

画面の向こうで、整備服姿の男――ジェジーが怒鳴った。

背後では爆音と金属の衝突音。混乱の只中だ。

 

「世間知らず一体どうなってんだ!? 

 ジオンがお前らを襲撃したと思ったら、運び屋の女が俺のザク盗んで突撃しちまうし!

 あげく赤いガンダムと一緒に暴れて―― 一体何がどうなって――」

 

「そんなことどうでもいい!」マチュが怒鳴り返す。

「今すぐ入れる通路、教えて! カネバンの倉庫まで行きたいの!」

 

『は〜〜あ!?俺のザクが“どうでもいい”だと!?』

ジェジーの目が血走る。

 

「開けてくれないなら、その出入り口――ぶっ壊すから!!」

 

『なッ……!? お前、何言って――そんなことしたら防衛警報が――』

 

そのとき、後方から別の声が割り込んだ。

『ジェジー、どいて!』

 

画面が揺れ、黒髪を後ろで束ねたケーンが顔を出した。

彼は素早く操作パネルを叩き、モニターを切り替える。

 

「マチュ、落ち着いて。――君が最初にクランバトルに出た時、ジークアクスを搬入した旧搬入ルートを覚えてる?

 市街地の南ブロック、あの古いメンテナンス用トンネルだ。そこなら監視が少ない。

 今なら僕が遠隔で扉を開けられる」

 

「分かった! すぐ行く!」

 

『おい待て!お前まさか――』

ジェジーの制止を背に、通信が途切れる。

 

ジークアクスはすぐさま姿勢を切り替え、サイド6外壁の薄暗い区画へと突入する。

スラスターの轟音が虚空を切り裂き、都市の外郭をかすめながら加速。

小型船舶の航行禁止区域をかいくぐり、旧工業区の地下搬入口を探知した。

 

「……ここだ!」

 

岩盤のように分厚い外壁に設けられた、錆びた補修ゲート。

ジークアクスの指がパネルを叩く。

認証信号を送ると、数秒の沈黙――そして。

 

ギィィィィン――。

 

油圧の軋みとともに、巨大なゲートがゆっくりと開いた。

薄暗い倉庫トンネルの奥から、カネバン商会のマークが描かれたブロックが見える。

その奥で、待ち構える社員たちの影が揺れた。

 

マチュは息を呑み、ハンドルを握り締めた。

「ありがとう、ケーン……!」

 

通信はすでに切れている。

だが、その声は確かに届いた気がした。

 

スラスターが閃光を放ち、ジークアクスは倉庫の奥へ滑り込んだ。

シャッターが閉まり、外の光が消える――。

 

サイド6の地下、闇の倉庫に、白い閃光の影がゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【サイド6・カネバン商会地下格納庫】

 

金属音と油の匂いが満ちる整備区画。

ジークアクスの脚部が火花を散らしながら静止する。

マチュはコクピットを開き、身軽に飛び降りた。

 

「マチュ!? 一体どうした!」

慌てて駆け寄ってくるジェジーとケーン。

二人とも油に汚れた整備服のまま、状況が呑み込めず顔を見合わせる。

 

「ジオンの追っ手か!? それとも――」

「そんなこと後で話す!!」

 

マチュは叫びながら、彼らの横を駆け抜けた。

足音が響く。格納庫の出口ゲートをすり抜け、昇降リフトへ。

整備員が止める間もなく、マチュの背中は上層の通路に消えていく。

 

――止まれ。冷静になれ。

そんな理性の声は、もう届かなかった。

 

* * *

 

【サイド6・都市環状鉄道】

 

改札口を駆け抜ける少女の姿に、係員が思わず叫ぶ。

「危ねぇだろ! 走るな、嬢ちゃん!」

 

しかしマチュは振り返らない。

ドアが閉まりかけた電車に飛び乗ると、息を切らせながら手すりを掴む。

 

(早く……早く動いて……!)

