ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【サイド6・中央病院/集中治療室前】
白い壁と、機械の音だけが響く静かな空間。
ガラス越しの向こう――無数の管とセンサーに繋がれた女性がいた。
母・タマキ・ユズリハ。
呼吸を助ける機械の動作音が、まるで小さな命の証のように一定のリズムで鳴っている。
モニターの心電図は、確かに動いていた。
そのわずかな波形を見て、マチュは一瞬だけ息を吐いた。
足から力が抜け、冷たい床に膝をつく。
「……生きてる……」
その声は、かすれて自分でも聞き取れないほど小さかった。
だが、すぐ背後から控えめな声が響いた。
「アマテ・ユズリハさんですね?」
振り向くと、白衣の医師が立っていた。
気の毒そうに目を伏せ、穏やかな声で続ける。
「お父さんは……もう少し来るのに時間がかかるようなんですが……
お母さんの容態を聞けるご親族の方は、他にいらっしゃいますか?」
マチュはゆっくりと立ち上がり、拳を握った。
「……私が聞きます」
医師の表情がわずかに曇る。
未成年の少女に語るには、あまりにも重い内容だった。
それでも希望する以上、話さないわけにはいかない。
「……分かりました。こちらへ」
マチュは無言で頷き、医師の後をついて廊下を歩く。
足音が反響するたび、鼓動の音と区別がつかなくなっていく。
【面談室】
小さなテーブルの上に、数枚のカルテとモニターが並んでいた。
医師は資料をめくりながら、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「お母さまは……会計監査局・外交第三部の職員と伺っています。
本日、大統領府で行われていた会議中に爆発が発生しました。
テロの可能性が高いとされています」
マチュの肩が、びくりと震えた。
「……そのとき、あなたのお母さまは現場近くにおり、
爆風で吹き飛ばされ――左腕を肘の下から失いました」
医師の声が静かに響く。
マチュの視界が揺れ、頭の中で音が遠ざかっていく。
(そんな……やだ……嘘でしょ……)
だが、医師はまだ言葉を止めなかった。
彼の顔には明確な「痛ましさ」が浮かんでいる。
「――ですが、彼女の不幸はそれだけではありませんでした」
彼はカルテを指で示しながら、続けた。
「爆発の衝撃で一度意識を失った後……
そのまま意識のない状態で、“何者か”に頭部を強く踏みつけられたような痕がありました。
まるで大男に押し潰されたような形です」
マチュの瞳が大きく見開かれる。
「……誰かが、踏んだ……って……?」
「ええ。外傷の形からして、そうとうな体格の男でしょう。
頭蓋の一部に陥没が見られます。
――脳は、とても繊細なんです」
医師は短く息をつき、静かに言葉を区切った。
「……タマキ・ユズリハさんは、現在も昏睡状態です。
目を覚ます可能性は……正直に言って、五分五分もありません」
マチュの世界が、音を立てて崩れた。
椅子に座ったまま、両手が震え出す。
床に落ちた涙の音だけが、やけに大きく響いた。
彼女は唇を噛み、何も言えずに俯いた。
心の奥で何かがゆっくりと燃え上がる。
それは悲しみなのか、怒りなのか、自分でもわからなかった。
ただ――
母の命を踏みにじった「誰か」が存在するという事実だけが、
確かな現実として、胸の奥に焼き付いていた。
病室の扉が開き、マチュの肩越しに父が入ってきた。黒い背広は病院の白に灰色の影を落とし、彼の顔には疲労と焦燥が刻まれている。医師が一礼して、低い声で同じ説明を繰り返した。
「……奥様は爆発による外傷で左前腕を失っております。さらに、爆発直後に頭部に重度の外傷を受け、現在も昏睡状態です。最悪の場合、意識は戻らない可能性があります」
父の指先が机を掴んで白くなる。しゃがれた声がこぼれた。
「――何とかならないのか。タマキを、もっといいところへ…もっと設備の整った病院に連れていけないのか」
医師は目を伏せ、小さく首を振る。
「我々の設備ではこれが現時点での最善です。これ以上を望むなら、連邦軍直轄の医療施設に移すしかありません。ただし、現状のタマキさんの状態では移送自体が危険です。地球へ直送できる艦か、移動中も同等の医療体制を維持できる機材が必要になります」
父は膝をつきそうな顔で、なおも言葉を続ける。
「では、そちらへ頼む。連邦病院へ行かせてくれ! 頼む、何とかしてくれ!」
医師の返答は冷徹ではなく現実的だった。
「無理です。移送で状態が悪化すれば命を落とす恐れがあります。地球へ降りられる艦で最新設備が載っているものに、直接乗せる以外に選択肢はありません。短絡的な判断は、取り返しが付きません」
休憩室に移され、父は項垂れた。肩を震わせながら、やり場のない怒りが胸を絞る。マチュは震える手で父の肩を叩き、低く言った。