 

列車が動き出す。

車窓に流れる光が滲み、心臓の鼓動だけがうるさく響く。

 

 

停車のアナウンスが鳴り響く。

ドアが開くや否や、マチュは飛び出した。

人混みをかき分け、階段を駆け上がる。

エスカレーターの人々が驚いて振り返る。

それでも止まらない。

 

* * *

 

【サイド6・中央病院】

 

白い外壁とガラス張りの巨大な建物。

入口の自動ドアが開く。

中の空気は冷たく、消毒液の匂いが鼻を刺した。

 

受付の前まで走り、マチュはカウンターに両手をついた。

 

「アマテ・ユズリハです!!」

声が震える。

「母の――タマキ・ユズリハは……どうなってるんですか!?」

 

受付係の女性が一瞬、顔をこわばらせた。

周囲の職員たちもざわめく。

遠くの廊下では、緊急搬送用の担架が走り抜けていった。

 

マチュの胸が強く締めつけられる。

返事を待つ時間が、永遠に感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【サイド6・イズマコロニー/高級ホテル・最上階スイートルーム】

 

金と黒を基調とした重厚な調度。

絹のカーテン越しに、コロニーの夜景がゆらめいている。

その中心に、長椅子に腰を掛けたキシリア・ザビがいた。

手にはワイングラス。だが、飲む気配はない。

液面に映る自らの顔を見つめ、その眼光だけで割りそうなほどに、静かな怒気を孕んでいた。

 

扉が控えめに開く。

黒い軍服の青年――アサーブ中尉が姿を見せ、片膝をつく。

 

「報告いたします。アレックス奪取作戦――失敗しました」

 

その言葉に、キシリアの指先がグラスの縁を強くなぞる。

ぴき、と小さな音がして、ガラスがひび割れた。

 

「……詳しく話せ。何がどう失敗した?」

 

アサーブは端末を展開し、立体映像を起動した。

ホログラムに映るのは、爆発炎上するカスタムゲルググ率いるプロトタイプ・キュベレイ部隊、そして白銀に輝くアレックス。

そのパイロットデータには――“シイコ・レイ”の名が記されていた。

 

「馬鹿どもめ!」

キシリアがテーブルを叩きつけるように立ち上がる。

「クランバトルで消耗した直後を狙えと言っておいたはずだ!

 なぜまだ全開な時に手を出したッ!?」

 

アサーブは冷静に答える。

「どうやら、我々から盗んだ“ジークアクス”を操縦していた民間人――エントリーネーム“マチュ”が、

 待機していた特殊部隊を発見。

 発覚を恐れた部隊が急遽マチュを襲撃し、戦闘になったようです。

 そこへ、赤いガンダムのパイロット“ハラヘリムシ”が加勢。

 赤いガンダムとジークアクスを損傷させ捕獲まで秒読みのところで、ザクに乱入され、パイロットは国際救命チャンネルで連邦の志願兵を名乗りジオンに襲われているからと、助けを求めました。

 彼らを救うために、シイコ・レイが出撃――

 結果として、セリーヌ・ロムの強化人間部隊は全滅しました」

 

キシリアは額を押さえ、低く呟いた。

「……みすみすシイコ・レイが、アレックスに乗るのを見逃したのか」

 

「はい。彼女は民間通信を介して、あの〈ホワイトベースJr.〉に連絡を取り、

 現在はアムロ・レイと合流した模様です」

 

「……クランバトルの余波でシイコを捕らえるはずが、

 その混乱で民間の子供と、志願兵まがいの少女にまで介入を許したというのか?

 ――一体どうなっているのだ、我が軍は!」

 

キシリアの怒声が、静まり返った部屋に響いた。

アサーブはわずかに視線を伏せるが、報告を続ける。

 

「そして、保険として派遣していた〈ソドン〉――元ホワイトベース艦。

 こちらも全砲門を破壊され、クルーは“テロリスト”扱いで退艦しました。

 無人となった艦は、そのまま連邦側――ホワイトベースJr.に鹵獲されました」

 

キシリアの眼光が閃く。

「……何だと?」

 

「ソドンのクルーは降伏を拒み、自ら退艦。――実質的には“放棄”された状態です」

アサーブは端末を見つめたまま、硬い声で続ける。

「ですが、報道上では“テロリスト艦をアマラカラ商会が無力化し、鹵獲した”とされています。

 アマラカラ商会という名が出たことで、表向きには“民間輸送船団を狙ったテロ行為”という扱いに。開戦の火種とは見なされておりません」

 

キシリアの眉がぴくりと動いた。アサーブはさらに言葉を続ける。

「ただし、問題はそこからです。撃墜された強化人間部隊の映像に――ジオン系機体であるゲルググのカスタムタイプが映り込んでいました。

 おかげで“裏にジオンが関与していたのは公然の秘密”とされています。

 そして……“戦いを止めようとした英雄アムロ・レイの妻、シイコ・レイを背後から撃ったのはジオンだ”という印象が、民間に強く残っています」

 

その一言で、静寂が落ちた。

次の瞬間、キシリアの手元のワイングラスが床に叩きつけられた。

澄んだ音とともにガラスが砕け散り、散乱した破片が室内灯に反射して冷たく光る。

 

「ギレンの名を使ってまで、作戦を仕組んだというのに!

 それがこのザマか!?

 ……アムロ・レイも、シイコ・レイも、民間人の小娘も! 

 どいつもこいつも、ザビ家の威を嘲るつもりか!!」

 

アサーブは冷静に応じる。

「今後の対応はどう致しますか?」

 

キシリアは目を細め、ゆっくりと呼吸を整えた。

冷たく整った声が戻る。

 

「……サイド6の大統領は、どう動いている?」キシリアが問いを投げると、その声だけで部屋の温度が下がった。

 

アサーブは端末をスライドさせ、地図と通信ログの断片を提示する。暗い顔で答えた。

「ベルガミノ大統領ですが、表向きは中立を装っていますが、今回の件で連邦寄りの姿勢を強める兆候があります。実際、連邦所属と思しき者との接触が何度か確認されており、報道の流れ次第では一気に連邦側に傾く可能性が高いです」

 

キシリアは短くそれを受け止め、目を細める。夜景の光がスーツの布に反射する。すぐに別の質問を投げかけた。

「次の大統領候補は、我々寄りだったか?」

 

「はい。有力候補の彼はジオン系企業と深く結びついており、資金面も含めれば我々の意図通りに動かせる見込みです」

 

キシリアは一瞬だけ笑みを浮かべた。その笑いは暖かさなど一切含まない刃のようなものだった。彼女の視線がアサーブに突き刺さる。

「イオ・マグヌッソさえ“完成”させれば、全ては我々の掌中になる。予算の提供は必ず取り付けねばならない。どうすればいいか、分かるな?」

 

「手筈は整えてあります。表向きは抑圧された難民がテロを起こし、大統領に牙を剥いたと報道されるように根回し済みです」 

 

「動かす部隊は、今度はまともなんだろうな? セリーヌ・ロムのおもちゃどものようになっては困るぞ」

 

アサーブは即答する。

「問題ありません。彼らは“強化人間”ではありません。訓練と実戦を経た特殊部隊です。もし連邦が中立コロニーで新型ガンダムを作っていたなら彼らに奪取任務を任せられる腕ですよ」

 

「足らんな」

 

「足りないとは?」

 

キシリアはゆっくりとテーブルに視線を落とし、淡々と言った。

「本気でやらせる“理由”を与えてやれ。達成できなければ」と言葉を切り、窓の向こうの夜景の一点を見定めるように付け加えた。「――このコロニーに核を一発落とす、と。分かるな?」

 

アサーブの顔から血の気が引いたが、すぐに職務の仮面を取り戻すように、低く応えた。

「各自、奮起して挑むでしょう、閣下」

 

キシリアは窓の外の光を眺めたまま、冷ややかに囁く。

「よろしい。ベルガミノ政権を終わらせ、その隙に“イオ・マグヌッソ”を仕上げる。そして大統領交代の波を我々に都合よく使う。表舞台は彼の手で飾らせ、舞台裏は私が支配する。それで良いな?」

 

「了解しました、閣下」アサーブはぴたりと停止し、短く敬礼する。

キシリアは満足そうに頷いた。ガラスの破片の光が、彼女の瞳に小さく踊った。

 

「では行け、アサーブ。サイド6の“中立”を終わらせるのだ――私のやり方でな」

 

アサーブは静かに立ち上がり、部屋を出て行った。背中越しに聞こえるヒールの音。キシリアは窓を見つめながら、小さく笑った。

 

グラスの破片の上を、彼女のヒールが踏みつける音が響いた。

それはまるで、誰かの命を踏み砕く音のようだった。

 




いやはやガンダムssを書いていながら脱走をさせないなんてあり得ないことでした。
ということで脱走回です。
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