「今、サイド6の近くにアマラカラ商会っていう民間の艦がいるって聞いたの。あの艦は連邦と繋がりがあるみたい。交渉できれば、軍艦並みの医療設備で母さんを地球に送ってもらえるんじゃない?」
父はゆっくり顔を上げ、諭すように言った。
「アマテ……そう願いたい気持ちは分かる。だがアマラカラは民間だ。たとえ連邦と繋がりがあっても、我々のような一官僚の家族に手を差し伸べる義理はない。金と取引、あるいは政治的便宜が必要だ。私たち程度の力では無理だよ」
マチュは言葉を切らさず、かすれた声で答えた。
「書類を取ってくる。すぐ戻るから、そこで待ってて」
父は娘を見て、ため息をついた。
(娘の目は、もう決まっている)──そう悟ったのだろう。だが言葉はない。
マチュは病院を飛び出し、街を駆けた。郵便局の自動窓口の前で息を整え、手続きを済ますと、封筒に入った志願書を受け取った。紙切れ一枚――だが、今はそれが母を助ける唯一の希望に思えた。
外に戻る途中、古びたセダンが脇をすり抜ける。中から低い笑い声が漏れ、数人の男たちが乗っていた。黒い軍服とは明らかに違うが、たしかに粗暴な雰囲気を漂わせる。
「ったく……足がまだ痛ぇ。爆発の時に変な踏み方したかもな」
酒焼けしたような声がぼやく。ミハイル・カミンスキー――通称ミーシャ。
隣の席から、隊長のハーディ・シュタイナーが苛立ち混じりに言葉を返した。
「だから任務前に酒を飲むなと言ったんだ。
任務中に酔って足を捻るなど、正気の沙汰じゃないぞ」
ミーシャは悪びれもせず、鼻で笑った。
「へっ、あの女の髪色が悪ぃんだよ。真っ黒で地面と一体化してやがる。
踏むなってほうが無理だろ」
ハーディが「女?」と聞き返したが、ミーシャは気にも留めない。
「どうせ死んでたさ。爆風でな。俺が踏んだくらいでどうにもならんだろ」
マチュの足が止まった。
胸の奥に、冷たい何かが広がっていく。
――その瞬間、世界が反転するように彼女の視界が歪んだ。
ニュータイプの感応。
マチュの意識が、彼らの過去へと触れたのだ。
眩しい閃光、揺れる地面、耳を裂く爆音。
瓦礫の中で動かない母の姿。
そして、酒瓶の匂いを纏った巨体が、ふらつきながらその頭を――踏みつけた。
血が滲む音。
母の髪が、瓦礫と灰にまみれて黒く見えた。
それを“地面と一体化していた”と笑った男の声が、何度も反響する。
(……こいつらが……!)
怒りで喉が焼ける。
呼吸が浅くなり、世界の色が赤く染まる。
封筒を握る手が震え、爪が食い込んだ。
視界の端で、車のテールランプが遠ざかっていく。
――今ここで引きずり出して、八つ裂きにしてやれたら。
そんな衝動が、胸を灼くように込み上げる。
だが、もう一人の自分がその腕を掴んでいた。
(今ここで動いたら……母さんを助けられなくなる)
理性が、かろうじて怒りの奔流を押しとどめる。
母を救うためには、ホワイトベースJr.と交渉しなければならない。
連邦軍に志願し、正式に話を通さなければ道は開けない。
マチュは歯を食いしばり、視線を逸らした。
足が震える。呼吸も乱れていた。
それでも――立ち止まらなかった。
(母さん……絶対に助ける。あんな奴らのせいで終わらせない)
握りしめた封筒を胸に押し当て、マチュは再び走り出した。
その背中を、サイド6の街灯が冷たく照らしていた。
通りを走り抜ける足に、怒りの熱だけがまとわりつくようだった。セダンのテールランプが遠ざかっても、ミーシャたちの無神経な笑い声が耳に残る。マチュは立ち止まらず、ただ前へ前へと体を動かした――病院へ向かうための一心で。
だが、足音の合間に、映像は断片として浮かんでは消えた。爆発の瞬間、瓦礫の匂い、助けを求める声、そして誰かの重い足が頭蓋を押しつぶす感触。マチュの胸に刺さったのは、憎悪というよりも「理不尽」そのものだった。酒に酔って任務に臨む男が、無自覚に人を踏みつける――その無頓着さが、なにより許せなかった。
思い返す映像の輪郭がひとつ濃くなる。瓦礫の向こう、暗闇を切り裂くように立っていた浅黒い肌の男の姿。彼は群れを前にして静かに命じている。声は冷たく、輪郭の中で硬く響いた。
「キシリア様からの特命だ。サイド6の大統領、ベルガミノは邪魔だ。始末しろ。分かるな?」
その一言で、散らばっていた点と点が一気に線で結ばれた。爆破、踏みつけ、消えた無数の命――どれも、ただの偶発ではない。誰かが計画し、誰かが命じ、そして実行したのだ。命令を下す者の名が、冷たく、はっきりとマチュの中に刻まれる。
胸の奥で何かが音を立てて割れた。復讐の火花が、助けたいという必死の思いと交じり合い、固い決意へと変わる。
(キシリア……サイクロプス隊……覚えた。必ず、全員殺してやる。)
その誓いは息になる前に、もう行動を始めていた。マチュは封筒をぎゅっと握り直すと、走る速度を増した。母を救うための道――と同時に、忘れられない名前たちに鉄槌を下すための道が、彼女の前に静かに開いていた。
病室の休憩室は、どこか薄暗く、消毒薬の匂いが鼻をついた。窓際の丸テーブルに、志願届と一緒に広げられた書類が置かれている。マチュは震える手でその紙を父に差し出した。
「……お願い。これに判を押して。連邦の志願書、出したいの」
父はぎょっとして書類を受け取った。顔に怒りと困惑が混ざる。
「お前、何を言ってるんだ。軍なんて——お前をあのハイバリーにやったのは、軍人にするためじゃない。どうしてそんなことを考えるんだ!」
「わかってる。分かってるよ、お父さんの言うこともごもっともだって思う。」
(でも、それは表面だけの話だ。親のくせに私の退屈を『甘え』だと片付ける。確かに、私だって両親が嫌いだったわけじゃない。あの温室みたいな日常だって、守ってくれたのは事実だ。)
マチュは目を伏せず、父の目をまっすぐに見据えた。「でも私、見ちゃったの。中立コロニーに爆破を仕掛ける、指図する人間がいるってことを。で、その任務に酒を飲んで来るような連中がいたってことを。そういう連中のせいで、母さんは左手を失い、頭を踏まれて、いまも目を覚まさないんだよ」
父の表情が一瞬だけ硬直する。怒りが湧いたのか、声のトーンが荒くなる。
「ジオンの仕業か。なら警察に届けて捜査させればいい。お前の証言は重要だ。捜査で関与が明らかになれば、サイド6としてちゃんと抗議できる。法で裁かせるんだ——」
(法で裁くって何だ?あんた本気で言ってる?)
マチュの胸の中で、いくつもの感情が渦巻いた。怒り、哀しみ、そして掻きむしられるような裏切られた気持ち。だが言葉は冷たく、鋭く父に突き付けられた。
「抗議って、何をしてくれるの? 死刑にでもするの? ザビ家は『知らぬ存ぜぬ』で通すよ。連邦がやったって言い張るかもしれない。難民の暴走だって言って、声を上げられない弱い者のせいにする。こっちが証言しても、都合良く切り捨てられるだけだよ」
父は言葉を失った。しばらく、部屋には二人の呼吸だけが響いた。父の手が、志願書の上でかすかに震える。
(それでもね、父さん。あなたは私の父親で、私を甘やかしてきた。だからこそ言う。私は母さんをあのままにしておけない。私のやり方が間違ってるかもしれない。でも、立って見ている余裕なんて、もうないんだ。)
テレビのニュースがいつの間にか自動で点いた。画面には速報の赤帯が走り、アナウンサーの声が浅く震えながら告げる。
「――ただいま入った速報です。サイド6大統領ベルガミノ氏が、先刻、爆発事件により死亡したと発表されました。現場の調査では、現時点で難民によるテロの可能性が高いと見られており、当局は捜査を急いでいます。続報が入り次第お伝えします――」
その瞬間、父の顔色が青ざめ、マチュの手の中の紙がふるりと震えた。部屋の空気が、凍りついたように重くなる。
(――やっぱりだ。言った通りだ。)
マチュの胸を、寒い手が押し潰すような感覚が走る。父に向けた怒りの言葉は、今は空気の中で小さく消えそうだった。だが消えないのは確かな事実だけだ。母は目覚めず、名指しで命じた者が存在する。今、外側の世界は彼らに与えられた“筋書き”を受け入れ始めている。
父がかろうじて絞り出した。
「……マチュ、落ち着け。法がある。訴える手段はあるんだ——」
「黙って! もう、黙ってよ!」
マチュは立ち上がり、震える声で叫んだ。眼には涙が溜まっているが、それを拭う余裕もない。カーテンの外、サイド6の街はいつもと同じネオンで揺れている。そこで何かが砕け落ちたように見えた。
病院のテレビモニターが、ニュース速報の赤い帯を流していた。
映し出されたのは、サイド6大統領府。黒煙を上げる映像の後、喪章をつけたアナウンサーが沈痛な声で告げる。
『ベルガミノ大統領が、先ほど爆発テロにより死亡しました。犯行声明は現在のところ出ておらず、治安当局は“難民による過激派テロ”の可能性を調べています――』
その言葉を聞いた瞬間、マチュの背中に冷たいものが走った。
(……すれ違った奴らの言う通りになった。やっぱりあの爆発、あいつら――サイクロプス隊の仕業だったんだ)
隣で父・ユズリハが、額を押さえるように小さく息を吐いた。
その表情は、怒りとも諦めともつかない。
画面が切り替わり、壇上に立つ新たな大統領――前副大統領が映し出される。
彼は沈痛な表情を作りながらも、どこか芝居がかった身振りでスピーチを始めた。
「――ベルガミノ大統領は、このサイド6の未来のために身を尽くした偉大な政治家でした。
その命を奪った卑劣な“難民のテロ行為”を、私は断固として許しません。
秩序の回復と再発防止のため、我が政府はジオンとの協力体制を再構築し、サイド6の安定と安全を確固たるものにする所存です!」
その言葉に、マチュの指先が震えた。
(……ジオンと協力? 母さんを傷つけた奴らと?)
周囲の医師や患者が拍手を送る映像が流れる中、マチュは唇を噛み締めていた。
父がゆっくりとテレビを消す。蛍光灯の白い光だけが、二人の間に落ちた。
「……ねぇ、お父さん」
マチュが震える声で言う。「これで、本当にいいの? 大統領が殺されて、それなのに……どうしてあんな人が“正しい”顔して喋ってるの?」
ユズリハは言葉を探すように沈黙し、やがて疲れ切った声で答えた。
「……一般の市民からすれば、ジオンの仕業だと考えるのが自然だ。だが、政治というのは“今の安定”を最優先にする。次の大統領は、任期を全うするつもりはないだろう。あの演説は、責任を持たずに済むための口実だ」
彼は苦く笑う。
「ジオンに協力しておけば、前大統領の様に暗殺されずに済むし、彼らの武力をバックに持てる。政治家がヤクザのケツモチの様なやり方に縋るとはな。元々ジオンとの関係が噂されてはいたが。世論がどうあれ、あの男にとっては“次”が見えていない。……国民の九割が嫌っていようが、任期中は彼がこの国の頂点だ。逆らえば、我々のような官僚も処分されるだけだよ」
マチュの心に、冷たい怒りが満ちていく。
(それが現実……? 母さんを殺した奴らが笑っていて、それを見逃すのが“現実”?)
テレビの暗い画面に、彼女の顔が映る。そこには涙も震えもなかった。ただ、静かな熱が宿っていた。
「……そんなの、ただの見て見ぬふりだよ」
「マチュ……」
「お母さんをあんな目に遭わせた連中を放っておいて、何が“安定”なの? 父さんはそれでいいの? 国のトップが、母さんを踏みつけた奴らと手を組むんだよ!」
父は目を閉じた。苦渋の沈黙が流れる。
それでも彼は、娘を諭そうとした。
「……お前の怒りはもっともだ。だが、法と証拠を積み上げることこそ正道だ。君の証言を警察に伝えれば、いずれジオンの関与は明らかになる。その時こそ、サイド6として抗議できる」
マチュは机を叩くように立ち上がった。
「抗議!? 死刑にでもしてくれるの? どうせザビ家は“知らなかった”って言って、難民のせいにするだけだよ! ……あいつら、自分でそう言ってたんだ!」
父は絶句した。その瞳に映る娘の姿は、もはや“少女”ではなかった。
怒りを燃やし、理想よりも真実を見据えた瞳。
マチュはゆっくりと、手にしていた書類を取り出した。
それは――連邦軍志願届け。震える指で、それを父の前に差し出す。
「……私、これに賭ける。ホワイトベースJr.に行けば、あの人たちと交渉できる。母さんを助けられる。……それに――」
瞳が赤く光る。
その声は、もはや少女ではなく“復讐者”のそれだった。
「――サイクロプス隊と、キシリア・ザビ。あいつらだけは、絶対に許さない」
父は言葉を失った。
テレビの消えた画面に、二人の影だけが静かに映っていた。
ポケットの中の戦争が放送された時代的に飲酒運転がそこまでじゃなかったから許されたのかもしれないけどモビルスーツの操縦前に飲酒するミーシャやばすぎる。車の運転でもやばいのに。
そしてタマキさんすまねえ。17年も前の前世の因果を背負わせてすまねえ!地球にくれば完治できるから!大丈夫!余命数ヶ月で死んだら解剖予定の、筋肉も臓器も脳までも弄られまくってる強化人間も完治出来たから!書いててすごい心苦しいわ。普通に戦死させるよりきつい。